宝石ザックザクだぁ!
カルナダ式MP操作術。
それはカルナダ・ロングエルというエルフの強さの根幹にして、全てである。
この術は名前の通りMP、いわゆるマジックポイントを針に糸を通すほど繊細に操作し、緻密に練り込み、戦闘に活用することで、異常なまでの機動力、予測力、爆発力、魔法の操作性を実現する技術である。
ただし、これは才能がある者にしか会得することはできない。
才を持つ者は、一億人にたったの一人だけしかいないとまで言われている、選ばれた者のための秘匿技術。
秘匿された理由は、いたって単純。才能のない者が修行を行うと、最後に待つのは死。抑えることのできないMPの暴風に飲まれ、自ら死を遂げるのだ。
操作術には、体系化された技術が四つある。
『守りの流水』
MPの膜を展開することによる予測感知技術。
『速・鼓血動』
MPを呼吸に混ぜ肺へ、肺を鍛え心拍数を上げ、血脈へとMPを滲ませていく。そして、筋肉の繊維一つ一つにMPをねじ込んでいき、身体を活性化させる変態機動技術。
『放波・水紋』
MPを体の端部から水の波紋のように凝縮して放出、とある一点でそれを開放することにより得る爆発的なMP量上昇技術。
『螺旋の水糸』
体外に放たれた素のMPは形を保ってられない。しかし、糸のように細く、螺旋のように緻密に編まれたMP糸は例外である。それを体現したのが、螺旋技術。
これらは基礎に過ぎない。
応用してこそ、真のカルナダ式MP操作術なのである。
そして、これらを全て体得した地球の人間がここに二人――。
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「よし、これで終わりだ! よく頑張った弟子ども!」
カルナダ姉さんのその掛け声で、俺は健へと向けていたその拳を寸前で制止させた。
同じく、目の前にいる健も俺に向けていた足を寸前で制止させる。
これは魔法なし、スキルなしで、カルナダ式MP操作術その一からその三のみを使用した素手による組手訓練である。
ちなみに言っておこう。
当たれば痛い。それはもう痛い。
けど、当たらなければなんてことない、寸止めの空手をやっているようなものだ。テレビで見たことある。あの時は「結構、痛そうだなぁ」なんて安易な感想しか浮かばなかった。
まあ、俺たちの場合、寸止めではなく全てを躱しているんだけど。
「ふぅ、やっぱり朝一の運動は気持ちがいいな。地上に帰ったらこれを朝の日課に加えようかな」
俺はそう呟きながら、自分の上着で汗を適当に拭う。
そして、姉さんに投げ渡されたスポーツドリンクを掴み、軽く口に含んだ。
改めて言っておこう、これは没収された俺の物だ。
「ほれ、健も飲んでおけ」
「ありがと、姉さん」
健も同じく、投げ渡されたスポドリをグイッと飲み始め、丁寧にタオルを取り出して顔や体を拭き始めた。
本当にまめなやつだよな。
適当に服で拭きとっとけばいいのに。
この後いつもは、みんなで軽く食事などでエネルギーを補給してから、今日の予定がカルナダ姉さんより告げられる。
さて、今日はどんな修行デイになることやら。
「あっ、姉さん。俺、カロリーメイクでいいや、チョコ味ね」
「僕はフルーツ味!」
「ほれ、これでいいな?」
放り投げるように四ピース入りの栄養食を俺たちに甲斐甲斐しく渡してくれた姉さん。
そう、気づいた?
最近姉さんがおかしいんだよね。
竜田姫様のところから帰って来てからずっと、妙に優しいんだ。健だけじゃなくて、俺にも。こんな風に水を投げ渡してくれたり、食事を投げ渡してくれたり、まあ色々と。
前までは地面に置いておくだけだったんだよね。もちろんこっちが選ぶ暇すら与えてくれない。
この変化はおかしい。
俺がいない間に何かあったのだろうか?
それとも……改心した?
