表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第2章 それぞれの選択
30/87

2-11 自覚

<矢吹 涼司>

 言うだけ言って、おれは少しだけ頭が冷えるのを感じていた。


 結城は気圧された表情を浮かべたまま、戸惑う色を見せている。月明りに照らされた顔は血でべっとりと汚れているのに、それでも何だか綺麗に見えて。


 先ほどまで荒れ狂っていた激情が、嘘のように引いていく。

 もちろん、わだかまりのようなものは、まだ強くその存在を主張していたが、それでも。


 ずっと抑えつけて、我慢に我慢を重ねてきた衝動。思う様に引き裂いて、殺しちまったんじゃないかと思うほど滅茶苦茶にして。それでも、結城は消えずに目の前にいてくれた。

 幾度となく腹立たしい言葉を繰り返してくれたが、それでも、結城は結城でいてくれた。そのおかげで、こうして我に返れた気もする。


 結局、お互い様なんだろう。


 そんな風に思えるほどには、落ち着いた自分を感じていた。許せる、とまでは口にできそうになかったが。おれがした行為も、相当なものだという自覚はあった。だから――、


「最後までおれに付き合え。それでチャラにしてやる」


 改めてそう告げると、結城は今度こそ真っすぐにおれを見上げてきた。どこか気弱げだった瞳が、強い光を帯びてくる。


 それでこそ結城だ。

 そう思った。

 そっちのお前の方が、ずっといい――


「わかったわ。あんたがそう望んでくれるなら」


 そう言ってから、でも、と結城は思案げな顔をする。


「これからどうするの?」

 ――これから?


 その問いに、頭が一瞬、真っ白になった。

 ――これからって、え?



 ***



 改めて周囲を見回したが、辺りに人影はなく、ドローンで監視されている気配もない。あの仁科と言えど、さすがに敵対勢力の対応に手一杯ということだろう。それはそれで良いんだが。

 遠く眼下に接岸されたタグボート周辺は、何やら少し慌ただしかった。何か進展でもあったらしい。


「お前は、どうするつもりだったんだ」

 眼下を見下ろしながら、そう問い質す。


「お前の計画を聞かせろ。それに乗っかれるようなら、その案でいきてぇから」


 これを言わされるのは、少しだけ辛いものがあったが。ここまで来てつまらない意地を張っていても仕方ない。

 と思っていたら、案の定、結城が呆れた色を浮かべてきた。


「豪語しておいて、結局それ?」

「いやだって、仕方がねぇだろう。突然、こんなところに連れ出されたって。というより、ずっと閉じ込められてて、勝手なんて分からねぇんだよ!」


 何も間違ったことは言ってねぇぞ!

 そう思う一方で、格好のつかないことを口走っている自覚もあった。

 ……ああくそ、何でこんな気分にならなきゃいけない?


「大体、こういう時の参謀役は、いつもアイツだったんだか――」


 言いかけて、言葉を呑み込む。

 あいつが、あいつに、何だって――?


 あいつのことを考えた途端、鉛でも飲み込んだような気分になる。

 あいつのことは今も許せないはずで、なのにあいつを頼るような真似を――

 それにあいつはもう――


 結城にしては遠慮がちな声が聞こえた。

「あの、矢吹」


 視線を向けると、結城はひどく言いづらそうにしながら、

「彼はまだ生きている、かも」

 そう言った。


 思わず見返すと、結城はどこか居心地が悪そうにしながらも、手短に説明を始めた。

 朝倉の本意と、裏切りの追及を躱す小細工のことを。それらを、仁科の前で告げることはできなかったことを。

 ただ、あの時の動画には音声のなかったことが気にかかる、とも言い添えてきた。だから、全てばれている可能性もあると、そう付け加えて。

 

 なんだか、胸の奥がモヤモヤした。


 ――正直、朝倉の真意がどこにあるのかなんて、考えたくもなかった。

 あいつは本当にソツがなくて、その場を凌ぐつもりで嘘を言った可能性も十分にある。大体、目の前で自分を殺そうとしている相手を前に、本音を晒す馬鹿がどこにいる。


 と、そこまで考えて、ひどい違和感に襲われた。

 これは詭弁だと、自分でも分かっていたから。


 あのとき、一緒に地下牢に閉じ込められていた数週間。

 あいつも次第におかしくなっているのは、すぐに分かった。

 全て諦めたみたいな目をしやがって、いつ、おれに殺されても仕方がないといった風情で。というより、おれに殺されたがっている気さえした。


 挙句の果てに出ていくときにも、おれを挑発するような態度で。やるなら殺れと、そうぬかしやがった。

 ――いい度胸だ、喰い殺してやる!

 ――ざっけんな、誰が思い通りになんか、してやるもんかよ!!


