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俺は何故か気絶してしまったらしい。
らしい、ってのは覚えがないからだ。
何をしてどうなって俺は気絶したのか。
目が覚めると近くの机で仕事をしていた女性隊員がいた。
いや、いただけなら別に構わないんだ。
ただ密室に何故か二人と三匹でいるって事実が俺をさらに混乱の闇へと陥れた。
考えて欲しい。
目が覚めると知らない女性と二人っきりの空間で、何故か黙々と仕事をしている光景を。
ね?
訳がわからないでしょ?
だから、頑張って聞いたんだ。
「何この状況?」ってさ。
そしたら返ってきたのが。
――あっおはようございます! もしかして記憶飛んでます? Number1はいきなり翼が生えたと思ったら空を飛び始めて、それから地面に向かって勢いよく後頭部ダイブしたんですよ。それよりも医療部隊の人呼んできますので、大人しくここで待っててくださいね!
な?
さらに意味が分からないだろ?
空を飛んだ?
いやいや、俺スキル持ってないし。
後頭部ダイブ?
そのワードセンスが気になるよ。
それに何故かアイがその女性の膝の上でウトウトとうたた寝しているし……何してるんだよお前! 羨ましすぎだろっ! そこ代われっ!
……というか、何でお前たち普通に人前で獣化してるの?
もう俺の中では疑問が絶えなかったのであった。
そう混乱していると一人の隊員がその女性と共に現れた。
それから色々な診察をされた。
そこで気づいたんだ……お面を外されていたことに。
慌ててお面を装着すると、何故か笑われた。
ああ、ひょっとこのお面だったから笑ったのかな?
それからさらに少しの時間を置いて麻生隊員が来た。
それで色々と話をしてようやく理解した。
俺が何で気を失ったのか。
解、調子に乗って碌に練習すらせずに飛行したからだった。
何と恥ずかしいことこの上ないのだろうか。
その上、心配した精霊っ子たちが獣化して俺に付き添った結果、この動物はなんだと問い詰められることに。
――まあ、こいつら可愛いでしょ?
ランキング一位という権限を発動し、この流れを脱却した。
権力ってやっぱり偉大だった。
でも、空を飛べるってことはもう隠しようがなかった。
いや……たぶん少し前の俺は隠す気なんてなかったんだと思う。
空を飛べるなんて、そう隠せるものでもないと考えていたのではないだろうか。
今ほど過去の自分と話をしたいと思ったことはない。
「ということで、Number1は確認されている人の中で二人目の飛行可能な人間となったわけです。おめでとうございます」
「あっどうも」
「どうも……じゃないですよ!」
「えっ?」
急に麻生隊員が大きな声を出したので驚いた。
「話には聞いていましたが……まあいいです。それで飛行条件の開示をしてくれる予定はありますか?」
何か前半の部分が引っかかるけど。
それにそう簡単に取得できるような能力でもないし。
「別にいいですよ。ただそう簡単なものでもないかと」
「大丈夫です、一応録音と筆記で記録を残しておきますがいいですか?」
「お好きにどうぞ」
そう返事をすると、柳隊員はアイテムボックスからボイスレコーダーを取り出し起動した。
それを確認した麻生隊員が口を開く。
「では、飛行する条件とは何でしょうか?」
「推測ですが恐らく二つ。一つは飛行系統のスキル取得。二つ、羽や翼、その他の飛行可能な物体を装着することまたは生やすこと……だと思います」
少し沈黙が起こる。
「……なるほど、だからスキル単体では飛行できなかったわけですか。Number1の場合はフライとあの赤い翼の二つですか」
「へぇ、スキルだけでは飛べないって分ってたんですか。逆に俺の場合は翼を先に手に入れて飛べないと分かってから、スキルも必要なのかって気づきました」
「そうなんですね、じゃあこれから飛行可能なアイテムが揃えば飛行可能な人間も増えていきますね」
何を夢物語を。
この世界そう単純じゃない。
「いや、無理じゃないですかね? 勘ですが、スキルは入手できても後者はかなり……というかよっぽどの運がない限り入手できないと思いますよ?」
