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あの日地球にダンジョンが出現した(~ニート × ファンタジーは最強です~)  作者: 笠鳴小雨
【第5.5章】シングル会議 編(SIDE 秋川賢人)

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世界の精鋭たち

 


 ――時は遡り、蛍が竜田姫の試練に向かうよりも少し前のこと。



 俺、秋川賢人は朝から高校の制服を着て、外出の準備を始めていた。

 寝癖を軽く直し、化粧水を肌につけ、欠伸をしながらリビングにある食卓テーブルへと向かう。

 すでに両親は二人とも仕事へと出かけているため、机の上にはラップを掛けられたトーストが置いてあった。

 席に着きパンを齧ると同時に、何となくテレビをつける。

 東京に来てからの習慣で芸能関係や、政治、他国事情など様々な情報をニュースやネットから頭の中にできるだけ入れておくようにしている。

 いつどんな情報があの親友に関わってくるのか分からない。

 だから、俺の出来る限りのことはやっておきたいのだ。


 ちなみにまだ「大規模侵攻」についての情報は公には出回っていない。

 所々、勘の良いニュースサイトなどでは、慌ただしく動き始めている自衛隊を取り上げているところはあるが、本当の真相まで至っている情報は今のところ一つも見当たらないようだ。


 確か、全ての情報公開日は明後日だったはずである。

 その情報公開により、世界中の国民が一体どんな反応をするのか。


 そんなことを考えながら、俺は母が用意してくれた朝食をゆっくりと食べ終えていた。

 その後、洗面所で歯を磨き、自分の部屋へと荷物を取りに向かう。


「いってきまーす」


 誰もいない空間にそう呟き、俺は自分の家を出発した。


 次、俺がいつここに帰ってこれるかは分からない。


 数日後か、数週間後か、はたまた数か月後かもしれない。それほど今回の作戦は長引く可能性があるのだ。

 そんな気持ちを抱えながら、マンションのエレベーターを降りていく。

 オートロック付きのドアを潜り抜けると、そこには見覚えのある人物がこちらに手を振ってきていた。


「おはようございます、工藤さん」


「おはよう、賢人くん」


 そう笑顔で挨拶してくれたのは、俺と蛍にとっては自衛官の中でも一番馴染みのある工藤さんだった。


 元々、工藤上官は北海道基地の上官として、自衛隊に入隊した元一般人である。しかし、北海道の奪還に成功した今、工藤さんの仕事内容がガラッと変わったらしい。

 今までは事務的な作業や前線に出て戦うことが多かったらしいが、最近は専ら雨川蛍という、シングル冒険者の繋ぎ役として日々仕事をしてくれている。


 要するに、何が言いたいのか。


 極端に仕事量が減り、結構暇らしいのだ。

 まあ、逆に工藤さん的には救い出せた奥さんとの時間を大切にできるので、結果的には嬉しいことだとこの前酔った勢いで愚痴ってた。


 そして、工藤さんが俺を誘導するように、助手席の扉を開けてくれた。


「それじゃあ、一度蛍くんの家まで送るよ」


「ありがとうございます」


 俺は軽く頭を下げつつ、早速助手席へと座った。

 少し遅れて運転席に座った工藤さんは、ゆっくりと車を発進させた。

 エンジン音がほぼなかった、恐らくそれなりの高級車なのだろう。

 生憎、車には詳しくないので良し悪しは分からない。


「すまないね、こんなことに巻き込んでしまって」


 急に工藤さんが申し訳なさそうな顔をして、そんなことを言ってきたのだ。

 俺はすぐに思い当たることを言ってみる。


「シングル首脳緊急会議の件ですか?」


「うん、あまりこういう政治に関わるようなことには巻き込みたくなかったんだけど、今回のはさすがに賢人くんにしか頼めなくてね」


「いいですよ、気にしないでください。もとはと言えば、あいつが自由奔放なのが原因ですし、尻拭いも俺の仕事の一つですよ」


「そう言ってくれると、私としては助かるよ。これはお詫びだよ」


 工藤さんがチョコレートを一つ渡してきた。


「随分と軽いお詫びですね」


 逆に、俺は笑って返した。

 もちろん冗談である。


「美味いチョコだよ? いらないのかい?」


「もちろんいただきますよ」


 笑って言い、俺はそのチョコレートを受け取った。


「……って、これ最近話題のチョコじゃないですか。よく手に入りましたね、こんな貴重な物」


 よく見ると、包装紙には「ディアレート」というお店の名前が刻まれていたのだ。

 これは今朝のニュースでも取り上げられていたほど、現在最もホットなお菓子である。ニュース曰く、朝五時から開店の十時まで並ぶくらいの気合がないと買えないんだとか。


「妻は甘いお菓子が好きでね、昨日買いに行かされてたんだ」


「そうだったんですね、意外にも尻に敷かれるタイプでしたか。そういえば、奥さんの調子はどうですか?」


 俺はそんな質問をしながら、チョコレートの包装紙を開き、早速口に放り込んでみた。


 超美味かった。

 外側はパリッと固い食感をしているのだが、中身のチョコレートが口の中で一瞬で溶けるほどに優しい口当たりだったのだ。それに甘さも控えめで、俺の好みにドストライクだった。

