適当ヒロイン 1
「はあ~、温かいお茶といちご大福がセットで欲しい」
………………………………は?
無意識に出た言葉に、自分でも驚く。
待て待て待て。
この国にいちご大福なんてものはない。
そもそも大福なんて、この世界にはないはずで……この世界、とは?
突如、頭の中にいろんな映像が流れ込み、気分が悪くなる。私は側の木に手をついて、ふらつく身体を支えた。倒れたホウキをものともせずに、その場にしゃがみ込む。
「な、ななななな……」
前世を思い出した私は、一気に血の気が引く。
「なんで!? バレス国のシルヴィエラって……駄作ラノベのヒロイン、だよね?」
*****
つい先程までの私、シルヴィエラは、自分の境遇になんの疑いも抱かなかった。大好きな幼なじみのことを思い出しながら、素直に庭を掃除しちゃったりなんかして。
ここは、バレス国唯一の女性だけの修道院だ。煉瓦で作られた建物は古いものの、敷地は大きく庭もかなり広かった。晩秋の庭、色づいた落ち葉はホウキで掃いても一向になくならず、ひとりぼっちの作業は寂しい。
「みんなは歌の練習をしている頃ね。どうして私だけ、聖歌隊に選ばれなかったの?」
私は三年前、十六歳の頃からこの修道院でお世話になっている。シスター達は優しく、特に仲間はずれや意地悪をされた覚えはない。それなのに聖歌隊に入ることだけは、院長が反対していた。代わりにこうして、庭の掃除を言いつけられてしまう。
「失礼なことをした覚えはないけれど……」
先日、王都からの視察団がここを訪れた時、偶然院長室に入った私が、案内役を仰せつかったのだ。院長が紹介してくれたと思い込んだ私は、シルヴィエラ=コルテーゼという本名を特に名乗らなかった。
「やっぱり、それが良くなかったのかしら。それとも周りから『聖女』と呼ばれているのを不快に感じた、とか?」
私は薬草や香草を使ったお菓子作りが得意だ。近くの村で病が流行った時、解毒効果を持つ薬草入りの焼き菓子を届けに行ったことがある。
薬草の苦みを干したオレンジの皮で消し、ほんの少しのお酒で香りを付けて、石窯で焼き上げる。クッキーに似たそれを、村人たちは「薬草が入っているとは思えないし、子供でも食べられる」と喜んで口にしてくれた。
たまたまお菓子を配った時と病の収束する時期が重なったため、村人が「奇跡だ」と言い始めた。それ以来噂はまたたく間に広がり、私は『白銀の聖女』と呼ばれることとなる。
当時は必死に否定したものの、この国では珍しい銀色の髪とも相まって、もっともらしく聞こえたようだ。「通り名みたいなものだから」とあるシスターに言われた私は、いつしか訂正することをやめてしまった。今では仲間のシスターたちも、親しみを込めて私をそう呼んでいる。
視察団の前で調子に乗ったわけではないし、自分で『聖女』と言った記憶はない。普段の私は朝誰よりも早く起き、夜眠る直前まで祈りを捧げている。また、シスターとしての勤めの他に、料理や繕い物も喜んで引き受けていた。
その上今は掃除まで……
「考えても仕方がないわね。日が暮れて寒くなってきたから、さっさと終わらせてしまいましょう」
そう言って、ホウキを近くの木に立てかけた私は、かじかむ手に息を吹きかけた。とっさに頭に浮かんだ思いを、そのまま口にしたのだ。
*****
以上、回想終了。
私は信じられずに、自分の両手に目を落とした。白くほっそりした指が、ショックのあまり小刻みに震えている。
真っ先に頭に浮かんだのが、『聖女はロマンスがお好き』というライトノベルだった。ただのラノベなんかじゃない。内容がひどく、駄作なことで有名だ!
作者はきゃ○で、イラストだけが素晴らしい――