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あの日地球にダンジョンが出現した(~ニート × ファンタジーは最強です~)  作者: 笠鳴小雨
【第5章】海底ダンジョン攻略 編

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ブンッ、と乾いた音が響く

 


「賢人はん、一緒にご飯食べようや」


 緊急の会議を終えた俺は、食堂に向かう道中で虎さんに声を掛けられた。


「僕もいいかな?」


 それに続くように、綾人さんも声を掛けてくれた。


「はい、喜んで!」


 俺にとって、この二人はとても良くしてもらっているダンジョン冒険者仲間という関係である。

 蛍が新しく作ったダンジョン事務所、そこまでは別に良かったのだが碌に起業すらしたこともしたいとも思ったこともない俺ひとりではもちろん限界があった。そこで俺が特に相談し、助けてもらったのがこの二人だった。

 俺がダンジョン冒険者仲間の中で初めて知り合って、初めて声を掛けてくれた二人というのもあるが、瞳の奥底に見える魂胆がないような人物だったから頼ったのかもしれない。

 まあ、蛍が所属しているダンジョン事務所というだけで、魂胆丸見えのコンタクトは数え切れないほどあったのだ。

 ということで、俺はこの二人を友達のような、仲間のような、先輩のような、そんな人として接している。


 俺たち三人は慣れた足取りで食堂へと向かい、列へと並ぶ。


「そういえば虎さんも綾人さんも今日は休みだったんですか? お二人が緊急の呼び出しに駆け付けるなんて珍しいので」


「わいはちょうど箱根に家族旅行に来てたところなんや。ダンジョン冒険者と言っても、男は家族サービスを忘れちゃならんからなぁ……と、まあ、結局は呼び出しかかったんやけどな」

 と、虎さんが。


「俺たちのチームは冠婚葬祭だよ。俺の事務所で結婚した奴がいてね、他の皆はそっちに出てるんだ、だから今日は新選事務所の代表として俺一人が来たってわけ」

 と、苦笑しながら綾人さんが言ってきた。


 どうやら二人とも用事を抜け出してきたようだ。


「そうだったんですか、綾人さんのところはどなたが結婚されたんですか?」


「長田のやつだよ、あいつ北海道から生きて帰れたことを喜んでこっちに帰って来てから勢いのまま彼女にプロポーズしてな、ははっ」


 長田さん……彼とは一度だけ会ったことがある。物凄く気さくな方で、ムードメーカーみたいなキャラの人だったはずだ。それにランクも高い人だ。

 確か北海道奪還作戦の釧路で死に目にあったんだっけか……そこで蛍と神さんと淡谷くんが助けたんだよな。


「そうやったんやな! 幸せは良いことやで、わいもこう見えて家族を持てて良かったと今は思ってるんやで……あっ、わいはカツカレーで福神漬けは付けてな」

「あっじゃあ、俺もそれで」

「俺も綾人さんと虎さんと同じので!」


 順番が回ってきたところで、俺たち三人は同じものを頼んだ。

 そして、そのまま空いている席へと向かい合って着席する。数口食べたところで、虎さんが本題を話し始めた。


「ほんで、さっきの話……お二人さんはどう思った? 正直わいは困惑してるで」


 さっきの話とは、世界規模での魔獣の行進がある可能性のことだ。


「複数の移動型ダンジョンが一斉に進行方向を揃えて、東から西へとユーラシア大陸の東岸全体へと向けて進んでいる……そして、その中心がこの日本。考えたくはないですが、公表すればパニック必至でしょうね」


 会議で聞いたことを綾人さんが端的にまとめて話す。


 そう、先の緊急会議で聞いた話はまさにそのことだった。

 台風島、クジラダンジョン、雲上ダンジョン……など、この世界で確認されている動くダンジョンが北太平洋、南太平洋沖で一斉に移動方向を揃えて西へと向かってくるという事実。

 それは日本だけではなく、ロシア、中国、台湾、フィリピン、インドネシア、ベトナム、オーストラリアなど太平洋に面する国々が主な被害を受けるだろうということ。

 そして、その第一戦場の国々を突破されれば、次に内陸部へと侵食してくるであろうということ。

 そういった理由もあり現在、世界中の通信可能な主要国家を中心に議論が繰り広げられているらしい。そのため、日本の首相も今は寝る暇もなく忙しいのだとか。


 綾人さんの言葉で少しの静寂が続く。

 そこで俺が口を開いた。


「綾人さんと虎さんは参加必須だとは思うのですが、恐らく強制はされないでしょう。でも、まあ、もし参加するのであれば身内を優先的に外国へと避難させることができるとは思っています。ま、そこら辺は追々説明あるでしょうが」