 これは人気も頷けるチョコレートである。


「最近は順調だよ、通院回数も少しずつだが減ってきている。本当に良かったよ、妻にはちゃんとした役割が与えられていて…………いや、これは失言だな、忘れてくれ」


 失敗したと言わんばかりに頭を掻き、苦笑いする工藤さん。


 ちゃんとした役割。

 この意味を知っている者は日本でも数少ないだろう。


 北海道奪還作戦、旭川で発見されたミノタウロスの集落。

 この発見により、世界で魔獣が集落を作る習性があると確認されたのは三例目であった。その三例の中でも、旭川の集落は少し特殊だった。

 その集落は唯一、捕まえた人間一人一人に役割を与え、それぞれに合う仕事をさせていたのだ。

 料理を作る者、衣服を作る者、家を補強する者、食べ物を採取する者……など多数だ。そして、奴隷として扱われる者までいたという。


 研究者の見解としては、ミノタウロスは他の魔獣と比べると知能が高い魔獣であるが故に、人間の知能の高さに気が付いたのではないかということだった。


 その集落で工藤さんの奥さんは、衣服を作るという役割を与えられていた。そのため、直接暴力などは振るわれなかったそうだ。

 しかし、目の前で人が無残に殺され、いたぶられ、拷問されたりするのを何度も何度も見させられていたのだ。それなりの心的外傷は少なからずあったらしい。


 そのため、あの集落にいた人は全員メンタルケアを兼ねた通院を数日に一回行うように国が援助をしているらしい。

 その中には、入院しなくてはならないほどに精神的に参っている者もいるそう。


 工藤さんはその人たちを引き合いに出してしまったことを、失言だと言っているのだろう。

 それを知っている俺は、もちろん聞き流してあげる。


「寝起きの俺は美味しいチョコレートを貰うと、記憶力が曖昧になるらしいんですよね」


 俺は手持無沙汰になった掌を工藤さんへと再び伸ばして、悪戯っぽいくニヤリと笑った。

 その行動に工藤さんは苦笑しつつも、チョコレートを二つほどくれた。


「君も大概、この業界に慣れてきたね」


「そりゃ、育ち盛りの高校生ですからね。あれもこれも工藤さんのおかげですよ、いい大人の見本がすぐ側にいたので」


「若い才能は恐ろしいね。さあ、そろそろ着くよ」


 その言葉の通り、すぐに蛍のマンションの地下にある駐車場へと入って行った。

 いつもの場所に駐車を終えた工藤さんがエンジンを切ると、タイミングを見計らったかのように聞き馴染みのあるバイク音が駐車場に入ってくる。


「ちょうど赤坂さんも着いたようだね」


「そうみたいですね。だけど、俺的には周囲の騒音も考えて欲しいものです」


「それは私も同感だよ」


 二人で愚痴を言いつつ車を降り、そのまま先輩の下へと歩いて行った。

 駐輪場にはちょうどバイクのエンジンを止め、ヘルメットを外し、長く綺麗な黒髪がさらりと解ける先輩の姿があった。

 初見の男性ならば、一目惚れしてしまうほどの光景だろうが、生憎俺には詐欺師のように見えてしまう。それもこれも先輩の生態を知っているからだろうか。


「おはよう、先輩」


「ん、おはよう、アッキー……と工藤上官」


「先輩、いつもいつも工藤さんを序でみたいに扱わないでくださいって言ってますよね?」


 むっとした表情で、無言の反論をする先輩。


「あははは、気にしないでくれ。さあ、時間も惜しい、一時間後にはここを出たいので早めに準備を済ませてくれよ」


「本当に工藤さんが良い大人の人で良かったです。分かりました。じゃあ、行こっか、先輩」


「うん」


 早速、駐車場からエレベーターに乗り込み、最上階にある蛍の家へと向かう。


 基本、俺と先輩の間にはそれほど言葉は飛び交わない。


 今日も今日とていつも通り。

 エレベーター内には、三人の息遣いしか聞こえないほどに静かである。

 しかし、最上階で降りると、大きな笑い声がここまで聞こえてきたのだった。


 そこで俺は思わずふっと笑ってしまった。


 鍵を開けリビングへ向かう。


