日本人はみんな忍者なのかもしれない
アメリカには二人の最強が存在する。
軍に所属する国軍最強のNumber2、アリア・キャンベル。
存在自体は知られているが、その多くはアメリカという大国のベールによって包まれている謎多き女性。
ただ一つ、彼女の戦場跡は「無情」であるとよく知られている。『無情のNumber2』と。
そして、ダンジョン冒険者として事務所に所属する一般人最強のNumber7、ローガン・グレイ。
彼はシングル冒険者の中では珍しく人格者であると、広く知られている。
知り得る情報のほとんどを世間に公開し、稼いだ多くのお金を寄付として様々な土地に分配するほどの優しさを持っていた。
ただ一つ、「知りたい」という欲が強すぎるきらいがあると有名である。『知欲のグレイ』と。
この二人を筆頭にアメリカ国内では、世界で唯一の成功例である日本に続こうと猛スピードで土地の奪還作戦が行われており、次々と結果を出しているのだ。
まさにアメリカの二大巨頭。
彼らがいなければ、今頃アメリカはサバイバルパニックに陥っていたとも言われるほどである。
そんな彼らには癖のある大統領でさえ、媚びへつらうと言われている。
そして――。
『知欲のグレイ』こと、ローガン・グレイが今まさに目の前に来ていた。
蛍のことをサムライボーイと呼びつけながら。
「代理? Number1サムライボーイは来てないのかい?」
先ほどまで勢いあまっていたグレイさんの声が、小さく普通の音量へと変わっていた。
にしても、なぜサムライボーイ?
日本人みんな侍か忍者と思っている類の外国人なのかもな。
「はい、俺はNumber1の代理で来ています。サムライボーイとは今、連絡が取れない状態です」
とりあえず、少しだけ気に入っていた。
あいつと次に会えたら、サムライボーイって呼んでやろう。
そうだ、もう少しで作り終えそうな事務所のホームページにも『Number1サムライボーイ』と書いてやろう。
「そ、そうか、Number1サムライボーイに会えると思って楽しみに思っていたのだけど、それなら仕方ないね。で、でもさ!!」
突然、グレイさんが俺の手を握りつぶすかのような握力で握ってきた。
ちょっと止めてほしい。
例えアメリカの英雄だとしても、俺にそっちの趣味はない。
その後ろには、未だに引きずられる女性がいるので助けを求める視線を送る。
が、視線を逸らされてしまった。
てか、どんな怪力なんだよ。
痛い、痛い、痛い、痛い!!
人一人をまるでいなかったように動いて、この握力はさすがシングル冒険者と言うべきなのだろうか。
蛍がこんなバカみたいな力をふるったことはあまり見たことがない。
もしかして、この人が特殊なのだろうか。
キラキラした目を俺に向けながら、グレイさんが大きな声で言ってきた。
あれ? 外国にはさん付けとかはないんだっけ? だったらグレイでいいや。
「君はNumber1の代理ということは、友達なんだよね!? ねえ、連絡先交換しよう! 絶対、その方がいいと思うんだよ! どうだい? 僕みたいなタイプの人間は嫌いかい?」
「あっ、えっと……」
俺は言葉を濁しながら、助けを求めるように工藤さんへと目を向けた。
すると、声には出さずとも「任せるよ」と言ってくれたのだ。
さすがは工藤さん、救世主だ。
「ダメかい?」
もう一度グレイが聞いてきた。
少し声が小さくなっていた。
「いえ、むしろこっちからお願いします」
「ほ、本当かい!? ねえ、ロザンヌ、今の言葉聞いたよね!?」
すると、グレイが先ほどまで引きずっていた女性に振り向いて、興奮気味にそう言ったのだ。
俺の視線を無視したその人はロザンヌさんと言うのか。
ねえ、なんでさっき無視したのロザンヌさん?
