変態の定義とは
もう雷に打たれ続け、死んだ数は百を超えてからは数えていない。
最初は本当に最悪な修行だったよ。
人間が死を体感するのは一度きりだと思っていたが、神様にはとってはその考えがあり得ないそうだ。
だが、数やるうちに慣れていくというのか、いや実際には慣れているというよりも無意識的にMPを使って相殺していると表現した方が正しいのかもしれない。
俺自身はそう感じたことも意識的に何かをやっていたわけでもないが、建御雷神様が言うにはそういう原理らしい。
「建御雷神様、もう少し右肩の威力上げて」
「ここかい?」
「……あーそこそこ、良い感じ」
と、今となっては建御雷神様の雷が電気マッサージと同等程度の威力に感じるようになっていた。
特に緑雷なんて、治癒効果も相まって肩こり腰痛を瞬殺できるのでお気に入りの雷である。
ちなみに建御雷神様は立っているのが疲れたと言い出し、今は俺の目の前で片肘ついて寝そべっている。
そんな俺も立っているのが疲れていたので胡坐をかいて、ひたすら雷を浴び続けていた。
そうして俺たちは無駄話をしながら、修行という過酷な時間を浪費していたのだった。
「ねえ、蛍、地上にあるポテチというのは美味しいのかな?」
「俺はコンソメ味派だね、特に味濃い目に味付けしたポテチが大好き。って、また気を抜いた! ポテチ食べる妄想してないで、修行にも集中してよ」
「いやー、でもやっぱり気になるんですよ。神はむやみやたらに地上の資源を浪費してはならないと制限があってですね……」
「その話はもう何度も聞いたよ。そんなに気になるなら、一度地上に降りてジャガイモの一つや二つ植えればいいんじゃない? そしたらポテチ一袋くらい食べても消費したことにはならないでしょ、たぶん」
「それ、私も昔考えたんですよ。でも、別の神がそれをしたらこっぴどく上に怒られましてね」
「何その神様、ケチ神じゃん、パワハラ神」
「そうなんですよ、本当に頭の固い神ですよ。上司が部下のモチベーションを維持しなくてどうするんですかと言いたくなりますね」
「言えばいいじゃん」
「ダメですよ。言ったら最後、百年間は地球で言うブラック企業の如く仕事させられるんですから」
「いや、仕事しろよ」
「蛍に言われたくありませんよ」
「それもそうだ」
「じゃあ、そろそろ次の雷いきますね」
「ほーい、次は黄色だっけ?」
「そうですよ」
建御雷神様が背後に浮いている黄色の文様が入った小さな和太鼓をノールックでポンッと叩く。
すると、俺に落ち続けていた緑雷が黄雷へと変化する。
まあ、黄色い雷って、いわゆる普通の雷なんだけどね。
「ねえ、やっぱり緑雷に戻さない?」
「ダメです、これ以上修行を長引かせたいんですか?」
「それもそうなんだけどさ、黄雷ってもう何も感じなくなったんだよね。まだ緑雷の方が腰痛的にも肩こり的にも俺は好きなんだよね」
「俗物な思考ですね。それに黄雷だって多少は腰痛にも効きますよね?」
「そうだけどさ……やっぱり俺は緑雷が好きなんだよね」
「ところで蛍はマカロンを食べたことがありますか?」
「露骨に話題変えてくるなよ。今、「あっこの話めんどい」って思っただろ?」
「蛍にはメンタリストの才能が有りますね。そんな無駄な才能があるなら空気を読んでみてはどうですか?」
「まあ、いいけど俺も少し面倒くさいなと思い始めたところだし。それで、マカロンだっけ?」
「ええ、そうです。特に女性を中心に人気を博しているとか、彩も鮮やかで気になるんですよね。もちろん私のやりたいことリスト第三十五位にランクインしているいつか食べてみたい食べ物です」
「んーあれな、上木さんに一度貰ったことあったけど……正直、美味しくなかった」
ちなみに俺は上木さんとスイーツの交換をしあうほどの仲良しである。うん、そう言っておけばいつか良いことが起こるかもしれないからそう言っただけ。
でも、発端は俺の方からだった。
東京に来てすぐ何かとお世話になった上木さんにお礼を込めてお高いスイーツを送ったことがあったんだ。そしたら工藤さん経由で非常に喜んでいたことを俺は知ってしまった。
それからも工藤さんとの繋ぎのような仕事をしてくれていた上木さんに何度もスイーツを差し入れしていたら、いつの日か上木さんも俺にスイーツをくれるようになった。
そこから俺と上木さんは、男女の壁など超えたスイーツ同盟を結んだのだった。
「えっそうなんですか?」
すると、雲の上で横になっていた建御雷神様が飛び起きるようにそう言ってきた。
「いや、あくまで俺個人の感想だよ。ただ俺にはただの砂糖の塊にしか思えなかった」
「驚かせないでくださいよ、私のやりたいことランキングからマカロンが急降下するところだったじゃないですか」
「いや、俺には知らんがな」
「そろそろお腹空いてきましたね……食べます?」
建御雷神様は地面に白いふわふわをちぎってそう言ってきたのだった。
「いや……俺もさすがに飽きてきたよ」
そう、この神が食べ物に妙に興味を示すのもこれが理由だった。
この神は生まれてからずっとこの味の変わらないこの白いふわふわを食べてきたらしい。
いや、正確には神は食べ物を生態上では必要ないらしいが、地上で生きる人間を見ているうちに多くの神が食という文化を真似するようになったらしい。
だから、この神の言う「お腹が空いた」というのは、時間的には大体朝八時と昼十二時、夜七時頃の三回、人間を真似して言っているみたいだ。
てか、神様という存在は未だに謎が多い。
「やはり蛍でもそう思いますか。でも、これで私の苦悩を一つ共有できましたね」
「というか、他の神は何を食べているんだ?」
「んー、どうなんでしょうね。私は上に食べ物を懇願したときに、この空間を頂きました。そして、私が懇願したときその神は綿あめを食べていたので、たぶんこのような空間になったのでしょう」
えっ、その神は綿あめを食べてたの?
