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ざ・営業部第三課 終わらない★

 年末になると、お歳暮リストの作成だったり、お客様への挨拶回りだったり、接待だったり、色々と忙しい。

 しかも、今年は社長の思いつきで年賀状に手書きで一筆加えないといけないことになってしまったから、いつもにも増して忙しい。

 でも、提出期限を過ぎると、宛先の最終チェックをする摩耶と部長達の負担が大きくなるからな……

「早川、聞こえよがしにため息を吐くな」

 盛大にため息を吐いてしまったらしく、右隣の席から日神の叱責が聞こえてきた。

「そんなこと言ったって、この量を手書きってのは辛いっすよ。おかげで今日も残業ですし……」

「そうだろうけれども、こういった地道なことが、大きな案件につながったりすることもある」

 日神は視線を動かさずそう言いながら、筆ペンを動かし続けている。心なしかペースが凄まじい気がするのは、家で待ってる奥さんが心配だからだろうな。

「でも、こういう時に書道が得意な人が羨ましいっすね。猛スピードで書いても、綺麗な字なんすから」

「別に、慣れれば大したことない」

 日神は相変わらず凄まじい速さで手を動かしながら、吐き捨てるように呟いた。付き合いが長いと何となくわかるが、多分怒っているのではなく照れているのだろう。

 しかし、こんなに面倒臭い反応をする奴と一緒に居られるなんて、あの奥さんは聖人かなにかなのだろうか……

「……おい、今何か物凄く失礼なこと考えたな?」

 ……長い付き合いのため、向こうもこちらの考えていることが、何となく分かったようだ。一旦筆ペンを動かす手を止めて、こちらに鋭い視線を向けている。

「いえいえ、ゼンゼンソンナコトナイデスヨー」

 棒読みで否定すると、日神は小さくため息を吐いてから、いいから集中しろ、と呟いて再び作業に戻った。

「早川さん。字に自信がないなら、イラストなんかにしてみては?」

 向かいの席のモニターの陰から、吉田がヒョッコリと顔を出した。

「イラストかー。お堅いお客様のところじゃ無ければ、それもありかな……」

 そう言えば、イノシシってどんな形だったかな。

「はい、私も伝之助さんのイラストをつけてますし」


「……いつから干支に蝸牛が入った?」

「いつから干支にカタツムリがはいったんだよ!?」


 予想外の生物が登場したため、思わず日神とほぼ同時にツッコミを入れると、吉田は苦笑いをしながら頬を掻いた。

「い、嫌ですねお二人とも。全国でんでん虫を愛でる会に関係しているお客様にだけですよ?」

 その割には表情に焦りが見えるのは、気のせいだろうか……

「それならばいいが、他のお客様へは無難に来年の干支を描いてくれ……」

 日神がやや脱力気味にそう言うと、吉田は意気消沈気味に、かしこまりました、と返事をした。

 そう言えば、摩耶から日神のイラストは凄まじいという話を聞いたことがあったな……よし、いつもからかわれているから、少しくらい反撃してやろう。

「日神課長も干支のイラストをつけたら良いんじゃないっすか?」

「……早川。お前は新年早々、クレーム電話の嵐が巻き起こっても良いのか?」

 俺の質問に、日神はいかにも不機嫌そうな表情で答えた。よし、ちょっとは効果があったみたいだ。

「いやいや、流石にそこまでにはならないでしょ?」

 茶化すように聞いてみると、日神は遠くを見つめだした。

「……昨日、試しに描いたイノシシをたまよに見せてみたら、何か辛いことがあったなら話して下さい、と涙目で心配されてな。流石にそんな品質のものをお客様には出せないだろ……」

「……すみません、俺が悪かったです。だから、そんなに悲しそうな顔をしないで下さい……」

 あまりにも悲壮な表情を浮かべられてしまったため素直に謝ると、そうか、という力無い呟きが返ってきた。しかし、日神はすぐになにか思いついたらしく、勝ち誇ったような笑みを浮かべてから口を開いた。

「しかし、残念だったな早川。今年の分だったら、顔写真でもつければ丁度良かったのにな」

 ……俺の写真?

 えーと、来年は亥年だから今年は……この野郎。

「誰が犬だ!?」

「なんだ、違ったのか。てっきり、反抗期の柴犬か何かだと思ってたよ」

「そういうこと言うと、課長経由で奥様に言いつけて、叱ってもらいますよ!?」

「たまよは今関係ないだろ!?」

「あー、やっぱり奥様に叱られるのは怖いんだー?」

「この……」

「お、お二人とも!今は年賀状に集中しましょう!今日の分もまだまだ有るんですから!」

 焦る吉田の声に我に返り、年賀状の束に目を移すと、言葉通りまだまだ相当な枚数が残っていた。

「……全くもって、その通りだな……」

「……そうっすね……」

 二人して力なくそう呟いて、再び年賀状に一筆加える作業に戻った。

 しばらくの間は三人で黙々と筆ペンを動かし続けていたが、不意に日神の方から小さなため息が聞こえた。顔を向けてみると、どうやら今日の分が終わったらしく、筆ペンを置いて伸びをしている。

