たまにはこういうのも…ね
「今なんて言いました? 桂田さん」
俺は桂田上官が言ったその言葉を理解できなかった。
「飯尾さん、聞き間違いではないです。偵察部隊との連絡が途絶えました」
桂田上官は確かに言った。
偵察部隊……俺たち新選事務所から長田の奴が加わってたはずだ。
あいつは聴覚強化というスキルと土魔法を持っていて、戦闘と情報収集同時にこなせる凄い奴だ。
ランキングももう少しで5000位に入る勢いだった……。
「どういうことだ、詳しく説明してくれ」
俺は怒りを抑えきれずに桂田さんに詰め寄った。
「すまない、私たちも詳しい状況が分からない。分かるのは最後に入った通信だけです」
そう言って、録音した最後の声を聞かせてきた。
――『ザザッ、こちら釧路偵察部隊の林田。報告にない凶悪指定魔獣の存在をかくに……うわぁぁぁ』
なるほど。
「林田さん、確か自衛隊の方でしたよね?」
「ええ、その通りです」
「それに報告にない……か。それで桂田さんは俺達に何をさせたいんだ?」
桂田さんは一呼吸おいて答えた。
「ドローン偵察部隊の護衛をお願いします。ドローンがギリギリ届く距離まで飯尾さんと龍園さん、その他で部隊を連れて行ってはくれませんか? このことはこれから本部に連絡します」
護衛、ドローン部隊。
「わかった、俺は桂田さんの指示に従う。一刻も早く行きたい、まだ生存者がいるかもしれない」
「もちろんです、すでにドローン部隊には準備を進めさせております」
「わかった、戦闘機はもう試したのか? 機種などの詳しいことはわからないが」
「ええ、すでに本部の方が試したようで……過去の任務全て失敗したようです。今回の小型ドローンも気づかれるかもしれません。そうなったらすぐに引き返してください。釧路はNumber1にお願いします」
「わかった、俺たちも準備を進めよう。出発は?」
「一時間後」
「了解」
俺はすぐにチームメイトが休んでいるテントへ向かい、内容を伝えた。
みんなも最初は訳が分からないといった顔をしていた。
長田……あいつはいつか必ず俺たちのチームに加わるやつだと思っていた。
こんなところでくたばっていい器じゃない。
だから、俺は今回の任務、危険だとしても絶対に行く。
長田の生存確率が0.1%でもある限り、必ず!
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俺達は龍園さんを加えた五人と自衛隊の三人、それにドローン部隊が五人の十三人で小規模な行進をしていた。
ある程度の距離は車で行き、近くなったら徒歩に切り替え、徐々に釧路へと近づく。
そして、ある時。
俺と龍園さん二人の足が同時に止まった。
「待て、皆の者」
そう声を出したのは龍園さん。
もう年は五十を超えているとか。
それでも300台のランカーだ。
「どうしました、龍園様」
「敬称はいいと言っておろうに。それよりこれ以上進むのは止めた方がいい」
「何故です? あと少しで範囲に入りますよ?」
「ならんっ! 釧路にいるという魔獣……恐らく我では太刀打ちできぬ。すまないな、老いぼれ一つの命で助けられる若い命があるのなら向かうのだが。今の我では足止めもできそうにない」
龍園さんは申し訳なさそうにここにいるみんなに言った。
そこで俺も口を開く。
「俺も龍園さんと同意見だ。ここから先はやばい、殺気のようなモヤッとした気持ち悪い空気が漂っている。とりあえず根室基地に連絡しよう」
俺と龍園さん、東最強の戦力二人が言うんだ。
話を聞かない者はいなかった。
連絡員はすぐに基地へと連絡を取り、他の基地からすぐに応援を呼ぶこととなった。
俺の直感は結構当たる。
それに龍園さんには危険を察知するようなスキルがあると聞く。
二つが合わされば信憑性が高く、神竜也や淡谷小太郎くんが来てくれるかもしれない。
あわよくばNumber1も。
俺達がすぐに撤退しようと、振り返った時だった。
「グルリャアァォァィッッ!!」
何とも気味の悪い雄叫びがここまで鮮明に聞こえた。
「み、みんな走れッ! 位置がバレている! 逃げるぞ!」
俺はすぐに指示を出した。
みんな顔面蒼白で走り出す。
しかし……。
「龍園さん、早く!」
龍園さんがこの場から動こうとしない。
「否、我はここで殿を務める。もしかしたら数秒は足止めできるやもしれぬ。行け、若人よ。ここは老いぼれに任せよ」
「本気ですか……?」
「無論」
「分かりました。ご武運を」
俺はそう言って、龍園さんの小さな背中に目をくれながらその場を後にした。
龍園さん、あなたの背中は絶対に忘れません!
