釣果を他人のせいにしてはいけない
「釣れないなあ……」
留萌到着から二日間、釣果はヒラメとホッケだけ。
ヒラメは煮つけで、ホッケは塩焼きですぐに頂いた。ご馳走様でした。
一つだけ言っておくと俺の腕が悪いわけではない。
断じてない。
これだけ釣れないのは数日前までここら辺を住処にしていた青海ウナギのせいだ。
絶対にそうだ。
そうでないと二日で二匹しか釣れないのはおかしい。
もちろんずっと釣りをしていたわけではない。
原田隊員の指示のもと防衛を行ったり、周囲の魔獣を排除したり、ダンジョンの低階層の魔獣を駆除したり、やるべきことはしっかりとやった。
その上で空いた時間に釣りをしていたのだ。
はぁ、今日は坊主か……。
あの人にお寿司握ってもらおう。
そう決めた俺はすぐに釣り道具を片付けてその人の下へと向かった。
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「以上の隊員およびダンジョン冒険者で旭川への偵察に行って貰う。出発は明日の朝五時。それでは各々準備してくれ!」
「「「「了解!」」」」
工藤上官と原田隊員がいる仮設のテントに呼ばれた俺はついに旭川へと行く許可が下りたのであった。
今回の任務は少数精鋭の四人のみ。
その自己紹介が簡単にこの場で行われた。
「改めまして、私は一等特尉の麻生と申します。Number1とは作戦アルファにて共に任務を遂行できたこと大変うれしく思います! 本作戦でもよろしくお願いします!」
綺麗な敬礼をしながら言った。
麻生隊員は作戦アルファで同じ第一部隊として行動した自衛隊トップ三の一人である。
まだ実践の場での戦闘姿は見たことがないが、マルチに活躍できるタイプだ。
「同じく、一等特尉の湯楽っす! お二人には言うまでもないと思うっすが、索敵に関しては任せてくださいっす!」
続いてティアがぎこちない敬礼で挨拶した。
もはやティアのことは言うまでもないだろう。ただのバカである。
俺は二人を例に倣い、しっかりとした挨拶をすることに決めた。
姿勢を正し、右手で敬礼をした。脇の角度は九十度、指先は真っすぐと眉毛に持ってくるように、そして忘れてはならないのは凛々しい顔である。
そっと息を吸い込む。
「同じく! ……あれ、何だっけ俺の肩書って。…………あっ特殊特務官だ! まあ、そんなことは気にしないでください。別称で俺のことはNumber1と気軽に呼んでください。よろしくお願いします」
ふっ失敗は誰にでも起こることだ。
落ち着け俺。
そう自分に言い聞かせるも、俺の顔は恥ずかしさで真っ赤に染めあがってしまった。
「どんまいっすよ!」
ティアのその言葉で冷静さを取り戻し、一睨みしておいた。
「さて、気を取り直して鳴無さんお願いします」
麻生隊員がこの緩んだ空気を仕切り直した。
そして、三人が目を向けるのは両目を金髪の前髪で隠しているダンジョン冒険者の青年だった。
「はい! 僕は龍園事務所所属の鳴無慶って言います! 力不足ではありますが、どうぞよろしくお願いします!」
彼はそう言ってペコペコと頭を下げてきた。
すると、工藤さんが地図を開いて任務概要を説明し始めた。
その内容は至って簡単。
凶悪指定魔獣の威力偵察とダンジョン難民の捜索、そして最適な戦場の目安を付けることだ。
旭川にいるとされている凶悪指定魔獣の名前は「モスモス」。
全長三十メートル近くある毛深い四足歩行型の魔獣。
動きは鈍いが攻撃が効きづらく、前方と後方にある計四本の角からビーム攻撃のような遠距離攻撃を乱発してくるらしい。
そして、ダンジョン難民の捜索。
もし旭川に取り残された難民がいればモスモスへの恐怖から移動することもままならないはず。
だから、できるだけ安全策を講じたダンジョン難民の捜索を同時に行う。
最後にいわゆる実地調査ってやつだ。
現場に行って資料からは判断できない情報を集める。
と、名目上はそうなっているが実際の目的は工藤上官の奥さんの捜索だ。
要するに、二つ目の目的であるダンジョン難民の捜索からさらに一歩踏み込んだ捜索をしてもいいということになる。
工藤さんはその説明を終え、この場は解散となった。
俺はその場にある椅子に座り込んだ工藤さんに近寄り、話しかける。
「工藤さん、まだ望みを捨ててはだめですよ。もしかしたらモスモスのせいで旭川から動けていないだけかもしれません」
「そうだな……すまない。変な顔を見せてしまったな」
工藤さんはそう苦し紛れの笑みを浮かべてきた。
年下の俺みたいな人間が工藤さんのようなできる大人にこう言うのはあれかもしれないけど。
「大丈夫です! 俺の力で良ければ全力で使ってください。その為に俺はここに来てるんですから」
「ああ、ありがとう」
それでも工藤さんの顔は晴れることはなかった。
その場に少しの沈黙が生まれる。
「雨川くん、ちょっと付き合ってくれるかな」
何か思いついたように工藤さんは顔を上げて言った。
「いいですよ」
そうして、工藤さんが徐に向かい始めたのは俺がここに来て良く釣りをしていた場所だった。
