あなたのヒーロー像は何ですか?
「ウッホッホ! ウッホッホ!」
「ウッホッホ! ウッホッホ!」
「ウッホッホ! ウッホッホ!」
みんなと合流するべく平坦な道路をひたすら走っていると、横の林から白いゴリラが数匹現れ威嚇をしてきた。
わざわざ止まって相手をするほどでもないと判断した俺はそのままゴリラに真っすぐ突き進む。
『ウォーターライトソード』
ゴリラの数だけ両腕から水の刃を発生させ、攻撃の直前だけ全速力で地面を踏み込む。
急激な速度変化に目が追い付いていないゴリラの頭部をすれ違いざまに全て切り落とした。
それから俺は再び速度を少し緩めながら走り出す。
というか今変な魔獣混ざってたよな。
確かアイスゴリラだっけ。
あんまりスノウゴリラとの変化がないから分かりづらいんだよな。
でも、これで明確に佐藤さんに伝えられるな、
水魔法でも上位属性を使う魔獣を倒せるんだよって。
そんなことを考えたりしながら、道中の魔獣をなぎ倒し俺はとある場所で足を止めた。
「おーい、誰か居るのか?」
その場で大きな声で一つの廃墟と化したビルに向かって叫んだ。
何故こんな奇行に走ったのか。
視界の端に人らしき影を捉えたからである。
もしかしたらここにも賢人たちのように残された人たちがいるのかもしれない。
そう思い俺は声を掛けた。
…………。
………………。
しかし、返事は一向になかった。
気のせいだったか。
そう思い、再び走ろうとした時だった。
「待って!」
後から女性の声が聞こえてきた。
振り返るとそこには一人の女性と小さな子供が手を繋いで立っていた。
やはり俺が見た影らしきものは人で間違いなかったようだ。
俺はゆっくりと女性と子供の方へ歩いて行く。
しかし、俺が近づくと二人は少しづつ後ずさっていった。
えっなぜ声を掛けておいて遠ざかるんだ。
…………あっ、このお面が不気味なのか。
俺は躊躇なくお面を取り外し、ニッコリと笑う。
「大丈夫ですよ、俺は東京から来たダンジョン冒険者です」
すると、それに安心したのか子供が繋いでいた女性の手を離し、俺に向かって勢いよく走って腰に抱き着いてきた。
「助けてください! みんなが悪い獣と戦ってるんです!」
そう言って、俺の腰をさらにガシッと掴み泣き顔を見せてくる少女。
「うん、みんなはどこ?」
俺が笑って少女に聞くと、道路の先、俺が元々向かおうとしていた方向に指を指した。
「あっち」
少女がそう言うと、それに捕捉するように女性が俺に近づき話し始めた。
「私たちはあちらのほうから走って逃げてきました。みんなは私たちだけでもと逃がしてくれました。どうか! どうか助けてください、お願いします!」
なるほど。
この人たちは魔獣から逃げてきたのか。
「わかりました。でも、二人をここに置いて行くわけにもいかないので…………」
俺は少女を抱き上げ、女性に背中を見せるように屈んだ。
「え?」
「ここに二人でいて魔獣に襲われると危ないので一緒に行きましょう。背中に乗ってください、早く!」
その女性は戸惑いつつも首元に手を回し背中に乗った。
「お兄ちゃん、早く! みんなが死んじゃう!」
そうしていると、少女が俺の目を見て泣きながら言った。
「うん、スピード上げますので絶対に手を離さないでくださいね!」
俺はそう忠告して全速力で道を駆けた。
絶対に目の前では死んでほしくないと足に力を入れた。
「速い!」
「す、凄い………」
少女は腕の中で無邪気に、女性は背中で呆気にとられたように驚いた。
三分ほど走ったところで前方に戦闘を行っている集団を発見した。
俺は一度その場で急停止し、二人を下す。
「二人はここで待っていてください。何かあったら大きな声で叫んで」
二人の返事も聞かずに俺はその場を後に集団に突っ込んでいく。
***************【視点 ???】***************
「くっそ!!」
俺はつい目の前にいるミノタウロスに暴言を吐いた。
何でもう少しだって時に最悪な魔獣と出くわすんだよ!
俺達は少しづつ北から南下して函館を目指していた。
函館には唯一残った自衛隊の基地があると聞いて。
「おい、お前たちこんなところで死ぬんじゃねえぞ! あと少しなんだ! 踏ん張れよ!」
「分かってるぜ! けど、こいつら硬すぎんぞ! 切り傷ぐらいしか付けらんねえ」
「そんなの分かってる! けど、どうにかして弱点を見つけるんだ!」
俺はそう言って一緒に戦っている仲間五人に発破を掛ける。
こんなところで………こんなところで死んでられねぇんだよ!!
先に逃がした嫁と子供が待ってるんだ!
俺は絶対にこんな牛野郎なんかに殺されてたまるかよ!
「うおぉぉ!!」
雄叫びを上げ、初めてミノタウロスを押し返すことに成功した。
そのままマウントを取り、全員で一体のミノタウロスを叩き潰した。
「「「「やったぁぁ!!」」」」
つい、俺を含めたやつらが雄叫びを上げた。
できる!
俺達五人がいれば格上にだって負けないんだ!
