第1章 Epilogue
ひどい寒気がした。
ガリガリと引っ掻くような、神経を逆撫でする感覚。それが容赦なく全身を突き刺してくる。
何……。
身体がやけに重かった。身じろぎすると全身がバラバラになりそうな気がした。
何だよ、くそ……。
どうにか上半身を引きずり起こすと、頭が割れるように痛んだ。
毒づきながらも辺りを見回すと、青みがかった視界に浮かび上がったのは、10畳ほどの広さの空間と、壁一面に広がる大窓。
どこかで、見たことのある光景だと思った。
でも、どこでだったろう……。
頭が強く圧迫されているかのようで、まともに記憶を辿ることができない。
何より、全身を締め上げる飢餓感に、意識が削がれた。
ひどくイラつく。
得体のしれないこの場所にも、思い通りに動かないこの身体にも。
「ようやくお目覚めか? 矢吹」
瞬間、吐き気がするほどの憎悪が込み上げた。
「――仁科ぁ!!」
あいつだ。
あのくそ野郎……!
窓の向こうに、見間違えようもない男が立っていた。
「てめぇ、よくも――」
「くくっ。ちゃんと記憶はあるようだな」
「何言ってやがる! てめぇはおれが、」
言いかけて、言葉が途切れる。
おれ……は……。
頭が割れるように痛む。
視界が明滅し、おぞましい残像が脳裏を過る。
最悪の感触が全身を這いずり回って、
……っ!!
「ようやく気づいたか、矢吹?」
笑い含みの声に顔を上げると、突然、窓の外の景色が変わった。
目の前にいたのは、色の抜けた髪と、泣き腫らしたような真っ赤な瞳。
紛れもないオウガのそれが、おれをじっと睨んでいた。
……っ!
とっさに後ずさりすると、そいつも馬鹿みたいに同じ真似を、して――
……あぁ、くそ。
「相変わらず、察しはいいようだな」
分かっていた。
こんなことがあるかもしれないと、頭のどこかで予想はしていた。
――けど!
「どうだ? 生まれ変わった気分は」
鏡の奥、暗がりの中で異様な輝きを放つ赤い色。淀んで荒んだ、昏い赤。
吐き気がした。
どうだ、だと?
ありったけの力で鏡を殴る。
それでも鏡はびくともしない。
苛立ちばかりが募っていく。
狂おしいほどの飢餓感が押し寄せてきて、意識が根こそぎ持っていかれる。
憎悪に全身が締め上げられる。
ふざけやがって……!!!
「くっ、あははははは!」
再び透けるようになった窓の向こうで、あいつの顔が愉悦に染まっていた。
「いいねぇ、矢吹。もっと私を楽しませてくれたまえよ」
そのまま口角を釣り上げる。
「お前はもう、私の可愛いモルモットなのだから。私の研究が終わるまで、永遠にな……!」
哄笑へと続く言葉を聴きながら、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
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運命なんて言葉は大嫌いだった。
定めなど知らない。
決められた未来など信じない。
運命なんかに、自分の未来を決められてたまるか。
おれはずっと、そう思っていた。
だけど、間違っていたのか。
全ては決まっていたことなのか?
おれがどれだけ足掻こうと、何の意味もなかったと……?
――そんなこと、あってたまるか!
だったらこれは、おれのせいなのか。
おれがどこかで、何かを間違えたせいなのか?
でも、どこで? どこから?
……分からない。
おれにはもう、分からなかった。
どうすればよかったんだろう。
おれは、どうすればよかったんだ。
逃げ出せばよかったのか。
逃げられたんだろうか?
それとも、あいつらを見殺しすればよかったのか。
……だけど、そんなの……!!
どうすればよかったのか、分からない。
分からないけど、戻りたい。
あのバカみたいに陽だまりに、もう一度……。
だけどもう、戻れない。
そんなことは分かってる。
どんなに願っても、戻れるわけがないことぐらい……!
それでもおれは、考えずにはいられなかった。
どうすればよかったんだろう。
おれは、どうすればよかったんだ。
こうなる前に。
こうなってしまう前に。
そして、これから…………!
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ここまでが長い長いプロローグ、2章からが本章となります。
次は、一旦過去のお話に戻ります。
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