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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第1章 ハジマリの夏
4/87

1-2 試行

 起き出せるようになってすぐ、おれは一通り部屋の中を確認して回った。

 すでに十分、確認された後なんだろう。そう思いつつ、自分でも確かめずにはいられなかった。

 で、案の定、朝倉の言っていたことをただ再確認する羽目になった。


 部屋には見事に何も無かった。

 取っ手の無い扉は、男3人がかりで押しても引いてもビクともしない。

 黒光りする大窓はおれ達の姿を映し出すだけで、外の様子を伺うこともできなかった。


「ねぇ、この窓、もしかしたらマジックミラーになっているんじゃない?」


 そう言い出したのは池田だった。

 部屋の中央に集まって、今後のことを話し始めた矢先の発言。

 途端に、水野がひどく不安そうな顔で池田を見上げた。

「マジックミラー? それって、向こう側からはこちらが丸見えっていう鏡のことよね?」

 池田が頷く。

「だったら、これは違うでしょう? この窓、別に鏡って訳じゃないもん」 

 子供っぽく頬を膨らませた水野に、

「……でも」

 と言い淀みながら、池田は続ける。

「鏡に見えないからって、向こう側から見えない構造とは限らないんじゃない?」


 妙に確信めいた物言いに、おれたちは顔を見合わせた。

「どうして、そう思った?」

 皆を代弁するように朝倉が尋ねる。

 その途端、池田はひどく自信のなさそうな顔をした。

「え、と、なんとなく、なんですけど……」

 ごにょごにょと小さく言い淀んでから、思いきったように顔を上げる。

「でも、この窓、何だか不自然じゃありません? 単に向こう側を見せたくないのなら、何かで覆うとか、もっと簡単な方法がありそうなのに。どうしてわざわざ、こんなものを嵌め込んだのかなって思ったら……」


 確かにな。

 池田の発言にも一理ある、というか、『そうに違いない』とすら思ってしまったのは、どうしてか、おれも同じだった。

 とにかく、この窓は何か異様なのだ。


「でも、だとしたら、誰が何のためにそんなものを?!」

 ほとんど叫ぶような声は水野のもの。

 朝倉が口を開きかける。

 だが、それより早く口を挟んだのは今井だった。

「そんなの、おれたちを監視するために決まってんだろうが。なに言ってんだ、お前」


 思わずぎょっとした。

 その口調が余りにきつかったからだ。

 水野も驚いたように目を見張り、それから今にも泣き出しそうな顔になった。


 お前……!

 内心で今井に毒づく。

 もうちょっと口の利き方ってもんがあるだろうが……!

 そうして、少しだけ意外に思った。

 今井は確かに、自分の言動にあまり気を遣うタイプではなかったが、いつもなら女性陣には、聞いているこちらがゲンナリするほど甘い言葉を吐くのに。


「……ったく、すぐ泣きやがる。これだからオンナ――」

 おいっ!

 止めに入るより先に、池田が今井を睨んだ。

「今井さん! ……ああ、ほらほら! 結衣ちゃんもいちいち過剰反応しないの!」

 そう言いながら、水野の肩を励ますように叩いてやる。

 水野は、半泣きの顔に何とか笑顔を浮かべた。

「うん、ごめん。……もう平気」


 胸をなでおろすおれの横で、

「でも、そうよね」と一人ごちるように呟いたのは中嶋だった。

「これが監視用の窓だっていうのは、当たっているかもしれないわよね……」


 ちらりと中嶋に視線を送った朝倉は、小さく息を吐いてから同意するように頷く。

「そうだね、僕もそう思う」

 できれば認めたくなかった、とでも言いたげな顔。

 きっと朝倉のことだから、始めからそう踏んでいたんだろう。


 けど、そうなると、ますます嫌な気分だった。

 向こう側に誰かがいて、今この瞬間もおれ達を監視しているかもしれない。そう思うと不快だった。

 不快というより、不気味で。

 ……いや、むしろ――


「そもそも、なんのために私たちを閉じ込めたんだろう?」

 ふいに、池田がおれたちの顔を見回してくる。

「ねぇ矢吹、あんたはどう思う?」


 唐突に振られて面食らった。

「何か気づいたこととかない? ……この感じってさ、前に私――……」

 言い募るように言われて、さらに面食らう。

 いや、おれに聞かれてもな……てか、何でおれに聞くんだよ?


