どんぶらこ~どんぶらこ~
昔々、ある島に四人のエルフと呼ばれる才能に満ち溢れた兄弟がいました。
しっかり者の長男『アマド』。
元気な女の子の『カルナダ』。
動物が大好きで優しい『サリエス』。
頭が良く、質問の多い『シロア』。
四人はとても仲が良く、小さなころからたった四人でその島で育ちました。
たった一つ私たちと違うのは、神様に愛されていた、ということでした。長男のアマドは魔法の才能に溢れており、長女のカルナダは戦いの才能に満ち溢れており、次男のサリエスは動物や精霊にとても愛されており、末っ子のシロアはスキルの素晴らしい才能を持っていました。
彼らはそれぞれの才能を理解し、考え、修行に励み続けました。
そして、彼らが十六歳になった頃、初めてその島を旅立つことにしました。それはそれは大きな船を作り、冒険に出たのです。
海ではたくさんの恐ろしい魔獣に出くわしました。大きくて、とても長い海の蛇。船が小さく見えてしまうほどの鯨さん。島と見間違えてしまうほどの大きな亀さん。
それでも四人の兄弟はあっという間に倒してしまい、旅路はとても順調でした。
そして、最初に辿り着いた場所は「オルネリア王国」、その港町でした。
そこには彼らが今まで見たこともないほどの人の多さに驚き、見たこともない食べ物や建物にとても興奮しました。
四人はすぐにその場所を気に入りました。
最初は冒険者として、その土地に慣れようと努力し……四人はいつの間にか『大陸最強の四兄弟』と呼ばれ始めていたのです。その頃には、彼らも歳が百を超えていたのですが、見た目は相変わらず子供のような姿だったそうです。
そんな時でした。
オルネリア王国にとても強い魔獣さんが現れました。
国王様は四人とともに、その魔獣と戦い、激しい戦闘の後、勝利をもぎ取ったのです。
それからアマド、カルナダ、サリエスはオルネリア王国の英雄となり、王様と余生を楽しく過ごしました。
シロアは一人、また冒険へと歩き始めたのでした。
めでたし、めでたし。
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「――と、これがよく聞く子供を寝かしつけるための夜話だ。俺も小さい頃はよく聞かされたし、オルネリア王国でも定番の物語だ。劇場公演をやるくらいにはな」
先ほどまで語り口調だったディールが、普通の話し方に戻して言った。
まあ、若干ファンタジー要素が強すぎて夜話としてはどうかと思うが、確かに子供のための物語って感じがした。
ほどよく魔獣の怖さ、魔法とスキルの有用性、冒険者や国の名前を入れている辺りが特に。
「それで? その話からはシロアの化け物じみた感じは全然想像できないけど?」
「ああ、夜話はここで終わりだが……この話には続きがあるんだ」
「続き?」
「そうだ、これは俺がとある任務で調べた古代の文献に記されていた内容だ」
「なるほどね、これまたよく見た展開ね、ベタベタだわ」
そこで先輩が思っても言ってはならないことを口に出した。
「先輩……確かにそうだけど、そこは黙って聞いておこうよ」
「そうね」
俺はディールに先を促すように、視線を向き直した。
「続きを話そう。最後、シロアは『冒険に旅立った』と、大体どこの家庭でもそういう話の終わり方になっているんだ、不気味なほどにな」
「確かに初耳の俺には、いい意味で野望をもって旅立ったように聞こえるな」
「ああ、そこがミソなんだろう。でも、実際の話は少し違う。というか、憶測が入るが構わないか?」
「もちろんだ」
俺がそう言うと、自分を落ち着かせるためなのか、一口コーヒーを飲んでからディールが再び口を開いた。
「『原始の十二王』が誕生したと言われているのは、シロアというエルフが冒険に旅立った直後だ。アロスの歴史を紐解いていく過程で、俺はそのことに気が付いた。ただ、まあ……エルフ自体の存在がそれまでは不確定な存在だったので、その時は「少し変だ」くらいにしか考えていなかった。だが、今ならはっきりと分かる」
俺はそこでゴクリと息を飲んだ。
「シロア、こいつが世界の厄災を作り出した張本人だとな」
突然、聞かされた「黒幕」の真相に、俺は思考が止まった。体もなぜか思うように動かない。
緊張?
とは少し違うが、この世界の異変の一端に触れてしまったという罪悪感かもしれない。
俺は徐に口を開く。
「……聞きたくないが、その厄災とはなんだ?」
「魔獣の強化、ダンジョン、最後に『原始の十二王』だ」
即答だった。
ディールにとっては、この仮定はほぼ確信している事柄なんだろう。
一度、自分を落ち着かせようと目の前にあるコップの取っ手に手を掛けるが……。
震えている?
