欲求とは集中力を乱す要因の一つである
「鳴無さんとNumber1、お互いに身代わり人形は持ちましたか?」
今回、模擬戦を取り仕切るのは春田隊員。昼寝している所を捕まえてきたらしい。
「僕は大丈夫です!」
「俺も大丈夫です」
鳴無くんと俺はお互いに人形を見せ合った。
「では、全ての判定は私に従ってください。Number1は特に即死級の攻撃……いや、威力は抑えるようお願いします。鳴無くんは思う存分にどうぞ。では、始めっ!」
春田隊員はそう言って、すぐに俺達から距離を離した。
先に動いたのは鳴無くんだった。
『ミスト・サイレント』
白く濃い霧が鳴無くんの体から急激に発生しこの一帯を包んだ。
俺は何もしない。
する必要がないからだ。
ただMPを送り込むだけ。
それからは周りで鳴いていた鳥の声も風の音も、慌ただしい足音も全てが聞こえなくなった。
新しい感覚だった。これが鳴無くんに攻撃された魔獣の目線。
恐らく視界は一メートルもないだろう。
すると、一瞬右側の霧がフワッと揺らいだ。
それと同時に左側から霧を切るように短剣が迫ってくる。
カキーン。
短剣は俺に届くことはなかった。
そして、防がれた位置から短剣が動くこともない。
焦ったように鳴無くんは短剣を手放し、再び霧に紛れた。
静寂の時が続く。
次は前方の霧が揺らいだ。
再び左側から短剣が襲う。
カキーン。
短剣はシールドに阻まれ再び動かすことができなくなった。
諦め、また紛れる。
それを後、二回繰り返した。
しかし、ハニカムシールドには計四本の短剣が刺さったままだった。
再び揺らいだ霧とは別の方向から短剣が襲う。
カキーン。
何度も聞いた阻まれる音。
でも、今回は少し違う。
短剣はシールドに弾かれ、鳴無くんの手元に戻ってくる。
一瞬、笑みを浮かべた鳴無くんは再び霧に紛れた。
次の瞬間。
間を置くことなく、いきなり頭上から鳴無くんが現れた。
パリンッ。
シールドが破壊される音が聞こえた。
「貰いましたッ!!」
そう言った、鳴無くんは俺に向かって短剣を投擲しようとした。
俺は未だ何もしない。
短剣が投げられる瞬間。
鳴無くんは何か硬い壁にぶつかったように空中で固まった。
そう彼はMP過剰供給状態のハニカムシールドに体を触れてしまったのだ。
ハニカムシールドはMPを通常よりも多く送ることで当たったものをその空間に数秒から数分固定することができるぶっ壊れスキルなのだ。
すると、徐々に霧が晴れていった。
鳴無くんが解除したのだろう。
霧が晴れると、俺の上空に変な態勢で固まっている鳴無くんの姿という構図が出来上がっていた。
「勝負は決まったようですね……。勝者Number1!」
春田隊員はそう高らかに宣言した。
俺はすぐにシールドを解除し、鳴無くんを解放した。
「最後誘われましたね。やられました」
そう落ち込む鳴無くんに、俺は声を掛ける。
「相性だけだと思うよ。俺は武術とか武の心得とかはよくわからないけど、鳴無くんと俺では性質が違う気がする。だから、落ち込まないで!」
「はい……」
しかし、鳴無くんの顔が晴れることはなかった。
トボトボと歩く後姿が妙に哀愁漂わせていた。
さあ、今日のご飯はうな重だ!
食べられると良いな!
俺はルンルンスキップで基地の厨房へと向かった。
うな重が楽しみ過ぎて、戦いに集中していなかったとかはない。
ひつまぶしもいいな……とか思って一瞬気を抜いたところを鳴無君に攻められたとか断じてない。
ふっふっ、咄嗟の判断力には自信あるのよ!
