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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第3章 罪に濡れた先で
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IF Story:帰郷の果てに ③

「仕切り直しだ」


 久瀬の声に親父はよろよろと立ち上がり、傷ついた右手を庇うようにして両手で銃を握りしめる。それから、再び銃口を向けてきた。

 おれはただ、それを睨みつけていた。今さら抵抗する気などなかった。


 今までなら、最後まで足掻いてやるんだろうけどな……。


 おれがモルモットになれば、本当に母さんと彩乃は無事で済むのか。実際のところは怪しいと思っていた。こいつらは結局、家族全員を殺す気かもしれない。もしもそうなら、おれがここでみすみす殺されるのを待っているのは、愚の骨頂もいいところだ。今さら逃げきれるとも思えないが、大人しくモルモットにされるだなんて、ばかばかしい……!


 けど、今おれが抵抗すれば……。

 おれが大人しくモルモットにならなければ、間違いなく彩乃たちが犠牲になる。それだけは何としても避けたかった。この親父が、母さんと彩乃だけは守り通してくれる。それを信じる他なかった。

 ――だから。


 やるならやれ。さっさと殺せよ、このくそ野郎ども……!!


 なのに、親父は銃を構えたまま、固まったように動かなかった。ただ荒い呼吸を繰り返すだけ。

 何やってるんだ、こいつ……。 

 それを見ているうちに、胸の奥から悪意が沸き出し始めた。


「おい、くそ親父……。あんた、いつまでそうしてるつもりなんだよ? 始めからおれをモルモットにする気だったんだろう? 今さら、何をためらってんだよ?」

「……う……」


 小さく呻いたまま、それでも引き金を引けない親父に、次第に沸々とした怒りがこみ上げてくる。


「おい、ふざけんなよ。何でおれがこんなことを言わなきゃならねぇ? さっさとケリをつけりゃいいだろう?」


 親父は顔を歪めたまま、何かを言いたげに口を開く。

 けど、結局黙り込んだ親父に、おれの苛立ちが膨れ上がった。


「今さら何だよ! 迷ってたらおれが助かるのかよ! 違うんだろ? 結局殺すんだろ!? だったらさっさと殺れよ!!」


 その言葉に、親父は手にした銃を握り直した。真っ赤に充血した目がおれを睨む。


 はっ、くそが。さあ撃てよ! 撃ってみろ!!


 おれは来るだろう衝撃に備えて、ぐっと奥歯を噛み締めた。

 ぴりぴりとした空気が痛いほど肌を刺す。


 けど、親父は結局、かすかに首を振って俯いただけだった。


 ……てめぇ……!!

 おれの苛立ちは頂点に達した。


「ふざけんなよ、親父! いい加減にしろ!!」


 眦が裂けるほどの怒りが、全身を駆け巡っていた。

 ああ、そうさ! そうだよ! おれだって死にたくなんかねぇ!


 親父の胸倉を掴み上げ、殴り飛ばしてやりたかった。


 もっと生きてぇよ! 生きられるはずだったのに……!!

 それをお前が! お前が潰した! なんでおれが、てめぇの後始末のために死ななきゃならねぇんだ。 ふざけるなよ、ふざけんな、ふざけんなあぁっ!!


 俯いたままボタボタと涙をこぼす親父に、吐き気がするほどの殺意が湧く。

「泣いてんじゃねぇっ!!」


 なんでてめぇが泣くんだよ! 泣きてぇのはおれの方なのに……! てめぇのせいだろう? てめぇのせいでおれは……!!

 さっきから何なんだよ! おれを殺すのがそんなに嫌か? だったら、どうしておれに何も話さなかった? どうして一言も相談しなかった! 一緒に母さん達を救う方法はなかったのかよ?

 ああ、そうだよ。なんで今まで黙ってた? こんなことになる前に。過去を知られたくなかった? 危険に巻き込みたくなかった? 話さないほうが安全だとでも思っていたのか。大笑いだよ、馬鹿野郎おぉっ!! そのおかげで……! てめぇのせいで……!!

 もうどうしようもねぇじゃねぇか! 母さんたちはあいつらの手の内。今さら助け出すことなんて不可能で。

 だからおれを捨てたんだろう!? おれを殺すんだろう!? ここまで来て、ここまでおれを追い込んでおいて、他の選択肢を奪っておいて、今さら……!!


「……てめぇは結局、とことん中途半端な人間だなあ。おれにも、てめぇの血が流れているのかと思うとぞっとするよ!」


 浴びせられる罵声は当然のことと言わんばかりに震える親父に、おれの中で火のついた怒りはさらに暴走した。


「はっきり言われなきゃ、まだ分からねぇのか! えぇ!?」


 ぐらぐらと煮え滾るような憎悪が全身を締め上げていた。


「なら、おれの口から言ってやろうか!? てめぇはな、自分の手では人を殺す度胸もねぇくせに、大切なものを守るという口実のためならどんな腐ったことにも手を貸す卑怯な臆病者さ! おれは許さねぇよ。てめぇも許さねぇ! 猫一匹殺せないような顔しやがって、この偽善者が!! 信念も何もねぇくず――」


 突然、焼け串で突き刺されたような衝撃が走った。

 目を向けると、腹から血が滲み出している。

 薄ら笑いが込み上げてきたとき、再び衝撃が走った。


「涼司、もういいから……。分かってるから……これ以上……!」


 何度も何度も衝撃が走る。

 飛びかけた視界の端で、仁科が親父を殴りつけるのが見えた。


「ばかが……! 簡単に殺すなと言っただろう!」


 気づけば、仁科がおれを覗き込むようにしていた。

 ……いつの間に手首の戒めは解かれていたらしい。

 その場に崩れ落ちたおれの前髪を掴み上げ、

「気分はどうだ、ん?」


 ……熱かった。体が燃えるように熱かった。

 心臓の鼓動にあわせて引き攣るような痛みが走り、生暖かい血が腹の辺りから溢れ出す。

 ……いてぇ……くそ……。


 喘ぐしかないおれを、仁科が愉悦を含んだ顔で見下ろしてくる。

「くっくっくっ。いい格好だなぁ? お前もまさか、自分がこんな目に遭うとは思っていなかったろう?」


 視界が霞む。

 ……ごたくはいいから……さっさと終わらせろよ……。


「くくっ、早く殺して欲しいか? だが言っただろう? 楽には死ねないとな!」

 言うなり、力任せに踏みつけられる。

「……ぐあぁっ!」

 目の前が白く霞むほどの激痛が走った。


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