Side 飯尾綾人(2)
俺は竜也の戦闘している場所までのおよそ百メートルほどの距離を走り、この激戦地に参加することとなった。
しかし、そこでは激しい戦闘を行っているというよりもお互いに様子見している感じで戦闘を行っているように感じた。
すると、少し先で月影竜と戦闘をしていた竜也が俺に向かって焦ったような形相で叫んできた。
「綾人! しゃがめ!」
俺は咄嗟のことでこのままでは止まることができないと判断し、自分で自分の足を引っかけるような形で無理矢理に地面に倒れる。
そのおかげなのか膝を多少擦りむいた程度で特に攻撃を食らった感覚はなかった。
しかし、俺の頭の少し上あたりから異様で嫌な感じの気配を感じ、恐る恐る上を見上げる。
そこには鋭く尖った得体のしれない黒い何があった。
「な、なんだこれ…………」
俺はこの状況に頭が追い付いていなかった。
しかし、その回答はすぐに竜也から告げられた。
「あれは影だ。あいつは自分の影を操って攻撃してくる」
影、黒く嫌な感じのする黒い物体。
それにしても
「影を操る? そんなの反則だろ」
俺は焦るような声で竜也にそう聞いた。
「いや、万能のように見えるがそうでもない。おい早く立て、次の攻撃来るぞ」
竜也のその言葉で俺はハッとし、月影竜の方向を見る。
月影竜の影からは剣山かと思えるほどの刺々しい無数の影が飛び出し、俺達向かって襲ってきた。
俺はそれを回避するべく、急いで起き上がりバックステップで回避する。
しかし、その影攻撃は俺の十メートル前ほどで影は止まり、俺に届くようなことはなかった。
「なるほど、あの影攻撃射程が短いのか」
「あのドラゴン自体も動くのが苦手なのかあの場から飛ぶことも動くこともしない。あいつの攻撃射程はここと判断していい」
そう淡々と今までの分析を語る竜也。
「あいつの攻撃が当たらないのはいいがどうするんだ」
俺は竜也に直球の質問をした。
「俺の最大火力をぶつけてみる。小太郎一人じゃ抑えきれないからお前も抑えに回ってくれ」
「わかったよ」
俺はそうすぐに返答し、時間稼ぎのためドラゴンの気を引くこととなった。
現在、影の射程内には淡谷くんと大野木隊員、麻生隊員がいる。
その他の戦闘員数人はみんな射程外よりもさらに離れた位置で援護や邪魔にならないように気を張っている様子だった。
俺は無線で三人向けて俺が加わることを伝える。
「皆さん、竜也の代わりに俺もドラゴンを引きつけます」
すると、すぐに淡谷小太郎から返事が返ってきた。
『綾人さん了解です。俺はドラゴンの右翼の影を捌くので左翼をお願いします。大野木さんと麻生さんは後方から綾人さんのサポートに集中してください、お願いします』
俺はこの淡谷小太郎の言葉に驚いた。
この一瞬で俺達に指示をあたえたこと。
それに、俺にその重大な場所を任せたことに。
俺は少し戸惑いながらも返事をする。
「わかった。大野木さんと麻生さんは俺の死角からの攻撃を頼みます」
『『了解』』
その会話の後すぐに二人とすれ違うように俺は月影竜と対峙することとなった。
月影竜、白と黒のドラゴン。
翼はあるがあまり使えないのか常に開いた状態で自分の両翼の影だけを操作して攻撃してきている。
その攻撃は多彩だった。
影は地面だけではなく、空気中にも立体的に動かしてきては複数に分裂して鋭利な影で攻撃してくる。
この影、射程内であれば無類の強さを誇る代物だろうが射程が短い。
俺達は躱せないと判断した数え切れないほどに分裂する攻撃は射程外に逃げて回避、三人で対応可能な攻撃はそれぞれいなしていくフォーメーションと距離感を数分間維持し続けることに成功した。
このフォーメーションであれば月影竜の右翼の影はギリギリ対応可能であった。
よし、このまま維持すればいける!