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「行ったか、若人たちよ」
我は震え声でそう言った。
震える?
よく確認すると、我の腕は足は顔は震えていた。
恐いのか。
これが怖さ、強者の前に立つ気持ち……か。
この歳になってようやく気付く気持ちもあるのか。
震える手を制しながら、我は腰に帯刀した刀に手を添える。
「さあ、化け物よ。我が相手をするぞ。ここだ!」
その瞬間、我は化け物に向けて抑えていた殺気を全力で表に出す。
さあ、若人たちよ。
生きて帰れ、そして情報を持ち帰るのだ。
我が老いぼれの命一つ、それで国を救える可能性があるならば喜んで差し出そう。
今にして……世の役に立とうとはな。
我は武しか知らぬ、ただの老いぼれよ。
すると、地平線の先から異様なものが姿を少しづつ見えてきた。
「なるほど、それが主の正体か。実に面妖なことよ」
そこには色々な肉を体に無造作にくっつけたような、ただの動く肉塊がいた。
黒い肉、血の滴る肉、青い肉……そして、正面を向く異様な仮面。
「まさに、化け物だな。何をそこまで面妖な姿になった。強さを求めたか?」
我は聞こえない声で一人そう問うた。
「だとすれば、主は我と同じよ。我もただ強さを求めた身。我の身を欲するというのであれば、我を倒して行け。面妖なる化け物よ」
再び呟く。
「グルリャアァォァィッッ!!」
「ぬッ?!」
巨大な肉塊の雄叫びで我の体は自由が利かなくなる。
「なるほど、奇妙な声よ……ふんッ!!」
その直後、我の体は束縛から放たれる。
「グルリャアァォァィッッ!!」
再び響く醜き声。
「ふんッ!! 効かぬわ。次はこちらだ。『飛合い』」
我はその言葉と同時に抜刀、居合をする。
地面を抉り、轟く斬撃が魔獣に向かって突き進む。
その攻撃は一部の肉だけを削り取る。
しかし、止まることはなかった。
「グルリャアァォァィッッ!!」
「なるほどな、核があるのやもしれぬな。この情報、誰かに届けなくては……だが我は機械なる物の扱いが苦手でのう、残念」
我は刀を再び納刀する。
そして、上を剥ぎ、腰へとたらす。
「これが我の最後であり、最強。受けてみよッ!!」
我はそう言って人生を掛けて編み出した技、「居合・桜」を面妖なる魔獣に向かって放った。
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俺は逃げた。
必死に逃げた。
チームメイトを自衛隊員を守りながら、龍園さんを置いて一人で逃げてきた。
いいのか、俺。
それでいいのか。
俺と本当のトップランカーとの違いは何だ?
判断の速さ?
違う。
スキル?
違う。
魔法?
