交渉のカードにはジョーカーを加えておくべきだ
その場で黒い炎と共に力なく倒れる復讐男に俺は肩を貸す。
「大丈夫か、ディール」
「あ、ああ」
そう力なく応えるディールを俺は地面にゆっくりと寝かせ、回復魔法を掛ける。
『ウォーターヒーリング・ダブル』
そう唱えると、球状の水がディールを覆い、その中を泳ぐ魚がディールの全身に吸い込まれていく。
全身に怪我を負っていながらよくやったな。
そうして、少しの間魔法を掛けているとディールの怪我は治った。
俺はその場で思いっきり、息を吐きその場に倒れこんだ。
「強かったなあ、タルタロス……痛ッ!!」
そう発した瞬間に全身を襲う痛み。
やっば………痛い。
俺も中々に怪我してるな。
『エレクトリックヒール』
俺も自身に回復魔法を掛ける。
そうして、少しの間ジッとしていると周りで燃えていた木々や草の黒い炎を消すかのように雨が降って来た。
俺は体が痛くてまだ動かせないので、仰向けのまま落ちてくる雨をただずっと見ていた。
その雨は全てを消すかのように降り続いた。
黒い炎や高ぶる気持ち…………そしてディールの復讐心。
全てを消す雨に思えた。
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目を開けると、そこは暖色の光が背の高い木を照らしていた。
耳に聞こえてくる焚火のパチパチとした心地のいい音。
ゆっくりと、上半身を起こすとそこには焚火を囲むンパとディールの姿があった。
「蛍さん、やっと起きたですね」
「起きたか」
二人して優しい目でこちらを見てくる。
「ああ、寝ちゃったか。迷惑かけたな」
俺はそう言って、ンパから渡された温かい飲み物を受け取った。
とりあえず、口に含んでみるとそれはただの白湯だった。
「蛍さん、そんな「白湯かよ」みたいな顔しないでくださいよ。雨にずっと当たってたんですから白湯で我慢してください」
「そっか、どれくらい寝てた?」
俺がそう聞くと、ディールが口を開いた。
「五時間ぐらいだ、疲れていたのだろう」
「そっか」
俺はそう言って、白湯を口に含んだ。
体が芯から温まっていき、徐々に体が覚醒していく。
それと同時に、ティアたちのことを思い出す。
ああ、一先ず連絡しなきゃ。
そう思い、アイテムボックスから支給された衛星電話を取り出し、春田さんに連絡をする。
「あっもしもし」
『Number1!! 大丈夫なんですか?!』
電話越しなのに凄い焦っている顔が脳裏に浮かんだ。
「連絡遅れてすいません、大丈夫ですよ。と言っても、今目覚めたばかりなので詳しい状況は把握できていません」
『なるほど分かりました。憤怒のタルタロスはどうなりました?』
「倒しましたよ」
『『『『おおーー!!』』』』
電話越しに凄い人数の驚きが聞こえてきた。
「とりあえず、体調が万全になってから合流するので皆さんはそのまま留萌に向かってください。必ず追い付きますので」
『分かりました、くれぐれもお気御付けください。それと逐一報告の方もお願いします』
「わかりました」
そう言って、電話を切った。
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ディールは焚火を挟みながら憤怒のタルタロスとの関係を語り始めた。
クロープス族。
先祖は一つ目の巨大な魔獣だったと伝えられている。
その魔獣の一部が人間に成りたいと強く願い進化したのがクロープス族。
そして、クロープス族は最強の戦闘部族の一角を担う有名な部族だったらしい。
クロープス族は特有の体術と特殊属性を扱うハイブリットな戦闘方法が主流。
そこで生まれたディールは小さなころから戦闘を磨き、部族最強の男として部族長を務めていた。
ディールは部族の中でも一番強力な黒焔魔法を扱い、様々な部族との小競り合いを制していた。
とは言っても、クロープス族は小さな村。
大国相手に攻められると手も足も出ない。
そして、その日は訪れる。
クロープス族の村の近くで大国同士の戦争が起こった。
そこで逸れた戦士が盗賊へと落ち、部族の村をも襲うようになっていた。
しかし、そんなのものともしないのが生粋の戦闘部族でもあるクロープス族。
ディールを一番槍として何度も追い返した。
しかし、ある日その盗賊に落ちた戦士が禁忌を犯した。