「言われてみれば、思い当たるようなアイテムなどは見たことがないですね」
「ですね、俺もこの一つしか未だに見たことありません」
というのは、嘘。
異世界人のディールは別に羽とか無かったけど飛んでた。
たぶんあの靴かマントにそういう効果があるんだと思う。
「では、後学の為、もう一度飛んでいる姿を見せてもらえませんか? 予定では、当分Number1には休暇を取っていただこうと考えていたので。良かったらですが……。もちろん、マットなどの設備はすぐに手配いたしますので!」
おっ、出た。
加山上官もそうだったけど、麻生隊員もダンジョンの新しい物には目がないタイプか。
「ええ、それは願ったり叶ったりですね。遅かれ早かれ、練習しなくてはならないみたいですしね。俺は覚えていないですが、話を聞く限り前の俺が失敗したみたいなので」
「で、ではすぐに手配いたします!!」
そうして、俺は……何故か公開練習する羽目になった。
いや、設備を整えるとは聞いていたけど。
まさか外に作るなんて……そりゃ、気になってみんな見に来るよね。
俺だってそっち側だったら野次馬している自信あるもん、絶対。
それからは丸三日間くらいその場を借りて練習した。
難しいったらありゃしない。
あれ、某アニメの立体的に飛び回るやつ。
あのセリフや描写が一番似合っていると思う。
俺が飛んでいるわけではなく、羽に飛ばされているって感覚。
わかる?
肩甲骨辺りにいきなり現れた謎の物体に常に引っ張られる感覚。
最初のころなんてくるくるとバク宙しまくってた。それも数回転も。
もちろんめちゃくちゃ気持ち悪くなった。
それからは見物していた自衛隊員とかダンジョン冒険者に手助けしてもらった。
初めに俺の体を直接支えてもらいながら、翼に引っ張られる感覚に慣れるように。
次に、両端を車に固定したロープを体に巻き付けバク宙しないようにバランスの感覚を掴む特訓。これは超バランス感覚のスキルのおかげなのかすぐに慣れた。
その後に、長い一本の棒を下で何人もの人に支えてもらいながら俺はその棒を掴み、それだけで安定させる練習。
そこから徐々に上下運動、その次に左右運動、斜めの動き。
最後に俺は何の支えもなしに飛び、念のため下にはたくさんの人にクッションの代わりをしてもらうため付いてきてもらった。
これかなり面白かったよ。
みんな上を見上げながら俺の動きに合わせて、たくさんの人がついて来るんだもん。
あっ、でもみんな真剣な顔だったから笑わなかったよ。
一回を除いて。あれは不可抗力。
ティアもそのクッション役として下に張り付いていた時、あいつ転んだんだ。
そしたら、あいつみんなにぼろ雑巾のように踏まれてるんだもん。あれは傑作だった。
そうたくさんの人の協力を得て、なんとか俺は自立飛行をゆっくりと行えるようになった。
ありがたい。
一人でやってたらもっと時間かかってたと思う。
そうして旭川で過ごしていると、作戦ベータの終了が宣言された。
作戦ベータ。
東西南北と中央の日高山脈で計五か所の主要基地を造ること。
北の礼文島に向かった部隊が一番遠く、一番遅くに完了した。
この後、作戦ベータは「作戦ベータプラス」として恐らく北海道を奪還するまで最後まで継続する。
作戦ベータプラスは四つの主要基地を中心に周囲の土地を奪還しつつ、支部をいくつも作っていくこと。
これは時間と地道な任務がものをいう。
その作戦には俺も時々参加するだろうがメインではない。
作戦ガンマ、北海道で確認されている八つのダンジョンの封鎖と低階層攻略。
これが俺の次に参加する作戦だ。
ただし、倶知安町の俺が攻略したダンジョン、日高山脈にある日高ドラゴンダンジョン、ここ旭川にあった牛ダンジョンはすでに作戦終了。
残るは五つ。
稚内、札幌、釧路、室蘭、紋別にあるダンジョンだ。
稚内と紋別は北チーム。
札幌は我が西チーム。
釧路は東チーム。
室蘭は南チーム。
が、それぞれ担当する。
さあ、そろそろ俺たち西チームの留萌と旭川間は魔獣が殲滅されそうな勢いだ。
作戦ガンマ、札幌へと行くぞ!