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留萌の簡易基地の端に設置された訓練場。
聞こえはいいが、ただのちょっと広い更地を柵で囲った場所。
僕は土下座で頼み込んでようやくNumber1との模擬戦へと漕ぎつけた。
何故僕がNumber1に模擬戦を申し込んだのか……。
龍園事務所、僕がそこに入ることができたのは父上のコネだった。
そこは基本的に武術を学んでいた中でも、魔法やスキルの能力を手に入れた者か能力がなくても武術系のスポーツなどにおいて優れた功績を残した者だけが入ることを許される日本三大事務所の一つ。
入所時は、僕はまだ何も持っていなかった。
魔法やスキル、功績すらも全て。
ただ父上が元々偉大な剣道の達人という理由だけで入った。それも僕の意思ではなく父上の意思で。
そして、一つだけ僕も魔法を手に入れることができた。
無音魔法。
音がなく、消してくれる。ただそれだけの効果しかなかった。
でも、これは僕のために用意された僕だけの魔法だとすぐに理解した。
僕は別に武術においても弱いわけではなかったのだ。
戦いをするとき、自然と笑みが零れてしまうのだ。それも殺人鬼と見間違われるほどの凶悪な。
初めてその鬼の形相を鏡で見たときは、その自分の顔を見て尻餅をついたほどだった。
それからは本気で戦うことをしなくなった。
自分も見たくないし、見せたくもなかったから。
でも、この魔法はそれを解決してくれた。
自分という存在が限りなくゼロになる。
敵の顔も自分の顔も見なくて済む。
そして、何よりも霧に紛れた瞬間はそこが自分の空間になった気分で楽しかった。
それから僕は周りの目を気にすることなく、毎日訓練し没頭した。
いつの間にか僕は龍園事務所の次代を担う三柱の一柱となっていた。
ランキングもトップランカーより一層下程度まで一気に上昇していた。
同年代だと淡谷小太郎が一人抜きんでていて、その下に僕たち龍園事務所の三柱という認識が世間の認識だった。
次代を担うプラチナ世代というニュースを見て舞い上がっていた時期もあった。
しかし、数か月前に突如現れたんだ。
淡谷小太郎でさえ足元にも及ばないであろう人物が。
世界ランキング第一位にして、僕と同世代の化け物が。
最初は半信半疑だった。
でも、ある時動画サイトに一つの動画が公開された。
台風島の巨大なワーム型魔獣の大群を一瞬で灰にした男の姿を。
一般人から見れば、「凄い動画」「誰だろう」。こういう認識程度の動画だった。
しかし、多くのダンジョン冒険者は確信した。こいつが例の奴だと。
ランキング一位に関する情報は龍園事務所でさえその程度しか入手できなかった。
世間でも、明らかに情報統制されているというニュースが話題になったものだ。
だから、ニュース番組や情報誌でも深く取り上げられることはなかった。
してはいけない雰囲気さえあった。
でも、僕にもランキング一位を目にするチャンスが訪れた。
それが今回の北海道奪還作戦の留萌基地。
龍園事務所の主力は全てここに派遣されることになったのだ。
そして、つい昨日のこと。
少数精鋭で同じ作戦に組み込まれ、誰よりも近くで彼を見ることができた。
話すと彼は普通の同年代と変わらない印象だった。
面倒くさいことは嫌だと言うし、カッコイイと思うことはやりたがる。
一つだけ変なところと言えば、毎日違うお面か仮面を付けているところだろうか。
話を聞くと、普段までランキング一位という称号を持ち込みたくないという理由と、一回使った後は洗わなきゃ汚いからローテーションしていると言っていた。
案外、繊細な心の持ち主なのかもしれない。
でも、戦闘を見て僕は確信した。
半信半疑だったランキング一位の実力が桁外れに出鱈目なことを。
人間の許容を超える魔法とスキル。
魔法の形を自由自在に操り、威力もデフォルトより数倍強力。
それに桁外れの身体能力と五感。
しかも、僕の勘が彼はまだ力を隠し持っていると言っていた。
ありえないと思った。
スキルや魔法を上限など関係なく取り続ければもしかしたら彼みたくなれるのかもしれない。
でも、魔法やスキルのスクロールは貴重。一人一個何かを覚えているだけで今の時代重宝される。それが二個や三個、はたまた特殊属性の能力を持っていれば上位ランカーに成れる可能性すらある。
さらに魔法を自在に操る能力。
自衛隊員を見ていれば分かるが時間をかけて濃密な制御訓練を行えば、ある程度の自由を利かせることは可能。
しかし、Number1に関して言えば、たった二年という短期間で、尚且つ魔法で動物を模してみたりグニャグニャと魔法を曲げて見せたり明らかに普通では考えられない。
どうしたらたったの二年でここまでの強さを手に入れることができたのか。
努力なのか運なのか、それ以外の何かなのか……。
何が彼をここまで強くしたのか。
そして、僕と彼とではどのくらいの差があるのだろうか。
確かめたくなった。
僕の目はそれなりに肥えている。
だから、模擬戦を行えば彼の実力の底が少しは見れるのではと思った。
しかし、結果は全く違った。
何も分からなかった。
相性も悪かった、攻撃が一切通用しなかった、動けなかった。
僕では彼の力の一端すら引き出せなかった。
日本の中では上位だと自負していた僕の心は完全に折れた。
でも、僕は一度執着したらあきらめが悪いんだ!
それから僕は毎日のように考えるようになった。
どこを鍛えるべきなのか。
何が足りないのか。
他の戦闘スタイルを確立しなければ……と。
でも、今は僕だけのことばかりを考えてはいけない時期だ。
日本のダンジョン冒険者と自衛隊が一丸となって北海道を奪還しなければならない時期。
日本だけじゃない、世界中の国が注目している。
これが成功すれば、日本が初めて世界で魔獣が蔓延した領土を奪還できた国として希望の星となる。そこから必ず人類の逆襲が始まるはずなんだ。
だったら、今出来る僕の全ての力を貸すことが仕事だ。
僕はそう胸に誓った。
そして、朝日が昇り、再び僕はNumber1と共に旭川へと向かった。




