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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第1章 ハジマリの夏
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1-0 不穏な目覚め

 まったくもって唐突だった。

 目を覚ますと、強烈な光が瞼を焼いた。

 ……っ?!


 眩しくて目を開けられない。

 おまけに頭が猛烈に重かった。

 何……。


 ともかく身じろぎだけでもしようとしたおれは、

 ……いつっ……!

 激烈な痛みに目を剥いた。

 まるで筋肉の引きつるような、全身が硬直するような感覚。

 なっ……。


 一瞬、こむら返りでもを起こしたのかと思って、すぐにそれは勘違いだと気づく。

 いやだって、何でこんなに熱い……いや、冷てぇんだよ!?


 自覚した途端、まるで待ってましたと言わんばかりに全身が悲鳴を上げる。

 ちょっ……。

 まるでドライアイスの塊でも押しあてられたみたいに、ただ痛いという感覚が脳をつつきまわした。

 ……何だよ、これ……!


矢吹(やぶき)!」


 突然の声に心臓が跳ねた。反射的にそちらを振り返ろうとした途端、

 いっ……!

 まるでコンクリートの塊か何かで、頭をぶん殴られた気がした。


『だい……!? ねぇ……!』

『おい、どう……』

『めお……けど……!』


 何人もの声を聞いた気がするのに、そのどれもがひどく遠い。


「……か? おい、……!!」

涼司(りょうじ)!」


 なんだよ、くそ……! 

 ただひたすら堪えていると、ようやく、少しずつ痛みが遠のいていく。


 どうにか瞼をこじ開けられるようになって、そうしてまた、理解できない状況に困惑した。

 真っ先に飛び込んできたのは漆黒の壁、ならぬ、長い髪の毛で。


「……え、中嶋……?」


 目の前にいたのは、幼馴染の中嶋裕香(ゆうか)だった。長く伸ばしたストレートの髪を耳の後ろにかき上げながら、彼女は顔を歪める。ほっと安堵したように見えた。


「涼司君、よかった……」

 長い睫にうっすらと涙が滲んで見えて、おれは慌てて言葉を探した。


「中嶋、だよな。お前、何でこんなところに――」

 と続けようとして、

「池田……? それに水野まで……?」


 憮然とした顔つきの二人の女子がいることに気づく。池田智子ともこに水野結衣(ゆい)。二人とも大学のクラスメイトだった。

 池田はショートカットの髪に快活な笑顔がトレードマークの、学科内でもけっこう人気のある奴だ。おれも何度か話したことはあるが、サバサバしていて気持ちのいい奴だった。

 一方の水野は、まだ幼さの残る顔に、緩くウェーブのかかった髪がよく似合う、一部で熱狂的ファンを生み出しているような奴だった、けど……。


 ……何で、こいつらがここに?

 思い出せない。上手く記憶が繋がらなかった。


 ったく、何がどうなってんだよ。

 重い頭を忌々しく思いながら体を起こそうとして、


『涼……っ!』

『矢吹っ』


 気付くと、おれは額をシーツにこすり付けていた。どうやら起き上がろうとして、そのままベッドに突っ伏してしまったらしい。


「大丈夫……? 苦しい……?」


 ふと気づくと、誰かが背中をさすってくれていた。じんわりとした熱が背を包む。

 思わず目頭が熱くなりかけて、おれは慌てて歯を食いしばった。


 とにかく顔だけでも上げよう。そう思うのに、頭を動かすと冗談抜きで吐きそうになる。

 ……ったく、何がどうなってんだよ……。


 体中が痛い。まるで見えない手にギリギリと締め上げられてでもいるかのようで、どうしたって不安になる。

 けど、それでも。

 周りにいる奴らを思い出して、おれは今度こそ、気合いで上半身を引き起こした。

 案の定、目の前にはひどく不安げな顔の中嶋や水野がいて。池田も、もの言いたげな表情を浮かべている。


 ……いや、ちょっと。

 女性陣3人の熱い視線がうれしい、なんて気分になるはずもなく。

「悪ぃ、もう大丈夫だから」

 ほとんど反射的に、そう口にしていた。


 もちろん、全然大丈夫なんかじゃなかった。

 どうしてこんなに苦しいのか、自分でも訳が分からない。それが怖かった。

 だけど何より、居心地の悪さがまさった。


「な、もう大丈――」

 適当なことを言いかけて、


「嘘つき!」

 突き刺すような声に、おれはどきりとして水野を見上げた。

「全然、大丈夫そうになんか見えないもの!」


 まるで噛み付くような顔。普段、可愛らしい印象の強い水野だけに、こんなに取り乱した姿は意外だった。


「結衣ちゃん! 落ち着いて。ね?」

 言って、池田が水野の肩を叩く。それから、おれを振り返って頷いてみせた。

 え……?


