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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第2章 それぞれの選択
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2-1 闇の中

<???視点>


「ほら、さっさと歩け」


 ぞんざいな言葉とともに、乱暴に背中を押される。

 両手を拘束されているせいで、思わず、つんのめりそうになった。


「あまり手間をかせさせるなよ」

 苛立った様子で、兵士が言い捨てる。


 薄汚れた壁。最低限に落とされた明かり。

 赤茶けた床を見ながら、頭を巡るのは、あの時のあいつの顔だった。

 泣きながら狂ったように笑う、あいつの顔――


「はは……」


 兵士が訝しそうに俺を見下ろす気配がする。

 笑い声に聞こえたせいだろう。頭がおかしくなったと思われたかもしれない。

 それでもいい。いっそ、おかしくなってしまいたい。出来るなら、全てを忘れてしまいたかった。


「最低だな……」


 微かに漏れた言葉は、前を歩く中嶋にも聞こえただろうか。

 あるいは、彼女は彼女で、何かが耳に入る状況ではなかったかもしれない。

 どちらでも構わないと思った。

 全てが、今さらだ。


「ほら、ついたぞ」


 廊下の突き当たり。比較的大きな地下牢の隅は、完全な闇に支配されていた。廊下から差し込む明かりも届かない。


 こんなところで、一体いつまで生かしておくつもりなのか。

 そう思うと、自然に口の端が歪む。

 そんなこと、考えるまでもないか……。


 我ながら投げやりだと思ったが、それに抗う気力も湧いてこない。ただ促されるまま牢に入り、そこでおれはようやく気付いた。

 奥に人影が見えた。

 ……誰かいるのか。


 少しだけ意外に思う。そうしてすぐに思い至った。

 俺が思っていた以上に、あの化物どもに施設を破壊されたのかもしれない。そのせいで、生き残りを一箇所に集めざるを得ないということか。


 だとしたら、今が逃げ出すチャンスかもしれない。

 そんな思考も頭を掠めたが、すぐに無力感がこみ上げてくる。

 ……そう都合良くは、いかないか。


 おれは再度、奥に目を向けた。

 俺達以外にどんなモルモットがいるのか、そいつがどんな顔をしているのかに、少しだけ興味があった。今まで生き残っているような奴だ。きっと、ろくでもない顔をしているんだろう。

 ……俺と同じくらいには。


 くだらない思考のまま目を向けて、その瞬間、どきりとした。

 そいつの背格好が、ひどくあいつに似ている気がしたからだ。


 ……ばかな。

 俺は頭を振った。

 あいつがここに、いるはずはないのに。


 今さらのように胸が疼く。

 見てもいないはずの、あいつの引き裂かれる様が脳裏をよぎる。

 ちくしょう、いつまでも……!


 歯軋りしたい思いを必死に押し殺していると、

「どうした? 懐かしい顔だろう?」


 兵士の嘲笑に、ざわりと胸が疼いた。

 懐かしい……?


 まさかと思いながら目を凝らすと、兵士に無理やり引き起こされた男の姿が目に入る。


「……っ!」


 それは紛れもなく、涼司、だった。


 瞬間、頭を駆け巡ったのは、恐らく歓喜だったと思う。

 生きていた。それがただ、無性にうれしかった。


 けれど次の瞬間には、どす黒い思考が頭をもたげる。


 ほら見ろ、やっぱりこいつは生きていたんだ。あんな状況になってさえ生きていられる。

 俺が嵌めたくらいで、どうにかできる男じゃない。後悔なんて、する必要はなかったんだ。


 自分でも反吐が出そうな嫉妬心。そんなものが、この期に及んで湧き起こる。

 けれど、気だるげに目を開けた涼司の顔を見た瞬間、それらはすぐに吹き飛んだ。

 ……っ!


 涼司の瞳は、暗がりの中でもはっきりとわかるほど、赤い光を帯びていた。


 背後で息を呑む声がする。

 誰かの崩れ落ちる気配。恐らく水野と中嶋だろう。

 だが、そんなことはどうでもよかった。あいつから目を離せなかった。


 薄汚れて、病的なほどやつれてはいたが、照明に照らし出された顔は、紛れもない涼司のそれだった。

 なのに、その瞳は異様なほど赤く、髪の毛は完全に色を失っている。


 お前……。


 心臓がドクンと波打つ。

 生きていられるはずがない。

 いくら涼司でも、生きていられるはずはなかったんだ。

 あの場所に置き去りにした。たった一人置き去りにした。その結果が、これなのか……!