 そこには正座で悟りを開いたようにお茶を啜るンパの姿と、それを見て笑い転げているひよりちゃんの姿があった。

 すぐ近くには、パンパンに詰まったキャリーバッグが転がっていることから、ンパにしては珍しく準備を完了させているようだ。


 正直、少し感心すると同時に感動していた俺がいた。

 でも、たぶんしっかり者のひよりちゃんが一緒にやってあげたのだろう。


 というか、自分が笑われているということにンパは気が付いていないのだろうか。

 鬼メンタルだな、全く。


「おはようございます……今日もお茶は変わらず美味しいです」


 最近、お茶にドハマりしているンパが挨拶をしてきた。

 もはや挨拶なのかも分からないけど。


 基本、この子はバカの子だ。

 美味しいものや楽しいものにはすぐにドハマりするし、すぐに飽きる。まあ、このお茶ブームもすぐに過ぎ去るだろう。

 ちなみに今はテレビでやっていた千利休の特集経由で、日本茶にハマっているらしい。ひよりちゃんが言っていた情報なので、確かだろう。


「賢人くん、おはよ! 雪葉ちゃんも! あと工藤さん!」


 馬鹿の子に続くように、ひよりちゃんがいつも通りの元気な挨拶をくれた。

 中学生の時の田舎娘元気っ子と比べると、今はそれなりに垢抜け可愛さが増している。俺は昔から知っているからあれだけど、同世代の男は黙っていないだろう。


 てか、俺の周りには外見だけは良い女性が多いな。

 なぜだろうか。


「じゃあ、俺は早速準備してきますので、工藤さんはンパにお茶でも入れてもらってください」


「工藤さんは何茶がお好みですか? ずずずずずッ」


 素直なンパは、すぐに工藤さんの対応を代わってくれた。

 そう、基本素直で純粋な子なんだよね。


「うーん、お茶は分からないからお任せにしようかな」


「では、先ほど淹れたばかりのかぶせ茶をご用意しましょう。ずずずずずッ」


 トコトコと下手な歩き方でキッチンへと向かい、新たにお茶を注ぎ始めるンパ。

 それを見た工藤さんは徐にソファに座り、ジッとバカの子を眺め始めた。


「やっぱり変な子だね。台風島ダンジョンで迷子になって、記憶喪失というのも変だけど、やっぱり色々とねぇ……」


「まあ、今はひよりちゃんと蛍に懐いているのでいいじゃないですか、いずれ記憶も思い出しますよ」


 実はンパの扱いは記憶喪失の迷い子ということになっている。

 普通なら深く追及されるのだろうが、蛍が深く関わっているということで今のところこの謎設定で通用しているのだ。

 とはなっているものの……まあ、工藤さんたちがどうにかしてくれているのだろう。

 ンパが変なことについても、何となく勘付いているはずだ。


 俺はそれだけ言い残し、早速残りの準備を始めた。

 準備といっても、二週間から一か月ほど外泊できる荷物を纏めるだけ。俺の場合、一時間もあれば余裕だが、女子の先輩はどうなのだろうか……。


 と思ってたが、やっぱりそこは先輩だ。


 女子とは思えない素早さで、わずか五分ほどで準備を終えたのだった。

 しかし、念のためと中身を確認してみると服は数着だけ、他には機械類をバッグに詰めただけであったのだ。

 まるでなっていなかった。


 呆れた俺は、すぐに先輩の服を準備する羽目になるのは言うまでもないだろう。


 その後、工藤さんの車に俺、先輩、ひよりちゃん、ンパの四人が乗り込み、自衛隊の本部へと向かうのであった。

 俺以外の三人は、蛍と近しい人として優先的にダンジョン付近へと避難することになっている。

 恵にはこのことは話していない。

 話すと彼女を蛍という渦中に巻き込むことになるから。

 しかし、工藤さんの計らいで恵の家族は明後日には優先的に避難できる運びとなっているので、俺たちは安心することができるのだ。


 かく言う俺は、明日からこの日本で行われる『シングル首脳緊急会議』に参加する。


 本部で一度三人とは別れ俺は、長瀬局長と卜部首相というそうそうたる人物と合流するために、工藤さんと二人で会場へと向かい始めた。


 ……ん?

 俺、まだ高校生だったよね?