と、そんなことを思いつつも、口には出せない俺は適当に軽く筋肉をほぐし、心拍を沈めてから、その場に伸びるように仰向けに寝転んだ。
そして、箱の中からこげ茶の栄養食を取り出し、一口噛み砕いた。
「あー、ゲームしてぇ」
天井に向かってボソッと呟いたその言葉は特に意図もなんもなく、最近の俺の口癖だった。
別に体を動かすことも、強くなれることも嫌いなのではないけど、ものには適度ってのが重要だ。
とりあえず適度にゲームがしたい。
今すぐ、この場で。
まあ、無理なんだけどね。
「できるぞ、そのゲームとやら」
「えっ?」
なぜかカルナダ姉さんに肯定された。
訳が分からなかった。
いや、だってあの鬼の姉さんだよ? こんな飴をくれるなんて裏があるに違いない。
「二人ともよく聞け」
そう言って、地面に寝転ぶ俺たちの目の前で仁王立ちし、妙に優しい眼で見つめてくる姉さん。
違う。
姉さんのキャラじゃない。
というか、それ以前の問題になんか違う。いつもと違う雰囲気を纏う姉さん。
「どうしたの?」
隣に寝そべっていた健が、ゆっくりと上半身を起こし、姉さんに向かって聞き返した。
俺も手に持っていた栄養食を咥えながら、ダルそうに座り直した。もちろん胡坐だ。最近、正座しなくても怒られないんだ。
「これにてお前ら愛弟子の『カルナダ式MP操作術』の修行を終了とする。よく頑張ったな二人とも、合格だ」
初めて見た姉さんのニッコリと笑った無邪気な笑顔が、脳裏から離れなくなっていた。
心の底から嬉しんでいるような、子供みるようなその目で俺たちを見つめ、俺と健、二人の頭の上に手を置いたのだ。
鬼の手じゃない。
母の温もりを感じた。
懐かしい感触だった。
思わず、もういないはずの母の感触を思い出し、涙が出そうになった。
が、グッと堪えた。
そして――。
もう一つ、あの時のことを思い出した。
「……もう終わりか。なんかサリエス師匠の時のこと思い出した」
「愚弟か。最後はどうやって別れた?」
「褒められて、色々頼まれた覚えがあるよ。でも、最後は急な別れだったな」
「やはり、あれは愚弟か。だが、まあ……賢明だな」
賢明。
肯定の言葉だ。嫌な予感がする。
こう毎日、内心で愚痴を言っているが、俺は少なからずカルナダ姉さんに師匠同様の何かを感じている。俺という、どうしようもない人間をちゃんと見てくれているという安心感も感じていた。
「ねえ、それって……」
健が心配そうな面持ちで聞き返した。
「ま、私には関係ないことだ。私は私のやり方を貫くのみだ!」
その言葉に、俺は思わず笑いそうになった。
兄弟でこうも性格が変わるものかと。
「で、どうするの? これから」
俺は笑いを抑えつけ、すぐに聞き返した。
「今は155階層、あと15階層降りればそこが終着点だ。今日からはそこまでノンストップで降りていくぞ!」
……今日からは?
あっ、分かった。
姉さんは俺たちを寝させないつもりだ。
「ちょっとその前にトイレ……」
ゆっくりと腰を上げ、立ち上がろうとした、その時。
「何を言っている、今すぐだ!!」
いつの間にか俺の後ろ襟は姉さんの逃走不可避な強固な拳に握り締められていた。
行動不可能。
ああ、いつものパターンだこれ。
有無を言わせずに姉さんは、俺と健を両脇に抱えながら、颯爽と下へと下る階段を駆け降り始めたのだった。
「公開立ちションしろって言うのか! 尊厳返せ!」
「あはは……もう慣れたよ」
俺の叫びは虚しくダンジョンの壁や天井に吸い込まれ、健の呟きは悲しく霧散されていくのであった。
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残り15階層のラストダンジョンアタック。
もちろん普通に魔法やスキルぶっ放しでクリア……なんて簡単じゃなかった。
姉さんに課せられた縛りは『カルナダ式のみ』という別に縛りでも何でもない条件。
そう思っていた。
「姉さん、聞いてないぞ! なんだよ、これ! 激固カメ太郎がいるなんて聞いてない!」
俺は、目の前にいる巨大な赤い亀形魔獣からバックステップ一歩で距離を取りながら、そう叫んだ。
この亀はあれだ。物理攻撃無効、それに魔法耐性も持っている厄介系なボスだ。
魔法を使えればなんてことない魔獣なんだけど、残念ながら今はすぐ後ろで目を光らせている鬼がいる。
「最大でぶっ放せ!!」
姉さんの根性論がこの空間に木霊した。
……ここに来て根性論かよ。
とりあえず、言われた通り全力でMPを踵に凝縮し、魔獣に向けて蹴り落としてやった。
それと同時に、『放波・水紋』でため込んだMPを爆発的に解き放つ。
もちろん変態機動の『速・鼓血動』を併用しての蹴り技のため、このレベルの魔獣如きが反応できる速度ではない。
ドゴンッ。
生々しい音が響き渡り、攻撃した地点を中心にボス部屋全体へと大きな亀裂が走っていく。
あっ…………。
「ほら、見たことか! 絶対にダンジョン側が耐えられないと思ってたんだよ!」
「結果、勝ったじゃないか! 結果が全てだ! さっさと崩壊する前に先に進むぞ!」
甲羅を見事に粉々にされた亀ボスは、力なく地面に全身めり込んでおり、すぐに消滅していった。
俺と姉さんは口喧嘩をしつつ、最短距離で階段へと走り、滑り込んでいく。
その後ろからは、遅れるように健がスライディングしながらギリギリ階段へと到着していた。