上司は我慢しない的なやつか。
「だから、この雲の味は全部綿あめみたいなんだな。なんか納得」
「私としては納得するよりも改善案を出して欲しいのですが……まあ、いいでしょう。次の雷いきますね」
建御雷神様はそう言って、黄雷に代わるように橙雷を俺に落としてきた。
その瞬間、俺の体の上にドンッと重い重力が圧し掛かってきた。
「これだけは……何度受けても慣れない」
そう、全ての腰痛の原因はこの橙雷のせいなのだ。
この異常に重い重力が長時間襲い掛かってくるから、首や肩や腰が痛くなる。
「あっ、そういえば蛍は今度、竜田姫様のところに行くんですよね?」
「うん、俺の発言を華麗にスルーしてきたな。でも、そうだよ、次はその神様のところに行く予定……数年後には」
「彼女は……」
建御雷神様はそう言いかけたところで、言葉を飲み込んだ。
しかし、俺にはすぐに分かってしまった。
建御雷神様の魚のように死んだ途方に暮れる目、薄っすらと額に滲んだ汗、ごくりと聞こえるほどに飲み込んだその言葉……。
「嫌な予感しかしない」
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「さて、蛍、これが最終試験です。はりきって挑んでくださいね」
「おう、んじゃちょっと集中するわ」
俺は建御雷神様にそう言って、数歩距離を取る。
大事なのはイメージだ。
結果を予想し、自分の思う姿を思い浮かべろ。
『超級魔法・建御雷神』
その瞬間、俺の姿は精霊による副作用を受けた。
精霊解放の副作用。
髪が青白い雷を纏うように発光し、所々が静電気の仕業なのか逆立っている。そして、青白い雷が集約したように形を作った一枚の外套が俺の体を覆う。
超級魔法・建御雷神の副作用。
髪の色が建御雷神様と同じ黄金の金色に光輝き、ズボンは黒いサルエルパンツになり、服装は建御雷様と瓜二つの格好になる。そして、黄金の円環に括り付けられた八色の小さい和太鼓が俺のすぐ後ろにくっついてくるように自立飛行している。
それらが上手く合わさったのが、俺の今の格好である。
そう、俺の格好は今、建御雷様と非常に酷似しているのだ。
上半身がはだけているところまでそっくりに。
「……建御雷様、今すぐ和服に着替えましょう」
俺はそう言って、ジリジリと距離を詰めていく。
「それは嫌だよ、僕はこの格好が好きなんだ」
しかし、それでも一向に意見を曲げようとはしない神様。
「俺も嫌ですよ、このままだと上半身の裸の男が外套一枚だけを羽織ってるだけの変態になってしまいます。最悪の事態で逮捕されますよ?」
「その心配はたぶんいらないと思うよ? それに……蛍は見た目に似合わず結構いい筋肉してるじゃないですか、私はその恰好の蛍の方が好きですよ」
ダメだ、この神は明らかに普通の日本人とは好きな系統が違う。
脳の造りが違うんだ。
日本の神が奇抜とか……誰得だよ。
「はぁ……まあいいです。これも大きな力の代償として我慢しますよ」
「うん、たまには素直な蛍もいいと思うよ。それじゃあ、一応これで雷狸の試練は終了です。この時点を以て全ての能力と精霊たちは解放しましょう」
建御雷神様がそう言うと、精霊っ子たちが再び俺の体に纏い始めたのだった。
「ありがとう、建御雷神様。ぽんは大事にするよ」
「ええ、期待しています」
その言葉を最後に、俺の意識が徐々に遠のいていき、建御雷神様の顔がぼんやりと掠れていく。
あっ、そういえばカカトと会えなかったな。
あいつ、会いに来るって言ってたのに何かあったのだろうか。
それと建御雷神様は俺が超級魔法を使いこなすまで見届けてくれた、親切な神様だった。
ミタマ様が親切じゃなかったとは言わないけど、神様によって試練のやり方や終わり方は結構違うのかもしれない。
そんなことを考えていると、再び俺の視界が現実世界へと戻っていく。
「あっ、ほたるんおかえり!」
まだギリギリ視界が霞んでいるころ、健のいつもと変わらない元気な声が遠くから聞こえてきたのだった。
「おう、二番弟子! 案外早かったな」
続いてカルナダ姉さんの声が聞こえてきた。
そこで俺の視界は完全に戻ったのだった。
「ただいま、無事試練を超えてきたよ」
「そうか、だったら早速その力を見せてくれ!」
無駄に息巻いてそう言ってくるカルナダ姉さん。
だが、俺の力はそうやすやすと見せつける物ではない。
それに……この二人にはあの姿を見せたときの反応が怖くて、絶対に目の前で使ってたまるか。