 ******************************




 緊急で極秘の会議ということもあり、場所は横浜のとあるホテルを貸し切りで使用するようだ。

 その会場は非常に厳重な警戒態勢が敷かれており、近づく度に警察官や警備が多くなっていく。


 まあ、それもそのはずだろう。


 もうすでにここには世界各国のシングル冒険者および首相や大統領などの国のトップたちが集まっているのだ。

 一般人の俺からしたら、中々にカオスな場所である。


 ホテルの入り口に着くと、警察官複数人が俺たちの顔と身分証を確認し、車内を詳しく調査し始めた。


 今回のこの会議では、例えシングル冒険者と言えども武器の持ち込みは禁止となっている。

 まあ、シングル冒険者となれば武器がなくとも、スキルや魔法だけで他者を圧倒できるだけの力を持つ人たちである。こんな条件は意味がないと言えば、意味がない。

 それなりの人間である俺だって、スキルの一つや二つは所持しているのだ。


 工藤さんは案内されるままに車を所定の場所に停め、ホテルの最上階にある一室へと誘導された。

 案内人がドアをノックする。


「工藤様、秋川様をお連れ致しました」


 すると、すぐに中側から勝手に扉が開かれた。


 そこにはSPのような黒スーツを着こなした体躯の良い男性がおり、扉を開けながら俺たちの顔をまじまじと確認してくる。

 その奥には、二人で向かい合うようにソファに座る重鎮の姿があった。


「おお、秋川くんに工藤上官。思ったよりも早く着いたな」


「どうぞ入りなさい、ここはプライベート空間だ。礼儀などは気にしなくていいよ」


 最初に声を掛けてくれたのは、一か月に一回ほど電話する仲の長瀬局長だった。

 それに続くように声を掛けてくれたのは、現在の日本の首相である卜部さんだった。これで会うのは二回目である。


 いや、一介の高校生が首相に直接会う機会があるってだけでも凄いんだけどね。あと長瀬局長も。

 もう俺の中では大分そういった感覚が麻痺してきている。

 それほどNumber1という存在が日本にとって大きいとも言い換えられる。


「失礼します」


「失礼します、お久しぶりです卜部首相。数日ぶりですね、長瀬局長」


 工藤さんに続くように、俺も挨拶をしながら部屋へと入って行った。

 すぐに後方では、SPの人が扉を閉めた音が聞こえてきた。


「本当に久しぶりだね、話だけは長瀬局長から聞いていたから不思議な感覚だよ。ほら、ここに座りなさい」


 卜部首相が俺を迎えるように立ち上がり、誕生席にあるシングルソファの背もたれを触りながら座るように促してきた。


 この首相は基本、誰に対しても優しい人である。

 自分を首相だからと高圧的にも話さないし、むしろ俺を孫を扱うかのような接し方で扱ってくれる。

 だから、俺もそれに甘えることにしている。


「ありがとうございます」


 俺が最初に席へと座ると、続くように全員が席に座った。

 どうやら俺はそれなりのもてなしをされている様子だ。

 若干、工藤さんは緊張しているようにも見えなくもないが、卜部首相がプライベート空間と言った通り、できるだけ気にしないように頑張っている。

 まあ、工藤さんも偉い人と言え、数年前まで普通の会社員だったからね。


 ちょっとだけ工藤さんとこの気持ちを共有している気分になった。


「飲み物は何がいいかな? やっぱり若者はコーラとかメロンソーダとかが好きなのかな?」


「あっ、いえ、俺は炭酸よりもコーヒーとかの方が好きなので、みなさんと同じもので大丈夫ですよ」


「そうかそうか、そんな子もいるのか! じゃあ、コーヒーを二つ新たに頼めるかな?」


 卜部さんはすぐ背後に立っていた黒スーツの人に向かって指示を出し始めた。

 すると、まるであらかじめ用意していたかのように、ほんの数秒でコーヒーが俺の目の前のローテーブルに置かれたのだった。