「大野木さん、麻生さん! このままこのスタイルを維持していきましょう! 隙ができれば遠距離攻撃を仕掛けてください!」
俺の指示に二人は無言で頷く。
二人とも声一つ出したくないほどにかなり消耗しているようだ。
それでも俺はまだまだ体力的には問題ない。
二人は俺達ダンジョン冒険者みたいに四六時中ダンジョンに籠っているような人種ではなく、自衛隊としての仕事も行っている人たちだ。
必然と基礎身体能力の差がでてしまうのは無理ないことだ。
「二人とも無理しないでください。思考力が低下しているときは被弾率が上がります」
俺は二人に少し強めに言った。
とは言っても、俺一人でドラゴンの右翼影を押さえられるかはわからない。
それでも誰かが致命傷を負うよりはまだましだと判断した。
「申し訳ない、一度射程外で息を整えて戻ります!」
麻生隊員がそう言って、二人で一度射程外に避難した。
それに俺は自分の力量がどれくらいなのかを試したくもあった。
三人でギリギリなことを一人で平然と一つの汗もかかないでやってのけてしまうのが、左翼を一人で押さえている淡谷小太郎という人間。
俺はかなりギリギリな戦いだったのであまり逆方面を見てはいないが、淡谷小太郎は噂通りの戦い方で影を難なくいなしていた。
彼は数々の希少なダンジョン産の武器を使い捨ての如く切り替えていきながら戦うスタイルで全ての影攻撃を押さえていた。
そう全ての攻撃を、だ。
俺達が射程外に逃げるしかできない攻撃を逃げずに正面から押さえているのだ。
だから、これは俺の挑戦でもあった。
今から俺は一人で右翼の影を押さえる。
それから俺は圧倒的不利で圧倒的強者を相手に生死を掛けた戦いを始めた。
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「ん………」
目を開けると俺は緑の天井を見上げていた。
そうか………。
俺負けたんだな。
すぐにここがテントの中であることを理解した。
俺は最後の記憶を思い出す。
一人でも片翼の影は数分相手することはできた。
しかし、途中から明らかに影の攻撃速度が上がったんだ。
それからも数発に一度は掠るもののまだ回避可能な攻撃だった。
それでも徐々に回避しきれなくなり、ある時もろに一発食らってしまった。
それ以降の記憶は俺にはない。
それを思い出した時、俺の中には様々な負の感情が渦巻いた。
大部分を占めたのは申し訳なさと劣等感だった。
俺は寝かされていたベットから起き上がり、自分の頬を強く叩いた。
「切り替えろ、俺!」
そう口に出して自分に言い聞かせるようにした。
反省よりもまず先に現状把握だ。
俺が気を失った後、月影竜はどうなったんだ。
すると、テントの入り口から権田が入ってきた。
「おっ綾人、目覚めたか」
「権田か、ちょうどよかった。俺が気を失った後からのこと教えてくれ」
「おう、だがその前にメシ食おうぜ。今貰ってくるから、少し待ってな」
そう言って、権田は再びテントの外に出ていった。
俺は一度ベッドから立ち上がり自分の体の具合を確認する。
影で斬られた傷は塞がっているな。
それに疲労もほとんど感じない。
たしか最後に食らったのは腹だったかな。
………腹も特に違和感はない。
後遺症もないし問題ないな。
自衛隊も優秀な回復能力持ちを抱えているな。
俺は自分の体が無事だったことを確認できたので一安心しベッドに腰を掛けた。
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権田が貰ってきたご飯を食べながら、俺は事の顛末を尋ねていた。
「そうか……竜也が最後やったのか」
俺が気絶した後、後方で体を休めていた大野木隊員と麻生隊員がすぐに影の対応に当たってくれたそう。
それでもものの数分しか持たせることができず、結果的に淡谷小太郎一人で月影竜の抑えをした。
その後、少しして準備が完了した神竜也の最高火力の攻撃で月影竜に何とか致命傷を負わせることができたらしい。
そこからは淡谷小太郎と神竜也の二人で致命傷の箇所を集中攻撃することでようやっと月影竜が倒れたそうだ。
それから十分ほどで俺は目を覚ましたらしい。
俺は思いのほか長く気絶していたわけではなかった。
それでも他の奴らに迷惑を掛けてしまったことには変わりない。
腹ごしらえもほどほどにして俺と権田はテントの外にでて、みんなと合流をすることにした。