 兵士が面白そうに笑う。

「どうだ? 感動のご対面は。うれしいだろう?」


 一方の涼司も、俺を凝視したままだった。

 目を見張って、驚愕の表情を浮かべているように見えた。


 まさか、俺が分かるのか?

 その瞬間、背筋が凍りついた。

 涼司が俺を見た。ただ、それだけで――


 殺される……!


 当然だという思いとは裏腹に、本能がこれ以上ないほどの悲鳴を上げた。

 涼司の殺気は本物で、それだけで体中の血が凍り付いた気がした。


 助けて……くれ……!


 俺を食い入るように見ていた涼司は、唐突に視線をはずす。

 思わず、へたり込みそうになった。情けないと思う余裕すらなかった。


「……くくっ。まぁ、仲良くやれや」

 面白そうに兵士が笑う。


「お前らは、そいつに喰い殺される運命なんだからよ」


 何も、言い返すことはできなかった。



 ******



 俺達が捕まったのは、秘密の抜け穴を辿っている時だった。

 あいつを見殺しにしてから、きっと1時間も経っていなかっただろう。後から考えれば、本当にお粗末な結果だった。


 あの抜け穴は長い地下通路に繋がっていた。その先には、地上に出るいくつの扉も用意されていて。トンネルの非常出口を想起させる仕様だった。

 だが、いずれかの扉を開ければ、他の扉は全て閉じる仕組みだったらしい。しかも、地下通路と断絶する隔壁まで下りる親切設計だ。誰かの追撃をかわすためか、あるいは別の意図でもあったのか。


 ……池田は、池田の時は。


 ある意味、不可抗力だったと思う。

 こう言うのは卑怯かもしれない。それでも。


 隔壁を開く方法が分からず、ただ、俺たちの目の前で命の火をとり零していく彼女。

 見ていられなかった。助けてやりたかった。

 あんなものを見るくらいなら……!


 でも、どうにもできなかった。本当に、どうしようもなかった。

 彼女を見殺しにする他なかったことが、俺達に暗い影を落とした。


 どこまで続いているのか分からない地下道を、ただ先に進むしか術がなく。

 陰鬱とした道を、嗚咽をBGMに進んでいくのにも耐え難くなり。

 地上に繋がる扉を見送り続けることにもいよいよ堪え難くなってきた頃。


 最も手近にあった扉に手を掛けた瞬間、背後で隔壁が下りた。もはや地上に出る他なく、しかもそこは、あの建物から大した距離は離れていなかった。


 脱力した。

 目の前が暗くなった。

 この辺りにはまだ、あの化け物どもが徘徊しているかもしれない。なのに、どうしてすぐ、地上に出ようとしてしまったのか。


 ひとしきり罵り合った後、俺たちは結局、あの建物に戻ることにした。

 発狂しかねない彼女達を抱えて、先の見えない道をこれ以上進むことはできなかった。


 ……いや、違う。そうじゃない。


 ただ昏い思考のまま、重い体を投げ出していたとき。

 涼司が戻ってきた。


 涼司のときは、逆だった。

 扉の仕組みは分かっていた。

 だから――……


 今度こそ、地下通路の先へと急いだ。

 何が待ち構えているは分からない。それでも、行ける所まで行こうと思った。そうでなければ、涼司を犠牲にした意味がない。


 けれど、そう上手くはいかなかった。

 通路に突然、兵士の一群が現れて。おれたちは何の抵抗もできずに捕らえられた。

 それだけの話だった。本当に笑える。

 これじゃあ、ただの滑稽な道化だ。


 それからしばらくは、どこかの建物の一室にでも閉じ込められていたらしい。薬物でも投与されたのか、細かい記憶はなかったが。

 恐らく、目覚めた時にも似たようなことをされたんだろう。薬物か何かで強制的に覚醒させられ、そうして連れて来られた先が、この地下牢だったという訳だ。


 そうしてそこに、涼司がいたんだ――


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