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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第3章 罪に濡れた先で
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IF Story:帰郷の果てに ①

 これはIF Storyです。


 始まりの夏、人体実験されかけて、勃発したオウガの暴動に乗じて実験棟を脱出した後のこと。結城に出会い、研究棟の深層でシンシアを解放してから、朝倉達と曲がりなりにも和解して、そのまま島を脱出できた場合のお話。

 もしも、生きて家に辿り着いたら――?


 完全なパラレルワールドですが、世界観は共通です。どうぞこちらも、ご覧になってみてください。


 ――キィ。


 錆びた金属の軋んだ音がした。

 ずっと人目を忍んで帰ってきただけに、家の門扉を押し開けた時の予想外の音の大きさに、思わず心臓が飛び跳ねそうになる。

 だが、驚いたのはおれだけじゃなかったらしい。


「涼司……?!」


 まだ朝靄の煙る早朝だというのに、庭先に出ていたらしい親父の顔が、なぜか凍りついたように見えた。


「お前……なのか……?」


 そう言えばおれ、山火事で死んだことになってたんだっけ。そんな息子が突然、帰ってきたりなんかしたら、そりゃあ不審に思うよな、うん。

 頭を掻きながら、必死に言葉を探す。


「あー、ええとこれは、」


 ……だめだ、上手い言葉なんか出てきやしねぇ。

 そんなおれの様子に親父は驚きから覚めたのか、すぐに探るような眼光を向けてきた。


「涼司、だよな。お前、体は平気なのか……?」

 ん……?


 幽霊だと思われたわけじゃないらしい。すでに親父の視線はおれの左肩に向いている。袖の下から巻き付けた包帯でも見えたんだろう。


「大したことねぇよ、多分な。それよりもさ、急いで聞いて欲しい話があるんだ……!」


 親父は眉を顰めたが、それでもすぐ家に上がるよう指示してくる。こんなときは妙に決断が早い。

 少しだけ安堵感を覚えながら家に上がったおれは、やけに静かな家に首をひねった。


「なぁ親父。母さんと彩乃はどうしたんだ?」


 親父はなぜか曖昧な表情を浮かべた。


「ああ……、ちょっと用事でな。今は家にいないんだ」


 用事? 何の?

 胸がざわつく。

 居所を問い質そうかと思い、だけどすぐに思い直した。


 いや、いないならいないで、ちょうどいい。

 こんな話、迂闊に彩乃たちには聞かせられねぇしな。


 そう思って、おれはダイニングテーブルに腰かける。

 親父が腰を落ち着けるより早く、口火を切る。


「なぁ親父、これからするのは信じられないような話だけど。一切、嘘じゃない」

 祈るような気持ちで、言葉を探す。

「実はな、――」




 *****




「……そう、か」


 全ての話を聞き終えて、親父はそう呟いたきり沈黙した。 


 宿泊先で突然、何者かに拉致されたこと。島で行われていた人体実験と、異形のバケモノ。女性研究員の助けを得て、辛くも島を脱出したこと。


 かなり支離滅裂になっていたかもしれない。それでも親父は、じっと耳を傾けていてくれていた。途中で話を遮るような真似はしなかった。

 だけど、『そうか』と呟いたきり、そのまま長いこと黙り込む。机の上に組んだ手を額に押し当てたまま、険しい顔でじっと考え込むようにする。

 これにはさすがに、少しだけ参った。


「やっぱりこんな話、信じられねぇよな……」


 否定もないが、肯定もない。大方、火事のせいで記憶の混乱を起こしたとでも思われたんだろう。仕方がないと思う反面、どうしたって失望の念は込み上げてしまう。

 けど、頼りにできないのなら、こんなところで油を売っている時間はない。

 早く、あいつらと合流しねぇと……。


「いや、悪かったよ。忘れてくれ」


 悔しさだか寂しさだか、良く分からない感情が込み上げてくる。それを振り払おうと立ち上がったおれは、手首を強く掴まれてぎょっとした。


「待て。お前を信じていないわけじゃない」


 親父の瞳には、何か強い決意のようなものが滲んでいた。


 ……親父?

 親父は手元のメモに何かを殴り書いて、おれに手渡してきた。


「そこに行け、涼司。今すぐにだ」

 メモには、見慣れない住所と人物の名が記されていた。


「これは……?」

 訝しげに見返すと、親父は辛うじて笑いのようなものを浮かべた。

「そこに、お前の力になってくれる者たちがいる。そこで、今の話をもう一度聞かせるんだ。あとは、そいつらが上手く動いてくれるだろう」


 は……?

 すぐに返事ができなかった。

 おれの話を信じた? 本当に?

 自分から話を振っておいて何を、と言われそうだが、こうまで展開が早いとかえって面食ってしまう。

 ……おまけに、力になってくれる者、だって?