「日曜になったらよく家族三人でここに来て釣りをしていたんだ。だから、少しだけ期待していたんだ。君たちの隊が多くのダンジョン難民を保護したって聞いて、もしかしたら妻の菜津がいるかもって。逃げるなら知らない土地よりも知った土地の方が可能性あるだろ?」
そう赤く染めあがった海を背にして言ってきた。
「でも、工藤さんは信じてるんでしょ? 三人でまた幸せな暮らしができるって、娘さんの成長した姿を見せるって」
俺はそう言って、アイテムボックスから適当なドロップ品を取り出して海に向かって投げ込んだ。
そこには波もに揺れる夕日の姿が映る。
「ああ、信じてるさ。でも、君も薄々感じてはいるんだろ? ミノタウロスに連れ去られたって意味を。ミノタウロスは地上に出てきている魔獣の中でも強い。二年たった今でも自衛隊の中でミノタウロス相手に勝てるのは少ない。それがダンジョン災害当初に相手にできるわけがないって。奇跡が起こらない限り可能性がないってことを」
その工藤さんの弱音を投げ捨てるように、俺は再び海に向かってドロップ品を投げた。
そして、再び揺れる海面に移る落ちかけの夕日。
「少なくとも雨川蛍って一人の人間は工藤さんの弱音をここに聞きに来たつもりはありませんよ」
工藤さんは申し訳なさそうな顔をする。
「弱音か……すまないね。私は案外弱い人間なのかもしれないね。もしあの場に君がいれば、私がすでに能力を使えていれば……いくらでもそういう無駄なことを考えてしまうんだ」
また弱音……。
俺は次にミノタウロスの角を二個取り出し、一つは自分で投げもう一つは工藤さんに渡した。
その行動に少し驚きを工藤さんは見せた。
「奇跡が起こっていたら、あの場で逃げていなかったら、すでに能力を使えていれば……この世界タラレバを言えばキリがないですよ。それよりももっとポジティブに考えましょうよ。今は雨川蛍っていう一人の人間ではなく、世界で一番の男が協力しているんです。その方がよっぽど可能性高いと思いません?」
その言葉に工藤さんはやっと苦くない笑顔を浮かべた。
「ああ、確かにそうだね。今は君と言う力強い味方がいる」
「とりあえずそれ投げときません?」
「さっきから雨川くんが投げているが、それには何の意味があるんだい?」
その言葉に返すように俺はもう一つミノタウロスの角を海に投げ込んだ。
今度は水切りをするイメージで鋭く。
「意味なんてないですよ。ただ跳ねるだけです」
「え?」
「俺にとってミノタウロスなんて石ころ同然の価値しかないんですよ」
俺が笑ってそう言うと、工藤さんは顔が明るくなった。
そして、海に向かって憎きミノタウロスの角を力いっぱい投げ込んだのであった。
って、工藤さん俺より水切り上手い……。
さすがは工藤さんだ。
「雨川くん、ありがとう。私にもあれが石ころのように思えてきたよ。さあ、弱い工藤の時間は終わりだ。これからは強い工藤上官になるよ」
そう言って、俺達は再びテントへと戻り工藤さんと隠れられそうな場所の目星をつけ始めたのであった。
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翌朝の四時三十分頃。
まだ朝日は昇っていなく、辺りは静まっている。
その場には完全武装をした四人が集まっていた。
俺たちはいつも通りの武装の上に自衛隊から特別に支給された外套を揃って羽織っている。
「なんかチームって感じがしてワクワクしますね!」
みんなが緊張感を高めている中、俺は一人この格好が気に入って気分が良かった。
「そんな悠長なのはNumber1だけですね。私は今にも吐きそうなほど緊張してますよ」
「そうっすよ。自分なんて直接の攻撃力はないから心配で眠れなかったっすよ。ちゃんと守ってくださいっす」
麻生隊員は本当に顔を青くしており、ティアは目の下に特大の隈ができておりいつもよりも元気がなかった。
そんな会話に入ってこないのが、鳴無くん。
彼はこの中ずっと一人、上半身裸で大粒の汗を掻くまで念入りな準備運動をしていた。
空手か何かの型を確認したり、ナイフを振り回したり、案山子に向かって技を確認したりと。
意外だったのは彼の体だった。
あの弱々しい見た目に反して、体は驚くほど鍛え上げられていた。
その筋肉も見た目だけの筋肉ではなく、無駄のない運動能力に直結する理想的な体型だった。
彼の戦闘姿は実際にはまだ見たことがないが、話に聞くだけでも相当の努力をしてきたことが分かる。
ティアと同じで彼の使える魔法にも直接的な攻撃力はない。
それでも、己の体を鍛え、純粋なる武術を研鑽した。もちろん一からではなく、小さいころから実家の道場で経験を積んできている。
その甲斐あって、彼は日本でもトップ三に入る龍園事務所に入ることができたらしい。
俺はダンジョン事務所に関してはニュースで偶に見かけるくらいの浅い知識しかない。
それでもさすがに龍園事務所に関しては知っている。
才能あるダンジョン冒険者やその素質のある一般人を多数抱えている、将来を一番期待されているダンジョン事務所として。
その中でも彼は三本の指に入る逸材らしい。
さあ、そろそろ出発の時間だ。
彼の戦闘姿を見せてもらおうじゃないか。才能ってやつを。




