アニメは知識の宝庫
雪男は背後から現れた小さな人の声に従うように大人しくなった。
それを横目で見ていた俺は走るのを止めた。
「おろ? 人間か? 珍しいっぺな、こんな山中にいるなんて。何しに来たんだっぺ?」
その小さな人は俺にそう聞いてきた。
何故か俺はもう大丈夫だと思った。
その小さな人の声に優しさが籠っていたから。
「俺は稲荷神のミタマって人にいきなりここに飛ばされたんだ。ついでに人間だ、超ひ弱な人間だ。人間の中でも超弱い人間だ。それでそっちは?」
「んな、ミタマ様も無茶苦茶するっぺな。おらは小人族のカカトって名前だっぺ。んで、こっちがおらの友達のウググって言う魔獣だっぺ。でも、安心して欲しいんだな。ウググは優しい魔獣だっぺ、嫌われ者のおらといっつも一緒にいてくれる優しい魔獣なんだな」
そうして、ゆっくりと近づいてきたカカトという小人族は小さかった。
俺の膝位の身長しかない、本当に小さな人物だった。
対して、ウググという雪男は俺の二倍以上も高い身長。
凸凹コンビと表現するのが違うと感じるほどの凸凹コンビだった。
「分かったよ、俺もここに来て初めての魔獣だったから警戒していただけなんだ。害意がないと言うなら、俺は何もしないよ」
すると、そのカカトの顔は申し訳なさそうな顔から一転、パァっと明るくなった。
「そっが、よがった! でも、怖がらせてしまったお詫びをさせて欲しいんだな。昨日は生きの良いスノウディアっていう魔獣の肉が手に入ったんだっぺ。それでシチュー作ったから是非食べて欲しいんだな」
「えっいいの? めっちゃ腹減ってたんだよね」
「いいっぺ、いいっぺ! ウググもそう言ってるっぺ! んじゃ、早速うちに行くっぺ!」
カカトはそう言うと、その小さな手で俺のズボンを力強く引っ張りながら、家へと案内してくれたのだった。
と、思ったら俺たちの歩く速度が遅くて見かねたのか、雪男のウググが俺とカカトを持ち上げて、運んでくれたのだった。
あー、楽だ。
一家に一体ウググ欲しいな。
ついでに俺はウググを鑑定してみることにした。
【status】
種族 ≫トュルーイエティ
レベル≫???
スキル≫???
魔法 ≫???
俺の顔は完全に青ざめたのだった。
そしてあの時、この魔獣から逃げようとした俺を殴りたくなった。
(こいつ強すぎない?! たぶん魔法やスキルが使えたとしても……)
鑑定が弾き飛ばされる場合がある、そうサリエス師匠から教えてもらったことがある。
鑑定スキルのレベルが単純に足りない場合。
そして、自分と比べられないくらいの格上の場合。
今回は完全に後者。
残念ながら俺の異世界鑑定のスキルはこのダンジョンに来て早々にカンストした。
後は消去法で、この魔獣が強いということが分かる。
俺って今……完全な格上に運ばれてるってことだよね?
トュルーイエティ、真実の雪男。
もしかして、雪男のオリジナルということなのか?
そうウググの上で考えていた時だった。
「蛍さん、今ウググのこと鑑定したっぺな? ウググがそう言ってるっぺ。で、どうだったんだな? ウググは怒ってないけど、感想聞きたがってるっぺよ」
え、何故分かった?
「な、何で分かったんだ? 俺が鑑定使ったってこと。てか、何で異世界鑑定のスキルは使えてるんだ? スキルは使えないはずなのに」
「んなこと簡単なことだっぺよ。鑑定スキルは例え神だろうと封印できない特別なスキルだっぺ。ミタマ様よりも、上位の神が与えたスキルだっぺな。それとウググは察知系のスキルを持っているっぺ。だから、スキルや魔法に敏感な子なんだな」
なんかこの世界は、神が近しい存在の世界なのかもな。
それに察知系スキルにはそういった効果もあるのか、知らなかった。
「そうだったのか、ウググごめんな、俺初めて知ったよ。で、感想だったよな。正直言って、俺が能力を使えてもウググには勝てなさそうだわ。凄いなウググ!」
「グゥゥ!!」
本当に何と言うか……見た目にそぐわず優しい奴だよなウググは。
それよりも、この世界は一体なんなんだろう。
稲荷神、ミタマは「私の世界」と言っていたが、他の神にも干渉されているっぽいな。
それにスキルもある……ここがもしかしてサリエス師匠の異世界なのかもな、案外。
『残念! ここはあのエルフくんとは別の世界でしたぁ!』
あっ神様、反応した。
『神様だって暇なんですぅ』
それにちょっと口調も変わったな。
親しくなった感じだ。
んじゃ、ちょっと。
(神様、無事に帰ったら耳触らせてもらえませんか? それか尻尾でもいいです。お願いします!! これは日本男児の夢なんです!!)
