新鮮な魚で握られたお寿司は旨い(何を当り前な)
助けた少女の真奈ちゃんが遊ぼうと何度も駄々を捏ねてきたので、仕方なくトランプを一緒にやっていた時だった。
遠くからエンジンの独特な音が聞こえてきた。
俺は持っていた手札を机に置き、各々休んでいるみんなに声を掛ける。
「みんな迎えの車が来たみたいだよ」
それに三者三葉の反応が返ってくる。
「やっと! やっと! こんなサバイバルとおさらばだ!」
「よっしゃあぁ!!」
「ようやく帰れるのね!」
「早く美味しいご飯食べたい………」
「早く………」
その喜びように俺は呆気に取られていた。
抱き合う者、ハイタッチする者、涙を浮かべる者、サッカー選手のようなパフォーマンスをする者、さっさとトランプを始めてよと小さな目で俺を睨んでくる者。
思わずこの光景に苦笑を浮かべてしまった。
良かったと思う一方で、まだ生死を掛けた過酷な状況に置かれている人も世界にはたくさんいると考えてしまう自分がいた。
彼ら七人は死を常に意識しながら二年近くもの間、サバイバルを続けてきた。
そんなハードモードな生活をしていればこの高揚ぶりも納得できる。
俺は適度に真奈ちゃんの相手をしながら、一人この場の片付けを始めた。
「迎えに来たっすよー!」
ティアが窓から上半身を乗り出し、こっちに向かって大きく手を振ってきた。
彼らにとっては待ちに待った自衛隊到着の瞬間だった。
それからのことは全て自衛隊に任せることにした。
ここからは俺の領分ではない、彼ら自衛隊の領域だ。
任せて置くのが一番だろう。
でも、一つだけ。
春田隊員にお願いをしておいた。
真奈ちゃんのお父さんを怒るように、と。
これは俺の役割ではないと思った。俺ではダメなんだ。
殿を務めて、死地へと自ら向かって行ったその勇気は本当に凄いことで怖かったと思う。
でも、最後に残るは悲しみと虚無感。真奈ちゃんが泣いて悲しむこと。
俺と同じような思いをしてほしくない。
その場にいれば、もっと早くダンジョンから出られていれば、あの日外に出ていなければ……タラレバがいつも頭に付きまとう。
ああ、ダメだ。
一旦、忘れよう。今じゃない。頭を切り替えなくては。
俺は春田隊員に叱られる真奈ちゃんのお父さんを背にして、前方に待機している車へと乗り込んだ。
その後、少ししてから俺達は元居た八人に七人のダンジョン難民を加え再び留萌へと走り始めたのであった。
******************************
あれから約20時間後。
「「着いたー(っす)」」
ティアと俺の声が被った。
ニヤニヤとこっちを見てくるティアは無視して、思いっきり深呼吸をする。
潮の香り!
心地いい波の音!
海鳥の鳴き声!
人っ子一人いない貿易の街、留萌!
俺たち一同は留萌の海岸へと到着していたのであった。
途中、障害物を避けたり、遠回りをしなければ進めない場所が多数あったのでかなり時間が掛かってしまった。
それにしても長時間の車旅は疲れるなあ。
俺はその場で軽くストレッチを始めた。
春田隊員他の自衛隊員は本部や留萌に向かっている船に連絡を取っているようで、俺は特にやることがなかった。
「よし! ちょっくら運動してくるわ!」
「よし! じゃないっすよ! 運動って何するんっすか?!」
隣でニヤニヤと俺のストレッチを見ていたティアが俺の肩を揺らすように言ってきた。
「ん? 魔獣狩りに決まってんじゃん。船と合流する前にさっさと片付けちゃおうよ。どうせ後でやれって言われるんだし」
「それはちょっとした運動に入らないっすよ! こっちはNumber1の行動を常に見ておくように言われてるんっすから!」
やっぱりそうだったのね。
でも、ティアには無理だよ。仲はいいけど、付いて来るほどの身体能力はない。
「じゃあ、ティアに説得力の増すこの枕詞を授けよう。世界ランク一位の、という」
「た、確かに説得力は凄いっすね……。じゃあ、自分も」
「いや、それはダメだろ。一般人もいるんだからティアはここにいろよ。ちゃんと無線の範囲から出ないようにするから大丈夫だって!」
「そ、そうっすよね。わかったっす! くれぐれも無線範囲から出ないようにお願いするっすよ!」
「はいはい」
俺はティアから渡された小型の無線機を耳に付け、海岸線に沿って走り始めた。
……。
…………。
「ウッホッホとモォー野郎しかいない!!」
俺は海に向かって嘆いた。
そう強い魔獣が現れるとも思ってはいなかったけどさ。
それでもつまらないものはつまらない!