「ええ、はじめてのお友達ですね、グレイ様」
その女性は、先ほどまでの行動を根に持つかのうように、冷たく淡々とそんな言葉を返すのだった。
大統領でさえ下手に出るはずのNumber7に、そんな発言許されるのか。
そう思ったのは俺だけではないだろう。
隣にいる工藤さんだって引きつったような表情を浮かべている。
しかし、そんな心配は全くいらなかった。
「はじめての友達なんてヒドイぞ。僕だって友達の一人や二……一人くらいいる!」
「じゃあ、これでお友達は二人目ですね。わぁ、グレイ様はたくさんお友達がいらっしゃるようですね」
「いつにもなく今日もクールだね、ロザンヌは」
「いえ、それほどでも」
えっ……。
いや、今の暴言をクールで片づけていいの?
日本じゃ、もろに悪口だけどね。
すると、ロザンヌという女性が懐から一枚の紙を取り出し、俺へと渡してきた。
「朝からこのデカブツがお騒がせして申し訳ありません。こちらにグレイ様の連絡先や事務所の住所が記載されていますので、気が変わらないようでしたらこちらにご連絡ください」
あっ、ちゃんと日本語で書かれている。
もしかしてこのことを見越して、事前に準備していたのか?
計画犯だな。
「ありがとうございます、後ほど連絡させていただきます」
「はい、お願いします。知識欲が先行すると止まらない方ですが、素はとても素晴らしい方です。是非とも私からもお願いしたいところです」
それだけ言って、ロザンヌさんは丁寧な足取りで部屋を出て行った。
それを見ていたグレイが口を開いた。
「どこに行くんだい? どうせならお茶でも……」
「お茶は相手方から誘われるものです、押しかけた側が提案するものではありませんよ。さあ、用も済んだでしょう? 部屋に戻りますよ、まだグレイ様にはお昼までに覚えて頂かなければならないことが沢山あるんですから」
「うーん、残念だな。ごめんね、一緒にお茶できなくて、ニンジャボーイ秋川」
俺は忍者なの?
自分でも初耳だよ。だけど、その意見貰った!
ロザンヌさんの言葉に納得した様子のグレイが、申し訳なさそうに踵を返した。
「忍者でいいですよ」
妙に寂しい背中に見えたので、俺はそう提案した。
「君は本物の忍者なのかい?」
「そうですよ」
まあ、違うけど。
その方がこの人とは接しやすそうだ。
「じゃあね、忍者! 僕のこともグレイって気軽に呼んでくれ!」
「また昼過ぎの会議で会いましょう、グレイ」
「ああ、またね」
白地に赤い動物の文様が刻まれた和衣裳をはためかせながら、グレイはこの部屋を去っていくのであった。
あれ、日本に来るからってわざわざ作ったのかな?
たぶん特注だよね。
なんだっけ、あの動物。ヨロイトカゲとかいうやつだったかな、確か。
突然の訪問で、入り口を警備していたSPたちは未だに唖然とした様子を見せていた。
そこで俺は工藤さんに向かう。
「なんか……シングル冒険者って凄いですね。あれで人格者と呼ばれてるんですよね?」
「あ……ああ、そうだね。ローガン・グレイは人格者として有名だよね」
同じく、戸惑ったように工藤さんがそんなこと言ってきた。
なんというか……。
「人格者の定義が分からなくなってきましたよ」
「私もだよ」
二人して、戸惑い苦笑いを浮かべる。
ゆっくりと席に戻り、中断していた朝食を食べ始めるのであった。
はぁ、憂鬱だ。
昼から行われる『シングル首脳緊急会議』って、たぶん初めて蛍以外のシングル冒険者が集まる歴史的な場所だよね?
