魔法使いになるには⋯⋯
「Number1、お疲れさまでした! あれ……湯楽隊員は?」
釧路からの帰り、仮設基地入り口で待ち構えていた笑顔の柳ちゃんに出迎えてもらった。
女子に出迎えてもらう気持ちってこんな感じなのか。
悪くない、むしろ気持ちがいいね!
それに割かし美人で元気がある挨拶ってのも高得点。
「うん、柳ちゃんもお疲れ!」
俺はそう言って、基地内へと入ろうとした。
「えっ? えっ?」
「ん? どうした?」
「いや……湯楽隊員は?」
湯楽?
誰だっけ湯楽隊員って……ティアか。
あっ。
「……忘れてた」
「…………」
凄いジトっとした目で見られた。
いや、うっかりだよ。
そういえば飯尾さんに預けてから一度も姿見てないな。
あっでもそのジトっとした目を向けられるの……悪くないかも。
いかんいかん、正気を取り戻せ俺。
すると、仮設テントの一つからタイミングを見計らったかのように工藤さんが出てきた。
「やあ、ちょうど少し前に、そのことで本部の長瀬局長から連絡が入ったよ。もう少ししたら行われる作戦デルタにおいて湯楽隊員の配属は一番危険度の高い釧路ダンジョン近くの基地になることが決まったみたいだ。だから、湯楽隊員はそのままそこに残ったみたいだよ」
その顔はまるで仏のような幸せそうな顔になっていた。
うーん……作戦デルタってなんだっけ?
「作戦デルタって……」
俺がそう言いかけると、ボフッと俺の後頭部に何か柔らかいものが当たってきた。
「こらっ! 忘れちゃダメでしょ! めっ!」
俺の首を優しく閉め、頭をぐりぐりしてきて、さらにはご丁寧にそのご立派とは言い難いかつ控えめとも言い難い素晴らしいその胸を押し付けてきたのは……。
柳ちゃんッ!!
俺は心の中で神にありがとうと言い続けた。
ありがとう。
あっフローラルな良い香りが……。
「って、ストップ、ストップ!! えっ何? いきなり何? びっくりして語彙力皆無になったんだけど! えっ? えっ?」
振り払うのは惜しいとも思ったが、正気を取り戻すために柳ちゃんを振り払った。
いや、おかしくない?
絶対、おかしい!
まだ出会ってそんなに立っていないのにいきなりそのスキンシップは裏があるとしか思えないよ!
そう考え、ギロっと工藤さんの方を見る。
あっ……一番驚いているの工藤さんだった。
めちゃくちゃ「えっ? 君、何してるの? まじで」みたいな顔していた。
まじかよ……柳ちゃんの独断かよ。
最高かよ。
「作戦デルタとは、簡単に言うとみんなの引き締めを行うための指揮系統の再構築と再配属ですよ。自分が関わらないからって、忘れちゃだめですよ?」
彼女はそう、何事もなかったかのようにスンと言ってきた。
……いや、何考えているのかさっぱりわからん。
「いや、そうじゃなくて……」
「忘れちゃだめですよ?」
何故か彼女は詰め寄って、次の言葉は言わせない、みたいな顔をしていた。
えー……工藤さんもただ突っ立ってないで何か言ってよ?
などと、思っていたら工藤さんが口を開いた。
「あっ、そういえば柳隊員は湯楽隊員に変わってNumber1のお目付け役になるんだったね!」
何故か工藤さんは納得がいったような口調で言った。
……控えめに言って最高の再配属だ!!
俺は再び心の中でガッツポーズした。
でも、俺はこのあと色々と知ってしまうのだ。
再配属の意図と彼女の意図を。
******************************
それから約三週間、俺は作戦ベータプラスに従事していた。
まあ、手当たり次第に魔獣を倒していただけなんだけど。
今のところ、北海道奪還作戦の進行は順調らしい。
一部、不測の事態なども起こっていたみたいだが、その都度他の基地などから応援を呼び解決していったらしい。
特にここ西基地の作戦進行度は前倒ししているため、結構暇だった。
その理由は簡単。
たまに俺がハッチャけてしまったことが原因らしい。
札幌に侵攻時点で前倒しだった作戦が、ここ三週間の働きでさらに前倒しになり、今札幌と留萌、旭川辺りはこの広大な土地の中でも最も安全な地帯となっていた。
それからさらに一週間後、ダンジョンの入り口封鎖と低階層攻略が全て完了し、作戦ガンマの終了が長瀬局長の言葉によって全隊員へと宣言された。
稚内にいた凶悪指定魔獣の二体は小太郎によってあっけなく消滅させられたらしい。
日高ドラゴンダンジョンから偶に出てくるワイバーンも竜也の手で、釧路ダンジョンの定期低階層攻略は俺が回復した龍園と言う爺さんが担当しているらしい。
南は特に強い魔獣も高ランクダンジョンもなく、安全な作戦ライフを送っているらしい。
ということで、北海道の東西南北と中央に配置されている自衛隊員およびダンジョン冒険者の再配属がこれから発表されるのだ。
俺の配属はというと……。
Number1に頼るような魔獣は今のところ確認されていないから好きにしてていいよ。帰ってもいいよ。
簡単に纏めるとこういうことだった。
俺は両手を掲げた。
「やったあぁぁ!!」
終わった!
