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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第3章 罪に濡れた先で
37/87

3-4 一員

「これはこれは、無事で何よりだよ。思ったより元気そうじゃないか?」


 気づけなかった……! 今のおれが気付けなかった……! 殺気を消して近くに潜んでいやがったのか?!


 家族に接触すれば、組織に見つかるリスクは高まってしまう。それは承知していた。

 だけど、ここまで早いなんて。親父をずっと監視していたのか? それにしたって、それで仁科まで出張ってくるのはどうしたわけだ。

 そんなに暇なのかよ、てめぇはよ……!


 辺りの気配を探ると、無数の殺気。

 ……って、ここはまだ、営業中のショッピングモールじゃなかったのかよ!


 どんな手段を使ったのか知らないが、きっちり人払いでもしたらしい。

 それでも、おれ一人ならまだ、ここから逃げ出すことは可能に思えた。

 ――けど。


 兵士は顔色一つ変えずに、親父に銃口を向け続けている。きっとおれが妙な動きをすれば、躊躇なく親父に危害を加えてみせるだろう。……このくそったれが!


 仁科がほくそ笑むような顔をする。


「相変わらず理解が早くて助かるよ。なら、次はすべきことは分かるだろう?」


 やっぱり、家族に会いに来たのは失敗だった……!


 自分の認識の甘さに反吐が出る。でも、悔やんだところでもう遅い。

 ただ睨み上げることしかできないでいるおれに、二人組の兵士がゆっくりと近づいてくる。

 手にしているのは、変わった形の短銃。先端が妙に細いところを見ると、針か何かを打ち出して薬物を投与する仕組みかもしれない。大方、それでおれの動きを封じようってところだろう。


「涼司! いいから逃げろ! 私に構うな!」


 苦い思いで目を向けると、いつの間にか親父は両手を後ろ手に回され、がっしりと肩を抑え込まれていた。それでも親父は必死で叫ぶ。


「逃げろ! そして二度とここには来るな!」


 ……。

 何かを知っている様子の親父。銃まで所持しているなんて、完全に想定外だった。でも、何を知っているにしろ、こいつ等と仲間ということはなさそうだ。

 当たり前だ。そんなことがあってたまるか、ちくしょうめ。


 ただ睨むことしかできないでいると、仁科が愉快そうに笑う。


「いやあ、君は単純で助かるねぇ」


 黙れよ、くそが!

 罵倒するだけコイツを喜ばせると分かっているから、辛うじて言葉を飲み込む。近づいてきた兵士がおれの傍らに立ち、首筋に銃口を押しあてる。ヒヤリとした感触。


「涼司!!」


 肉を食い破る痛みとともに、全身から力が抜けた。崩れ落ちそうになったところを、兵士に抱え上げられる。


 ……ったく、なんでこう、意識だけは健在なんだよ……。


 身体の自由は利かないのに意識だけは鮮明で、本当にくそ野郎の薬物だと思った。まるで、なすがままの獲物を甚振って、遊ぶために作られたかのような。

 わざとか。絶対わざとだよな?


 そのまま引きずられるようにして、仁科の傍に連れてこられる。

 いつぞやのように唾を吐きかけてやりたかったが、今回はそれもできない。ただ睨むしかできないおれに、仁科は舐め回すような目を向けてきた。


「いやぁ矢吹、随分といい面構えになったじゃないか。特にその目がいいねぇ。ここまで回復するのに、どれだけ喰らった?」


 ……親父の前でそれを訊くか。


 今の親父なら、おれがバケモノに成り下がったと知っているのかもしれないが。むしろそう考えた方が合点のいくことも多かったが、例えそうでも、家族の前で自分の罪を晒されることには、抵抗感が先に立った。

 今さらだって分かってるのに。


 ちらりと親父を見上げると、苦しそうに顔を歪めて、おれから視線を逸らす。

 ……。

 ちり、と胸が疼いた。


「ふっ、まあいい。褒美にいいことを教えてやろうか」


 こういうことを言い出す仁科に、碌なことを告げられた試しがない。


「要らねぇよ。さっさと消えろ」


 苛立つ思いで吐き捨てると、仁科は歪んだ笑みを浮かべた。


「まあ、そう連れないことを言うなよ。お前も我々“組織”の一員になるのだから。父親同様にな」


 ………あ?


