力の源は「欲望」
「なるほど、あれがあいつの本来の力というわけか」
俺は再びタルタロスとの戦闘した場所まで戻り、上空からタルタロスの様子を見ていた。
そこには先ほどまでの目つきの鋭いオオカミ少年のようなタルタロスはいなかった。
皮膚や髪、目まであらゆるところが赤黒く染め上がり、怒りの形相をしている。
その姿が本来の「憤怒」を意味していると思わせるほどに。
そして、特筆すべきはその強さだろう。
先程よりも明らかに威圧感が増し、空気が重苦しく感じる。
『グルルッ、グルルッ…………キダガ』
言葉はさらに怒り狂っているようであり、脳に突き刺すような感覚を与えてくる。
いや、これは予想外。
さすがにこれは俺も本気で挑まなきゃやばい。
「待たせたな、というか飛ばし過ぎだ。『精霊解放・冷狐』」
俺はタルタロスに向かうように地面に着地したと同時にクウの精霊解放を発動した。
『グルルッ、ゼイレイをジタガエテイルカ、サスガダ』
「そりゃどうも、さて次は手加減なしだ」
『グルルッ!!』
その言葉でお互い同時動く。
タルタロスは残った一本の大剣を大振りに斜め上から振り下ろす。
俺は姿勢を低くし、その大剣に左手を添える。
「とりあえずその剣は邪魔だ! 『瞬間凍結』」
その大剣を凍らせ、粉砕した。
そして、そのまま俺は空いている右手でタルタロスの顎にアッパーを入れる。
『アイスクリスタル!!』
もちろん素手で殴るなんて無謀なことはせず、自分の右手に超硬度な氷を纏って。
すると、タルタロスは初めて俺の攻撃でのけぞり、顎の皮膚がベロンと剥け血を流した。
『グルルッ、ワレニギヅをヅケルカ』
おいおい、精霊解放までして与えた攻撃なのに皮一枚だけかよ。
まさにチートだな。
大抵の魔獣は一瞬で粉々だぞ、これ。
「まだまだ! 『アイスソード・ダース』」
俺はその攻撃から間合いを離されることなく、さらに畳みかける。
背後に現れる氷で形作られた十二本の長剣。
その一本を手に取り、そのままタルタロスに向かって振り下ろす。
しかし、それはいとも簡単に横跳びで躱された。
と、タルタロスは思っただろう。
その気の緩んだ瞬間、タルタロスの背中に一本の氷の剣が刺さった。
『グルッ!!』
俺は振り下ろした氷の剣を次に横薙ぎに振る。
もちろん離れた場所にいるタルタロスにはかすりもしない。
しかし、次の瞬間にはタルタロスの横腹に氷の剣が出現し再び突き刺す。
俺は間を置くことなく、再び剣を斜め上に………縦に………横にと十一回無造作に振った。
そして、タルタロスの体には浅く、氷の剣が十一本突き刺さっていたのであった。
『グルルッ、ガワセン! マダシデモ、キミョウナ』
そう言って、タルタロスは突き刺さった氷の剣を躊躇なく体から全て引き抜いた。
「いやー、固すぎだろ。お前の装甲」
『グルルッ! サスガハ、ゼイレイヅカイ。ワレノガラダニキヅをイドモガンタンニ……』
「そりゃどうも、サリエス師匠も喜ぶだろうよ」
そう言うと、タルタロスは呟いた。
『ザリエス…………ナヅカジイナマエダ』
俺はその言葉に驚く。
なにせ魔獣の口から師匠の名前が飛び出てくるのだから。
「師匠のこと知ってるのか?」
『ア゛ア゛、ハルガムガシニダダカッタ。アイヅハヅヨガッタ』
なるほど、そんな関係があったとは。
俺が感心していると、そんなのお構いなしにとタルタロスが急に距離を詰めてくる。
『グルルッ! ヨゾミズルナ゛!』
「してないよ、『電速』」
タルタロスの急襲を予測していた俺は瞬時にタルタロスの背後に電気の速さで移動する。
その速さに反応できなかったタルタロスの背中に魔法を発動する。
『瞬間凍結』
プラスで、
『アイスクリスタル』
超硬度の氷で再びタルタロスを殴り、それと同時に触れたものを凍結し粉砕する魔法を発動する。
すると、タルタロスの背中に少しヒビを入れることができた。
俺はそれを確認し再び電速で距離をとる。
『グルルッ、マダマホウをガクジテイタガ! ワレモダ!!』
そう言った瞬間、タルタロスは俺の目の前でその拳を振りかぶっていた。
(速い?!)
