表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第2章 それぞれの選択
32/87

2-13 意外

 思わず目を疑った。

 遠く眼下に見えるのは、緩くウェーブのかかったくせ毛が肩口まで伸びた奴と、胸元で切りそろえられたストレートの髪を風になびかせている奴。

 間違いない。あれは水野と中嶋だろう。でも、どうして?


 あいつ等は無理やりこの島に連れてこられた被験者で、ただの被害者のはずだ。なのになぜ、あんな風に銃で脅されながら歩いている?


 ふいに、結城から言われていたことを思い出した。

 確か、研究員かモルモットに紛れて脱出すればいい、だったか。

 だが、眼下にいるのは二人だけ。どう考えても紛れ込めるような集団になっていない。


 ――いや、待て。研究員らしき奴等も、あと数人いるのか。

 他にもまだ出てくることを期待したが、森の切れた辺りから現れたのは、兵士が30人ほど。そのまま、研究員らしき数名はタグボートに載せられていく。

 だが、中嶋と水野だけはヘリの発着場で、背中合わせに座り込まされていた。その周囲を兵士5人が取り囲み、数メートルの距離を開けて、さらに数十名の兵士が取り囲む。

 明らかに特別扱いの待遇だった。それも悪い方の。


 一体、何する気だよ?


 ほどなく、傍らの飛行艇から一人の男が降り立ち、中嶋と水野にゆっくりと近づいていくのが見えた。兵士が一斉に右手を眉の横にあてて敬礼する。指揮官か何かだろう。

 その男も答礼してから、中嶋と水野を見下ろす。

 と、腰から小型の銃を引き抜き、改めて中嶋と水野に向けた。それから、顔を上げて何事かを叫ぶ。


 ――あ?


 遠すぎて、何と言ったのかまでは聞こえなかった。口の動きは分かるものの、読唇術の心得なんてない。だけど、もし視力と同じなら。

 おれは目を閉じ、桟橋の方角に意識を集中させてみた。途端に数多の音が騒音のように溢れ返る。一瞬めまいを覚えたが、無視して男に意識を絞ると、次第に一つの音が意味を形作っていく。


「……き、聞こ……いるか。矢吹! 近くにいるんだろう。彼女らをどうにかされたくなければ、姿を見せろ!」


 ――は?

 瞬間的に思ったのは、ふざけんな、だった。


「5分だ。5分待つ。それまでに現れなければ、彼女たちは――」

 軽い発砲音がして、地面に小さな穴が穿たれる。

「分かるだろう?」


 ――はあ?


 無性に腹が立った。

 だってそうだろう? 侵入者は比較的まともな集団じゃなかったのか。世界の警察ってヤツを気取ってるんじゃなかったのかよ。これじゃあ、やってることは仁科たちと同じじゃねぇか!


 冗談じゃないと思った。

 しかも、あいつ等を人質にするって? ばかじゃねぇか、おれを何だと思ってやがる。あいつ等はもう、おれのダチでも何でもねぇんだよ!


 ――あいつ等への感情は、正直、自分でもよく分からなかった。

 もちろん、昔はただ忌々しかった。朝倉ほどではないにしろ、おれがこうなる前にあいつ等が見せた態度も、笑って許して忘れてしまえるようなものではなかった。


 ――でも。

 おれと同じ空間に閉じ込められて。いつ喰われてもおかしくない状況に置かれて。あれがどれだけ長く続いたのか、今のおれには良く分からない。あいつ等の外見はあまり変わっていないように見えるから、さほど長い時間は経っていなかったのかもしれない。

 それでも、あの時間はひどかった。もういっそ終わってくれと、全て滅茶苦茶になってしまえと、密かに願うようになっていた日々。

 あいつ等にとっても、ただ終わりを待つだけの、ある意味で地獄のような時間だったはずだ。そんな無限に思えた時間を経て、結城に救い出された今ならわかる。


 あいつ等がどうなってもいいだなんて、そんなふうにはもう思えねぇんだよクソやろう!


 ふいに中嶋が声を上げた。

「私たちを人質にしても、意味なんてないわよ」


 冷めた目で見降ろす指揮官に、気丈な顔をして言い募る。


「私たちは、彼を見捨てた側だもの。そのせいであんな姿にされたのに、彼が姿を現すはずはないでしょう!」


 何言ってんだよ、中嶋……。


 今さらあいつ等と、昔と同じように話せるかと言ったら、そんなのは無理だろう。あいつ等だって、こんなバケモノは願い下げのはずだ。だけど、それでも。

 あいつ等がこんな風に扱われるのは、不愉快で我慢ならなかった。


 くそっ、何が『おれの情報は漏れていない』だ。ダダ洩れじゃねぇか。

 結城に思わず文句を言いたくなる。


 でも、どうしたらいい? どうしたらあいつ等を救い出せる。

 おれの反射速度に物を言わせて、兵士全員なぎ倒すか? ……いや、5、6人ならいけるかもしれないが、周囲を固めた全員を突破してあいつ等を連れ出すのは……。大体、それをしたら、結城はどうなる?