 意味の分からないことを言われた気がした。

 組織の一員? おれが? ……いや、それ以前に、


「おや、まだ気づかないのか? それとも信じたくないのかな?」


 嘲笑の混じった仁科の声にも、親父は黙っているだけで。

 ……おい、何とか言えよ……。


「ご苦労だったな、日高(ひだか)。もういいぞ」


 ……日高?

 親父を呼ぶその名前には、聞き覚えがあった。

 それは確か、おれたちの昔の――


 その声を合図に、兵士が親父の拘束を解く。

 親父はその場に立ち尽くす。立ち尽くしたまま、黙り込みやがった。


 どうしたんだよ、なぁ……。


 親父は顔を深く伏せたまま、その表情は読めない、けど。


「いい演技だったぞ、日高。まさに迫真に迫るという奴だ。息子を本気で逃がそうとしているのかと思ったくらいだ」


 ……何、言ってんだ……。


「ほらほら、彼が混乱しているじゃないか。説明してやりたまえよ」


 馴れ馴れしく仁科に肩を叩かれ、親父はその手を乱暴に振り払う。だが、


「おっと、息子の前ではいい格好がしたいのか? 誰のせいでこうなったのか、忘れたわけでもあるまいに」


 ……誰のせい、って……。


 親父はぎゅっと拳を握りしめてから、小さく何かを呟いた。


「………す…ない」


 瞬間、怖気が走った。


 すまない? そう言ったのか? なぜ?!

 親父のせいでおれが捕まったから? けど、親父が人質にされたのは、別に親父の責任なんかじゃねぇだろう。――なぁ!


 嫌な予感に襲われる。何か触れてはならないことに触れようとしているような、そんな悪寒。


「やれやれ、これでは埒が明かないねぇ。仕方がない、詳しくは場所を移してからとしようか」


 仁科は何事かを兵士に指示し、おれをワゴン車の後部座席に運び込む。

 後部座席と運転席の間には仕切りがあって、無機質な造りの座席が後ろ向きに据え付けられていた。そこに鎖でガッチリと固定される。


 荷台の窓は黒いシートで塗りつぶされていて、普段なら外は見えないはずだった。だけど、バックドアが開け放たれている今は、外の様子がはっきりと見て取れる。間違いなく、おれに見せるためにそうしているんだろう。

 だったら見ない方がいい。

 そう思うのに、目はいつの間にか親父の姿を追ってしまう。


 親父は無言で自分の車に乗り込んでいた。拘束されるでもなく、強制される風でもなく。


 親父……!


 声が出てこなかった。

 仁科はおれをチラリと見てから親父の運転席の窓ガラスを叩き、窓を開けろとジェスチャーを出す。親父が黙ってそれに従うと、おれの方を顎でしゃくった。


「日高、明日も研究所に顔を出せ。息子と専務がお待ちかねだ、いいな」


 親父はただ目礼を返した。ただの一度もおれの方を振り返ることなく、そのまま車をスタートさせる。


 ……嘘……だろ……。


 手足が氷のように冷たくなっていく。

 なんで……まさか……いつから……!!


 そんな思考で脳内が埋め尽くされる。胸を掻き毟りたいのに体の自由がきかなくて、ただ座席で喘ぐようにしていると、同じく後部座席に乗り込んできた仁科と目が合った。

 おれを愉悦の表情で眺めているのが分かる。思わずぶち殺してやりたくなったが、それもできなくて、おれはただぎゅっと眼を閉じた。


 ……くそっ、くそっ、くそったれが……!!


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