ディールに仕返しをしようとクロープス族の村の近くで封印されていた、魔神獣「憤怒のタルタロス」の封印を解いたのだ。
魔神獣は封印を解かれた後、一時間はその者の命令を聞く。
その一時間で憤怒のタルタロスとその盗賊は暴れまくった。
ここら一帯の戦闘部族、戦士崩れの盗賊が何度も返り討ちにあった部族を一人残らず殺した。
しかし、クロープス族の精鋭によりその盗賊はあっけなく殺された。
それでも止まることがなかったのが憤怒のタルタロス。
そいつは怒りのまま暴れ部族もろとも山を一個消滅させた。
ディールも戦ったが、返り討ちに合い気絶した。
目が覚めた時には、周りに転がる仲間の死体。
踏みつぶされ、引きちぎらればら撒かれた凄惨な肢体の数々。
それからディールは復讐を誓った。
大国に自ら自分の価値を売りに行き、騎士となり様々な国の戦術や魔法を学んだ。
クロープス族は幸いにも長命部族、千年近くは生きられるためディールは復讐に時間を掛けた。
しかし、そんなある日世界中にあるお触れが出回った。
『ダンジョンの半数を異界へと繋げる。指定されたダンジョンには入らないように』
そういう警告だった。
ディールはそのダンジョンに憤怒のタルタロスがいては一生復讐を果たすことができなくなる、と考えタルタロスを探す旅に出たそう。
見つけたときにはダンジョンが異界と繋がると定められた時期。
ディールは意を決してタルタロスと共に異界に渡ることを決意した。
そして、今。
この世界に体を慣らすため長い年月をかけて体を調整し、地上に出てきて憎きタルタロスを殺した。
ディールが磨いた黒焔魔法で。
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「なるほどな、だからディールがここにいるのか」
俺はこのディールの話を信じることにした。
ディールが例え嘘を付いていたとしたら、彼の今の悲しそうな眼はできるはずがないと思ったからである。
「しかし、その復讐もお前のおかげで果たすことができた。感謝する」
ディールは立ち上がり、俺とンパに向かって頭を下げてきた。
「ンパは蛍さんに呼ばれただけなので」
ンパはそう言って、俺に視線を向けてくる。
「いや、俺もたまたま通っただけだからなあ。それに元々倒す予定の敵だったし、ついでみたいなもんだよ」
そう言って、自分でも無意識に指で自分の頬を掻いていた。
「まあ、そういうことにしておこう。それでもお前は俺の命の恩人であり、救済者だった。それだけは誰が何と言おうとも変わらない。本当に感謝する」
再びディールは俺に向かって頭を下げ始めた。
「まあ、その気持ちは受け取っておくよ。それよりもディールは今後どうするんだ?」
「どうする………か」
ディールは何も思いつかないのか、ただ笑顔で何も答えなかった。
「答えはゆっくりでいいよ、目的を果たしたばかりだしな」
そう言って、俺は話題を変えようとンパの方に視線を向ける。
「な、何ですか? 蛍さん」
別に俺は怒ってもいないのになぜンパはビビるのか。
「いや、今回はまじで助かったよ。一つの技を突き詰めるのもバカにできないな」
「ふっ、ンパを褒めてもお菓子しか出てきませんよ? 仕方ないですね、チョコを上げましょう」
そうしてなぜか俺はンパにお菓子を恵んでもらったのであった。
そういえばンパが何故ここにいるのか。
話は少し遡る。
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タルタロスに吹き飛ばされ、血反吐を吐いた後。
俺はンパに連絡を取っていた。
『もしもし、私の名前はンパですよ』
そうしていつも通りの返事をするンパに俺は何故か穏やかな気持ちになる。
「おう、蛍だ。ンパ、今からこっちに来てくれないか?」
『何でですか? ンパは今お風呂掃除で忙しいのです』
そうして、電話越しにゴシゴシとスポンジでお風呂を擦る音が聞こえてきた。
こいつが家の手伝いをするときは大体、お小遣い欲しさにやっているらしい。
「それは後にしていいからちょっとな火力不足でピンチなんだ。うちの最大火力と言えばンパしかいないだろ?」
『それは魅力的なお誘いですが、今はダメです。ンパは初回特典付きのDVDを買うお金の方が優先度高いのです。では、この後は賢人さんの肩叩きがあるので失礼します』
そう言って、電話を切ろうとしたンパに俺は悪魔のささやきをする。