「あと3分」


 指揮官の男が、銃口を再び水野と中嶋に向ける。

 乾いた発砲音がして、二人の髪の毛が飛び散った。


 あぁくそっ、下らねぇことを考えてるな、おれ……。


 もし、ここでおれまで捕まったら、またモルモットの日々に逆戻りだ。おれはまだいいとしても、結城まで道連れにしていい、わけがない。

 ――けど、


『あんたは、あんたのしたかったことをして』


 あぁ、わりぃ。

 おれはぎゅっと目をつむった。

 今回はお前の言葉に甘える。借りにしといてくれ!




 *****




 急な斜面を駆け下りる。弾んだ息を整えてから、飢餓感がまだ制御下にあることを確認する。

 大丈夫、これくらいならまだ抑えられる……。


 おれはゆっくりと、ヘリの発着場に姿を現してやった。

 と、兵士どもが一斉におれに銃口を向けてくる。だが、中嶋と水野の脇に立つ兵士の銃口だけは、片時も二人から狙いをはずさない。


 ――やっぱり、隙は見せてくれねぇか。

 おれは、少し距離を置いたところで立ち止まった。


「お望み通り、出てきてやったぜ?」


 指揮官は体格のいい壮年の男だった。間近で見ると、かなり彫りの深い顔立ちをしている。生粋の日本人ではなく、ハーフか何かかもしれない。随分と冷たい目をして見えたが、おれの顔を見て、ほんの僅かに驚いた表情を覗かせた。


「大人しく捕縛される気はあるか?」


 男に問いかけられ、おれは肩を竦めた。


「まぁな。お前がそいつ等をどうするか次第だが」


 ちらりと目を向けると、中嶋は目を見開いたまま、ボロボロと涙を零していた。


「どうして来たの!」

 ひどく怒っているように見えた。

「もう、私たちなんて……!」

 言葉尻が嗚咽になって、後はもう声にならない。


 どうにも居心地が悪くて頬を掻く。

 一方の水野は押し黙ったまま、なんだか、目一杯悔しそうな表情を浮かべて見えた。


 ……ン?

 少し面喰っていると、指揮官の男が感情を伺わせない声で続ける。


「君が大人しく我々と来るなら、彼女らは丁重におもてなしさせてもらおう。色々と事情を聴くことになると思うが。全て済んだら、家族に再び会うことも叶うだろう」


 思わず目を瞬いてしまった。

 本当だろうか。もしそれが本当なら、そう悪い条件ではないのかもしれないが。


「保証は?」

「ないな」


 平坦だが、嘲りを含んだ声音。

「そもそも、何をもって保証に足るというんだ?」


 それはそうなんだが。


「もし断ったら?」

「残念だが、彼女らはここに置いていく。この島の奴らに再び捉えられたらどうなるかは、想像に難くないと思うがな」


 それは確かに、嫌な想像だった。

 もし、おれがこのままいなくなったら、こいつ等が今までのような生活を続けられるとは思えなかった。下手をしたら、廃棄処分になるかもしれない……。

 どちらも糞喰らえな気はしたが、どちらがマシかで言えば、正直、考えるまでもなかった。


 それにしても、ただ置いていく、ということは。

 おれが姿を現さずとも、積極的に殺す気まではなかったということか。


「銃で脅したのは、ただのフェイクかよ」


 吐き捨てるように言うと、指揮官の男は薄く笑った。


「分かりやすく脅した方が、君には効果的と聞いていたものでね。実際に出て来るとは思わなかったが。さあ、もういいだろう。大人しく我々と来てもらおうか」


 脅迫めいた発言をしながら、それでも口調だけは穏やかで。

 おれはもう一度、肩を竦めた。まあ仁科たちよりマシなんだろう。

 そうでなきゃ困る。


「好きにしろよ」


 両手を上げて降参のポーズをとってやると、すぐに結城と似たような枷をはめられる。続いて、薬物の投与やマスクでもされるのかと思いきや。

 拘束された途端に、衝撃が走った。


 ……っ!


 見れば、肩口が銃で射抜かれていた。

 少し遅れて、火箸を押し当てられたような激痛が走る。

 突然のことに口を利けないでいると、再び銃で腹を撃ち抜かれた。


 この……野郎……!


 これくらいで死にはしない。それでも、灼けるような痛みと、脳を搔き乱す激情には慣れることなんかできなくて。


 何しやがる……!!

 睨み上げると、続けざま銃を撃ち込まれ、暴風のような憎悪が燃え上がった。


 いい度胸だ、喰らってやる!

 凶暴な思考が駆け巡り、飛びかかろうとしたところで再度銃撃。

 しこたま血を失い、完全に理性が飛びかけた。が、


 ぎゃあああああ!


 今までに味わったことのない激烈な痛みだった。

 辛うじて目を開けると、身体から薄い白煙が立ち上っているのが見えた。


 なに……を……。


 思う先で、再度、筆舌に尽くしがたい激痛が走る。視界の端で、火花が散るのが見えた。


 ……電……撃……?


