音楽の才能ってのは
「死ぬぞ、小僧」
突然、目の前に現れた風に揺れる赤い外套は死神のように思えた。
そう錯覚するほどの殺気を俺は全身に感じたのだ。
カキーンッ。
「残念、そう簡単に死ねないんだな、これが」
意表を突かれたものの、俺のオートガード機能が発動。
彼女の剣を難なくはじき返した。
俺はすぐにバックステップで距離を取る。
……何も見えなかった。
動きの動作、走り出した瞬間、迫ってくる過程……そのどれもが俺には見えていなかった。
超動体視力スキルでも反応できない速度で動いている?
本当に何者なんだ。
「おい、小僧。悠長に考えている暇なんてないぞ、剣はすでにそこにある」
またしても俺の視界から瞬時に消える彼女の姿。
パリンッ。
そして、背後から聞こえるハニカムシールドが破壊された音。
俺は反射的にシールドを二重に展開、剣の奪取を試みる。
そのままその場で体を翻しながら、跳躍。
彼女の頭上に位置を取った。
「くっ、空間固定か」
彼女の剣はすでにハニカムシールドの餌食となり、その場の空間に固定されていた。
『ウォーターバインド・プリズン』
俺はゼロ距離で彼女の捕縛に掛かった。
捕まえてしまえば、ネタが分かるはずだ。
しかし、彼女は再び一瞬で消えた。
俺は落ち着いてバランスを取り直し、地面に着地する。
「なるほどな、その高速移動は影移動ってところか。アイ防具化、飛ぶぞ!」
彼女は俺の水の牢獄から抜け出すために、影に沈んだのだ。
いや、沈んだというよりも潜ったという表現が正しい。
俺は影からの奇襲を避けるために空へと飛び立つ。
「正解だ、よく今の攻防で見抜いた。勝負の目も一級品ときたか。素晴らしい、よくぞそこまでに至った。だが、空を飛べるのがお前だけだとでも思ったか?」
そう言った彼女は、ふわりと浮かび上がった。
この飛び方、ディールと同じだ。
恐らく仕掛けはあの靴装備。
「なあ、お前は一体誰なんだ? 何故今の瞬間に健を襲わない。俺達を殺す目的なら、まずはあいつを狙うべきだろ」
そう言った時だった。
彼女のフードからギリギリ見える口元が不気味に笑ったのだった。
「戦闘中、話すことができるのは……圧倒的強者のみだ。覚えて置け、青小僧」
影は封じた。
そのはずなのに。
「なッ?!」
彼女はいつの間にか俺の頭上にいたのだった。
幻影を使っていたわけではない。
俺の感知範囲にいきなりこいつが現れたんだ。
「『舞い乱れろ・妖剣、枯れ葉』ッ!!」
彼女の剣が俺の眉間すれすれまで迫っていた。
やばい、やばい、やばい。
どうする、どうすれば……。
「『超級魔法・稲荷の神』発動ッ!!」
ふっと、俺の体にミタマ様が重なる。
そして、冷気が爆発し、無限膨張を始めた。
超級魔法・稲荷の神。
精霊解放の完全上位互換であり、精霊解放をできることが必須条件の超魔法。
その身に神の力の一端を下ろし、精霊の真の姿を顕わにする。
その能力の一つ、冷気の急激な爆発による間接的な攻撃。
その勢いで彼女の技を力づくではじき返す。
彼女が冷気の爆発に負けて、天井に激突した音が聞こえた。
「かぁー……、マジかよ。お前、サリエスの秘蔵っ子か! そりゃ納得だ、その強さも、技の豊富さも、その目もな。それに精霊の境地、超級魔法に精霊解放の習得……鍛えがいがありそうだ」
冷気が薄まり、視界が明瞭になる。
天井を見上げると、そこには天井に立つ彼女の姿があった。
何なんだよ、あいつ。
天井に立つとか、化け物かよ。
そう思っていた時だった。
彼女の羽織っていた外套が重力に従ってふわりと落ちてきた。
そしてその素顔が露になった。
「あんたエルフなのか。道理で詳しいわけだ。師匠を知っているようだが、何者だ?」
「ああ? 師匠だ? サリエスのことだろ、それ。あいつは私の…………愚弟だ!!」
彼女はそう言って、天井を蹴った。
目にも留まらぬ速度で、俺に迫ってくる。
一直線に。
ただ一直線に剣を構えて、襲ってくる。
だが、今の俺にはゆっくりとそれが見える。
これも能力の一つ、周囲の空間の速度を低下させる効果を使っている。
俺はゆっくりとそれを観察する。
敢えてギリギリの薄皮一枚斬らせるタイミングでそれを回避。
彼女の足を掴み、思いっきり地面に投げつけた。
行ける!!
