言葉とは実に
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。
カタカタカタカタカタ。
そこではダンジョンに似つかわしくない音が響き渡っていた。
「よっしゃあっ!! ラストアタックはンパに持っていかれたか。でも、ギルド対抗戦初勝利だ!!」
『ふふっ、私に掛かれば楽勝ですよ!!』
『やったな、隊長!』
『ふい~、上位ギルド食ってやったぜ!』
『おいおいおい、マジかよ。あの死にかけていたギルドがついに上位ギルドに勝っちゃったよ……すげーな、さすが隊長。まさしく諸葛孔明』
事前の情報収集の賜物よ。
ギルド対ギルド対ギルド対ギルド、通称GvGでは、この技術もさることながらそれ以上に重要なのが事前の情報収集と、戦況に応じた兵器の使用、人員分配の変動に、奇襲作戦が重要なのだ。
ちなみに先輩が長い時間かけて改良してくれた「魔力電波変換機」のおかげで、ダンジョン内で俺はもう電波に困る生活はしない。
やりたい時にゲーム、やりたい時にダンジョン攻略。
これが最高にちょうどよく楽しいのだ。
それに先輩たちはその技術に特許申請を出し、商品化する魂胆らしい。
金の亡者どもめ。
……帰ったら、その金で課金してやるからな。
と、そんな感じでギルドメンバーとボイスチャンネルを繋ぎながらゲームをしていると。
「ピヤァァァァァッ!!」
おっと、どうやらボスのリポップが完了したようだ。
ここは第35階層のボス部屋前。
ダンジョンを進みながら検証した結果、このボスを周回するのが一番経験値効率がいいことが判明したのだ。
そのため、俺はボスを倒し、リポップするまでの時間をゲームで遊ぶというサイクルをかれこれ4日間続けていた。
俺の魔法、氷雪魔法、電撃魔法、秋風魔法は全て順調にレベルを上げており、あと数日でカンストするはずだ。
新しく進化する魔法に、11番目の超級魔法が楽しみで仕方がない。
『ん?! 今の何の音だ?!』
『何かすっげー音聞こえたけど……隊長』
『完全に人外の声だったぞ、隊長』
『あっその声、カメカメンですね!!』
俺のマイク越しにどうやらギルドメンバーにも魔獣の雄叫びが聞こえてしまったようだ。
若干一名、魔獣の名前まで当てたやつもいたけど……。
「まあ、気にするな。ただの魔獣の声だ。それじゃあ……」
『『『それじゃあ、じゃねぇ!!』』』
うっ。
耳キーンってなった。
「耳元で大きな声出すなよ、煩いなぁ」
『いやいやいや、隊長冷静すぎだろ!! どこにいんだよ?!』
「ん? だから、ずっとダンジョンにいるって言ってんだろ。だから、イン率下がるって何度もギルドチャットに書いておいただろう」
『……本当にそうだと思っている奴はいないよ、隊長』
『そうですぜ、隊長』
『隊長、本当にダンジョン冒険者だったのか。ほら吹き野郎だと思ってたぜ、すまねぇ!』
『あっ、カメカメンはオーバーキルするとその分、経験値たんまりですよ!!』
……ちょくちょく入ってくるンパの豆知識は何なんだよ。
でも、良いこと聞いた。
「みんながどう思ってるかはどうでもいいけど、とりあえずさくっと倒してからまたインするから一旦解散で。それじゃあ、またあとで」
『死ぬんじゃねえぞ、隊長』
『隊長がいなくなればこのギルドは解散だからな……』
『ゲームでも、現実世界でもファンタジーしてる隊長凄い……』
『いいなぁ~、ンパもカメカメン倒したいです。裏山です』
『『『さっきからお前はなんなんだ!!』』』
『ンパですけど? みんな大好き美少女のンパですよ?』
そんな声が最後に聞こえてきたが、返事をしていては埒が明かないと思い、俺は惜しみながらもゲームセット一式をアイテムボックスに収納した。
すぐに椅子から立ち上がり、軽く体をほぐしてから、俺は第35階層のボス部屋の扉を躊躇することなく開く。
『黒雷落とし』
俺は開幕先制攻撃を仕掛けた。
ボス部屋上空には立ち込める真っ黒な雲。
そこから落ちる一筋の黒き雷は、目標狂うことなくボスに向かって直撃したのだった。
結果はもちろん。
「…………」