そう思ったのもつかの間、ビルの角からさらに五体の武装したミノタウロスが姿を現した。
「おい、リーダー…………あれはちょっとやばいぜ」
そう言ったのはこの遭難したグループの中で一番若い男の荒島和樹だった。
「そうだな…………」
俺はミノタウロスから絶対に目を離さないように、最善策を考える。
しかし、そんな都合のいい最善策は思いつかなかった。
ミノタウロス一体を倒すのに五人がかりだったんだ。
そんなのを五体同時に相手にすることなんて絶対に不可能だ。
「おい、リーダーマジでどうすんだ。あの数はさすがに無理だぞ!」
再び慌てる仲間に俺は強い視線を向ける。
「お前たちは真奈たちと一緒に行け! ここは俺が抑える!」
その言葉に仲間のみんなが唾を飲んだ。
「…………リーダー覚悟はできてるんだな」
そう俺に声を掛けてきたのはこのグループでサブリーダー的な立ち位置をしてもらっている萱沼隆だった。
こいつは俺の幼稚園からの幼馴染だ。
「ああ、その代わり必ず函館に真奈たちを届けてくれ。絶対にだ」
「わかってるよ、俺の命に代えてもお前の嫁と真奈ちゃんは守って見せる」
そう言い俺はみんなから視線を逸らし、ミノタウロスに向かい合う。
俺はここで殿を務めて死ぬ。
でも、それは愛する香と真奈の為だ。
それもまた本望だ。
息を大きく一つ吸い、全身全霊の力を振り絞って一人死地へと突っ込んでいった。
叫んで叫んで、あいつらの気を俺に寄せ付けるために。
「おらああああ! 絶対後ろには行かせねえぞ!」
ミノタウロスが振り下ろした大剣をサイドステップで回避し、やつの横腹に槍を刺す。
しかし、その槍はミノタウロスの筋肉に阻まれ掠り傷しか負わすことができなかった。
それと同時に四方から振り下ろされるミノタウロスの大剣。
ああ、終わった。
一応、少しだけ期待してたんだけどな。
ラジオで言っていた自衛隊が助けに来てくれることを。
でも、そんなに都合のいいことなんて普通起こるわけがない………か。
俺はそっと目を閉じ最愛の嫁と真奈の顔を瞼に映す。
(ありがとう、香、真奈。頑張って生きろよ…………)
(お父さん!!)
最後の最後に真奈の声が聞こえている気がするよ。
幻聴ってやつか。
「お父さん!!」
次ははっきり聞こえる。
真奈の可愛いその声が。
「お父さん!!」
俺は三度目の真奈の声ではっとする。
目を開けると、そこには頭部を鋭利な何かで切断されたミノタウロスの死体が転がっていた。
「は?」
俺は状況が整理できずにいた。
「大丈夫か?」
そう言ったのは目の前にいつの間にかいた仮〇ライダーらしきお面を付けた人物だった。
俺はつい自分の頬を叩いてみたが、痛みを感じた。
「痛い………」
「おい、お前頭大丈夫か? いきなり自分を殴るとか大分やばいぞ?」
そうあっけらかんと俺に言ってくるその謎の人物。
「俺は助かったのか?」
そうその人物に尋ねると、後ろから小さなその手でギュッと俺を抱きしめてくる感触があった。
「お父さん! お父さん! 良かった!」
その可愛い泣きながらの声は俺の愛する真奈の声その者だった。
「ああ、真奈………」
俺はつい屈んで真奈の小さなその体をギュッと力強く抱きしめた。
つい涙が出そうになったが俺はそれを堪えた。
子供の前で俺が泣くわけにはいかない。
「リーダー!」
「良かった………」
「これは………」
「一撃だと?!」
仲間もこの状況をあまり掴めていない様子だった。
すると、その謎の男が咳払いをした。
「んっ! んっ! 感動してるところ悪いんだけど、囲まれてるぞここ」
俺は真奈から手を離し、その謎の人物に向かい合う。
「とりあえずありがとうと言っておくよ。誰かは分からないが助かった」
「ああ、そんなことはどうでもいいが…………大分多いな。三十体はいるか?」
感謝の言葉を流すかのようにその謎の人物は周囲を見渡す。
「そんなにいるのか。これはダメだな」
俺のその言葉を拾って投げ返してくるかのようにその男は言った。
「何言ってるんだ? こんなの普通のことだろ」
その瞬間、目の前の男が一瞬光り、消えた。
「「「「っ?!」」」」
そして、周りから聞こえるミノタウロス特有の甲高くも気味の悪い断末魔。
「ギュィィッ!!」
「ギョゥゥッッ!!」
「ブリュェッッ!!」
最後の断末魔と共に急に目の前に現れる謎の男に俺はつい尻餅をついてしまった。
そこで俺は気づいた。
こいつは化け物だ。
ありえない。
でも、俺は聞かずにはいられなかった。
「お、お前は何者なんだ??」
その問いにその謎の男は先ほどから全く変わらない通常のトーンで答えた。
「ダンジョン冒険者、君たちのような人を救いに来た」
その男は化け物ではなかった。
俺にもあった小さいころ夢見たヒーローそのものの姿だった。
そして、ここにいるものは一人を除いてその男の言葉と姿から目を離せなかった。
一人を除いて。
「お兄ちゃん!!」
俺の傍にいたはずの真奈がその謎の男に向かって抱き着いて行ったのだ。
後で、考えるとこの時ほど人に殺意を覚えたことはなかったことだろう。