 誰のことを言っているのか、まるで見当がつかなかった。


 だけど、それでも。

 親父の言っていることに、嘘はないという気もした。


 昔から親父には、どこか得体の知れないところがある。

 それでもおれは、親父のことを信じていた。おれ達家族に向けてくるクサいほど暖かな眼差しは、けっして紛い物ではないと思っていた。


「分かった」


 親父がそう言うからには、きっと大丈夫なんだろう。

 むしろ頼りにしてやるよ。 

 我ながらエラそうなことを考えて、そこでハタと思い至った。


「親父は? 一緒に行かねぇのか?」


 親父の知人なら、親父が一緒にいた方が間違いなく話が早いだろう。

 そう思ったのに、親父はどこか掠れたような笑みを浮かべた。


「すぐには、行けない。片付けなければいけないことがあってな」

 そう言って、自分の拳をじっと見つめる。


「親父……?」

 訝しむようにすると、親父は苦笑するような顔を向けてきた。

「さあ、早く行け。急がないと――」


 そのとき、親父の顔がさっと強張った。視線がおれの後ろに向いている。

 ざわりと、嫌な予感がした。

 急いで後ろを振り返り、


 仁科……っ!


 銃を構えた男達が、何人も部屋に雪崩れ込んでくるところだった。




 ***



 部屋は見る間に、屈強な男たちで埋め尽くされた。


 くそっ、どうしてここが? 早すぎるじゃねぇかよ……!


 おれたちはただ、手を上げて無抵抗を表明する他なく。

 見知らぬ男が親父の目の前に悠々と立ちはだかる。

 ぎりっと唇を噛んだおれを嘲笑うようにしてから、


「おいおい日高、また俺たちを裏切る気だったのか? これを知ったら、専務がひどく失望するぞ?」


 ……は?


 おれの顔をちらりと見てから、男は口元に愉悦の笑みを浮かべた。


「それとも、俺たちが来るまでの時間稼ぎをしていたのか? だったら、俺もお前の評価を改めなくちゃならないが」


 何を……言ってるんだ……? 


 男は、おれを見ながら親父の肩を馴れ馴れしく叩く。

 親父はただ俯いている。


 何……してんだよ……。

 言葉にし難い不安が襲ってくる。


「なぁ親父! こいつ等が例の組織だよ! 早く逃げねぇと……!」


 突然、爆笑が聞こえた。

 とっさに視線を向けると、仁科が腹を抱えて嗤っていた。


「笑える! 笑えるぞ矢吹。まさかまだ気づかないのか?」


 ひぃひぃと、込み上げる笑いを堪えるようにしながら、仁科が口の端を釣り上げる。


「お前の親父も組織の一員だよ。そんな奴に助けを求めてどうするんだ。くくっ、あはははは!」


 一瞬、頭が真っ白になった。


「……っ! 馬鹿なこと言ってんじゃねぇぞ! 」


 親父の前に立った男もニヤついた笑みを浮かべ、聞き分けのない子供を諭すような声を出してきた。


「おい、考えても見ろよ。お前があそこに迷い込んだのは、偶然だとでも思っていたのか?」


 ……っ! まさ……か……。


「お前はモルモットになるべく、父親に売られたのさ」

「嘘だ!! おい、嘘だろう親父! 何とか言えよ!!」


 ぎゅっと唇を噛み締めたまま答えない親父を見て、思考が、上手く、はたらかなくなっていく。

 ばかな……、そんなこと、あるわけがねぇ……。


 仁科がくつくつと嗤い声を上げた。


「生意気な君も、今度ばかりはさすがに堪えたようだねぇ?」


 ……嘘だ。こんなの、嘘に決まってる!


 そう思うのに、身体は言うことを聞かなくて。

 気づくと、おれは腕を思いきりねじり上げられていた。


「よく分かっただろう? 君は始めから終わっていたのさ。あそこで大人しく死んでいれば、余計なことは知らなくて済んだかもしれないのにねぇ……くくくくく!」



 ***



 その後は、呆れるほど何もできなかった。

 縛り上げられ、猿ぐつわをかまされたおれに対し、親父は放置されたままだった。何の拘束もされなかった。その場に佇んで、おれの方を見ようともしない。


 その後、おれはミニバンの後部座席に押し込められた。

 家の中で何かが壊れるような音と、親父と男達の言い争う声が聞こえた。

 もしや親父が何か抵抗を。そう思ったが、違った。

 男達に何かを訴えていたことは確かなようだが、結局、ただあしらわれただけらしい。家の外に出てきた親父は、ただむっつりと黙り込む。

 それら全てが、親父は間違いなくこいつ等と繋がりがあることを示していて。


 すまねぇ……すまねぇ、みんな……。


 胸の奥が灼けるようだった。

 朝倉たちまで、自分のせいで捕らえられたらと思うと、苦しくて堪らなかった。親父に全て打ち明けてしまったせいで、朝倉たちの動きは筒抜けだ。


 あいつ等へのわだかまりが完全に消えたわけじゃない。それでも、仲間だと思っていた。

 あの島では色々あったが、ここまで帰れたのは、あいつ等がいたおかげだ。そのあいつらがおれのせいで捕まったら、おれは一体どうやって詫びればいい……?


 知らなかったとは言え、今の朝倉たちを危険に晒しているのは、間違いなく自分だった。


 すまねぇ。おれがあいつを……あんな奴を信用したばっかりに……!


 せめて、あいつ等だけでも逃がしたい。

 そう思っても、今のおれに出来ることは何もなかった。

 発進した車の中で、自分を決して見ようとはしない親父を憎悪を込めて睨みつける。それくらいしか、今のおれには出来なかった――


 IF Storyはまだ続きます。

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