誰だってレベル百になったらスライムを狩ったりはしないじゃん。
それと同じだよ。
ブツブツと文句を言いながらも俺は目に付く魔獣をひたすら一撃で駆除していった。
それでも消化不良だったので二発ほど盛大に魔法を放ったりもした。
それからは良くこんなに潜んでいたなって言うくらい集まるわ集まるわ。ミノタウロスが。
「牛なら美味しいミルクくらいドロップしてくれよっ! 何だよさっきからミノタウロスの角って……いらないわ!」
地面に落ちていたミノタウロスの角を俺はひたすら海に向かって投げていた。
結構、楽しかった。
角の形によって跳ねる回数が違うんだよ。
「すいません!!」
水切りをして遊……ドロップの回収をしていると、突然後ろから幼い声で声を掛けられた。
振り向くと、そこには一人の少年が俺のことを指さして切羽詰まったような顔でいた。
「俺? 俺がどうしたの?」
その問いに少年は全力で首を横に振った。
「後ろです!」
「後ろ?」
振り返って目を凝らすと、海面に何か大きなものが顔を出していた。
なんだあれ。
魔獣か?
「お兄さん! あいつ船に向かっています!」
船?
俺の目には船なんて見えない。
見る限り水平線……。
と、困っていたら船が水平線からひょっこりと顔を出し始めた。
「まじか、本当にいたよ船。てか、君はあいつが何なのか知ってるの?」
俺の問いに少年はすぐに答えた。
「みんなはあいつのこと水龍って呼んでます! 魔獣であることは確かですが、名前は知りません! それよりも強いお兄さん! 自衛隊の人でしょ? 助けてあげなきゃ!」
「自衛隊の人かって言われると甚だ疑問だけど、一応はそう……かな?」
「早くしないと! 救助の船が沈んじゃう!」
焦っていない俺を見て急かすように体を力の限り揺らしてくる少年。
というか、日本の近海には海型の魔獣はいないってい言ってたよね。
だというのに、なんだあの水龍とか呼ばれているデカイ魔獣は。
すると、その水龍が水面から体を乗り出した。
ザッパーンと大きな音と波を立てる。
「デカ……」
その姿はまさに水龍と形容されてもおかしくない姿だった。
体中に覆われた青色の巨大な鱗に、船を一撃で半壊できそうなほどの大きな口。
「よし、行ってくるか。目の良い少年はここで待っててね」
俺は耳に付けていた無線を少年に渡して、海の上を走り抜けた。
氷とシールド、天足で足場を作りながら。
***************【視点 春田隊員】***************
『巨大未確認魔獣が接近中! 巨大未確認魔獣が接近中! 船員は各持ち場へ至急移動、戦闘員は戦闘の準備をお願いします! 衝突までの予想時間三分。至急迎撃をお願いします! 牽制の為ミサイルの使用を許可する!』
この緊急無線は海岸にいたティア一同にも届いた。
そして、容易に船内が慌ただしくなっていることも予想できた。
「春田隊員! やばいっす! すぐにNumber1に連絡をお願いするっす!」
その緊急無線を聞いていた俺はティアの言葉を聞くまでもなく、無線でNumber1に声を掛けていた。
「こちら春田、Number1応答してくれ! 緊急応援を頼む!」
『ザッザ、ザッザ……』
俺の問いかけに答える者はいなかった。
あきらめずに再び無線に呼びかける。
「こちら春田、Number1応答してくれ! 応答求む!」
『…ザザッ、強いお兄さんはもう船に向かいました。どちら様ですか?』
その言葉にここにいた人は全員安堵の声を漏らした。
「応答感謝する。こちら自衛隊ダンジョン対策機関所属の春田と言う。君はダンジョン難民か?」
『……ザザッ、そうです! 助けてください! この辺りで生きていた人はみんな放送を聞いてここに集まっています!』
「こちら春田、了解した。すぐに向かうので、近くに目印になる物があれば教えて欲しい」
そうして、隊員二人にダンジョン難民を迎えに行かせた。
それよりも、船は大丈夫だろうか?