俺は瞬時に目の前にハニカムシールドを発動するが過剰供給が間に合わずその拳を止めることができなかった。
「ぐはっ!!??」
その拳が俺の鳩尾に入り、俺は肺から全ての空気を吐き出した。
勢いを殺そうと魔法を発動しようとしたが、俺は言葉を発すことができなかった。
今の一撃で全ての空気が持っていかれた。
そして、そのまま後ろにあった木に直撃する。
(うおっ、枝がイテェ)
俺は意外と無事なことを確認し、再び立ち上がる。
改めて思うわ。
木に思いっきりぶつかって、無事な俺って人間としてどうなのよって。
すると、遠くからちらちらちらっと三回光って見える。
「楽しかったよ、憤怒のタルタロスさんよ」
俺は再びタルタロスの目を見てそう言った。
『グルルッ、ナニヲガッタギデイル。ゴレカラダ』
そう言って、再び俺に向かってくるタルタロス。
「いや、俺の作戦勝ちだ。『精霊解放。雷狸』!!」
俺はそう言って、クウの精霊解放を解除し、ぽんの精霊解放に切り替える。
すると、再び速度を上げたタルタロスが目の前に突如現れる。
だけど、目の前来るって分かってたら躱せる。
俺はその拳をガードするのではなく、普通に見切って躱した。
いつもの倍以上の速度で。
そして、タルタロスは俺の幻影を殴り、実体がないことに気が付く。
『雷化』
俺は雷と成り、初めにタルタロスの脳天を貫く。
そして、いつの間にか周囲の地面に隠すように刺さっていた百二十一本の氷の剣の一本を経由し、再びタルタロスの体を貫く。
タルタロスは精霊解放した電撃魔法最大火力の魔法を二度食らった。
体が痺れないことなんてない。
俺は再び氷の剣の一本を経由し、再びタルタロスの体を貫く。
それを延々と繰り返す。
タルタロスからしてみれば異常な速さで思考が追い付かずに体がずっと痺れている状態だ。
しかし、この攻撃でも俺がこいつに致命傷を与えられないことは予想していた。
タルタロスは痺れるだけで致命傷を負った素振りは一切見せなかった。
たが、これは俺の作戦通り。
そう考え俺はどこにというわけでもなく、ただ大きな声で力を振り絞り叫んだ。
「今だーっ!!」
その声が届いたのか、先ほど光がチラチラと三回見えた位置から可愛らしい声が薄っすらと聞こえた。
「来ましたね! これが英雄の一撃ですよ、とくと目に焼き付けるのです!! そして、食らいやがれです」
その言葉の次に魔法が唱えられた。
『レーザーカノンッ!!』
その魔法は森の木々なんてなかったように粉砕していき、タルタロスに向かって放たれた。
『グルルッ!!!』
タルタロスは今までにないくらい大きな声を俺たちの頭に響かせ、ンパの放ったレーザーカノンに向かって右拳を振り抜いた。
ンパのレーザーカノンとタルタロスの右拳。
お互いが絶対に譲らないとばかりに押し、押し返されを繰り返す。
俺はその衝突した衝撃波を耐えるため地面にウォーターライトソードを突き刺し耐える。
「はあーッッ!!!!! ンパはできる子―!!!」
ンパはそう言ってさらに魔法の威力を上げる。
『グルルッ!! グルルッッ!!!』
タルタロスはそれに負けじと言葉になっていない言葉を何度も響かせる。
しかし、その均衡は長くは続かなかった。
「はあーッッ!!! お小遣いアップーーーー!!!」
ンパは何故かその言葉と共に出力をさらに上げた。
それに対し、タルタロスは耐えることができなかった。
徐々にタルタロスの右手が炭化していき、腕が無くなっていく。
と、次の瞬間ンパの魔法が途切れる。
すぐにンパの方を見ると俺はその光景に思わず呆れた。
「ぐはっ、もう駄目です。ですが、これでお小遣いアップ確定ですね、蛍さん」
そう言って、地面に力なく倒れるンパの姿があった。
いや、もう少しだったのに!
俺は心の中でそう思うも、ンパを責めることはできない。
すると、ンパの猛攻に打ち勝ったタルタロスは先ほどまで耐えていた右腕をそのままンパに向かって振り抜いた。
そして、遅れて振動と共に衝撃波がンパを襲う。
「おっ、体が浮いて…………って、蛍さん蛍さん! 助けて、飛ばされる飛ばされる!!」
そうンパは遺言を残してどこかへと吹っ飛んでいった。
ちっ、惜しい奴を失った。
俺はそう心の中で笑った。
ンパのことだそう簡単に死ぬわけない。
『グルルルルッッ!! ゴムズメ!!』
タルタロスはそう今までにないくらいの怒りを込めた咆哮をこの場に響かせた。
すると、その言葉とは別の声がこの場に響く。
「アロス、お前なら防ぎきると思ったぞ」
その言葉と同時にタルタロスの胸から一本の腕が生えてきた。
『グルルッ?!』
「騒ぐな、これが我が一族の炎だ」
そうして、タルタロスは穴の開いた胸から黒い炎で全身を燃やされる。
それからは酷かった。
燃やされている間、ずっと頭の中で鳴り響く苦痛と怒りの咆哮。
しかし、ディールは絶え間なく、その憎しみ籠った顔で泣きながらその炎を絶やすことはなかった。
憤怒のタルタロスの破片が一つも無くなるまで。
全てが灰となり、空に消えていくまでは。