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「以上の部隊およびダンジョン冒険者には明後日の八時〇〇分より、札幌に向かいダンジョンの封鎖と安全確保の任務に当たってもらう。追って詳細は連絡するので、それまで準備を開始せよ!」
「「「「了解!」」」」
立ち直った工藤さんより、各部隊の隊長およびダンジョン冒険者リーダーへとついに指示が下った。
明後日には自衛隊より第二陣の部隊が本土より船で留萌へと到着する。
第一陣よりも質は落ちるが、現状の魔獣の数であれば対処は十分であるとのこと。
そして、第一陣の約半数の主要メンバーが明後日、第二陣到着の少しあとに札幌へと進行する。
それまで俺は…………。
「ティア、空の旅に行ってくるわ」
「気楽でいいっすねぇ」
そう、そろそろ俺の対応にもこなれてきたティアは言った。
こなれているというよりも…………。
「ティア、完全バカンス気分だね」
ティアは留萌の海岸でウッドビーチチェアに寝そべりながら、クリアブルーの飲み物片手に黄昏れていた。
「自衛隊の休日なんてこんなもんっすよ。それに隣にNumber1がいるとこほどこの世で安全な場所はないっすからね。チューッッッ」
もはや何者なのか。
勢いよくストローから体に悪そうな青い液体を吸うティア。
安心しろティア。
あとで原田さんに写真付きでその姿報告しといてやるからな!
俺はキリッとティアにウィンクをしてから、その場を飛び立った。
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「おいおいおい、あんなの報告になかったぞ」
北海道の東、釧路の海沿いに偵察に来ていた部隊の一人が呟いた。
「ああ、あれは……飯尾さんの四人で行けるかどうか、判断しかねる。一度、基地に戻って判断を仰ごう」
「異論なし。じゃあ、もう少し離れた位置から無線で連絡しよう」
「了解」
そう小声で建物の影から話あう声が聞こえた。
「あっ……」
誰かの声が聞こえた。
その瞬間、そこら一帯にいた人は消滅した。
東の根室基地、そこには最後に一つの通信を捉えていた。
『ザザッ、こちら釧路偵察部隊の林田。報告にない凶悪指定魔獣の存在をかくに……うわぁぁぁ』
そこで無線が途切れていた。
東の指揮を任されていた桂田上官はすぐに行動に移した。
無線の途切れた場所の特定、生存しているかの確認、最後の無線の意味。
偵察に向かわせたのは一部のダンジョン冒険者と自衛隊の隠密行動を得意とした面々だった。
それなりのランキングを持っている者もいた。
しかし……。
「桂田上官、場所、生存ともに確認が取れません。いかがいたしましょう」
そう桂田上官に通信部隊の自衛隊員が告げる。
「わかった、龍園様と飯尾一行に返事を仰いでみよう。我々では力不足かもしれない。それと、ドローン調査部隊の準備は整っているか?」
「はい、そちらに関しては既に準備が完了しています。有田隊長はいつでもいけると話しています」
「よし、それでは並行してドローンによる調査も行うよう手配しろ!」
「了解!」
そうして、東の最強戦力を持って釧路への調査を開始した。
しかし、この時は誰も知らない事実。
釧路にあるダンジョンはこの北海道の大地の中で一番凶悪で難関である、ということを。




