その背中は自由だった【Side 新太健】
第31階層のヒーリングルーム前。
「ど、どうしよう……ほたるん」
僕はこの状況を打開する方法が思いつかないでいた。
この階層に出現する「カメカメン」という亀型の魔獣は、僕との相性が最悪だった。
遠距離、中距離攻撃又は間接攻撃を全て無効。または強制的に霧散させて来るのだ。
それは魔法も物理攻撃も同じ。
ほたるん曰く、倒す方法は一つ。
カメカメンが甲羅から顔を出すその時を狙って近距離攻撃で首を跳ねるしかないらしい。
甲羅に籠っている時は、攻撃を掻き消され。
顔を出しても、近距離攻撃でなければその魔獣の防御を突破できない。
ここに来て、初めての苦戦……。
というか、苦戦するのが遅すぎたと思う。
こんなに順調にダンジョンを突破できるのは、ほたるんが後ろに控えていてくれたから。
だから、僕は失敗を恐れずにどんどんと攻撃的な仕掛けを魔獣に対して行うことができていた。
すると、そこで腕を組み考えていたほたるんが顔を上げて、僕に言ってきた。
「頑張れ」
「そりゃあ、頑張るけどさぁ。ほたるんはこういう経験あるの?」
「あの時は……頑張った」
あるんだ……。
でも、どうやって乗り越えたんだろう。
僕はここに来て一つもアイデアが思いつかない。
カメカメンには、僕の糸術も投擲術も宝石和弓も……すべてが効かない。
そうなると、それ以外の方法は捨て身の突撃しか思いつかない。
「困ったなぁ……」
僕はあからさまに落ち込んだようにそう言って、上目使いでほたるんの目を見た。
「はぁ、分かったよ。俺がやるよ、ここに時間はあまり割きたくないし」
やった!
予想外だったけど、結果オーライだね!
僕の魂胆としては、ヒントを教えてもらえないかと思ってたけど、まさかほたるんの戦闘をこんなに早く見られるなんて。
たぶん日本中……いや、世界中の誰もが見てみたい戦闘。
本物の世界一位の戦闘を。
世界上位9人、シングル冒険者の中でも最高峰。
「それじゃあ、僕は離れて……」
「いや、いいよ。ほら、これ着てて。今からもの凄く寒くなるから」
寒くなる?
ほたるんはそう言って、一枚の外套を渡してきた。
僕はすぐにそれを羽織る。
「大丈夫だよ。って、ちょっと! 何するのさ!」
そう言うと、ほたるんは僕の体を軽々と持ち上げ脇に抱えだしたのだ。
「いや、ごめん。面倒くさいから、速攻で終わらそうかと思って。とりあえず大人しくしてて」
僕はほたるんの言う通り、それから口を開かないでいることにした。
『スノウエリア・ストーム』
ほたるんがそう唱えた瞬間……。
「うわっ凄い……一瞬で」
目の前に広がるダンジョン全てが真っ白な雪へと変わったのだ。
そして、吹き荒れる凍えるような風。
『チャージ』
続けてほたるんが何かを唱えると、僕の全身にも一瞬静電気が走った。
「痛ッ」
「あっごめんごめん」
「うん」
……。
…………。
『電速』
それは僕の見る世界を一瞬で変化させた。
目の前には凍ったカメカメンの落とされた首。
それから次々に一瞬で場所が移動する。
暗転……カメカメンの死体……暗転……カメカメンの死体、この連続。
何が起こっているのか、考えさせてもくれない速度。
そう思っていた時だった。
「よーし、この階層終わりっと」
ほたるんの声が聞こえると、僕の足はいつの間にか地面に着いていたのだ。
先ほどまでダンジョンを降りてきた場所にいたのに、今は次の階層へと降りる階段の目の前。
「え……」
「ほら、ぼさっとしてないで早く下に行くぞ。この調子でさっさと36階層まで降りるからな」
そう言い残して、一人でスタスタと階段を降りていくほたるんの背中。
僕はゆっくりと後ろを振り返る。
「ありえない……」
そこにはこの階層のボスと思わしき、心臓を一撃で貫かれた死体の姿。
カメカメンを三倍以上大きくした、魔獣だった。
今の一瞬でこの階層を突破し、ボスまで倒したと言うの?!
それもただの階層じゃない。
中距離、遠距離攻撃が効かない特殊な階層。
あの短時間でこの階層全ての魔獣とボスを近距離攻撃で倒したの?
ははは…………これが世界1位。
どうしようもなく。
どうしようもなく、このことが可笑しかった。
僕は走ってほたるんの背中を追いかけた。
その背中は何故か大きく見えた。
「ねえ、ほたるん今、何したの?」
「ん? ……あー、見せた方が早いかな。次の魔獣の時は、外から見てていいよ」
ほたるんは一度もこちらを振り向かないでそう言ってきた。
それでも僕にはその背中が大きく感じた。
僕は今、この最強な男の後を追っているんだと思えた。
もっと頑張らなくちゃ、そう思った。
このまま僕もほたるんについて行けば、九州の奪還作戦にも参加できる日が来るだろうか。
ほたるんにも賢人にも話してないけど、僕は密かにいつか来る九州奪還の日を目指している。
まだあきらめていないんだ。
母さんも父さんも。
絶対に生きていると信じているんだ。
そうして、ほたるんはゆっくりと歩き、僕は少し早歩きをしながら、次の階層へと到着したのだった。
すると、突然ほたるんがわなわなと震え始めた。
「ど、どうしたの?」
「…………」
「ねえ、ほたるんってば!」
「おっと、ごめん。つい嬉しくて」
振り返ったほたるんの顔は、もの凄くニヤニヤしていた。
抑えきれないというくらいのにやけ顔。
こんな顔を見るのは初めてだ。
「何があったの?」
「これは絶対に誰にも他言するなよ?」
秘密を強要するほどの何かなの?