 あの時の感情が蘇りかけて、胸の奥がひどく疼いた。

 結城に聞いた話があいつの本心だとしても、はいそうですかと、容易く受け入れられるものじゃなかった。

 そんな簡単な話じゃない。

 そんなに単純には認められない。

 だから、


「お前はあのとき、あいつを殺したわけじゃないんだな」

「ええ。――……」


 そう言いながらも、結城は自信のなさそうな顔をした。


「そう……なんだけど。もしかしたら、力加減を間違えたかも……」

 力加減?


「彼、ウィルスに対する耐性がついてきているように見えたから、ちょっとやりすぎたかも」

 やりすぎ、って……。


 結城はバツの悪そうな顔をする。


「あのとき、小腹がすいていたし。もしかして本当に殺しちゃったのかも……」

 おれの目が怖かったのか、結城は慌てて言い添えた。

「結局、全部ばれてて、その後で殺されたのかもしれないけど!」


 ――どっちにしろ、全部あいつが死んでる前提かよ。


 脱力しかけたおれをよそに、結城は悩まし気な表情を浮かべた。

 苛立たし気に、憎々し気に、どこか不安げに、呟くように言い捨てる。


「仁科はああ見えて、本当に腹立たしいほど如才ないから。ただ陰湿で、残虐なだけのようでいて、抜け目なく采配してくる。そんなあいつが、あんな中途半端な映像を見せてきたのには、きっと何か裏があるんだわ……」

 ――裏。


 ざわつく感情を堪えていたおれは、続く言葉にさらに嫌な気分にさせられた。


「あいつがここのNo.2というのだから、この組織の厄介さには、ほとほと嫌気が刺すわね……」


 それは、おれにとっても少し意外な言葉だった。


「あいつ、ここのトップじゃなかったのか?」

 いつも偉そうに研究員や兵士を従えているから、一番上なのかと思っていたが。


「現場のトップではあるかもしれないけれど。まだ上がいるのよ、本当はね。ほとんど姿を見たことはないけれど、確か久瀬(くぜ)、とか言ったわ。恐ろしく怜悧な男よ、仁科以上にね」


 あいつ以上に?

 そんな奴とも殺り合わないといけないのか。そう思うと、ひどく苦いものが込み上げてくる。

 だけどまぁ、結城の言いたいことには察しがついた。


「だから、そいつ等には全部ばれていて、あいつがあのまま殺されたのかもしれないって?」

「ええ」

 悔しそうにそう答えてから、結城はすぐに取りなすように言葉を繋ぐ。

「でも、きっと大丈夫よ」


 異常なまでに明るい声に、

 ――大丈夫って、何が?


「あそこで死んでいたとしても。きっと今頃、オウガにされているから!」


 一瞬、言葉を返せなかった。

 まるで死んでも大したことじゃないと、オウガにさえなれればいいとでも言うようで。


 結局それも、仲間を増やしたいってやつかよ!

 思わず本気で結城の胸倉をつかみ上げかけて、


「ただ、あの程度の相性だと、蘇っても自我はあんまり残せないと思うのだけれど……」


 本気で惜しむような声に、溜息が出た。

 結城はちょっと、いやかなり、何かのタガが外れちまってる気がした。前々から思っていたが、人の生死にさほど情感を持ち合わせてはいないように見えた。


 ――けど、これは仕方のないこと、なのかもしれない。

 結城はもうずっと前から、オウガとして生きてきたというのだから。


 ……多分、傷つけられて苦しめられて、泣き叫んでも誰も助けてくれなくて。

 今はどこか吹っ切れているようだが、ここに至るまでのこいつの心境なんか、本当の意味でおれに推し量れるものじゃないのかもしれない。


 大体、今のおれに結城を責める資格があるのか?