俺は心の中でそう言ってみた。
というのも、神はどうやら俺の心を読めるようだからだ。
しかし、反応がなかった。
(神様、ありがとうございます!! では、帰ったらよろしくお願いします!! 楽しみにしてます!)
『ちょ、ちょっと何勝手に話進めてるんですか! ダメですよ!』
(日本では元来、無視は了承の意味を持つんです。では、楽しみにしてます!)
そうやって、ウググの肩の上で神様と話していると、遠くからオレンジ色の灯りに照らされた一軒のログハウスが見えてきた。
「着いたっぺよ! さあ、これが自慢の我が家なんだな」
その家は思っていたよりも、立派だった。
『ダメです!!』
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「うっ……ぐすんっ……」
「泣くまでじゃねえっぺよ。でも、嬉しいんだな」
「美味い……美味しいよ、カカト。ありがとう」
俺は泣きながらカカトが作ってくれた鹿のシチューを食べていた。
普通のご飯が食べられるって、こんなに幸せなんだな。
そのシチューは確かに一流とも母の味にも及ばない大雑把な味付けだった。
それでも三日間のサバイバル生活をしただけで、俺はこのシチューが最高に美味しかったのだ。
「それよりも蛍の話聞かせてくれっぺ。ミタマ様は蛍にどんな試練を与えたんだっぺ?」
「『雪とは、氷とは、精霊とは何なのか。それを考えてください。そして、この環境に適応するのです』って言ってたよ。だから、裸で吹雪の中立ってみたけど死にそうだった」
「はははっ、何やってるんだっぺさ! 蛍はバカだなぁ」
「てか、何で試練って知ってるの?」
「そりゃ、ミタマ様は試練を与える時しかここに人は寄こさないっぺ。それにしても精霊の試練だったんだな。蛍は凄い人だったっぺ!」
「そうなのか?」
「そうだっぺよ! 精霊は全ての世界合わせて、25体しかいない貴重な存在っぺ、そんな精霊一体と契約してるやつはどの世界でも重要な存在なんだな」
へぇ……25体しかいないの?
初めて知ったよ。
本当にカカトは物知りだな、サリエス師匠でも知らないことがゴロゴロと出てくる。
「ねえ、俺はその精霊三体と契約してるんだけど、他にも同じような人いるのかな?」
「んな?! そ、それ本当だっぺか?! 嘘はミタマ様にお仕置きされるっぺよ!」
「嘘じゃないよ。冷狐のクウ、雷狸のぽん、紅葉烏のアイっていう三体の精霊なんだけど、知ってる?」
「知っているも何も、冷狐はミタマ様の使い獣っぺ」
「使い獣?」
「神獣ってことだっぺ!」
まじか、薄々感じてはいたけど、クウお前凄いな。
「他の精霊は知ってる?」
「もちろんだっぺ! 雷狸は建御雷神様の神獣で、紅葉烏は竜田姫様の神獣だっぺ。すげぇな、全部神獣様だっぺね!」
おお、建御雷神は聞いたことある。
竜田姫は……知らないなぁ。
それにしても精霊の定義が良く分からなくなってきた。
精霊とは何なのか、生きて帰れたら稲荷神に聞こう。
「それで俺は何をしたらいいか知ってる?」
「それは……教えられないっぺ。でも、蛍はそのシチューを食べたらここをすぐに出ていくっぺ。それがヒントになるんだな」
うーん、やはりヒントはこの常に吹雪いている山で一人で生きていくことにありそうだな。
「うん、分かったよ。ありがとう、カカトにウググ!」
「気にすることないっぺ。ウググ、蛍を洞窟まで送って行ってくれるっぺ?」
「グウゥッ!!」
あははは、これはありがたい。
こうして俺はひと時の安らぎを得て、再びサバイバルの地へと身を投じたのであった。
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最終日、ここに来てからちょうど一週間。
その日の朝、俺は凍った滝の上で瞑想をしていた。
俺の周りにはいつも通り、この雪山に生息する狼に兎、鳥、イタチなど様々な動物が集まってきている。