そう思っていた。
「ぐはっ?!」
いきなり彼女の姿が掻き消え、背中に痛みが走る。肺の空気が押し出され、思考が止まった。
いつの間にか俺の体は地面に叩きつけられていた。
どうなってんだよ……俺とお前の位置逆になってるぞ。
と、彼女は隙を与えてくれなかった。
再び目の前に残像を残すほどの速さで現れ、俺のわき腹に回し蹴り。
さらに飛び上がり、俺の後頭部を思いっきり蹴り、地面に再び叩きつけられた。
「ぐッ……ゴホッ」
吐血した。
胸から熱いものが込み上げ、地面に吐き出した。
ありえない、ありえない、ありえない。
超級魔法発動中は俺の周囲の空間の速度を遅くする。
しかし、それでも俺は彼女の姿を目で追うのが精いっぱいだった。
「あー、くっそお前と戦ってると、やけに体が重てぇんだよな。どんな手品使ってやがるんだか」
彼女はそう言って首をゴキゴキと鳴らす。
体に力が上手く入らない。
強い、強すぎる。
見えるが、体がついていけない。
勝てない……?
それでも俺は力を振り絞り、なんとかその場に立ち上がる。
衝撃で足場は蜘蛛の巣状にひび割れ、立つのもままならない。
「ゴホッ……くっそ、痛ぇ。姉さん、師匠をさっき愚弟とか言ってたな。なら、なんで俺と戦う。なぜ健を刺した」
「そりゃ……お前たちを鍛えるためだ。だから全力を出せ。全てを私に見せてみろ。これでも私は九割近くの力を出している。それは十分誇っていいことだ。ほら、話せる余力があるなら、行くぞ!!」
それから俺は小一時間もボコられた。
見えるが、対抗できない。
初めての感覚だった。
俺の目は一級品だ。
それでも体はまだそれとは程遠い、それを教えられたのだった。
そして、俺は意識を手放した。
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うっ……。
全身が痛い。
こりゃ、骨何本かいってるな。
目を覚ますと、全身に奔る激痛。
重たい瞼を無理矢理こじ開けると、そこには天井があった。
「はっはっはっ、健! お前料理上手いな! いいぞ、良い弟子になる!」
最初に聞こえた声は……俺のトラウマに響いてきた。
その瞬間に思い出す、彼女のしでかした所業の数々。
腹を蹴り、腕を折っては治療し、背中を蹴り、頭を蹴り、顎を撃ち脳震盪を起こさせ……ああ、思い出したくもない。
完全にあのエルフはヤバイ。人をいたぶることに快感を覚えているような嫌な目をしていた。
『エレクトリックヒール・アドバンス』
痛みが消えていく。
この魔法の進化後の変化は特にない。
強いていうならば回復時間が早まったくらいだろう。
それしかない変化のない、普通の自己回復魔法。
「あっ、ほたるん起きた! 大丈夫? 姉さんに大分やられてたけどっぽいけど。僕にはなーんにも見えなかったけどね」
すると、何故か笑顔な健が俺の顔を覗き込んできた。
これが大丈夫そうに見えるのだろうか。
「大丈夫じゃない、何度死ぬと思ったことか。あれが師匠と同じ人種なんて何かの間違いだ」
「あ……ほたるん、それは言っちゃダメ」
「おうおう、よーく聞いたぞ。蛍とか言ったか、サリエスの弟子よ。お前は私が直々に鍛えてやるからありがたく思えよ。この剣神と呼ばれたカルナダ様にな!! どうせ愚弟にここに行けとか言われたんだろ」
ああ、こいつカルナダっていう名前なんだ。
そうして健の後ろから俺の顔を覗き込んできたカルナダの素顔は、どことなくサリエス師匠に似ていた。
そして、傷に響く痛み。
これが古傷が疼くとか言うやつなのか。
「なあ、あんたさすがにやりすぎだろ。俺じゃなかったら死んでるぞ、たぶん」
「何言ってるんだ。お前は愚弟の弟子なのだろ? そんな柔な育て方はされてないだろう。……いや、愚弟の弟子にしては出来過ぎてるな」
そう言って何かをブツブツ考え始めるカルナダ。
そして、何かを思ったのかポケットから取り出した物を投げつけてきた。
「これでも飲んでろ、すぐに痛みが引くはずだ」
「緑色の液体って……明らかにやばい薬だろ」