 その早さに驚きつつも、マナーとして早速一口飲んでみた。


「美味しいですね。いつも飲んでいる簡易物とは質が全然違います」


「さすが秋川くんだ。このホテルのコーヒーは、世界でも有名なバリスタが淹れているんだよ。確かそうだったよね? 次郎」


「そうだったはずだよ」


 気さくに話し合う長瀬局長と卜部首相は小学校来の幼馴染らしい。

 二人して、その高い地位を手にしているってかなり凄いことだと思う。それなのに、二人して人格者。

 本当にいい人たちに囲まれているんだと、改めて実感できる。


 俺はカップをテーブルに置き、早速会議の確認を行う。


「事前に話を聞いている限りでは俺は「いるだけでいい」ということだったんですけど、この会議で何を話し合うんですか?」


 その問いには、卜部さんがすぐに答えてくれた。


「大まかに話すとたった一つのことを話し合う予定だよ」


 その言葉だけで、俺はすぐに気が付いた。


 通常、こういった会議にシングル冒険者はあまり参加しない。

 というか、参加したという報道を目にしたことがない。今回のように秘匿されているという可能性もあるが、全員を集めたということから理由は察しが付く。


「シングル冒険者の配置問題ですかね?」


「その通り! さすがは秋川くんだ、賢くて助かるよ。君みたいな若者が官僚に入ってくれると助かるんだけどね」


「冗談はやめてくださいよ、卜部さん」


「あははは、今は冗談としておこうか」


 その言葉に俺はただただ苦笑いを浮かべていた。


 こういう大人な話は流すに尽きる。俺がこの一年間で磨いてきた、技術の一つだ。

 だが、まあ、断るときはきっぱりと断るようにしているけど。稀にしつこい人とかいるからね。

 その点、この二人は話の通じやすい大人の人で非常に助かっている。


「他の事柄についてはここでは話合わないんですか? もっと他に決めた方がいいことが沢山あると思うんですが……」


「それについては全てを()()に任せることに決まったんだよ」


「彼女?」


 俺は思わず聞き返した。


「おっと、そういえば秋川くんはまだ知らなかったね。次郎、今資料持ってる?」


「ちょっと待って、確か持ってきていたはずだ」


 そう言って、長瀬局長が自分の手持ちバッグの中から一枚の資料を取り出し、俺に渡してくれた。

 すぐに内容を確認し始める。


「オーストラリア人のNumber12ですか」


 俺の言葉に卜部首相がすぐに反応してきた。


「そうだよ、彼女は特殊なスキルを複数所持していてね。『未来占い』と『頭脳進化』、この二つを同時使用したときの彼女は天才を通り越した、化け物だよ」


 そんなことを聞きながら、俺は再び資料に視線を落とした。


 ――――――――――

 名前:アメリア・ホワイト

 国籍:オーストラリア

 称号:Number12

 性別:女

 年齢:22

 魔法:非公開

 スキル:未来占い、頭脳進化、他未公開


『未来占い』。

 直接触れた物、人の未来を最大一週間後まで確認することができる。

 ただし、先の未来を見通すにはそれなりの時間と思考速度が必要になる。


『頭脳進化』

 思考速度、思考深さ、直観力、電気信号の加速、並列思考、直列思考、全てを可能にし強化する。


 ※上記二つを組み合わせることで、未来占いの効果を副作用なしで最大限発揮できる可能性あり※

 ――――――――――


「なるほど。要するに、このアメリアさんに全ての作戦を委ねているということですか? そして、それに全ての国が従うと。それほど逸材なのですか、凄いですね」


 俺は資料をテーブルに置いて、卜部さんに向かってそう言った。


「その通りだ、どの国も彼女に任せるのが最善であると理解しているんだ。ちょうど一年前に行われた彼女の身体実験の結果が如実に物語っている。彼女の能力はほぼ未来予知と言っていい段階まで達している」