いや、Number1が向かったんだ。万が一にも沈没するなんてことありえないだろう。
俺はこの陸旅で幾度も彼の戦闘姿を拝見した。
その経験から彼が魔獣に負ける想像なんて一ミリたりとも思い浮かばなかった。
まさしく圧倒的で瞬殺。
この目で初めて化け物や天才という人間を見た瞬間だった。
そう思いながら、俺達はダンジョン難民を保護するための準備を始めていた。
すると、再び緊急無線が鳴る。
『緊急! 総員近くのものに掴まれ、大波が来るぞ! 余裕のあるものは体を固定するんだ! Number1の攻撃余波に備えるんだ!』
良かった。Number1は無事間に合ったようだ。
「はあ、本当に良かった」
俺は船の方を一目見て安堵の声をうっかり漏らしてしまった。
「そんな悠長にしている場合じゃないっすよ! Number1の魔法なら波がこっちまで来るっすよ! 自分たちももう少し海岸から離れるっす!」
「そ、そうだな。よし、一旦ここから離れるぞ! すぐに今出した荷物を車に積み込め!」
「「「了解!」」」
そうして一般人の力も借りて荷物を車に積み終えた時だった。
ゴロゴロゴロ……ドーン!!!
空から今まで見たこともない巨大な黒い雷が海に向かって落ちていった。
その光景に俺を含めたここにいる者全員が目を奪われた。
まさしく力の暴力と表現するのが相応しいと思ってしまう程の圧倒的な存在感を放っていた。
それも束の間だった。
「みんな車の後ろに隠れろ!」
その瞬間、波ではなく黒い雷によって生み出された衝撃の余波が俺たちの体にずんと響いてきた。
「よし、波が来る前に避難するぞ!」
「「「了解!!」」」
その後、速やかに俺たちは留萌の市街地の方へと急いで車を走らせたのであった。
それにしても彼は本当に人間なのだろうか?
魔王と言われた方が納得できる。
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うーむ、水龍が船と衝突する前に水龍の元まで来ることはできたが……。
俺は少年と別れて、水龍に気付かれないギリギリの位置で観察をしていた。
「こんなところで戦闘なんてして、船の転覆とか大丈夫なのかな?」
俺はこのことでずっと頭を悩ませていた。
水龍と船の距離が結構近いのだ。
その巨体で暴れられると高波とかの二次災害が……ね。
一瞬で大人しくさせられれば大丈夫かな?
とりあえず知識のない俺では判断できないから船の人に聞こう!