声を上げることなく、黒い灰と化したのだった。
俺はすぐに自分のステータスを確認してみた。
「おお、ンパの言った通りじゃん。オーバーキルした方が、魔法のレベル上がってる」
そのまま新魔法の検証を開始して、すぐにまたゲームの世界へと戻っていった。
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「よっしゃー!! ついに念願の氷雪魔法カンストだ。ついでに超級魔法、解禁!!」
もう何度このカメカメンのボスを倒したかは覚えていない。
それでもこれでようやく二つ目の超級魔法だ。
早速、氷雪魔法の詳細をタッチして確認してみた。
【氷雪魔法】
スノウエリア・ストーム
アイスソード・ダース
アイスシールド・雪花
アイスソーン・蕗の薹
アイスチェーン・クリスタル
瞬間凍結・氷雪世界
ブラックバーン・フォース
霰・天槍(NEW)
アイスプラネット・グラビティ(NEW)
アイスクリスタル・センチュリー(NEW)
超級魔法・稲荷の神(NEW)
この階層の周回作業に入ってから増えた氷雪魔法の種類は4つ。
「霰・天槍」は、氷の槍を霰の如き密度で降らせる魔法。
ただし、通常の「霰」よりも効果範囲が極端に減少する。
目測で半径25mほどの範囲まで狭まる。
「アイスプラネット・グラビティ」は、アイスプラネットで発生させた巨大な氷塊を上空に停滞させ、それと同範囲の地面に超重力の負荷を掛ける魔法。さらに副次的な効果として、その範囲は極寒地帯となる。
ただし、進化後の「グラビティ」を加えると巨大氷塊落下による攻撃ができない。
要するに進化前の「アイスプラネット」は広範囲の質量で攻撃する魔法。
進化後の「アイスプラネット・グラビティ」は広範囲に重力負荷のデバフを掛ける魔法ということになる。
「アイスクリスタル・センチュリー」は、氷を超硬度の結晶に変化させる魔法。
今までとは硬度が高くなったくらいだろう。
そこまで急激な変化のない唯一の魔法だった。
「さて……問題はこの超級魔法・稲荷の神、だな」
まず稲荷の神って何だよ。
おいなりさんの神様? あの酢飯を甘い油揚げで包んだやつのことか?
てか、神様って……クウは精霊じゃなかったか?
まあ、調べればわかること。
そう思い、俺は魔力電波変換機を装着したスマホで早速検索してみた。
「なるほど、稲荷神とは稲を象徴する穀物と農業の神、と。んで、狐はその信仰の対象だったり神の使いだったりと色々あるのか…………意味わからない」
いや、雪と氷関係なくない?
唯一、狐って共通点はあるけどさ。
これはまた異質な魔法っぽいな。
まあ、とりあえず使ってみるしかないか。
俺は首元にいるクウの頭辺りを触りながら、小さな声で問いかける。
「クウ、超級魔法使ってみようと思うけど、いいよな?」
「クゥ……」
あっ、すいません。
起こすなってことですね、左様ですか。
クウは眠そうな声でそう返答してきたのだった。
よし。
『超級魔法・稲荷の神』
あ…………。
「どこだ、ここ」
その瞬間、俺の見る世界が変わった。
さっきまで俺は砂色の壁と天井に囲まれたダンジョンのボス部屋にいたはずだ。
なのに、今は雪降る畑の中にいた。
薄雪の積もった白の中に少し顔を覗かせる畑の土色。そこから生える一面に植えられた薄黄土色の稲。遠くに見える古い造りの古民家。地平線に凛としてそびえ立つ幾つもの山々の田舎な風景。
そして、その畑に一人佇む獣耳と柔らかそうな尻尾を付けた女性。
白地の着物に赤い雪の刺繍があしらわれており、赤い半衿に赤の帯を着ている。
胸まで伸びた白く艶やかな髪に、吸い込まれそうなほど綺麗な青い瞳。
いわゆる、狐の獣人の姿をしていた。
それももの凄く綺麗、可愛いではなく綺麗な人だった。
いや、綺麗という言葉も違う気がする。
透き通っている。
これが俺の中では一番しっくりくる表現だった。
綺麗とはどこか違う、肌の細胞一つすらも透き通っていると錯覚するほどの女性。
すると、その女性は俺の方に綺麗な笑みを浮かべて、こう言ってきたんだ。
「ずっと、ずっとこの時を待っていました、蛍」