「違う、それはとある魔獣の胃液だ。だが、飲むと骨折程度ならすぐに治る。さあ、遠慮せずに飲め」
遠慮はしてないから。
と、渋っている俺にイラついたのか、無理矢理その液体を口につぎ込んできた。
「ゴホッ……おぇ。まっず」
その液体は何と言えばいいのだろうか。
炭酸が抜けレモンの風味のないコーラを表現するような、起きたばかりの体には毒のような味。
だが、すぐに痛みが消えた。
怪我が嘘かのように、完治したのだった。
「ほら、すぐに治っただろ。それよりもお前もこっちに来て、飯を食え」
そう言って、踵を返すカルナダ。
すると、健が手を伸ばしてきた。
「ははは、まあカルナダ姉さんは不器用なんだよ。とりあえず、いこ?」
「はぁ、分かったよ」
俺は健の手を取り、ボス部屋の中心で焚いていた焚火の下へとゆっくり歩いて行った。
その焚火を囲むように、三人が座る。
焚火の心地よい音が俺の心を癒してくれてるような、そんな静寂が少しの間続いた。
最初に口を開いたのは、健だった。
「そうえいばほたるん、一個聞いてもいい?」
「ん? なんだ?」
「あの中二病っぽい変身は何だったの?」
ギクッ。
何故か俺の心からそんな音が聞こえてきた。
「あれは……」
そう言いかけた時だった。
カルナダが言葉を被せてきた。
「健、良い質問だ。さすが私の一番弟子だ」
「姉さんの一番弟子だなんて嬉しいなぁ」
「あれは精霊の解放、その先にある精霊の極致。精霊の魔法を最大にすると、使えるようになる魔法『超級魔法』と呼ばれるものだ。そうだろ?」
カルナダはそう俺に聞き返してきた。
間違ってはいないが、正解とは言えない。
が、俺にも話せないことはある。
「まあ、そんなところだよ」
「ほえー、やっぱりほたるんは凄いんだね。よく分からないけど、凄いことってことだけは分かるよ」
「それでだ、健の質問に答えよう。その魔法には外見を変化させる副作用が伴う。それも特別の」
「特別?」
健は不思議そうに聞き返す。
だが、俺はそれ以上話して欲しくないぞカルナダさん。
「ああ、その外見はその使用者の心を読む。そして、その結果から外見が決まるのだ」
「な、なるほど……、そうだったんだね、ほたるん」
健は何かを察してしまったようで、俺の顔を哀れな目で見てきた。
そう、精霊解放の時はゲームで使っていたキャラの衣装に似た外見に変化していた。
そして、超級魔法ではそれに神様っぽい要素が加わったのだ。
例えばクウの精霊解放では、髪が白くなり、真白なマントが出現する。
超級魔法ではそこに要素が加わる。
白と青の羽衣が追加され、白い耳と尻尾が生える。目の色も変わる。
それもそのはずだ。
精霊の超級魔法とはミタマ様の力の一端をこの身に宿す能力。ミタマ様の要素が加わってしまうのだ。
だが、俺に獣人への変身願望はない!!
「一応弁明しておくけど、モフモフ要素は俺の好みではない。それだけは忘れないでくれ」
そういうと、さらに健の目が険しくなったのが分かった。
「ま、まあここは改めて自己紹介からしようよ!! 僕は新田健、絶賛ランキング急上昇中の期待のルーキーです!!」
空気を換えようと思ったのだろう。
健は明るく言葉を発した。
もちろんこの流れに乗らないわけにはいかない。
「んじゃ、次は俺……」
「次は私だ!!」
おい……まあ、いいけどさ。
「私はカルナダ、エルフ族の末裔の一人、三強と呼ばれた一人である。そして、サリエスを扱いた姉でもある!! そして、今日からお前たちを私色に染めてやるから覚悟しろ」
聞いてないんですけど。
いや、実際には戦いの最中に聞いた覚えはあるけど、本当にそうなのか。
「カルナダさんは何を教えてくれるんだ?」
「いい質問だ、サリエスの弟子よ! 私が教えるのは…………本物の戦闘だ」
「本物の戦闘?」
「ああ、愚弟が教えるような上っ面の戦いではない。正真正銘、敵の命を刈り取るための戦い方。それを骨髄まで染み込ませてやるからな!!」
もしかして……。
あんな悪逆非道な行為をこれからも受ける羽目になるのか?!
絶対に嫌だ!!