違う。
修羅場の数だ。
そうだ、それだ。
俺は目を走るチームメイトを見ながらその場で立ち止まった。
それに権田がすぐに気が付いた。
「おい、綾人。お前何考えている! 絶対違うぞ! 龍園の爺さんが殿を務めた意味、情報を持ち帰れってことだよ。わかるな?!」
分かっている。
でも、俺は違うんだ。
現状で満足なんてしていない。
もっともっと上、そこを見ている。
だったら、今だ。
今、この時が乗り越えるべき時なんだ。
「権田! 行けッ! 俺は死なねえ……男だからなッ!!」
俺はそう言って走ってきた道を引き返した。
「待てッ! 待て! 綾人!」
俺は止めない。足は止めない。
待ってろ爺さん、俺は老いぼれを見すてたりしねぇ、でっけぇ男だからよ!!
ドーンッ!!
いきなり目の前に何かが降ってきた。
俺はすぐに足を止めた。
「綾人、俺も行く」
そこにいたのは……神竜也だった。
「な、何でお前ここに?!」
「呼ばれたから」
「ち、ちげーよ、そういう意味じゃねぇ! それよりさっさと行くぞ! 助っ人だろ? 龍園の爺さん助けに行くぞ!」
「ああ」
そうして、俺は竜也と共に走り出した。
走った。
竜也に置いて行かれないように必死に。
爺さんが生きていることを願うように必死に。
長田が生きている事を願い必死に。
「爺さんッ!!」
見えた!
生きてる!
あの爺さん立ってるぞッ!!
すると、竜也が小さな声で言ってくる。
「俺が先だ。『龍化・炎龍』」
竜也のその言葉で姿と存在が変化する。
短髪金色の髪が炎のように真っ赤に染め上がり、それが体中へと伝播する。
皮膚には硬く赤い鱗が出現し、それは竜也の代名詞。
龍神 竜也。
それが竜也の魔法であり、強者たる名前。
龍をその身に降ろし、龍の技を扱う。
竜ではない龍、本物を下す魔法なのだ。
『ブースト』
竜也が言った瞬間、俺は竜也の影を見失った。
「グルリャアァォァィッッ!!」
直後、雄叫びがこの場に響く。
前方を見ると爺さんを襲おうとしていた魔獣が遠くへと吹っ飛ばされていた。
さっきまで魔獣がいた位置には拳を振りかぶった赤い竜也の姿。
「爺さん、生きてるか?! 爺さん!」
俺は視線を竜也から龍園爺さんへと移した。
「ゴホッ、ゴホッ」
全身血だらけで立ち尽くす爺さんを正面から見ると、その目は虚ろだった。
死にかけていた。
「竜也! 頼む!」
「もちろん。『龍化・海龍』」
その瞬間、炎で覆われていた竜也の体は水の膜で覆われ、水の化身のような存在へと変化する。皮膚には青緑色の鱗が生える。
「ゴホッ、ゴホッ……」
「竜也! 早く!」
「……『水の巫女頼む』」
竜也のその言葉で空中に突如現れる白き羽衣を纏った天女。
その彼女は爺さんへと息を吹きかけた。
爺さんの傷は……癒えた。
しかし、致命傷は完全には塞がらなかったようだ。
俺は爺さんを地面に寝かせ、傷の応急処置を施した。
「すまない、俺の回復は副次的なものだ」
竜也は申し訳なさそうに言った。
「いや、いいんだ。これでもう少しだけ命が繋がれる」
俺は竜也に笑ってそう言った。
この場面でネガティブになってもらっては困る。
今は竜也だけが望みなんだ。
「グルリャアァォァィッッ!!」
再び遠くから奴の声が聞こえてきた。
「ちょっと、竜也さん! あんな面白そうな獲物一人でずるいですよっ!! 俺にも分けてくださいよ!」
すると、道路の脇から大剣を肩に担ぐ一人の少年が現れた。
「小太郎くん……」
「あっ綾人さんもいたんですね! どうもどうも、応援を聞きつけて来ましたよ」
「二人ともこんな早くどうやって……」
「「こっちの方から獲物の匂いがした」」
二人同時に全く同じ言葉を言ってきた。