 まともな思考も覚束ない頭で、その可能性に思い至る。微かに頭を動かすと、枷を嵌められた手首の辺りが、赤黒く焼け爛れているのが見えた。


 この……野郎……っ!


 思いかけて、三度目の激痛。

 視界がくらむ。意識が遠くなった。

 そこに降ってくる冷徹な声。


「貴様が施設から逃げ出す際に襲った者の中にはな、」


 おれが辛うじて意識を繋いでいることを確かめてから、言葉を続ける。


「我々の仲間もいたのだよ。ちょうど3名だ。この意味が分かるだろう?」


 霞む目を上げると、冷たい視線が突き刺さる。


「そう、これはほんのお礼さ。二目ふためと見られぬよう喰らってくれた、我々の仲間に対するな」


 言われたことの意味は分かった。これは報復と、そういうわけか。

 ふいに、嗤いが込み上げてきた。

 そうか、忘れてたよ。おれはもうバケモノだったな。気分が高揚して忘れちまってた。

 つまりアレだろ。おれがしたことの責任はとれってことだよな?

 いいぜ、いいぜぇ? やられたらやり返す。お互い様ってことだろう? だったら、おれがてめぇらぶっ殺しても、いいんだよなぁ!!


 凶暴な思考に塗りつぶされる。

 こんな拘束、ぶち切ってやる!

 そのときだった。


「ふんっ!」

「ぐぉっ」


 この場にそぐわない妙な声と、くぐもった男の声。

 ――あ?

 目の前には、全く想定外の絵ずらが展開していた。

 ――……水野?


 兵士の傍で大人しく体を硬直させていたはずの水野の頭が、兵士の顎を突き上げていた。恐らく、急に立ち上がった勢いで頭突きしたんだろう、が。


「矢吹君にひどいことしないで!」


 頭突きされた兵士はよろめいたたま、虚を突かれた様子で茫然と水野を見やる。


「彼が悪いんじゃ、ない!」


 兵士は我に返ったように顎をさすり、それから顔を紅潮させた。

「貴様……!」


 そのまま水野に掴みかかろうとして、

「そこまでだ」


 止めたのは指揮官の男だった。

「ですが大尉!」

「勝手な真似をするな。命令に叛く気か?」

 兵士は言葉を飲み込み、口惜しそうに腕を下ろす。


 おれは、あっけにとられてその様を見ていた。


 水野が? なんで?


 長い間ずっと、小さく歌うだけだった水野。あどけない子供みたいに、ただ中嶋の後をついて回っていた彼女が。彼女はもう、精神を病んでいたんじゃなかったのか。


 これは何だ? 何が起こってる?


 中嶋も驚きすぎて、口が利けないようだった。

 水野は燃えるような瞳で兵士たちを睨み上げて、それから、おれを振り返った。

 一瞬、眉を引き絞ったのは、おれの姿が見るに堪えなかったのか。

 それから鈴のような声で、でもはっきりと告げた。


「負けちゃわないで」

 ――え?


「負けないで、生き抜いて。そしていつか」

 言って笑う。

「わたしを食べても、いいからね」


 おれは声も出せずに水野を見上げた。

 理解できない言動。以前の水野からは想像もつかない変わりよう。

 いっそ怖いくらいなのに、強い光を帯びた水野に、なぜか目が離せなくて。


 いつの間にか、狂気はどこかに霧散していた。絶え間ない頭痛と飢えは脳裏を焦がし続けていたが、それでも、頭の奥は妙に冷静で。


「お前、大丈夫か」


 思わず零れ出た言葉は、我ながら気の利いたセリフとは思えなかったが、


「もうっ! 失礼だな!」


 憤慨したような顔で可憐な声を出されて、おれはますます混乱した。

「……水野、だよな、お前……」


 その先の言葉が続かないでいると、水野は再び口を開きかける。

 だが、兵士どもに有無を言わさず連れていかれそうになって、精いっぱいの声を張った。


「わたしたちは大丈夫! だからもう、無茶はしないで!」


 身を捩るようにして声を上げる。


「智ちゃんなら、きっとそう言うから!」


 中嶋も我に返ったような様子で、水野に負けじと声を張り上げた。


「涼司君ごめんね、でもありがとう! 私たちなら大丈夫だから! だから――!」


 …………。

 どう反応していいのか分からない。

 言葉なんか出てこない。

 何も言えないまま、ただ彼女たちがタグボートに載せられて小さくなっていく姿を見送っていると、指揮官の男は苦笑交じりに呟いた。


「なかなか、健気な娘たちじゃないか」


 いつの間にか、何かの薬物を投与されていたのか、気づくと一人では体を動かすこともできなくなっていた。意識も次第に曖昧になってくる。

 霞む視野の端で指揮官を睨みながら、おれはどうにか吐き捨てた。


「あいつ等に、妙な真似はするなよ」


 指揮官の男は、ただ肩を竦めた。

「貴様が大人しく協力する限りはな」


 協力……? ここまでしておいて、協力だって……?


 男はおれを一瞥し、それから踵を返した。

「連れていけ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