僕は真剣な顔で頷いた。
「う、うん」
「……この階層…………ボーナスステージだ!!」
は?
何、ボーナスステージって。
全然何のことを言っているのか分からない。
僕が知らないこと……ほたるんの強さの秘密なのかもしれない。
「で、それって何?」
「簡単に言うと、経験値が旨い場所ってこと。とりあえず一週間くらいはここ周回するから、よろしく」
ほたるんはそう言って、サムズアップしてきた。
経験値が旨い階層……そんな場所があるとは知らなかった。
そういった情報も出回っていないはず。
それに……。
「周回? 何でそんなことを? 早く進んだ方が良くない?」
「何を言っている。経験値が旨い場所は周回、これ基本! ゲームの基本!」
あっ、何か分かった気がする。
ほたるんがこんなに強くなった理由が。
たぶん彼は考え方が、他の人と違う。
ほとんどの人間、僕も含めて、みんなは怖い。
ダンジョンが、魔獣が、全てが恐怖の対象なのだ。
だから、ダンジョンに潜ってもほとんどのダンジョン冒険者は無理をしない。
充分な安全を確保しながら、小さな冒険だけをする。
もちろん周回なんてしない。
それはゲームでの考え方であって、現実で考える人はそういないだろう。
経験値という概念は確かに存在する。
明確に証拠があるわけではないが、研究の結果としてそういった類の何かが存在すると知られている。
日本人の若者はそれを「経験値」と呼ぶ。
しかし、学者界隈ではこれを「アンノウンエネルギー」と呼ぶ。
中でも「αアンノウンエネルギー」は、基礎身体能力を向上させるエネルギーの名称。
次に「βアンノウンエネルギー」は、スキルのレベルを向上させるエネルギーの名称。
最後に「γアンノウンエネルギー」は、魔法のレベルを向上させるエネルギーの名称。
現時点の研究結果では、ここまで定義されている。
たぶんほたるんにはこの経験値を察知することのできる何かがある。
だから、周回すると旨い階層が感知でき、そういった行動に起こせるのかもしれない。
分からない。
これもただの仮定、僕の情報屋としての知識を集約した想像の範疇なのかもしれない。
ただ一つ。
僕はほたるんについて行けば、この周回に関与できるということ。
「やりましょう! 僕もやります!」
「あっ、健には意味ない階層だよ? 先に進みたいなら、先行ってていいよ。たぶん健なら五十階層くらいまで一人で行けるんじゃない?」
「えっ意味ないの?」
「うん、だってこの階層は魔法のレベルが上がりやすい場所だと思う。あとは……特殊属性の魔法限定な気がする。それか精霊の魔法限定のボーナスステージかな」
「あっ意味ないね僕。まあ、とりあえず36階層まではついて行くよ!」
「了解」
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「よし、じゃあ説明しながら戦うから」
「うん、お願い」
僕は32階層のボスでほたるんの戦闘を細かく教えてもらうことになった。
一応、僕もボスの鑑定をしておくことにした。
【status】
種族 ≫アースカメカメン
レベル≫46
スキル≫物理攻撃無効Lv.7
魔法攻撃無効Lv.7
甲羅硬化Lv.max
自己再生Lv.5
魔法 ≫土魔法Lv.4
生命魔法Lv.4
そのボスは中華鍋ほどの大きさだろうか。
そこまで大きくはないが、明らかに固そうな土で覆われた甲羅、ステータスが防御寄りの偏った構成。
間違いなく、僕では全く刃が立たないボスである。
すると、ほたるんがボスを注視しながら説明を始めた。
「やってることはごく簡単なことだけ。動きを鈍らせて、速攻で近寄って、首を切り落としてるだけだからね。んで、偶に顔出してなかった奴は甲羅ごと砕いてた」
「全部、簡単なことじゃないよ。それができれば苦労しないよ」
僕は苦笑いで応えた。
「んじゃ、見てて。『スノウエリア・ストーム』…………『電速』」
ボス部屋全てが雪吹き荒れる雪原と化し、その中で鈍ることなく光と共に一瞬で魔獣の眼前に突然現れるほたるん。
そして、僕ですら見えないほどの速さでボスの首を切り落とす。
僕が見えたのは一瞬だけ光ったほたるんの姿と、地面に転がったボスの頭だけ。
切り落としたというのも、ほたるんが持っていた脇差から想像しただけ。
「やっぱり、凄いや。何も見えない……」
「んじゃ、次行くか」
ほたるんは僕のことなど気にしていないようで、僕をまたも軽々と担ぎ上げ、脇に抱え、下層へと異常な速さで進み始めたのだった。
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「それじゃあ、頑張れよ。俺は魔法がカンストして、検証してから合流するからさ」
「うん、頑張るよ!」
「おう、じゃあな」
第36階層のヒーリングルーム前。
僕はヒーリングルームで万全の状態を取ってから次の下層へと進むことに。
ほたるんはこの第35階層をひたすらに周回作業することになった。
ここからは僕だけの冒険。
今までのような常に後ろに最強の男がいる状況とは違う。
慎重に、常に安全マージンを十分に確保しながら進む本当のダンジョン攻略。
「死」が常に背中に付きまとう、本当の戦い。
僕は大きくも自由な彼の背中を見届けてから、一人でヒーリングルームへと入ったのだった。
「ホー、ホー」
ん?