まあ、瞑想と言っているものの、無心になったりはしていない。
ただとある一つのことに集中しているというだけ。
この神様の問いの答えに至るまで壮絶なことがあったのだが……あまり思い出したくない。
でも、俺なりにアニメやゲームの知識を総動員して考えた。
その結果、「雪とは、氷とは、精霊とは何なのか」という問いに対し、導き出した俺の回答は。
――冷たい。
これしかなかったのだ。
今まで俺は氷雪魔法を魔法として認識していたので、冷たくないのは当たり前、そう思っていた。
でも、たぶんこの考え方が違っていた。
ここに来て改めて分かったんだ。
雪や氷って元々人間の体温を基準に考えると冷たいと感じるもの。
そう俺はここに来て、何度寒さで死ぬ思いをしたことか。
凍え死にそうになり、鼻が利かなくなり、末端が痛くなり、感覚が徐々に奪われていく。
でも、何故かクウの氷雪魔法ではそれがない。
そこで再び浮かび上がった疑問。
――精霊とは何なのか。なぜ普通の精霊ではなく、防具として俺の身にいつもくっついているのか。
そこで俺は一つの可能性に気が付いた。
冷気や寒さという感覚から守られているのではないだろうか。
クウは俺の身に常に纏わりつくことで、俺をずっと守っていたのではないか。
いつも寝ているのも、何かの力をずっと使っているからではないだろうか。
もしそうだとしたのなら、俺は何故ここに呼ばれたのか。
クウを使役する資格とは、クウを思う気持ちのことなのではないだろうか。
神様はクウの親みたいな存在、子を大事に扱って欲しいと思うのが常の心情。
だったら、俺は寒さに耐えうる存在になればいい。
でも、人間のひ弱な肉体ではどうあがいても不可能。
だったら、俺自身が耐えるのではなく、相殺すればいい。
何かの力で相殺すればいい、そう結論付けた。
何か、それはたった一つしかなかった。
能力を封印された今でも、体の中で無駄に蠢いていた「MP」。
それを上手く扱えないかと考えた。
結論。
できた。
この答えに行きついたのも、つい二日前の話。
MPとは俺たち地球に住む人間からすると、未知のエネルギーそのもの。
だったら、そのエネルギーで発熱も、空気の対流もどっちも作ればいいと思ったのだ。
ありがたいことに、俺のMP量はスキルのおかげで多く、簡単な操作ならば可能だった。
その結果、俺は猛吹雪の雪山の中、全裸で生活できるようになった。
でも、これが本当の答えなのかもわからない。
神様による答え合わせを後は待つだけなのだ。
俺は一度目を開け、目の前にたくさん置いてある果物を手に取る。
「美味い」
この果物は動物たちが持ってきてくれた食料。
ここの動物たちは頭がいい。
俺がまだ熱のコントロールができないばかりに、俺の周囲までその余波が行くのだ。
だから、どの動物も果物を持ってきてはここで溶かし、食べていくのだ。
俺はお駄賃として、各群れから一つだけ果物を頂く。
まさに需要と供給が成り立った良好な関係と言えるだろう。
それに俺が凍った滝の上で練習している理由も、熱のコントロールを習得するため。
ここで熱が暴発したら俺は下の池にドボンと落ちるという、中々に体の張った修行方法である。
「ゴホッ、ゴホッ、種が……」
余計なことを考えていたからだろう。
俺はその瞬間、コントロールを誤った。
「うわぁぁぁぁぁ」
一瞬で凍った水が蒸発し、俺は滝の下へと落下したのだった。
落下の衝撃で上下左右が分からなくなるも、俺は慌てない。
ゆっくりと浮力を確認し、上を目指して水面へと出た。
「ぷはーっ、これで記念すべき100回目の落下か」
俺は泳ぎながら、池の近くの木まで歩み寄り、鋭い石で正の字の一画を足した。
そうしていると、5分も掛からずに滝が再び凍り始めたのだった。
再び、俺は熱のコントロールを習得するべく滝の上へと昇っていくのだった。




