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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第1章 ハジマリの夏
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1-1 戸惑い

 目を覚ましたときに感じた、皆の妙な空気を思い出す。ひどく不安げで、まるで焦ったような表情。

 そうか、だから……。

 黙って見上げたおれに、朝倉は了解したように頷いた。この辺りの意志の疎通は早い。高校からの付き合いのせいかもしれなかった。


「僕たちは、涼司よりずっと前に目を覚ましたんだ。多分、数時間は早いだろう。それからずっと、この部屋を調べていた」

 朝倉はいったん言葉を切り、そこで微かに顔を歪める。

「でも、何も見つからないんだ。この部屋にはベッド以外に何もない。医療設備なんか見当たらない。その上、完全な密室だ」

 ……密室?


 聞き慣れない言葉に目線を上げると、

「あぁ、奥にトイレはあったぜ」

 横から今井が口を挟む。

 朝倉は淡白に頷いた。

「そう、水洗トイレが1つ。でも、それだけだ。時計もない。だから、今が何時なのかも分からない」

 ……時計?

 言われて、おれは自分の手首を見る。そこに嵌めたはずの腕時計はなかった。


「涼司。お前、僕たちがここに来る前のことを覚えているか?」

 いや、だからそれを聞いてる――

 言いかけて、脳裏を過ぎったものがあった。

 フラッシュバックのように蘇るそれ。

 ――あぁそうか。


 おれ達は貸別荘にいた。信州の少し寂れた風情の観光地。スキーの時期にはさぞやと思われる賑わいも今は昔と言った様相の片田舎で、ただ飲み会をしていた、はずだったのに――



 ******



 おれたち6人は、同じサークルのメンバーだった。

 大学3年生の朝倉、中嶋、今井の3人と、大学2年生のおれ、池田、水野の3人。


 ミステリー同好会といえば聞こえはいいが、実体はどう見てもオカルト寄り。数年前から巷で流行り始めた怪奇現象に興味をそそられたらしき連中が集ってできた、結構何でもありのサークルだった。


 けど、何だってそんなところに朝倉が?

 初めて聞いた時には相当に面食らったものだ。

 だってお前、今も優等生で通ってるんだろ?


 まぁ経緯はどうあれ、メンバーの仲は良いらしい。

 良いらしい、なんて他人事みたいに言ったのは、おれが新参者だからだ。

 大学2年生の春になって突然、半ば強引に朝倉に連れていかれた先。

 それが、この怪し気なサークルの部室だった。


『部室に私物を置き忘れたから、取りに戻るの、付き合ってくれ』

 なんて言われた時には、珍しいこともあるものだと思ったけど。

『誰もいないからお前も入れよ。ちょっと見せたいものがあるんだ』

 そう言ってドアを開けるなり、一斉に熱い視線が注がれたのは完全な不意打ちだった。


 しかもそこにいたのは野郎ども、じゃなくて――

「その人?」

 硬直したおれの肩をポンポンと叩き、

『そう、こいつが例の新入部員だ』

 馴れ馴れしくもそう言って、――はあ!?


 おれを強引に部屋の中に押しやって、朝倉はドアに背を預ける。

 さして広くもない部屋で、物珍しそうな視線に晒されて。

 ……っておい! おれがこういうのは苦手だって、朝倉お前、知ってるよな?!


 すぐに回れ右しかけたけど、

「矢吹? うわ、びっくりしたぁ」

 聞き覚えのある声に視線を向けたのがいけなかった。


「朝倉先輩の親友って、矢吹だったんだあ」

 含みもなく、ただ純粋に驚いたような声。

「意外だ……、ここ最近で一番のびっくりだよ」


 間違いなく池田だ。おれでも知っている、わが学部の姉御風マドンナ。

「あぁごめん、びっくりはしたけど、同じ学科の仲間が増えてうれしいってのは本当だから。うん、よろしく!」

 気っ風のいい池田から、ニカっとそんな顔で言われちまったら。


「智ちゃん、知ってる人なんだ? なら大丈夫だねぇ。はい、よろしくどうぞー」

 子猫みたいな仕草で、無邪気に頭なんか下げられたら。

 その無防備な仕草は、どうあっても愛くるしいとしか表現できず。

 ……いやお前、日々そうやって信者を増やしてんのかよ!

 他学科の水野。おれですら耳にしたことのある、学部イチの天然系アイドルだった。


 オマケに何だ? もう一人のクール系の美人はよ!

 先ほどから食い入るようにこちらを見上げてくる視線。

 近年ピカイチの居心地悪さだった。


 いや、うん、アンタの態度が普通だよな。普通はもっと警戒するよな。

 おれを見知っている池田ならともかく。

 池田が「OK」なら、何でも「OK」とか言いそうな水野はともかく。


 けど、おれだって被害者だぜ。文句なら朝倉に言ってくれ。

 ……ていうか、帰るから! だからそんなにガン見するのはやめてくれ……!

 ドアの前に立ち塞がりやがった朝倉をぶっ飛ばして、今度こそ部屋を出ようとした途端。


「涼司君……?」

 ――え?