ガタガタと震える手元のせいで、上手く取っての間の空間に指を指し込めない。
なんだよ、この気持ちは。初めてすぎて全然理解できない。
ふと、目の前にいる先輩を見た。
「先輩は受け入れられたんですか?」
「当り前よ、たかが真実一つ突き付けられたところで動揺しているようでは、研究の最前線に立っていられないもの。慣れよ、慣れ」
昔から動じないというか……先輩は強いなぁ。
俺には真似できないよ。
周りからは頼られたり、強いやつだ、とか言われるけど。実際、俺なんて人間は小さな価値しか持たない、ちっぽけな存在なんだ。
分不相応。
これが俺自身のつけた、自分に対する評価。
「まあ、シロアの話はまた後で詳しく話すとして……賢人には頼みがある」
ディールの言葉で我に返った。
「俺にできることならば、何でもやろう」
「ふむ、蛍に聞いた通りだな。賢人は信頼するに値する人間だ」
また、分不相応な評価。
「何を言ってる、俺は……」
「その目を見ればわかる、伊達に俺は百五十年も生きていないからな」
衝撃の事実、ディールは見た目とはかけ離れた時間を生きているらしい。
だが、俺の目ね……そんな目をして答えたのだろうか。他人の目にはどう映っているのだろうか。
「で、頼み事って?」
「俺を……この日本という国の前線に立たせてほしい。できれば、今後も自由に動けるようにするため、身バレは避けたい」
なるほどな。
ディールという異世界人としてではなく、あくまで謎の人間という立ち位置で戦線に参加したいということか。
それなら俺の領分だ。
「任せろ」
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ウルグアイ海底ダンジョン、その最下層付近。
そこにはカルナダ姉さんに呼ばれ、目の前で正座させられていた二人の姿があった。
「で、改まって何を言うのかと思えば、そのシロアとかいう姉さんの末っ子を止めるためにカルナダ姉さんとサリエス師匠は動いてたって話?」
「そうだ」
「んで、俺がシロアとかいうバカな末っ子を殺すための『ジョーカー』として育てられたってわけね」
「そういうことだ」
いつにもなくしおらしいカルナダ姉さんが、ただ肯定をするのみの人となり下がっていた。
ま、俺はその方が好きだけど。
てか、そのままで当分いてくれ。俺という人間にもう少し申し訳なさそうに接してくれ。
「ふーん。でも、そのシロアってのがこっちの世界にいるって保証はあるの? 元々そっちの世界の住人なわけでしょ?」
「確実にこちらにいるはずだ。私の聡明な兄、アマダ兄様がそうしてくれているはずだからだ。……だが、あまり深いことは私も愚弟も知らされていないんだ。唯一、全ての真実を知っているのはアマダ兄様だけだ。残念ながら、これ以上は私も分からない」
「こんな広い世界でたった一人の人間にバッタリ会う確率って知ってる? いや、俺も知らないんだけどさ。宝くじ当てるよりも難しくない? 普通に考えて」
「そこは大丈夫だ。いずれ蛍はシロアに存在を嗅ぎつけられて、あちらから殺しに来るだろう」
「なにも大丈夫じゃない。むしろ殺しに来るのが分かってて、悠長に寝られるほど俺の肝は据わっていない」
「大丈夫だ、お前の心臓には毛が生えている」
「生えてたまるか」
「……ほたるんの心臓に毛が生えてなかったら、それはそれで違和感が凄いよ?」
「健は黙ってろ、シャラップ!」
そう言うと、健が少しだけすねるようにそっぽを向いた。
と、そこでカルナダ姉さんが俺の肩に手をそっと置いた。
「てことで、早速。竜田姫のところに行ってこい」
「接続詞がおかしいし、嫌だ。五年後に行く」
「……私に歯向かうのか?」
おいおいおい、さっきまでのしおらしいカルナダ姉さんはいずこへ行った。帰ってこい、今すぐ、最速で!
「すいません、明日にはいきますから許してください」
「……何を生ぬるいこと言ってる」
「いえ、激熱な進言をしたつもりです」
「馬鹿を言え……今、すぐ行け。分かったな?」
「イ、イエス……」
結局、俺はカルナダ姉さんの凄みには敵わないことに気が付いたのだった。
てか、この心臓に馬毛生えてそうな姉さんなら、分体でもそのシロアとかいうやろうに勝てそうじゃない?