それからすぐにボス部屋が崩壊を始め、瓦礫の雨が降り始める。
ゆっくりと、だが確実に階段の入り口が瓦礫で塞がれていった。
「もう……やるなら先に言ってよね! 危うく瓦礫に飲まれるところだったじゃん!」
なぜか俺にプンスカと怒ってくる健。
待て、それは姉さんに言えよ。
俺は言われた通りにやっただけだ。責任は擦り付けないでくれよ。
「さ、喧嘩は置いておいてさっさと進むぞ。あと一階層だ」
「はいはい」
「は~い」
俺たちのことなんて一ミリも気にしていない様子の姉さんが、先へといつの間にか進み始めていた。
慌てて後を追う健、ゆっくりと後を追う俺。
「次は健の番だからな」
姉さんが後ろを振り向きながら、ニヤリと口角を上げそう言ってきた。
今は一階層ごとに戦闘する人を決めているのだ。今の階層は俺。
そして、この階層は健が一人で戦闘を行う、ということだ。
もちろんカルナダ姉さんの独断と偏見で決定されている。
「まっかせて~」
健のお転婆な声が聞こえた。
そして、腰に付けている小さなポシェットの中から宝石和弓を取り出した。
ちなみに健は宝石和弓のみ使用を許可されている。
健はいつでも戦闘を行える姿勢で、カルナダ姉さんはその後ろで目を光らせ、俺はその後ろで両手を頭の後ろで組みダラダラと歩いていた。
そうして三分ほど。
ついに魔獣のテリトリーへと踏み入った。
最初に目の前に現れた魔獣は、こんなやつだった。
「宝石ザックザクじゃん」
【status】
種族 ≫宝石小竜
レベル≫912
スキル≫七色解放Lv.max
宝石突破Lv.max
真・硬化Lv.max
異常耐性Lv.max
物理無効Lv.max
魔法耐性Lv.max
共食い進化Lv.max
テリトリーLv.max
魔法 ≫ジュエル魔法Lv.max
小型犬ほどのカラフルな竜だった。
背中には大小の宝石が生えており、見た目的には綺麗で可愛らしい風貌だ。
まあ、ステータス構成は厳ついけど。
「ジュィ?」
「ジュェ?」
「ジュジュジュ?」
「ィ?」
ちなみに通路を埋め尽くすほどの数がそこにはいた。
「やったな健、宝石ザックザクじゃないか!」
カルナダ姉さんが俺と全く同じことを言い始めた。
それに反して、健の顔は引きつっている。
「これは……時間かかりそうだね。というか、僕一人でいけるかな?」
「何を言っている。健は私の弟子だぞ、余裕だ」
「余裕、か。分かった、頑張るよ!」
健は気持ちを決めたようで、淡い青色をした六番の宝石を装着した弓を構えた。
そして、その敵対行動に反応するように、小竜たちが一斉に健へと鋭い視線を向けた。
どうやらノンアクティブに近いタイプのようだな、珍しい。
そういえば最近、カルナダ姉さんが健のことを「一番弟子」と呼ばなくなったんだよね。降格したのかな? それとも俺が昇格したのか。
まあ、聞いてもはぐらかされるだけなので、深くは追及しない。
「よっと!」
健の可愛らしい掛け声とともに、宝石和弓から無数の水色に輝く矢が放たれた。
その数は……分からない。
通路を隙間なく埋め尽くすほどの膨大な数、それだけは分かる。
……ここまで成長していたのか、健。
矢の着地と共に地面が揺れ、衝撃波と轟音が肌を撫でてきた。
踏ん張らないと飛ばされてしまいそうなほどの横薙ぎな風が遅れて、体を押し返してくる。
「どうかな?」
健の心配そうな声が聞こえてくる。
それから少しして目の前の土埃が沈んでいき、宝石小竜がいた場所が徐々に露になっていく。
そこに残っていたのは、
「よくやったな、健! 一撃とは恐れ入った!」
「まじかよ、健。とりあえず、俺は健のヒモになると今決めた」
色彩々な宝石の数々が地面に転がっていたのだった。
てか、これなら今すぐ売れんじゃね?
賢人みたいに「このアイテムは市場に流すにはまだ早い、もう少し時が経ってからだな」とか、宝石なら一々考えなくてもいいよね。絶対にそうだ。
あとで健に分けてもらえるか、交渉しよう。そうしよう。
「あははは……僕、本当に強くなってるんだね。魔法とか武器とかスキルとか、使うのは久々だったから半信半疑だったけど、これは疑いようのない事実だね」
そう言いながら、健は地面に転がっている宝石を手に取り、光に透かしながら観察し始めた。
「あっ、俺も拾うの手伝うよ」
「ありがと、ほたるん」
「構へん、構へんって」
ついでに俺も手伝うことにした。
まあ、一個くらい数少なくてもバレないバレない。
ね、健。
地上に帰ったら極上のスイーツあげるから許して。
それから健はドロップアイテムを拾う以外一切足を止めることなく、『速・鼓血動』をきらすこともなく、五十分ほどでこの階層のボス部屋へと到着したのだった。
扉を開き、中に待ち構えていたのは……。
「あれ、何もいないね」
「本当だ、冬眠中か?」
「今、冬じゃないよ」
「そっか」
「……」
「冬じゃなかったっけ?」
「そうだっけ? ダンジョンにいると季節感分かんなくなるよね」
「うん、確かに」
そんな他愛もないやり取りを、健としていると。
俺と健の間を押しのけるように、カルナダ姉さんが前へと進みだし、こちらに振り返ってきた。
そして――。
「最終ボスは私だ」
彼女の手には、愛用する『妖刀・枯れ葉』がすでに握られていたのだった。