 虎さんと綾人さんは日本に住む全員が認める、魔獣に対抗できる強いカードであることは間違いない。

 だけど、逃げるか、戦うか……ここら辺は正直難しいところではある。

 今は戦争の時代ではない、俺たちが生まれ落ちた時代は戦争とは無縁の時代だったはずなのだから。

 だからとでも言えばいいのだろうか、こういう状況に対し明確な判断を出すのは難しい………はずなのだが。


「賢人はん、何を言っているんや。わいはもちろん参加するで。ワイが参加しなきゃ、嫁すら守ることができないからな」

「俺も同じだよ、賢人。日本有数の新選事務所、そこのエースとして俺が参加しないわけにはいかない。それに……どんな戦場に置かれようとも、今の俺なら生き残れる自信があるしね」


 二人とも、すぐに自信に満ちた顔で返答してきた。

 どうやら怯んでいたのは俺の方だったみたいだ。

 やはり世界ランキング上位にいる者は根本的な考え方から、俺みたいな人種とは違う。俺ならすぐに逃げる方法やその選択肢を考える。

 しかし、彼らにとっては愚問だったようだ。


 これが世界ランカー、誰もが認め、全ての人が頼る存在……か。


 カッコいい、と思うのは俺が単純だからだろうか。

 この二人のように前線で戦い続けるダンジョン冒険者、もちろん蛍も含めて俺は遠い存在だと勝手に思っている。


 俺にはトラウマがある。


 たった一年半のサバイバル、それによって植え付けられた魔獣=死というイメージ。それが俺の――みんなと一緒に戦いたい――という考えを蝕む。

 どうにもあと一歩が踏み出せないでいるのだ。

 最高と言えるほどに整っている環境のはずなのに踏み出せない壁が俺の心にはある。


「やっぱり二人は凄いです、俺にどうもそういう考えがすぐにできなくて……」


 俺がそう言うと、二人は顔を見合わせるようにして首を傾げた。


「賢人はんは何を言ってるんや、わいにとっては賢人はんの方が凄いと思っているで」

「俺もだよ、賢人はそんなに謙遜する必要はない」


 虎さんはスプーンをピシッと俺に向け、綾人さんは笑って言ってきた。


「なぜ……俺は」


「わいには一年間もサバイバル生活なんて考えられへんからな。ダンジョンに潜ったとしても俺たちダンジョン冒険は精々数ヶ月なんやで、一年とか頭おかしくなるわ」


「そうそう、俺たちは基本ビビりなんだよ。下手にダンジョンに突っ込めば軽く死ぬ、だから安全なところだけを進み続けるんだ。その点、賢人は違う」


「違う?」


「そうだよ、俺たちにとって格上ばかりが住み着く場所での生活なんてまっぴらごめんなんだよ。だから、賢人は俺たちよりも多くの壁を越えてきているはずだ。だから、もし君が心の壁を越えようとするなら……俺たちが手を貸すよ」