荒れないことを祈ろう……。
忍者、ちょっとだけ気に入った。
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「これ変じゃないですかね?」
「大丈夫、似合っているよ。賢人くんは素がいいから、どんな服だって似合うよ」
俺は支給された服に着替えさせられていた。
これは視覚で簡単に誰がどんな立場の人物なのかをはっきりとさせるための措置なのだそうだ。
会場に入れるのは各国で四人までと決まっている。
そのうちダンジョン産の装備の装着を許されているのは、シングル冒険者だけである。
つまりこの会議に参加する中で、たったの六人のみだけが許された特権。
そう、今回参加するのはシングル冒険者と呼ばれる九人の内、六人だけ。
参加しないのは、Number1である雨川蛍。
そして、空白のNumber5とNumber8の計三人である。
この二人は未だに世界に発見されていないシングル冒険者。
というのも、ランキングとはステータスカードに触れてようやく世界に認知される仕組みなのだ。
要するに、この二人は未だにカードに触れていない者たちだということ。その理由は分からない。どこかの国によって隠されているのか、蛍のように籠り人としてダンジョンで未だにサバイバルしているのか、ただランキングの存在を知らないような辺境の土地に住んでいるのか。
世界の不思議の一つとして、それは謎に包まれている。
シングル冒険者以外の人物は、一様にそれぞれの国で決めた同じ衣裳を着なければならない。
そして、開催国である日本はNumber1である蛍が欠席のため、全員が同じ服を身に纏う。
自衛隊の人たちがたまに着ているのを見るしっかりとした紺の制服に近いデザインだ。
すると、一人のSPっぽい人が工藤さんに耳打ちする。
そういえばこのSPの人たちは、実は自衛官らしいのだ。
ただ極秘の会議で迷彩服を着てウロウロするのも目立つということで、一律スーツを身に纏うように決まったらしい。
「賢人くん、そろそろ行こうか。首相たちも準備を終えたようだ、合流して会場に入ろう」
「はい」
今一度、身だしなみが変じゃないかを鏡で確認し、俺は部屋を出る。
すると、そこにはすでに首相ともう一人が待ち構えていた。
「おはようございます、卜部首相、淡谷さん」
「さん付けなんて止めてよ、そんなに歳離れてないじゃん。淡谷か小太郎でいいよ!」
そう、そこにいたのは日本の誇る高ランカーのダンジョン冒険者。
世界で第25位。
最近、ランクをどんどんと上げている世界でも注目されるほどの人材になっているらしい。
そんな人が今回は一緒に参加してくれるというのだ。
頼もしい以外の言葉はない。
「じゃあ、小太郎って呼ぶようにするよ」
「いいね、柔軟な人は好きです」
そうして、俺は小太郎と軽く握手を交わした。
「おじさんたちは若い子の会話にはついていけなさそうだから、そろそろ出発してもいいかな?」
卜部首相と工藤さんが苦笑いしていた。
「ええ、行きましょう」
小太郎が返事をし、俺たち四人は一度ホテルを出る。
各国の全員が泊っているのこのホテルだが、話し合いを行う会場だけは違う。
ホテル自体は同じだけど、隣にある建物の方がそう言った会場の設備が充実しているらしい。
別に車を乗るまでの距離ではないのだが、ここは細心の注意を払って全員で裏口から黒塗りの車へと乗り込む。
ほんの一、二分で隣の会場だ。
そこは昨日よりも明らかに警備体制が厳しく、虫一匹すら通さないという感じだ。
車を降り、その建物へと入る。
中にも警備が大勢配置されており、案内人に従って俺たちは通路を進んで行く。
順番的には、卜部首相、俺、小太郎、工藤さんという流れである。
そして、二階の奥にあるひと際大きな扉の前で、足が止まる。
「こちらが本日の会場となっております。すでに各国の方はお揃いです。どうぞ日本のために頑張ってください」
その言葉は形式的な言葉というよりかは、その案内人の本心のようにも思えた。
ゆっくりと扉が開かれる。
円卓に座る他とは服装が異なる六人の視線が一心に集められた。
彼らがこの地球に君臨する最強の九人に選ばれた、シングル冒険者と呼ばれる世界の宝石。
蛍と同じ、規格外の化け物たち。
それが今、ここに集った。