 妙に胸がざわついて、それが自分でも良く分からない。

 それが無性にもどかしくて、上手く言葉を返せないことに苛立ちを覚え始めた時、

「涼司にも分からないんだろう? 僕もさ。まだ情報が少なすぎるんだ」

 朝倉だった。


「そう……そうですよね」

 池田の声もさすがに沈む。

 場の空気が一段と重くなった気がした。


「ねぇ、これって誘拐、だよね? 身代金目的、かな……?」

 次にそう言いだしたのは水野だった。

 けど、身代金目的?


 ありえない話ではない、と思う。

 でも、金目的で誘拐するのなら、普通は子供を狙うのがセオリーじゃないだろうか。

 金銭目的で大学生を、しかもこんなに大人数を一度に攫ったりするものか……?


「ねぇ、智ちゃん。裕香さんも、どう思います……?」

 声をかけられた池田と中嶋は顔を見合わせ、それから朝倉に助けを求めた。

「朝倉君、どう思う?」

 朝倉はちらりと視線を上げ、それから首を横に振った。

「今どき、大学生を捕まえて身代金を要求するなんて、そんな危険で手間のかかることをする奴がいるかな。……僕たちの誰かが、どこかの御曹司とでも言うならともかく」

 その言葉に、今井が弾かれたように顔を上げる。

「おい、誰かいるんじゃないか? 実は、実家が大金持ちだっていう奴」


 おれたちは一斉に顔を見合わせた。

 ……いや、それはないだろう……ないよな?

 予想通り、全員が首を横に振った。


「おい、今さら隠すなよ? 別に取って食おうって訳じゃねぇんだから」

 その言い方には、思わず乾いた笑いが込み上げてしまう。

 それを目ざとく見つけて、今井が憤慨した顔でおれを睨んできた。

「おい矢吹。何笑ってんだよ。人が真剣に話してるってのに、その態度は何だよ? えぇ?」


 ……あぁ、くそ。

 おれは内心で舌打ちした。単に、誰かに八つ当たりしたくて、おれに絡んできたと直感したからだ。

 とっさに言い返してやりたくなったが、さすがにそれはマズイと思った。それくらいの理性はおれにだってある。

 それでどうにか、言葉を呑み込む。

「いえ、スミマセン。ただ、この中の誰かが御曹司っていうのは、さすがにないんじゃねぇかなぁって……」

 我ながら直球過ぎる言い訳は、火に油だったらしい。

 案の定、今井はおれを睨みつけてきた。

「それぐらい俺にだって分かってるんだよ。分かってて、聞いてやってるんだ」

 はぁ……?

 その言い方にむかつくものを覚えながらも、おれは何とか黙って奴を見上げた。

「考えてもみろよ。金目当てじゃないってんなら、俺たちを閉じ込めた理由は何なんだよ? 殺すために閉じ込めたとでもいう気か?」


 ――殺す?

 その言葉に、女性陣がびくりと肩を震わせる。

 きっと誰しもの脳裏を掠めていたことだが、敢えて口にするのを避けてきた言葉だった。


 今井は大仰に肩をすくめてみせる。

「何だよ、お前らも本当はそう思ってたんだろ? これはおれ達の誰かを、どこかのボンボンと間違えた大馬鹿野郎の仕業か、そうでなけりゃ、ゲーム感覚の誘拐だろうってな」

 ……は?

 思わず言葉を失ったおれたちに、今井はここぞとばかりに身を乗り出してくる。

「そうさ。金目当てじゃないってんなら、これはきっと、ゲームと現実の区別がつかなくなったイカレ野郎の仕業だろ。んで、そういう奴の最終目的と言やぁ、相場は決まってる。おれたちを殺して楽しむことってわけだ」


 ――何言ってんだ、こいつ。

 いくらなんでも、荒唐無稽すぎる。

 ゲームのやりすぎはお前だろ……。


 急速に不快感がこみ上げ、思わず今井を睨みつけそうになって、おれは慌てて目を瞑った。

 いけねぇ、気をつけろ。

 幾度となく経験したこの感覚。

 ばか、落ち着け。こんなの、たいしたことじゃねぇだろ……?