しがらみだらけのこの不毛な生活は終わりだぁ!!
長かった。
二ヶ月くらい?
いや、準備の段階も含めると三ヶ月くらいか。
本当に長かった!
俺は舞い踊った。
もちろんここにいる人も例外ではない。
自衛隊員も偉い人もダンジョン冒険者も、分け隔てなく全ての人が一斉に歓喜の声を上げる。
「やったぞッ!!」
「終わったッッ!!」
「これで……これで……」
「Foooo!!」
各々隣の者と抱き合ってその気持ちを分かち合ったり、何やらカッコいいいポーズを決めたり、コップを乾杯したり、様々な反応だったが、みんな一様に嬉しいことに変わりはなかった。
みんなのこの喜びようにも理由がある。
この再配属の発表は暗に北海道奪還作戦の成功を意味しているのだ。
目の上のたん瘤であったワイバーンにドラゴン、凶悪指定魔獣七体、八個のダンジョン封鎖。
それらが全て完了した、それがいま告げられたのだから。
残るのは未捜索地区のダンジョン難民捜索に地上に出ている雑魚魔獣の殲滅、そして安全圏の拡大だけだ。
大の大人が……なんていう人もいるかもしれない。
しかし、これは前人未到の偉業なのだ。
この地球にある国の中で、初めて複数のダンジョンから溢れた魔獣によって支配された広大な土地の実質的な奪還に成功した初の例なのだから。
俺もそんな雰囲気で柄にもなく、話したこともない人とハイタッチしたりしていた。
その後に、その人が俺と気付いてハッとしてペコペコと頭を下げてくるものもいた。
まあ、気まずいってやつだよね。
俺がこの場にいると場違いかなと思い、こっそりと抜け出し工藤さんのいる指揮テントへと向かった。
「工藤さん、居ますかー?」
そこには一人真昼間から椅子に座り、グラスに入ったお酒を飲んでいる工藤上官のほろ酔い姿があった。
「雨川君ですか。どうしました?」
工藤さんは相変わらずの声で聴いてきた。
「一つ聞きたいことが。ダンジョン難民の未捜索地区はどの程度ありますか?」
いつもとは違う俺の真剣な声を聞いたからなのか、工藤さんは姿勢を正し、一枚の地図を開らいた。
「ここに記されているのが現在、捜索を行った地区です。何も色が付いていないところが未捜索地区です。残念ながらそう簡単に行けないような場所もあり、難航しています」
その地図のほとんどは色が付いていなかった。
付いているのは北海道の中でも比較的大きめの市街地とその周辺のみ。
「なるほど、わかりました。その場所は俺に任せてください。それと俺用に一つそれが欲しいのですが」
「わかりました、今日の夜までに用意しておきましょう。それよりも今日は国民に向けて、首相より発表されるでしょう、北海道奪還作戦における重要任務が完了したことを。ささやかなものですが、夜には美味しい物も用意しています。明日が休みの隊員には酒も充分用意してあります、存分に楽しんでください」
「わかりました」
俺はそう言って、テントを後にしようとした。
「雨川くん、今度是非娘と嫁に会ってください」
後から工藤さんが小さな声で言ってきた。
「娘と嫁自慢ですか?」
笑って返す。
「ええ、その通りです」
それだけ聞いて俺は自分のテントへと戻っていった。
そのままベッドに体を勢いよく沈めた。
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「雨川さ~ん、雨川さんってば、起きてよぉ~」
ん?