「未来予知……それは凄いですね」


「それに彼女自身も、元々世界的に有名な大学に通うほどの秀才で、元の頭がいいから頭脳進化のスキルが彼女をさらに上の世界へと羽ばたかせた。全く、今の若い子は末恐ろしいよ」


 卜部首相は苦笑いをしながら、冗談交じりで言ってきた。


 俺はそこで一つ疑問が浮かんだ。

 未来予知のできる人間であるならば……とある可能性が浮き出てくる。


「その人にシングル冒険者の配置を任せればいいのでは?」


 すると、長瀬局長と卜部首相が今の言葉に感心したように、目を見合わせ始めたのだ。

 卜部さんが微笑みながら、すぐに答えてくれた。


「たった一つ、彼女の能力に難点があるとするならば、彼女より上の称号を持つ人に対しては能力を使えないということなんだ」


 なるほどな、確かに全能であるならばアメリアさんがシングル冒険者になっていてもおかしくないか。


「そんなデメリットがあったんですか。だから、不確定要素であるシングル冒険者に関しては、この場で話し合いにより配置を決めるということですね。ようやくこの会議の意義を理解できました」


「さすがは秋川くんだ。それじゃあ、そろそろ明日の会議について詳細な確認を行っていこうか――」


 そうして、明日の『シングル首脳緊急会議』に向けた、情報のすり合わせ作業は日付が変わる頃までじっくりと行われていくのであった。





 ――翌日。

 俺は部屋に運ばれてきたホテルの朝食を、工藤さんと二人で黙々と食べていた。

 内容は至って普通で、コーンスープにパン、スクランブルエッグなどが高級仕様で運ばれてきていた。


「あー、何か緊張してきましたよ」


「あはは、実は私もだよ。まさか私まで参加するなんて思っても見なかった、ロシアのフーリン大統領って本当に怖いのかな?」


「どうなんですかね? ニュースで見る限りは、超恐そうですけど」


 そんな気の抜けた会話をしていた、その時だった。


 ここに急な来客が現れる。


 ガタンッ。

 勢いよく、自室の扉が開かれた。


 そして――。


「ハーイ! Number1のサムライボーイはここですか!?」


「ちょっと! グレイさん! 勝手な行動はお控えください!」


 騒がしく部屋に入ってきたのは、明らかに外国人だと思われる風貌の二人組であった。


 堂々と入ってきたグレイと呼ばれたその人は、赤と白の和装を着こなした短い金髪の男性だった。身長は一般的なものだが、一際目立つのは和装の下からでも垣間見える隆起した筋肉だろう。


 一目で、その人が常人とはどこか違うと分かる。


 そして、その後ろから金髪筋肉を止めようと必死に腕にしがみつく、タイトなスーツを着た女性が現れたのだ。


 端から見れば、金髪筋肉が暴走し、女性がそれを止めようとしている構図だと分かる。


 すると、そこで工藤さんが徐に立ち上がり、口を開き始めた。


「これは驚きました、アメリカのローガン・グレイ様ですね。私たち日本の専用部屋へどのような御用でしょうか?」


 明らかに粗相をしているのは、あちら側の外国人である。

 なのにも関わらず、工藤さんが下手に出ているということは……。


 そういうことなのだろう。


 それにローガン・グレイという名前は、俺でも知っている超有名人である。

 俺もすぐにお箸を置き、立ち上がった。


 そして、ニッコリと笑みを浮かべ。


「初めまして、アメリカ所属のNumber7、ローガン・グレイ。俺は日本のNumber1の代理である秋川賢人です」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 待ってました、他のランカー。 しかも他国の方々。 なるほど守備範囲受け持ち制なんですね。 多大な貢献は認識しつつも、義務を蛍が放棄してるののは笑えますが、いつから始まったんでしょう
[気になる点] オーストラリア人のNumber13ですか ↓  名前:アメリア・ホワイト  国籍:オーストラリア  称号:Number12 12か13かそれが問題だw
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