「お疲れ様でした。今日の分はもう終わりっすか?」

「ああ。そう言うことだから、先に失礼させてもらうよ。お前らも、あんまり遅くならないうちに帰れよ」

 ……最近色々とあったからか、日神も丸くなった気がする。

 そんな感慨にふけっていると、執務室のドアが勢いよく開いた。

驚いてその方向を見ると、焦げ茶色の天鵞絨製のスカートスーツを身に纏い、長い髪の毛を一本の三つ編みでまとめた、背の小さい女性が肩で息をしていた。一見すると、変質者に追いかけられて逃げ込んできた子供のように見えるが、我が社の代表取締役社長だ。

 社長は日神を見つけると、苦しそうにしていた表情に希望の色を浮かべて、トテトテと走り寄ってきた。一方の日神を見てみると、あからさまに、げっ、と言いたそうな顔をしている。

「ひがみーん!居てくれて助かったー!!」

「……私に何か御用でございますか?」

 走り寄る社長に向かって、日神が引きつった笑顔で問いかける。社長は日神の席の横まで来ると、泣き出しそうな表情を浮かべた。

「あのね!年賀状が全然終わらないの!だから、助けて欲しいの!」

「そう仰っていただけるのは誠に恐縮至極ではございますが、私めなど一介の中間管理職に過ぎませんので、社長のお力にはなりかねますよ」

 日神は引きつった笑顔のまま馬鹿丁寧に断りを入れているが、それで引き下がるような社長ではない。

「大丈夫!私とひがみんが力を合わせれば、出来ないことなんて無いよ!」

「お褒めのお言葉をいただき、身に余る光栄とは存じますが、本日は妻との約束がございまして……」

「分かった!じゃあ、たまよちゃんだっけ?奥さんも呼んで手伝って貰おう!」

 何が、分かった、なのかさっぱり分からない社長の台詞に、日神は笑顔を更に引きつらせた。

 ……頭に来ることも多いが、流石にここは日神を応援したい。

「あ、でも日神課長の奥様って書道はやってなかったっすよね?」

 援護射撃をしてみると、日神が視線をチラッとこちらに向けて軽く頷いた。珍らしく褒めてくれたのはありがたいが、明日は雪でも降るのかな……

「早川が申し上げた通り、妻はあまり書道が得意ではございませんので……」

「大丈夫!心を込めて書けばきっとお客様にも伝わるはず!なんなら、明日にでも臨時ボーナスとかだすか……」

「賞与の支給については、役員会での決裁が必要、と社内規程にあったはずでしたよね?」

 それでもめげない社長の声を遮るように、冷たい声が執務室に響いた。全員で声のする方向に顔を向けると、スラリと背の高い、まとめ髪をした黒のパンツスーツの女性、クールビューティ信田管理部長が執務室の入り口に立っていた。

 部長はヒールの低いパンプスをタンタンと鳴らしながら、げっ、と言いたそうな表情を浮かべる社長に向かって歩き出した。無表情で無言なところが、実に恐ろしい。

「そもそも、お客様への年賀状に手書きで一筆入れよう、と言い出したのは社長ですよね?発案者が一番先に弱音をあげたら、他の者達に示しがつかないとはお考えにならなかったのですか?」

 部長は社長の側に立つと、相変わらずの無表情でそう言った。

「で……でも……ほら!ひがみんは書道の有段者だから、私が書くよりお客様も喜ぶと思うの!」

「先ほどまで日神課長に、心を込めて書けばきっと伝わるはず!、と仰ってましたよね?」

「うぅ……」

 言いくるめられて涙目になる社長に、部長が軽くため息をついてからムズッとスーツの後ろ襟を掴んだ。

「人手が足りないようでしたら、私が()()()()()()お手伝い致しますので、帰ろうとしている社員の妨害はなさらないでください」

 そして部長は、手をジタバタさせて抵抗する社長を引きずって歩き出した。

「いーやーだー!みんな助けてー!」

「黙りなさい!あと、あんた達も今日はさっさと帰りなさいね!」

「うわーん!」

 ドップラー効果を伴いながら泣き声をあげて引きずられて行く社長が執務室から出て行くと、日神が頭痛を堪えるようにこめかみを抑えてため息を吐いた。

「……お疲れ様っす」

「……お疲れ様でした」

 吉田とほぼ同じタイミングで労いの言葉をかけると、日神は力なく、そうだな、と答えた。

「……ともかく、お前らも今日はもう帰った方がいいぞ。長居すると、脱走した社長がまず間違いなく面倒ごとに巻き込んでくるからな……」

「そうします……ほら、吉田も帰る支度するぞ」

「あ、はい。そうですね……」

 三人とも素早く身支度を整え執務室を後にし、社長の泣き声が響く廊下を足早に進んでエレベーターに乗り込み、各々の帰路に着いた。

 社長の年賀状が完成するのか、完成したとしても果たして社長が無事でいられるかどうかはわからないが、来年は手書きで一筆制度が無くなることだけは確かだろう。



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