 意味が分からずに池田を見返すと、彼女は苛立った顔でもう一度強く頷いてくる。

 いや、何……。

 キョトンとしていたんだろう。彼女の睨むような目線が飛んできて、それでようやく思い至った。

 だから慌てて言い直す。

 もとい、ゆっくりと、噛み含めるように言い直す。


「水野。本当にもう、大丈夫だから」

「……本当? 本当に大丈夫?」


 すがる様に聞き直されて、言葉に詰まる。

 おれのことが心配、というより、何か別のことが心配で心配で堪らない、といった風に見えた。

 ひどく胸がざわついたが、それでもおれは、今度こそ何でもない素振りで頷く。

「ああ。本当にもう、何ともねぇから」

 馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返すと、池田がすかさず取りなしてくる。

「ね? ほら、矢吹も平気そうにしているじゃない」


 実際、その通りだった。

 この問答をしていた僅かな間に、なぜか潮を引いたみたいに、頭痛や吐き気は収まってきていた。いつの間にか、悪寒すらしなくなっている。


 水野はおれと池田を交互に見つめて、それからようやく表情を緩めた。

「うん、そうだね。……よかった」


 ……よかった?

 水野の呟きに、つい引っかかるものを感じてしまう。

 いや、よくは、ねぇんだけどな。


 相変わらず、何が何だかさっぱり訳が分からない。

 いい加減、誰か分かるように説明してくれねぇかな……。

 そんな気分で口を開きかけて、ようやく、他にも人の気配があったことに気づく。


「――朝倉?」


 朝倉克己(かつみ)。高校時代からの友人で、……多分、おれが唯一、親友と呼べる奴だった。

 いつも通り、小さなメガネの奥から理知的な光が覗いている。けど――

「お前までいたのか?」

 思わず口をついて出た言葉に、朝倉は少しだけ呆れたような顔をした。

「もしかして、気付いていなかったのか?」

「……いや、まぁ」

 朝倉は苦笑するような笑みを浮かべた。

「けど、安心した。本当にもう大丈夫みたいだな」

 いつもと変わらない朝倉の声。

 おれもなんとなくほっとして、賛同の意を示した。


 そばで中嶋が安堵したように息をつく。振り仰ぐと、池田も大仰なため息をついていた。

「まったく、あんまり心配かけないでよね。心臓に悪いんだから」

 咎めるような色こそなかったものの、これにはちょっと納得がいかなくて。 

 いや、そんなこと言われてもな。


 その思いは顔に出ていたらしい。朝倉の苦笑するような気配が伝わってきた。

「まあ、涼司だけ全然目を覚まさなかったからね。その上、ようやく起きたと思ったら、これだろ? 心配するなと言う方が無理かな」


 おれだけ?

 その言葉に、また不安がぶり返してくる。

「それ、どういう意味――」


 言いかけたとき、すぐ脇から、にゅっと顔を覗かせた野郎がいた。

「おい矢吹。俺もいるってこと、ちゃんと分かってるか?」

 ひょろりとした体格に茶色の長髪。

「あ、今井さん?」


 そこにいたのは、学年としては一年先輩にあたる今井康介(こうすけ)だった。おれは浪人、今井は現役だから、年齢としては同じだったが。


 ……って、何で今井まで? いや、このメンバーが揃ってるということは。

 ようやく理解が及びかけて、それでもやっぱり、この場所だけは全く得心がいかない。

「一体、何がどうなってるんです?」

 一応、敬語で問いかけると、今井はお手上げのポーズをしてみせた。

「そりゃ、おれが聞きてぇよ」


 ……質問を質問で返された。

 もう少し分かるように説明してほしくて今井を見上げたが、奴にはそれ以上話す気がないようだった。

 ……なら話に割り込むなよ。

 内心で溜息をつきながら、おれは朝倉に視線を戻す。

「なあ。ここ、病院なんだろ?」


 すでに、視界ははっきりしていた。

 おれが今いる場所は、天井の高い、やけにがらんとした空間だった。そこに10人分のベッドが2列、等間隔に配置されている。いかにもがっしりとした造りのパイプベッドに、真っ白なシーツ、真っ白な壁。何もかもが真っ白で落ち着かなかった。

 白くないものといえば、壁にはめ込まれた大窓だけだ。黒光りするそれは、この空間には何だか異質で、圧倒的な存在感を誇示していて、それだけにひどく不気味だった。

 でも、少なくとも清潔だった。病院のように思えた。他に思い当たる場所がなかった。


 けど、おれの問いに朝倉は複雑な表情を浮かべた。

「どうだろう、そうかもしれないけど」

「そうかも?」

 朝倉の顔が曇る。

「分からないんだ。目が覚めたらここにいて。病院のようにも見えるけど、それにしては変だ」

「変?」

 朝倉が暗い表情で答える。

「ドアが開かない」


 おれは朝倉を見上げた。

「開かないって、そこのドアがか?」

 おれは、奥に見えるドアを指差した。スライド式の真っ白な1枚扉。取っ手は見当たらなかった。

「もう何度も試したんだ。でも開かない。窓も開きそうな気配がない」


 重苦しい空気。

 おれにもようやく、事態の異常さが飲み込めてきた。

「つまり……」

「僕たちは、閉じ込められている」



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