 思って、溜息がこぼれる。


 おれだってもう、随分と慣れちまったんじゃねぇのか。

 見知った奴らはともかくとして。初対面の奴らを糧にすることを、おれはもう、仕方がないと割り切れるようになっちまったんじゃねぇのか……。


「矢吹……?」


 気づけば、結城がどこか申し訳なさそうな顔をしておれを見ていた。また何か悪いことを言ってしまったのかと、そんな風におれを見上げる。


 おれはぎゅっと目をつむった。

 いや、今はいい。多分、あいつは生きているさ。


 根拠などないが、そう思った。

 生きている、の意味はもう、自分にはよく分からなくなっていたが。

 あいつのことだ。自我を失くすようなことにはなっていないだろう。どんな形であれ、きっとまたどこかで顔を合わせる。――そうに決まってる。

 そのときに、きっちり礼をさせてやるさ。



 この話はそこで打ち切り、おれは今度こそ、結城の当初の計画を聞き出した。

 おれを助け出した手腕だ。大いに期待できると思っていたんだが。


 それはお世辞にも、考え抜かれた計画とは思えなかった。正直、おれを牢から連れ出した後のことは、碌に考えていなかったとしか思えない。だって、こんな塩梅なんだぜ。


 まず、敵勢力のヘリか船を強奪する。

 と見せかけて、一人はわざと捕まってみせる。敵勢力は貴重なオウガ(おれか結城のことらしい)を島外に連れ出そうとするはずだから、それをそのまま利用する。

 残る一人は、研究員かモルモットに化けて島外に出る。例え拘束されても、自我を残す特殊なオウガとさえバレていなければ、隙を見て逃げ出すのは容易なはずだから。島外に出たところで、捕虜にされたもう一人のオウガを助け出せばいいと、そんな計画だった、けど。


 この計画はかなりアバウトな上に、

「お前これ、一人だと成り立たない計画じゃねぇか!」


 噛みつくように言うと、結城はきょとんとした顔をする。


「なのにお前、おれ一人で逃げろだなんて言ったのか! どうやったら、この島から抜け出せると思ってたんだ!」


 言われて、結城は「あぁ」と頷いてから小さく舌を出した。

「あんたなら、どうにかしてしまうんじゃないかと思って」


 んなわけあるか!

 言いかけて、おれは脱力した。

 何だろう、この感覚。何か小憎たらしくて憎めない、妹の彩乃を思い出すかのような、


 ――失敗した。


 迂闊に思い出してしまって、唇を噛む。

 彩乃は、母さんは、親父は、今頃どうしているだろう。

 おれが消えて、死んだと思って、その後は――?


 思い出した途端、狂おしいまでの懐かしさに息が詰まった。

 帰りたい。もう一度会いたい。

 だけど、今のおれが今さら会えるはずもなくて。

 むしろ、こんな化け物になっちまっただなんて、絶対に知られるわけにはいかない。

 そんなこと、分かりきっているはずのに、それでも一目会って謝りたくて――


「大丈夫……?」


 おれの頬に、そっと触れるものがあった。

「本当は、どうしたいの……?」


 気づくと、頬を伝う熱を結城がぬぐってくれていた。


「あんたは、あんたのしたかったことをして? 私はそれについていくから。あんたがもういいと、そう言うまで――」


 おれの目がおかしくなったのかもしれない。

 結城は一番、きれいな顔をして見えた。


「悪ぃ、もう平気だ」

「……そう?」


 結城は気遣わし気に優しく笑う。色の抜けた髪が月明かりで銀色に輝いて、緋色の瞳が吸い込まれるような色をしていて。

 くらっと来た。

 おれもだいぶん、狂っているんだろう。こんなときなのに――


 結城は小首をかしげながらも、おれが落ち着いたのを見て取ったらしい。


「じゃあ、後は手筈通りに」

 言って、少しだけ申し訳なさそうに言い添える。

「その前に、悪いんだけど。誰か、連れてきてくれない?」


 困ったように笑う。多分、おれが良く思わないのを察してだろう。

「せめて誰か一人食べないと、何もできそうにないから……」


 思わず自分を殴ってやりたくなった。

 結城をこんな風にしたのはおれなのに、その結城に気遣わせるなんて。


 それでも、胸の奥はざわついた。

 自分が依頼されたことに。これからしようとしていることに。


『誰かに無理やり食べさせられた』『抗いがたい衝動だった』

 そんな言い訳はもう通用しない。今度は明確に、自分の意志で人を殺そうとしている


 胸の奥が疼く。

 破壊の衝動に喝采を上げる自分と、それに嫌悪する自分がいて。どちらも本心だと感じるから、この焦燥にも似た疼きは、しばらく止みそうになかった。


 だけど多分、これでいいんだろう。これに完全に慣れてしまったら、きっともう、ここに居ていい理由がなくなってしまうから。

 ……おれの今の状態を伝えるつもりも、ましてや会いに行くつもりもなかったが、母さんたちに顔向けできない真似はしたくなかった。もう遅いかもしれないが。


 ――赦しを得たいわけじゃない。

 今さら、誰かの赦しを得たいと考えたわけじゃない。

 それでも、おれがこれからやろうとしていることは。

 ただぶっ壊して、ぶっ潰して、全て終わりにしてやりたいと願うのは、単なる復讐心からだと、そう思いたくは無くなっていた。


「大丈夫だ、行ってくる。ちょっと待ってろ」


 そう短く伝えて立ち上がると、結城は小さく微笑んだ。


「ええ、待ってる」


 おれは唇を噛みしめた。

 あぁ、そうだ。自覚した。

 おれはこいつも、救いたいんだ――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