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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第2章 それぞれの選択
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2-2 裏切りの理由

 

「――涼司」


 牢の奥で、闇の中に沈み込んでいる涼司。

 兵士が姿を消した後、どうにか声を絞り出してみても、あいつは答えなかった。

 針の筵の上とは、こういう気分を言うのだろうか。


 配慮とか作為とか、そんなものはどこかに消し飛んでしまった。

 ただ沈黙に耐えかねて、何かせずにはいられなくて、あいつに近づこうとした途端。

 凍りつくような眼光に射抜かれて、それ以上、動けなくなった。


 近づいたら、喰い殺す――

 無言の視線がそう物語っており、本能がそれを真実だと告げていた。



 オウガというものの存在を、俺達も既に知っていた。ここに連れてこられる前、ご丁寧にも仁科が教えてくれたから。


『オウガとは、ウイルスによって蘇った死人さ』

 まるで自慢でもするかのように、仁科は語った。


 ここに来る前なら、到底信じられなかっただろう。

 当たり前だ。誰が信じる。そんなものはゾンビ映画の中だけで十分だ。


 だけど、俺達はこの目で見てしまったんだ。怪力をもって人を喰らう奴らを。

 仮に死人というのが嘘だとしても、化物じみた存在であることに変わりはなかった。

 そして、涼司も――


 底冷えのする深紅の瞳と、白銀の髪。身に纏っている雰囲気も、以前のそれとは恐ろしく違っていた。まるで別人だった。


 それでも、涼司は他のオウガとは一線を画して見えた。

 俺達を憶えているように見えたから。何より、理性を残しているように見えたから。

 他の奴らは、人だった頃の片鱗など、欠片も残していなかったのに。


 だから、俺はまだ疑っていた。涼司は生きているのではないかと。

 だって、そうだろう? あの涼司が、そう易々と殺されるはずがない。

 どれだけ俺が貶めようと、そう簡単にやられる男じゃないのだから。


 ――けれど。

 再会した日以来、涼司は一歩もその場を動かなかった。

 それどころか、ほとんどの時間、涼司には意識がないように見えた。

 俺達が近づこうとしたときだけ凄まじい形相で睨み据えるが、それ以外、涼司は身じろぎ一つしなかった。何も口にすら、していないようだった。


 俺たちには日に二度、最低限の食事が与えられていたが、きっと涼司には何も与えられていない。目を覚ます前後で、まるで動きに変化がなかった。それどころか日に日にやつれて、まるでどこかが腐り落ちてでもいるかのような錯覚すら覚えた。腐臭の有無などとっくに分からなくなっていたが、それでも。


 そうして、そんな日が何日も続けば、嫌でも認めざるを得なかった。

 きっとあいつは、本当に違う『何か』になってしまったのだろうと。


「……はは」


 笑ってしまう。

 そう都合良く行くはずがない。そんなこと、嫌というほど思い知ったはずなのに。


 中嶋たちが、俺を凝視しているのがわかる。恐怖すら浮かべた顔で。

 一瞬、取り繕おうかとも思ったが、止めた。

 そんなことには、もう何の意味もないのだから。



 *****



 俺と涼司は、高校1年生の時に知り合った。といっても、ただのクラスメイト。始めはそれだけの関係だったから、特に意識してアイツを見たことはなかった。

 だけど、涼司が教師と乱闘騒ぎを起こして以降、俺は気づくことになった。


 ――同じだ。


 まるで似ていないはずなのに、どこか同じ匂いを感じた。

 それはきっと、あいつも同じだったのだと思う。

 いつしか俺はあいつと居ることが多くなり、気づけば同じ大学に通っていた。


 ――いや、いつの間にかじゃない。

 これは俺の望んだ結果で、それにあいつも応えた結果だった。


 そんな俺と涼司の関係にひびが入ったのは、涼司が中嶋と再会してからだった。


 ……俺は、中嶋に恋心を抱いていた。

 お互い、はっきりとした告白などしていなかったが、なんとなく恋人なんだろうと思っていたし、そんな付き合いをしていた。

 その中嶋が涼司に想いを寄せていると気づいたときから、俺達の関係は狂い始めた。

 本当はそれすら俺のせいなのは分かっている。俺があいつを、無理やりサークルに連れてきたんだから。


 あいつはそれまで、どこのサークルにも所属しておらず、バイトに明け暮れているような学生だった。

 理由はもちろん、承知している。何かのきっかけで暴発してしまうことが怖かったんだろう。だから、あいつは大学生になっても、他人との接触を最低限にしか取ろうとしなかった。

 でも、俺から見ても、あいつはもう大丈夫に思えた。単なる慣れの問題だ。人との距離感にまだちょっと不慣れなだけ。だから、そんなあいつを変えてやりたくて。俺は半ば強引にあいつをサークルに連れ込んだ。