などと考えていたら、みんなはテントのすぐ目の前で地べたに座ったり椅子に座ったりしながら普通にご飯を食べていた。
俺は初めにみんなの前で頭を下げた。
「みんなすまん! 迷惑かけた」
すると、淡谷小太郎がすぐに返事をした。
「まあ、多少きつかったですが別に気にしてないですよ。むしろ綾人さんだけではないかと。気にしてるのは」
それに続くように神竜也が答える。
「綾人には小太郎の体力を温存する時間を作って欲しかっただけ。十分も持ってくれれば十分と考えていた。充分仕事をこなした、謝る必要ない」
そういう二人の顔を見て俺はこれが本当のことだったんだと確信した。
気負っていたのと己自身を過大評価していた、それだけだったのかもしれない。
竜也は最初から俺に終始影の相手をさせようとしていなかたってこと。
俺はその言葉で安堵と同時に恥ずかしい気持ちが沸き上がってきた。
すると、チームメイトの彩夏が陣に向かって口をぷくっと膨らませた。
「ほらー、たっちゃんはいつも説明が足りないの! だから、綾人はいっつも必要以上に考えちゃうんだから!」
その言葉に鈴菜も頭を縦に振るが、竜也は安定の無視でその場を貫き通していた。
「まあ、俺が無駄に気負っていただけだし竜也は悪くないよ。それにドラゴンも無事倒せたようだしな」
そう笑って言うと、淡谷小太郎が俺の方を見て言った。
「まあ、厳密に言うと綾人さんだけ無事ではなかったのですが。影にブスブスと刺されていましたし。でも、何ともないようでよかったです」
え、俺ってそんなにやたらめったらと刺されていたの?
しかし、俺はその問いを誰にも聞かなかった。
聞くといつか夢に出てきそうだったからだ。
知らないならば知らないでいいこともある。
そうして俺も地べたに座りみんなと少しの間談笑をしたのであった。
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「そういえば原田隊員の姿が見えないけど、どこ行ったの?」
俺はこの場にいるはずの原田隊員の姿だけがないことに気が付いた。
この場で休んでいるのは二部隊。
俺が含まれている第一部隊の十名。
新選事務所の俺、権田孝、飼葉鈴菜、金井彩夏。
相羽事務所の相羽兄と相羽弟。
それに機関所属の加山上官に大野木隊員、麻生隊員。
もう一つの第二部隊の構成員は七名。
神竜也に淡谷小太郎のツートップ。
タイガー事務所の永井虎。
機関所属の原田隊員、湯楽隊員、その他二人の隊員だ。
しかし、この場にいるはずの第二部隊の隊長である原田隊員がいないのだ。
その問いには加山上官が答えてくれた。
「原田隊員にはこちらの人員が過剰だったためダンジョン内に先に行っています。そろそろ私たちも休憩はこの辺りにしてダンジョン内に応援に行きます。そうですね………行くのは第一部隊だけにしましょうか。第二部隊のみなさんはここに残って引き続きゲートの監視をお願いします」
そうして俺は再びダンジョン内に入ることとなった。
そして、そこでまた現実を知らしめられることとなったのである。
ダンジョン内に入る際、上空から落ちることはあらかじめ分かっていたので余裕を持って下を確認したのだ。
そこは今までに見たことない異様な光景が広がっていたのだ。
すでに戦闘は終了している様子で、Number1と湯楽隊員、原田隊員の三人で話しながら入り口近くまで歩いている様子だった。
しかし、異様なのはそこでなかった。
見渡す限りの地面に点在しているドロップアイテムの数々。
その数が異様、いや異常だったのだ。
目算で千…………いや、その数倍のワイバーンの肉と思わしきドロップアイテムが地面に転がっていた。
俺はこの数のドロップ品は今までに見たことがなかった。
さらに加えるならば、そのドロップ品が全てワイバーンのものなのだ。
俺達上位のダンジョン冒険者でさえ一体倒すのに苦労するワイバーンをたったの三人で。
いや、違ったか。
正確には三人ではなく、Number1一人で。
湯楽隊員はサポート能力しかないし、原田隊員も殲滅力の高い能力は持っていない。
俺はこの光景に悔しさという感情が生れなかった自分に少し驚いた。
仮面で顔は見えないが恐らく笑顔で手を俺たちに向かって振っているであろうNumber1。
その姿を見たからなのだろうか。
安堵感と少しの呆れ。
この感情だけが俺の心に浮かんできたのだ。
Number1、恐らく俺よりも年下のダンジョン冒険者。
不思議な奴だ。