 綾人さんはたぶん、俺のトラウマのことを言っている。

 そして、知ってるんだ。


「こんな俺でも戦えますかね?」


「「もちろん(やで)」」


 二人の頼もしい声が俺の心を動かしたような気がした。


 さて、そうなるととりあえず俺はやらなければならないことがたくさんある。

 一先ず……。


 あいつにどうにかしてこの状況を知らせなければ。

 俺はその場で立ち上がり、食器を片付けてから「戦車見てくる!」と言って意気揚々に出ていった先輩の下へと向かうのだった。


 否応にも手に力が入る、いつの間にか爪痕が残るほどの握っているとも知らずに。


 今回の戦い、俺はたぶん前線に出る。


 その決意を胸に、俺は足早に歩き始めた。

 ただし、課題は山済みである。


 自身の戦闘力の強化、蛍から貰った武器の練習、蛍と健への連絡、そして各会議への参加。


「一先ず、学校に公休届出さなきゃな」


 忙しくなりそうだ。


 休憩時間も終わりに差し掛かっている頃、俺は倉庫の方へと到着した。

 見張りをしていた隊員に首からぶら下げたパスを見せ、中へと入る。


 そこには……。


「先輩、そろそろ行きますよ。それと……戦車に頬ずりしないでください」


 俺の言葉など耳に入らないほど興奮していた先輩を、俺は引きずりながら再び会議室へと入って行ったのだった。




 ******************************




 ブンッ、という音と共に側頭部に鈍痛が走る。


「痛ッッッッッッい!?」


「蛍、気を抜くな! ほれ、健もだ」


「……うぅ」


 俺は目隠しを取り、目の前に大量に並べられたカルナダ姉さん特製の回復薬をがぶ飲みする。

 ああ、痛みが消えていく……。


 横を見ると、見たこともないようなたん瘤ができた健の悟ったような姿があった。

 健は俺よりも数倍殴られてるからな。

 悟りを開き始めたのだろう。


「はい、弟子共! さっさと目隠しを付けろ」


 俺たちの後ろに立ち、バッドのような硬い芯のある棒を肩に担ぐカルナダ姉さんの鬼面。


 健は怒られる前にその場に胡坐で座り直し、再び目隠しを付ける。

 そして、姉さんが再び棒を振りかぶり……健の顔目掛けて優しくゆっくりと振りかぶる。


 それを健は顔を逸らすことで回避。


 続いて上から振り下ろすように、ゆっくりと手加減された棒が健に振り下ろされる。


「いぃッ!?」


 健の悲痛の声が響く。


 どんまい……健。


「はい、次は蛍だ」


「はいはい」


「はい、は一回!」


「はい」


 俺はそう言って、目隠しを付けてから体の中にあるMPと呼ばれる謎エネルギーを体の周囲、特に頭付近に集中して集め、流水のような静かな流れで纏わせ、それを広く薄くのばしていく。

 たぶん体から15センチ、ここが今の俺の限界だ。


 すると。


 ブオンッ、という風切り音と共に頭上数センチ上を、先ほどの健のときとは明らかに威力の違う棒が通過する。

 もちろん俺はそれを回避した、周囲に纏わせた膜に棒が触れ、棒が向かってくる方向、威力、速度を考慮し、その軌道から頭を逸らした。


 続けて、その棒が真横から向かってきた。


 俺はそれを頭を逸らして回避する。


 ブンッ、ブンッ、ブンッ、ブンッ、ブンッ……。


 そんな音だけがこの部屋に鳴り響く。

 その間、俺はただ回避し続けた。


「よし、そこまで、目隠し取ってよし」


 風切り音の代わりにカルナダ姉さんの声が聞こえてきた。

 俺はふうっと息を吐き、ゆっくりと目隠しを取り外す。


「やっぱりほたるんは凄いね、僕はまださっぱり棒の気配ってのが分からないや」


 目を開けると、真正面に健がいた。


「一番弟子の健、心配するな! こいつとは出発点が違うだけ、いずれ追い付く。と、今日はここまでだ、さっさと腹ごしらえを済ませて休養を取れ。明日はダンジョン攻略日だ、一気に十五階層は降りるぞ」


 カルナダ姉さんが補足するように言う。

 そして、何故か健をことあるごとに一番弟子と呼ぶ姉さん。

 まあ、いいんだけどさ。


「はーい」

「やったー!」


 俺は早速、シャワーで汗を流し始める。


 今の修行の日々は一日おきで変わる。ダンジョン攻略、修行、ダンジョン攻略、修行というクールで行う。

 今日は修行日だった。

 今やっているのは、俺がミタマ様の試練で行ったMPと呼ばれる謎エネルギーの扱い方の上達を目標としたものである。

 ちなみにこのMPは、地上では魔力やら魔素とも呼ばれているそうだ。そこら辺の呼称は人によって変わるらしいので、俺はマジックポイントとそのまま読んでいる。


 そして、このMPの扱いがカルナダ姉さんの戦い方の基礎にして、全らしい。


 俺の目標は、このMPを全身に流水のように纏わせつつ、数キロ先まで伸ばせることらしい。

 正直、無理だろとか思っていたが、案外カルナダ姉さんの教え方が的確なのだ。


 最初、「もっとグワァーっと」とか「こう、ウオォォって感じで」とか言われるのかと思っていたら、もっと理論的に「水魔法は使えるんだな? だったら、まずは水魔法の『オーシャン』を体中に操作して纏ってみろ」と言ってきたのだ。

 そして、それをやると「いい、それと全く同じことを体内のエネルギーでやれ。最初は荒くていい、徐々に静かな水を意識していくんだ」と段階をちゃんと踏んでくれるのだ。


 そして、あっという間に俺は体外15センチほどまでこの膜を広げることができた。


 カルナダ姉さん、言い方や性格はかなりあれだが……師匠としての才能は認めざるを得ないんだよね。

 あと、いつか俺を一番弟子と言わせてみたいと思っていたり、思っていなかったり。


「よーし、寝支度は済んだな! 大富豪やるぞ!」


 そして、姉さんは……トランプにドハマりしていた。



 ああ、俺の「普通の人生」はどこに消えた。

 今のこの生活はそれとはまるで遠いんだが……。

 修行詰めの日々とかごめん被りたい。俺は適度にダンジョンで遊んで、適度にゲームをして自堕落に生きたい。


 と、面と向かって言えれば楽なんだろうけどなぁ……。


 とりあえず、今は我慢の時期。

 俺は我慢することに決めたのだ。


「ふっはっはっ、甘いわ蛍……革命ッ!!」


「うわっ、姉さんこのタイミングで革命しちゃう!?」


 そんな楽し気なカルナダ姉さんと健の声が聞こえてくる。

 よし、そろそろゲーマーの本気というものを教えてやるか。


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