しまった、いつの間にか寝落ちしてたみたいだ。
「雨川さ~ん、おーきーてー!」
すると、突然俺の体の上にボフッと何かがのしかかってきた。
目を開けると、そこには酔っ払った柳ちゃんの姿があった。
何故酒を飲んでいる、未成年じゃなかったのか?
「雨川さ~ん、聞いてくださいよぉ」
そう言って、真っ赤になった顔を向けてきた。
「手短にね」
面倒くさい。
早くいなくなってくれないかなぁ。
「ひくッ……私ってアイテムボックスしか取り柄のない人間じゃないですかぁ。本当は自衛隊なんかじゃなくて事務所に入りたかったんですよぉ。わかります? この気持ち。分かんないでしゅよねぇ、そうです! そうですとも! あなたは何もわかってない! だから、私を養いなさい! 引き取りなさい! 構いなさい! ひくッ……」
あー…………完全に酔っぱらってるわ。
こりゃ誰かに飲まされたな。
「はいはい、それより未成年がお酒なんて飲んじゃだめですよ。はい、没収」
俺はそう言って、手に持っていた酒瓶を取り上げた。
「な~に言ってるの! 私は昨日で立派な二十歳ですっ! お酒解禁でーす」
まじ?
年上だったの?
どう見ても年下か同年代にしか見えない。
「それで何しに来たの? これからやることあるんだけど」
「ふっふっふっ、夜這いですよ? これで私も玉の輿だぁっ!!」
柳ちゃんはいきなり俺に向かってル〇ンダイブしてきた。
寝起きということもあって、一瞬反応が遅れた俺は何もできなかった。
「へぶしっ?!?!」
柳ちゃんは俺のオートガード機能に阻まれて意識を失った。
「…………まじでこの人なんなの」
俺は呆れながらも、彼女をハニカムシールドの上に乗せて、そのまま工藤上官の元へと届けてあげた。
夜這いってのはな……もっと艶っぽく上品に雰囲気を大事にして出直してこいっ!!
酔っ払いなんざに俺の大事なものを上げるものかぁ!!
それに欲望丸出しで来るなっ、本音しか聞こえなかったぞ!!
それを見た工藤さんは何か言いたそうにしていたが、俺は床に放り投げた柳ちゃんに中指立てて言ってやった。
「ふんっ!!」
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「昨日は大変すいませんでした!!」
翌日、自分のテントから出てきたところを柳ちゃんに止められ、土下座された。
周りの人も何があったのかとこちらを見ている。
「まあ……頑張れ」
俺はそう彼女の肩に手を置いて言ってあげた。
少し歩くと何やらテレビに群がっている隊員たちを見つけた。
何かと思い近づくと。
「ワ、Number1?! ど、どうしました?」
一番後ろで野次馬していた隊員が声を掛けてきた。
「いや、何してるのかなって俺も野次馬しにきただけですよ。それよりも何かあるの?」
おれの声が聞こえたのかテレビの前に群がっていた人たちが真ん中に道を開けてくれた。
テレビに映っていたのは見覚えのある人だった。
「もう少しで一般人に向けた発表が始まるそうです」
あっそうなんだ、工藤さんが昨日の内とか言ってたからもう終わったのかと思ってた。
俺はせっかくなのでその場でみんなと一緒に見ていくことにした。
テレビに映っているのは二人。
ダンジョン対策機関局長の長瀬次郎と日本の首相である卜部太郎だった。
いくつものカメラのフラッシュが二人を照らしていた。
すると、先に長瀬局長が立ち上がり、マイクの前へと立った。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
『自衛隊ダンジョン対策機関局長の長瀬次郎です。本日は現在進行中の北海道奪還作戦についての進捗状況をお伝えいたします。現在、目下の目標であった指定凶悪魔獣およびダンジョンの封鎖、全て完了したことをここに報告いたします』
その瞬間、また一段とカメラのフラッシュが強くなった。
『ただ……任務遂行中に死亡した隊員が現在十五名確認されています。彼らは最後まで戦ってくれました。私は彼らを誇りに思います。ですが、救われた命もまた百二十二名確認しています。これらはひとえに現地で命を懸けて戦闘を行ている隊員およびダンジョン冒険者のみなさんのおかげです。これからも続く作戦でも支援とご協力よろしくお願い致します』
そう言って、長瀬さんは下がっていき、首相が登壇した。
そこからはよくわからなかったから、その場を離れ工藤さんの下に行くことにした。
『ランキング一位は今回どのような…………』
そんな声が聞こえてきたので、さらに歩く足を速めた。
聞かぬが仏。