「今来てくれれば、即お小遣い支給に加えてお小遣いアップも検討しよう」
すると、電話越しにもの凄い勢いで叫ばれる。
『今すぐ!! 今すぐ行きますよ! ンパはいい子です!』
「おう、なら今すぐ賢人に電話変わってくれ」
『分かりました!』
そう言うと、ドタドタと廊下を走る音が電話越しに聞こえてきた。
なんとチョロい奴なのだろうか。
そして、少し物音がゴソゴソとした後に賢人が電話に出た。
『蛍か、ンパが凄い形相で俺の部屋に入ってきたぞ』
「凄い形相って、どんな顔だよ、写真よろしく。と、そんなことよりも今すぐンパをこっちに寄こしてくれ。ちょっとだけピンチなんだ」
『蛍がピンチなんて初めてだな。分かった、そっちの準備はできてるか?』
「ああ、できてる三番の彼岸花使ってくれ」
『了解。とりあえず無茶だけはするなよ、おまえが死んで悲しむのはひよりちゃんだけじゃないんだからな』
「分かってるよ、それに帰って加賀谷さんと新城秋のライブに行くまでは死ねん!!」
『おい、蛍。今、思いっきりフラグ建てたな? っと、こっちも準備できたぞ』
「おう、ありがとな。じゃあ、ンパ来てくれ」
そういうと、俺が地面に植えた彼岸花から眩しい光が発せられる。
そこから会った当時の緑色のドレスを着たンパではなく、現代服に包まれたンパが現れる。
「よし、それじゃあンパはここで最大威力のレーザーカノンを出す準備をしてくれ。時間は俺が稼ぐ」
そう言うと、ンパは敬礼をした。
「了解です、ンパは全身全霊のレーザーカノンをお見せいたします」
これは一緒に研究したカッコいい敬礼だな。
とりあえず俺はアイテムボックスから一つの鏡を取り出す。
「とりあえずこの使い方は賢人に教えてもらっているな? この穴から覗いて俺に視点を合わせろ。それから三回俺に合図をすれば、敵を捕獲するからぶっ放せ!」
そう言って、自衛隊や山岳救助などで使われる真ん中に穴の開いた鏡を渡した。
「ンパはやって見せますよ!」
そうして俺はジョーカーを伏せておいてから憤怒のタルタロスへと再び挑みに行ったのであった。
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「ンパ、そろそろ帰らなくていいのか? 今日がDVDの発売日だろ?」
焚火を囲んでいた俺はンパに告げた。
「そうでした! では、ンパは無事お小遣いを稼いだので東京に帰ります。蛍さん、彼岸花下さい!」
そう小さな手を俺に向けてきた。
俺はこんなので彼岸花を使うのはもったいないと思いながらも、ンパに渋々渡した。
それを地面に埋めて、ンパはすぐに帰っていたのであった。
「それでディールはどうするんだ? お前が決めないことには俺もここから動けないんだが」
俺は真剣な顔でディールに尋ねる。
「そうだな………。さっき蛍から聞いた話ではこの世界でも魔獣に苦しめられている者たちがいるんだよな」
「そうだ、特にディールのような強者は数えるほどしかいないだろう」
俺はディールが色々と話してくれたので、この世界に関しての情報も基礎的なことだけ伝えた。
「俺はこれでも元騎士だ。困っている人は見捨てたくない。それに俺が今生きている世界はここだ。だから…………俺はこの世界を回り、人を助ける。それから次の目的は決めるさ」
「そうか」
俺は少し残念だった。
ンパみたいに文化に興味を持って、これからも一緒にいるかもと期待していた。
でも、それは叶いそうになかった。
「すまないな、お前にはこれ以上世話になるわけにはいかない。俺は俺の道を探すさ」
そうディールは申し訳なさそうな目で言った。
「いいさ、お前の人生だ。それよりもこれを持っていけ」
俺はそう言って、アイテムボックスから一つのアイテムを渡した。
「これは?」
「それは衛星電話ってやつだ。異世界に有ったかは分からないが、それさえ持っていればどこにいても俺とすぐに連絡が取れる」
「なるほどな、それは便利な物だ。それで使い方は……」
「ほら説明書だ。その字は読めるだろ? ンパだって読めたんだ、お前も読めるはずだ」
「ああ、問題ない」
「充電だけはしっかりしとけよ? いざって時に繋がらないと意味がないからな」
「ああ、これはあとで読んでおくよ」
「おお、じゃあ俺もそろそろ行かないといけないからな」
「ありがとう」
「じゃあな」
そう最後に言って、俺は走って留萌の方へと向かい始めたのであった。