 それが全ての始まりだった。


 中嶋と涼司は、小学生時代の幼馴染だった。

 といっても、同じ時期を過ごしたのは1年ほどで、涼司が引っ越して以来、ずっと疎遠になっていたらしい。おまけに、涼司の姓は以前とは変わっていたらしいから、普通なら幼馴染だなんて気づきもしないはずだった。


 だけど、それでも。思いもかけず涼司に再会した中嶋は、あいつに想いを寄せるようになった。ハタから見ていても、それは余りに明白だった。もしかしたら涼司は、中嶋の初恋の相手だったのかもしれない。

 おまけに、二人はすぐに打ち解けた。驚いたのは、涼司も中嶋に対しては、余り気負わずに接していたことだ。

 相手が池田なら分かる。池田は元々、サバサバしていて姉御肌といった雰囲気があったから。だけど、中嶋みたいなタイプには、普段なら明らかに距離をとろうとしていたのに。

 ……恐らく中嶋は、あいつの『病気』を知っていたんだろう。それでも、気にする様子がなかったから。だからこそ涼司も、今さら、距離を取ろうとはしなかったのかもしれない。


 だが、仲のよさそうな二人を見るたび、俺の胸は疼いた。それまで抱いたことのない感情に苛まれた。周りの人間にお似合いだと囃し立てられ、中嶋がむきになって否定するのが、苦しかった。

 何より最悪なのは、涼司は中嶋に対して、特別な感情を抱いていない様子だったことだ。


 ……いや、違う。

 そのことには、心のどこかでほっとしていた。

 だが、想いが通じずに切なげな中嶋の姿を見るたび、息苦しさを憶えた。

 涼司と中嶋を引き合わせてしまったのは、他ならぬ自分の責任だ。誰も恨めない。

 だが、俺の中で膨れ上がる嫉妬は、俺自身にも、どうにもできなかった。

 俺は次第に涼司を厭うようになり、そんな自分に嫌気がさして、いつしか涼司を避けるようになっていた。


 勘のいい涼司も、どこかで俺の想いに気付いたんだろう。入部こそものの、部室にはほとんど顔を出さなかった。

 その気遣いに感謝しながら、俺は同時に、ひどい敗北感を味わう羽目になった。涼司に、自分の感情を読まれていることが堪らなく悔しかった。


 俺は今まで、完敗と言うものを経験したことがなかった。それほど天狗になっているつもりはなかったが、勉強でも対人関係でも、俺は人並み以上にこなすことができた。

 それがどうだ? 醜い嫉妬に苛まれて、勝手に腐って、このザマか?

 完全に、涼司に負けていると思った。


 そんな素振りは表に出さないようしていたが、本当は、腹の中がぐちゃぐちゃだった。悔しくて情けなくて、そんな自分を認めたくなくて、堪えようのない苛立ちに苛まれていた。


 夏旅行の企画が持ち上がったのは、そんな折だった。

 正直、気は進まなかった。

 仲の良さそうなあいつらを見るのも、切なげな中嶋を見るのも、涼司に気を遣われるのもご免だった。


 だが、お調子者の今井とムードメーカーの池田、天然の水野のおかげで、それほどの息苦しさもなく、旅行は順調に過ぎるかに思えた。

 そのときだった。この馬鹿げた事件に巻き込まれたのは。



 監禁されていた建物から脱出したとき、中嶋の危機に気付かず、我先にと逃げ出した自分自身に、俺は心底嫌気がさした。

 あんな状況だ、仕方がない。

 そう自分に言い聞かせようと思っても、そうはさせない奴がいた。

 あいつだ。あいつは自分の身を危険に晒してまで、中嶋を救っていた。

 何だそれは。ナイトにでもなったつもりか?

 おれは一瞬、憎しみに近い感情を頂いたのを、今でもはっきりと憶えている。


 ……だから、だろうか。

 あの時の今井の言葉に賛同したのは。

『矢吹は既に感染した、ここを開けたら全滅だ!』 と喚くのを。

 オウガに傷つけられれば感染する。今井はそう、研究所の奴らに教えられたと言ったから。


 もちろん、研究所の奴らが嘘をついている可能性のあることはわかっていた。

 それでも、危険は避けるべきだと思った。ここには何人もの女性がいる。悲鳴を上げるばかりの水野に、まだ投与の副作用が抜けきっていない池田、そして中嶋。彼女達を抱えて、リスクを冒すわけにはいかなかった。

 そう、だからあいつを見捨てたんだ。


 ……あぁ違う。そんなのは全部言い訳だ。

 俺はあの時、願ったのだから。

 あいつがこのまま、いなくなればいいと――


 だけど後悔した。

 涼司を一人締め出して建物の奥に逃げ込んだ後。あいつが、あそこで喰い殺されたのだと思うと、堪らなくなった。


 おれは、なんてことをしたんだろう。

 あいつは親友だっただろう? なのに、どうしてあんな真似を……!