 何だか知らんが、そういうことだ。

 小学校で同じクラスだった中嶋までが、いやがった。

 といっても、取り立てて仲が良かったわけじゃない。……むしろ怖がらせていただけだと思うんだが、それでも中嶋は妙に感慨深げにおれを見て、それから俄然、歓迎ムードになった。

 女性陣3人が勝手にきゃいきゃいと盛り上がり始めて。

 正直、置いてけぼりを喰らった感は半端ない。

 それでも、『すぐに帰る』と言い出し辛くなるには十分な破壊力があって、なし崩し的に入部届にサインまでしちまったけど。


 それでもやっぱり、難しかった。

 すでに出来上がった仲良しグループに混ざるのは、結構気まずい。

 おまけに後から現れた今井の野郎は、何かと分かりやすく先輩風を吹かしてくるし。

 ……いや、何だかんだで歓迎してくれているらしいのは、分かったんだけど。


 それでも、こういう人間関係の距離感ってヤツは、おれにとっては難題だった。

 さじ加減なんか知らない。どう振舞えばいいのかなんて、分かるはずもない。


 そんなわけで、入部こそしたものの、ほとんど部室には顔を出さない日々が続いた。

 まごうことなき幽霊部員。

 だから今回の夏合宿も、参加する気なんてさらさらなかった。

 だいたいアレだ。

『合宿』だなんて銘打ってはいるが、ほとんど単なる『遊び』じゃないか。


 昼間はミステリースポットの調査と称して、寂れた高原の実地調査。胡散臭い目撃情報が寄せられた場所を探索しようってことらしいけど、絶対にこれ、単なるハイキングだろ?

 夜は夜で、貸し別荘での弁論大会。……って、ただの飲み会だよな? どう考えても!


 2日目はもう、スケジュール表にそれっぽいことすら書いてない。サイクリングに手漕ぎボート、豪華夕食にはバーベキュー、果ては花火大会なんて書いてある。

 どどめに今井がのたまったのは『肝試しがないだけ、ありがたく思え』?

 いやこれ、楽しみたいのなら、お前らだけで行ってこい!


 そう言おうとしたのに、例によって女性陣の妙な盛り上がりに巻き込まれ。

 おれは結局、参加者に名を連ねてしまった。

『矢吹も行くでしょ?』

『いや、おれは――』

『行くよね? 行く! はい、決まり!』

 そんな感じのノリに押し切られた気もする。

 何か心得た感じでニンマリ、グッジョブのジェスチャーをするふざけた今井と、苦笑気味の朝倉。


 何か作為を感じたが、まぁ正直、そこまで嫌な感じはしなかった。

 おれも話したいことはあったしな、なんて思わず頷いてしまった手前もあって。

 冷静になってから『やっぱり行かない』とは言い出し辛く、やや後ろ向きな気分で参加したおれだったけど。いざ旅行が始まってみれば、おれもおれだな、って感じだった。


 常時ハイテンションで騒ぎまくる今井は、うるさくはあったが面白い奴だったし、まるで漫才のように惚けと突っ込みを入れている池田と水野の姿には、素直に笑えた。あまり馬鹿騒ぎが得意そうに見えない中嶋と朝倉でさえ、かなり楽しんでいる様子なのが印象的だった。

 そんな具合だったから、2日目の晩には、おれも相当飲んでいたと思う。

 異常が起きたのは、その晩だった。


 皆が寝静まった頃、おれと朝倉はコテージの居間でまだビール缶を握り締めていた。

 そのときだった。


 かちゃん、と小さな音がした。

 ちょうど会話が途切れたときだったから、その音は妙に耳に響いた。


 きっとガラスが割れた音だろう。風か何かで、窓でも割れたのかもしれない。

 一応、様子だけは見に行くか?

 そう示し合わせて、腰をあげたときだった。


 突然、視界が歪んだ。

 はじめは飲みすぎたのかと思った。

 無様にすっ転びそうになった気恥ずかしさを誤魔化しながら朝倉を振り返ろうとして、心臓が跳ねた。

 朝倉がその場に突っ伏していた。


『……朝倉? おい、朝倉!』


 おれは慌てて朝倉の下に駆け寄った。いや、駆け寄ろうとした。

 でも、できなかった。

 視界がぐにゃりと歪む。声も上げられなかった。

 おれはそのまま、自分が倒れこむ音を聞いた気がした。



 *****



「あのときに投げ込まれたもの、がすだんか何かだろうか」


 がす、……何?

 とっさにそう思って、すぐにガス弾のことかと思い至る。

 思い至ったけど、馴染みのない単語に違和感しか湧いてこない。

 ……ガス弾だって?


 ガラスの割れた音。あれが風のせいなんかじゃなかったとしたら。

 何かを、ガス弾を投げ込まれたときの音、なんだとしたら。


「あり得る、かもな」


 そう返すと、嫌な沈黙が降りる。

 ……くそ。

 状況は分かった。

 いや、何も分からないが、分からないなりに分かった。

 おれたちは、何者かに拉致されたんだ。


 ――いや、マジで?



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