 そのとき、静かな声が耳に届いた。

「それは違うんじゃないかな」

 朝倉だった。


「違うって、何が!」

「断言はできないけど。今すぐに僕たちをどうこうしようという気はないと思う」

 自説をあっさりと否定され、今井が苛立ったように問い返す。

「何でだよ? なぜそんなことが言える? 単に、お前がそう思いたいだけじゃないのか?」

 攻撃的な口調にも、朝倉は動じる様子がなかった。

「今すぐ殺すつもりなら、わざわざこんなところに閉じ込めたりするかな。閉じ込めただけで、拘束するわけでもなし。今は多分、様子見といったところなんだろう」

 その言葉に、おれは朝倉を見返した。

「様子見?」

「そう。恐らく、オレたちの動向を見ている――」

 言いながら、朝倉はちらりと窓を振り仰ぐ。

「何のために?」

 中嶋が尋ねたが、朝倉はこれには返答しなかった。


「じゃあ何だ? お前はどうしろってんだよ? 何か動きがあるまで、大人しくここで待ってろとでも言うのかよ?」

 今井が、拗ねた子供のような声を出した。

「おれは腹が減ったんだよ。ちくしょう、殺す気じゃないってんなら、メシぐらいだせよ!」


 メシって、お前……。

 呆れ返ったとき、水野がはっとしたように顔を上げた。

「そうだ、食事」

 言って、池田の服を引っ張る。

「ねぇ、智ちゃん。待っていれば、そのうち誰かが食事をもって現れるんじゃない?」

「それはそうだけど……、あぁ!」

 池田の声に、朝倉も微かに笑みを浮かべた。

「そうだね、その時にもう少し情報を得られるかもしれないね」


 面白くなさそうにしていた今井は突然、勢いよく立ち上がる。

「よぉし、決めたぜ!」


 ……今度は何だよ?

 半ばげんなりしながら今井を見上げると、

「ドアの前で待ち伏せしてやろうぜ? それで、誰かが入ってきたところを、ふんづかまえて締め上げてやるんだ!」

 はぁ?

 とっさに、それは無謀だと思った。

 ……その程度で、どうにかなる相手なのか?

 けど、何か口を開く前に、今井がおれを名指ししてくる。

「おい矢吹と朝倉! お前らも協力しろ!」

 は?


 冗談じゃないと思った。

 なんでこんな野郎の言うことをきかなきゃいけない?

 次第に沸々とした怒りが込み上げてくる。

 大体、もしこの窓が監視用のものだったらどうする気なんだ。おれ達の行動は筒抜けだって、本当に分かってるんだろうな、こいつ……。


 そう言い返してやりたいのをぐっと堪えるのが精いっぱいで、到底、今井の案に乗る気にはなれなかった。けど、

「いいよ、わかった」

 朝倉はあっさりと頷く。


 おい、本気か?