俺は水龍を飛び越え、船の甲板へひっそりと降り立った。
そのすぐ側で何やら指示を与えていた人に声を掛ける。
「あっ、ちょっと待ってそこの君。一個聞きたいことがあるんだけど」
「あ゛? 今それどころじゃないだろ! お前も冒険者ならさっさと持ち場に付け!」
その船員に俺の腕は払われ、何も答えてはくれなかった。
次に俺の近くを通ってきた人にめげずに声を掛ける。
「あの……」
もの凄くか細い声が俺の喉から出てきた。
うん、ちょっとメンタルがね。
これが限界だった。
最初の人に声を掛けるのだって頑張ったのに、断られたから。
「えっ? 何か言ったかな君?」
その人は俺のか細い声を聴いて立ち止まってくれた。
優しい人だ。顔は怖いけど……。
でも、俺は先ほど思いついた妙案があるのだ。
「あの……こういう者です」
その人にステータスカードを見せた。
もちろん名前はシールで隠している。
「あっそうな……って、えっ?」
「一つだけ聞きたいんですが……あれ倒してもいいですか? 大きい波とか来てもこの船大丈夫ですか?」
この人だけが何故か時が止まっていた。
まあ、それも仕方ない。
だって、水龍が近づいてきてるもんね。怖いよね。
でも、そろそろ答えてよね。
「あの……どうなんですか?」
「あっ、し、失礼しました! この船はそう簡単に転覆しないので大丈夫かと!」
「そうなんですね。じゃあ、ここの偉い人に言っておいてください。それじゃあ」
俺は再び水龍に向かって、凍らせた水面を走り始めた。
『黒雷落とし』
急に現れた雨雲から最適な経路を探すように黒い雷が水龍に落ちた。
狙ったのは長い胴体の真ん中辺り。
数撃は当てるつもりだった。
「水龍……意外に弱かったな。いや、青海ウナギ」
黒雷で瞬殺されたのは水龍なんて大層な魔獣ではなく、まったく別の雑魚魔獣だった。
【status】
種族 ≫青海ウナギ
レベル≫170
スキル≫遊泳速度・上Lv.max
超嗅覚Lv.max
物理無効Lv.10
雑食Lv.max
魔法 ≫水魔法Lv.15
いや、うなぎやないかい!
ちょっと牙が生えて鱗で覆われた厳ついウナギやないかい!
と、思った瞬間だった。
詐欺にもほどがあるぞ……。
そして、青海ウナギの暴れた波程度では船は転覆しなかった。
ちょっと揺れすぎて、危ない瞬間もあったが耐えてくれた。
さすがは国が保有する船と言うべきだろうか。
その後、無事に船は留萌の船着き場に着岸したのであった。
ティア一同の下にはダンジョン難民がさらに三十人近く増えていた。
これでもまだ全員ではないそう。
車で何度か往復してこの人数だとか。
そうして、休もうと案内された位置にテントを張っていると一人の自衛隊員が俺の元に来た。
「先ほどは大変失礼いたしました! この通りどうかお許しください!」
その人物は船で俺のことを普通のダンジョン冒険者と間違ってあしらった人であった。
彼は別に黙っていれば謝らなくても済んだのに、謝りたいと自分から偉い人に言ってきたらしい。
もちろん許した。
俺が変な格好で出歩いているのも悪いしね。
でも、彼はそれだけでは許されてはならないと言って引き下がらなかった。
だったら、お寿司食べさせてくれたら許してもいいよって言ったら、その場で魚を捌き始めた。美味しかった。
彼、お寿司屋さんでもやったらいいのに。
その後も色々な人が挨拶に来たから、テントの前に「挨拶不要! 用がある方はティア隊員に伝えておいてね」って張り紙付けておいた。
これで一件落着。
そういえば船から降りてきた自衛隊員はみんな何故か俺の姿を見てビクッてなってるんだよな。
いや、確かに目の前に芸能人とかいれば凄いと思って見ることはあると思うよ。
でも、ビクッはないでしょ。
別に俺は誰か人間を殺した殺人鬼でもないのに。
ちょっとショックだよ。
まあ、あとは俺の出番が来るまで釣りでもしてようかな。
いいもん、一人は慣れてるし……。