 だから、報いだと思った。

 逃げ込んだ建物の中にまで、オウガが押し寄せてきたとき。

 仕方がない。俺にはこんな最期がお似合いだ。

 俺は死を覚悟した。そのつもりだった。


 けれど、偶然あの部屋に逃げ込んで、誤って池田だけが取り残されたとき。

 そこで池田が喰い殺されるのを見て、俺の中で何かが壊れた。

 何としてでも逃げ延びてやろうと思った。そのためになら、何を犠牲にしても構うものか。

 俺はそう、思ってしまったんだ。



 地下道から地上に出た俺たちは、一つの選択を迫られた。このまま進むか、一旦戻るか。

 進まなければ脱出は在り得ないだろう。

 分かっていた。戻って何かが通り過ぎるのを期待するのは誤りだ。


 だが、ここがどこかも分からない。先に進めば脱出できる保証なんてない。どこに奴らが潜んでいるかも分からない。そんな中、壊れた人形のように泣き喚き、手のつけられない水野を抱えて逃げるのは不可能だと思った。


 いっそ見捨てて行くか。

 何度そう思ったかしれない。

 だが、水野を必死で慰める中嶋の存在に、辛うじてそれだけは思いとどまった。


 ……いや違う。これも違う。

 単に、闇雲に逃げるのは得策ではないと思っただけだ。

 だから、脱出ルート探しは今井に任せて、俺達はあの建物で待つことにした。

 運良く、化物どもは建物から去っていたから。


 とはいえ、今井は正直、アテにできない。

 そう思った俺は、中嶋と水野に身を隠すように言い含め、あの建物の構造を確認して回った。何か役立ちそうな情報はないかを必死に探して回った。

 だが、あの建物は簡易宿泊所も兼ねた、ちょっとした研究施設でしかないようだった。

 大した手がかりを得られず、徒労感に襲われながら中嶋たちのところに戻り、募る焦燥感を持て余しかけていた頃。そんなときに涼司が帰ってきた。


 生きていた……!

 そのことには心底驚いた。

 あの状況で、化け物どもに囲まれた状況で、一体どうやって生き延びたというのか。


 いや、それはいい。

 問題は、あいつが戻ってきた理由だった。

 地上が爆破される、だと? 

 不信感が渦巻いた。

 なぜ、お前がそんなことを知っている。

 仮にそれが真実だとして、それをなぜ、俺たちに告げるんだ……?


 裏切られたはずのお前が、わざわざ危険を冒してまで、俺達を助けるような真似をするか? 罠だと思わないほうがどうかしている。


 ……あぁ、これも嘘だ。


 戻ってきたあいつが、様変わりしているのは瞬時に分かった。

 どこか甘ちゃんだったあいつが、まるで手負いの獣のように見えた。

 俺達に対しても、ひどく憎々しげだった。


 だからこそ分かった。

 恐らくこいつは、嘘などついていない。本気で、俺達を助けようとしているのだろうと。


 今度こそ俺は、心の底からあいつを憎悪した。

 何だお前は。何なんだ、その善人面は。

 ばかじゃないのか。俺達が憎いんだろう?

 だったら、放っておけばいいじゃないか。なぜ戻ってきた? そんなに俺を馬鹿にしたいのか……!


 そうして俺は、今度こそ、してはならないことをした。

 あいつを犠牲にして、自分が助かる道を選んだんだ。


 ……違うか、きっとこれも正しくない。


 あの絶望的な状況に追い込まれたとき、あいつは、俺が何か企んでいることに気付いたはずだ。

 それを知って、俺はむしろ歓喜した。

 それでもなお、あいつが俺達を救って見せるか、見てやりたいと思った。


 俺はあいつが、自己犠牲を選ぶなどとは思っていなかった。

 あいつだって、そこまでお人よしじゃない。

 これで涼司の善人ぶりも終わる。そして全員で死ねばいいさ! あはははは!


 死ぬ前に、あいつの本性を剥き出しにしてやりたかった。

 あいつだって、一皮剥けば俺と同じだ。それをただ、確かめたいだけだった。


 なのに、あいつは。

 仕掛けを作動させた。

 憤りと悲嘆の入り混じったような顔で、それでも俺たちを助けようとしやがった。


 どうして……! どうしてお前はそうなんだ……!!


 許せなかった。

 理解できなかった。

 あいつは正真正銘の馬鹿なのかと思った。

 

 だけど、後になって気付いた。

 あいつは、自己犠牲などという選択肢を選んだんじゃない。

 全員で生き延びる道を、最後まで探す気だった。それが叶わないのなら、逃がせる奴だけ先に逃がして、後はまた考える。考えなしで出たところ勝負の、実に涼司らしい行動だった。

 俺はそれを知っていたはずなのに……!


 あるいは本当に、俺の言うことを信じたのか。

 何か裏があるのではと疑いながら、気のせいかもしれないと、そう願う気持ちでもあったのか。


 ……いずれにしろ、あいつが一人で取り残されたとき。

 あいつは狂ったように嗤った。

 俺を蔑む声音に満ちた、悲鳴にも似た狂笑。


 それ以来。

 あいつの声が脳裏からこびり付いて離れなくなった。

 片時も、忘れることなどできなくなってしまったんだ――


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