ロボットのような少女
初投稿です。不定期です。
“偶然とは、奇跡に等しい“
俺が教えられてきた言葉の1つだ。
たまたまテストで良い点が取れたり、たまたま行った旅行先で友達と会ったり、たまたま懸賞が当たったり………。
本当は起こりえなかった、想定していなかった事が起こっている。それは誤差があれど奇跡的な確率なのだ。奇跡的とは、『稀』ではなく『偶然』という言葉に近い。だから人は奇跡という言葉を多様する。
偶然でも思いもよらない事が起こればそれは奇跡的な事なのだ。奇跡なのだ。
こんなこじつけのような意味のわからない教えを俺は何故か覚えている。
それを踏まえて。
少女と、俺との出会いは果たして奇跡なのだろうか。
土手を跨いで敷かれている線路の傍で立っている少女。その目に映っているのはやけに赤い夕日とそれを背景に自転車を押して歩いていた帰宅部の学生。
その帰宅部の学生は誰でも良かったのかもしれないが、それは偶然にも俺だった。
さて、状況を整理しておこう。
俺の名は小桜 茻。高校生。現在帰宅部2年目。
まちにまった金曜の放課後を担任のプリント整理に使わされ、サッカー部が支配したグラウンドの代わりに学校の外周を走る陸上部を横目に5時に下校。帰宅道の途中にある土手を歩き、いつもは待つことの無い踏切で足を止め、ふと線路の下の草の生い茂った川原を見る。
「ん?」
雑草の緑と枯れ草の黄色に混じった白い影。だんだんこちらへ登ってくるのが分かる。
それを人と、自分よりも2つ程下であろう年齢の少女と認識するのに時間はかからなかったが、
「初めまして。あなたの事は何とお呼びすれば良いですか?」
少女が俺の目の前で止まり言い放ったその言葉を認識するのには時間がかかった。
いや、認識ずらしていなかったと言うのが正しいか。
「はい?」
アホ面でそう聞き返した後(のち)、今に至る。
白髪のショートカットに白色のワンピースを着た透き通る様に白い肌の少女。黒い眼差しと桃色の唇、服と身体中の汚れを除けばまさに雪の精のような見た目をしている。
少女はもう一度口を開く。
「ですので、あなたの事は何とお呼びすれば良いですか?」
何故か道の真ん中に移動し、だがその際も目をそらすことはなく同じ言葉を言う。
目の前で起こる状況の変化に脳の処理が追いつかなくなってくる。
こういう時、咄嗟に口から出てしまうのは冷静さの欠けらも無い、ただ返答に困っただけの可も不可もない言葉だ。
「お呼びすれば良いって……。執事みたいな事を急に言われても…。」
「その認識で構いません。私はあなたの命令を全て聞き入れます。その目的の為に今あなたの目の前にいます。」
まるでロボットのようだ。無機質な声で淡々と話す。
はぁ…。面倒臭い。面倒臭いのに絡まれてしまった。
ようやくいつもの自分を取り戻す。
そして自分の状況を思い出した。
俺は帰りたいのだ。
家に帰って何をするでもなくただひたすらと無意味に時間を潰す。その作業をすべく俺は寄り道もせずに真っ直ぐと帰っていたのだ。
もっと言えばその為に帰宅部に入った。
今でさえこの子と会わなかった事にして帰りたいのだがそれを昔教わった親の洗脳が許さなかった。
“悩みはその場で解決するに限る“
俺の脳を今支配した感覚は、食事の前に『いただきますと言わなければ』と自然と反応する感覚に等しい。
俺は数秒言葉を考え、少し笑って言葉を放つ。
「えぇと、まぁ俺の名前は茻(しげる)。小桜茻だ。君の目的というのはともかく、俺はこれから帰ってやるべき事がある。ので、俺が君にできる最善の行為は君を家に帰す、もしくは迷子として110番様に来てもらう事だけなんだよ。」
なるべく早口で喋ったつもりだ。自論であるが、会話を終わらせるコツは相手に会釈をする暇を与えることなく正論で自分の意見を主張し、結論を出してしまうことだ。
もちろん今までは、この方法で素早く口論を制していた。
がこれが通じるのはあくまでも相手の手の内をある程度把握している時。
俺はどうやら彼女の事を一切把握出来ていなかったらしい。
彼女が返した言葉は
「お言葉ですが、申し訳ありません。私は迷子でもなく、また、帰る家もありません。あなたの命令を聞くだけです。もし先程の言葉を私なりに解釈するとなれば、『孤児を助ける施設に行け』もしくは『警察に自分の身を預けろ』という事でしょうか?」
予想の斜め上だった。
なるほど、この子にはおそらく俺の脳のスペックでは出てこない背景を抱えており、明確な目的もあるのだろう。
再び数秒考えて一つの結論を出した。
一旦食い下がろう。そもそも俺は口論が得意ではなかった。
ここは王道に、名前でも聞いておこう。
「おい、お前の名前は?」
「名前ですか?それはあなたが名付けるものでは無いのですか?」
もう斜め上の返答は俺には通じない。
「……記憶でも吹っ飛んだのか?てか、なんでそんなロボットみたいなし」
突然耳に反響するクラクションの音。
一瞬身体が硬直する。
不意に音の方を見ると軽トラックが走ってきた。
が、そんな事をゆっくり考えている場合ではない。
目の前の、名前も知らない幼い少女が、その突如猛スピードで来た軽トラックの行く先に立っているのだ。
「馬鹿、危ねぇ!!!」
声に出すと同時に身体が動いた。
自転車を握っていた両手が彼女の後頭部と身体を抱きしめ、そのまま道の端に2人して転がり込む。
「アホか!!んな所に立ってんじゃねぇ!!」
一瞬止まって、すぐに過ぎ去っていく軽トラックと運転手の罵声。もう届かないとは分かっていながらも、
「てめぇが急ブレーキかけねぇからだろ!」
とだけ叫んでおいた。
何も言わずにいるのは胸糞が悪すぎた。
急に心臓の鼓動が早くなるのに対し、体はまだ震えていたが、ずっと動かずにこちらを見続けていた少女を見て少し安心する。
多少擦り傷はあるが無事のようだ。
ほっとして声をかける。
「お前もお前で、道の真ん中に止まってないで避けろよな…。まぁあの軽トラが八割悪いが……。」
微笑して声をかけて、途端ある事に気づき、それ以上言葉が続かなかった。
春なのにすでに夏の様な暑さを感じる夕日を背中に感じる中、彼女を抱きしめていた手は、とても冷たかった。
冷たかったのだ。まるで機械でも触っているかのように。
安心しかけていた鼓動は、再びペースをあげる。
「え……。」
すぐさま少女の首筋と、血の流れない傷痕に手を当てた。
まさか、こんな事あるはずがない。
が、今が夢でもない限り信じない訳にもいかない。
そして、俺はこのまま帰る訳にも行かないようだ。
「お前、まさか……。」
『開いた口が塞がらない』、この言葉の意味を再確認した。
俺の手から抜け、何事も無かった様に少女は立ち、暗い曇り空を背景にまだ転んだまま首だけをあげている俺を見下ろして、静かな声で言った。
「隠すつもりもありませんでしたが、この事と、もうひとつの事が最後の命令でしたので。私は、俗に言うロボットです。手を貸しますので立ってください。」
なんてこった。
彼女のその言葉は、俺の予想の斜め上をこえていた。