 ぎょっとしかけたおれだったけど、朝倉の目を見て納得する。

 目が白けている。単に、反論するだけ馬鹿らしいと判断したんだろう。

 こうなったときの朝倉は、途方もなく冷たくなることをおれは知っていた。

 ちょっとだけ、今井が可哀そうになったほどだった。

 ったく、仕方がねぇか……。


 女性陣の不安げな視線の中、おれたちは入口に一番近いベッドに陣取ることにした。といっても、ベッドに浅く腰掛けただけだったが。

 すると案の定、今度は全員でドアの前に貼り付くべきだと喚いてくる。

 お前な……。

 苛立つおれに気づいたのか、

「相手はいつ現れるか分からないだろう? ずっと気を張っていたら身が持たないよ」

 朝倉がすかさずフォローしてくれる。その言葉に、今井も渋々不満を飲み込んだようだった。


 とはいえ、じっと待つなど、やはり今井の性分には合わなかったらしい。

 今井はドアとベッドの間を何度も行き来し、小一時間も経たない内にドアを蹴り付け始めた。

 半ば予想していたことだが、おれは内心で溜息をついた。 

 いい加減にしろよ……。てめぇ、仮にも先輩だろうが。

 そう言ってやりたいのを辛うじて堪える。

 だが、当の今井は、まるで気にしちゃいないらしい。苛々した表情で朝倉を睨んだ。

「一体いつまで待たせる気だよ? おい、朝倉! 何かいい手はないのかよ!」

 それまでずっと考え込む風情だった朝倉は、今井の言葉に顔を上げる。

「ご自慢の頭脳も、ここでは何の役にも立たないってか?」


 ……おい。

 言われた当人でなくとも、思わずカチンとくるような言い草だった。

 いい加減にしろよ、お前。

 そう口を開きかけたおれの肩を、朝倉にそっと押し戻される。

「そうだね、じゃあ、試してみようか?」

 今井はきょとんと朝倉を見返す。

「試すって何を?」

 朝倉はちらりと視線を上げ、それから窓を指差した。

「あれをシーツで覆ってみるんだ。こちらの様子が分からなくなったら、何か動きがあるかもしれないよ?」

 ……なるほど。そうすれば、あれが本当に監視用の窓なのかも確かめられるしな。


 今井は一瞬惚けていたが、すぐに「そうか!」と手を叩いた。

「確かに、その手があったな! くそっ、見てろよ。向こうの奴ら、泡食ってんじゃねぇぞ」


 当座とはいえ、明確な目的ができたせいだろう。今井は俄然勢いづき、シーツを持って窓に向かった。

「おい中嶋! 池田と水野の3人で窓を覆ってくれ。俺たちはドアの傍に控えているからよ」


 中嶋と池田は顔を見合わせ、朝倉にそっと伺うような視線を送る。けど、それでも朝倉が何も言わないのを見てとると、不承不承立ち上がった。

 露骨に不安そうな水野の背中をなだめる様に叩き、池田と中嶋は指示通りにシーツを広げる。


 それを見ながら、朝倉がそっとおれに囁いた。

「涼司。天井の換気口に気をつけろ」

 意味が分からず朝倉を見返すと、幾分蒼ざめた顔が口早に理由を告げた。

「何か変だと思ったら、息を止めるんだ。もしかしたら、ガスが使われるかもしれない」

 ……ガス?

 惚けた顔をしているだろうおれに、朝倉は皮肉げな笑みを浮かべた。

「そんなことをしても、大して意味は無いだろうけどね。でも、時間を稼げば、何か分かるかもしれない……」

 意味をとりかねて、おれは朝倉を見返した。

 それからようやく、朝倉が言わんとしていることに気づく。


 ――そうか。

 あの大窓が監視用なら、換気口はガスの流入経路。朝倉はきっと、始めからそう疑っていたんだろう。おれ達が何か妙な真似をすれば、またあのガスを使うのではないかと懸念していた。

 だから、おれたちには黙っていた。他にいい手はないかを、今までずっと考えていた。

 それが結局、おれたちにこんな真似をさせたということは――、


「他に打つ手はねぇか」

 朝倉はおれを振り返り、それから自嘲めいた笑みを浮かべた。

「正直、途方にくれてるよ」

 ……。

 朝倉が弱音を吐くのを、おれは初めて聞いた気がした。



 その後の顛末は、見事なほど朝倉の予想通りだった。

 換気口から微かに音がしたと思った途端、次々に皆が倒れていく。

 おれと朝倉は息を止め、しばらくはベッドに倒れ込んだ振りをしていた。


 早く、早く姿を見せろ……!

 そう心の中で念じて入口を睨んだが、扉はウンでもスンでもなかった。

 ……ちくしょう、もう保たねぇ……!


 耐え切れずに息をした瞬間、ひどい眩暈に襲われた。

 何だか、無性に腹が立った。

 誰かに、いい様にあしらわれている気がして吐き気がした。

 ……ちきしょう……朝倉……は……。

 視界が歪む。意識を保とうとすると、頭が割れそうに痛んだ。



 ふと気づくと、自分の体が誰かに運ばれているような感覚を覚えた。

 ……ぁ……?

 抵抗しようとしたが、体がまるで言うことをきかない。

 せめて顔だけでも拝んでやろうと無理やり瞼をこじ開けると、いくつもの霞んだ人影が映った。


『……こい……めお……』

『……く……て……』


 断片的な言葉が耳に入ったが、何かの意味を成す前に、霧散するように消えていく。泥のような眠気が、おれを引きずり込んでいく。

 この……くそったれ………が………

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