Side 飯尾綾人(1)
「それにしても加山さん、本当に良かったんですか?」
俺、飯尾綾人はダンジョンから地上に戻ってすぐに加山さんに尋ねた。
この疑問を思った人は多いはずだ。
加山上官はダンジョン対策機関の中でも堅実で有名な人物。
そんな人物がNumber1と湯楽隊員だけをダンジョン内に置いて行くことを許可したこと自体変なのだ。
「何か考えがある、彼はそういう顔をしていたからですよ」
加山上官は笑みで答えた。
「考えですか?」
「はい、彼は経歴こそ歪ですが頭のいい青年です。私たちが不必要だった理由があるのだと思いますよ。それが何かまではわかりませんが」
そう言って、ダンジョンのゲート付近に設置している自衛隊の簡易テントに向かいみんなで歩き始めた。
確かにNumber1は頭のいいタイプだというのは話すうちにわかった。
頭がいい、というのは勉強ができるとかの話ではなく、回転の速さであったり対応の早さそういった類のものだ。
それにしても……
「俺たちが不必要ですか」
俺がぼそっと言うと加山上官はすぐに否定した。
「彼は秘密主義ですから見せたくない魔法やスキルがあったりするのでしょう。とは言っても、湯楽隊員を付ける私の提案を受けてくれたことでその可能性は低くなったわけですが。それでも、不要と言うのはあくまで彼にとって、という話であってほとんどの人たちにとってダンジョン冒険者は必要不可欠な存在です」
加山上官はフォローしてくれているが、それは分かっている。
俺はこれでも日本では数少ないランキング上位と呼ばれる位置にいるダンジョン冒険者だ。
それなりの覚悟と自信は持っている。
なのに、必要とされていないか………。
大野木隊員は作戦前のヘリコプター内でNumber1に近い存在は俺達だ、と言ってはいたが現状の俺の立ち位置はここ。
まだNumber1の足元にも及ばない、むしろ邪魔だと思われるほどの存在。
俺はそんな自己分析をし始めた自分に溜息をつく。
「はあ、やっぱりだめだ。またネガティブな思考になってきた」
俺の切実な嘆きにチームメイトの権田がそっと頭を撫でてくる。
「いつものことじゃないか、通常運転だよ通常運転。それにNumber1は一応地上を俺たちに任せてくれてるしよ! こっちはこっちでしっかり仕事やろうぜ」
そうだよな。
地上側は俺達に任せられているんだ。
…………って
「身長高いからって頭撫でるなっ!!」
「ちょうどいい高さに頭がある綾人が悪いんだよ」
そっか、ちょうどいい高さなら仕方がないか。
「ちびだって言いたいのか?! 俺はちびじゃねぇ! お前がでかいんだよ!」
「デカいって最近の日本人なら183センチくらい普通だろ」
「それは普通じゃねぇ!」
俺はそうやって見下げてくる権田に下から胸を張って威圧する。
すると、横から鈴菜が口を挟んできた。
「綾人、また口調変わってるよ。ちびいじりされたら毎回口調荒くなるの変。むしろ肯定しているように聞こえて滑稽」
「誰がちびじゃ! 俺は平均身長なんだよ!」
「「……………」」
「おい、何か言えよ」
「綾人、私より身長低い。私は158センチ、女子の中では平均ぐらい。意味わかる?」
俺は鈴菜の言葉に反論できなかった。
俺の身長は156センチ。
身長が人より低いことは分かっている。
けど!
ちびと言われるのは嫌いだ!
その言葉だけは俺のセンサーに常に反応してくるんだ!
それに俺はちびの二文字で表せるほど浅い人間などではない!
俺はこめかみに怒りのマークが浮かんでいるのではないかというほど少しイライラしていた。
その次の瞬間、俺の後頭部に柔らかい何かが当たった。
「また二人して綾人が小っちゃいこといじって、ダメだよ!」
後から抱擁してきたのは同じチームの彩夏だった。
毎度この場を納めてくれるのは彩夏なんだが。
一番、現実を押し付けてくるのはお前、彩夏なんだよ。
女子なのに身長180センチってなんだよ。
ダンジョン冒険者なんかやらないでバレーでもやってろよ………。
俺は大きくため息をついてから、足取り重くテント内へと入って行った。
その後、もう一度配置や役割など確認し魔獣が出現するまで待機となった。
いつもならば交替で見張り番をしなければならないが、今は自衛隊の対策機関所属の人や他のダンジョン冒険者の人が代わりにやってくれているため俺たちはワイバーン襲撃に備えて静かに待機する。
テント内で時間を潰している者もいる。
しかし、俺は都会ではあまり見られない小さな星でさえ一等星に見えるほど美しい夜空を見ながらチームメイトとともに時間を潰すことにした。
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待機の時間が案外予想よりも長く、俺はついウトウトと舟を漕いでいた。
眠ってはいけないことは分かっているのだが、こうもやることがなくただぼーっと何の変化も起こらないゲートを眺めているだけだとつい眠気が襲ってくるのだ。
俺は危ういと思った時には自分の太ももや頬をつねってはウトウトを繰り返していた。
しかし、そんな平穏な時は日付が変わるちょうどその時間を境に終わりを迎えた。
ゲートの空洞部分から目を覆いたくなるほどの光が放たれたのだ。
眠気と言う悪魔はその瞬間から俺の中で消えた。
俺はその場に立ち上がり腰にある刀に手を置く。
少し遅れて周りにいた自衛隊の連絡員たちが大きな音を鳴らしながら信号弾を上空に打ち上げた。
もちろんそれとは別に無線でのやり取りも行い始める。
俺の耳にも小型の無線を介して、加山上官からワイバーンの出現と戦闘許可が知らされた。
『全戦闘員に告ぐ。ワイバーン出現、ワイバーン出現。ゲート前にて複数のワイバーンを確認。各位行動せよ』
その無線が終わるころには俺たちのチームメイトである、権田、鈴菜、彩夏、俺はすでに戦闘態勢を取っていた。
目の前にはワイバーンが四体に、その中心には見慣れない魔獣が一体。
だが、俺は直感でその正体がわかった。
「これがドラゴンか」
俺はその瞬間、異世界鑑定を使用し唾を飲んだ。
【status】
種族 ≫月影竜
レベル≫700
スキル≫フライLv.max
危険察知Lv.max
影尾Lv.max
硬化Lv.max
物理耐性Lv.7
魔法耐性Lv.7
スキル攻撃耐性Lv.5
統率Lv.max
眷属リンクLv.max
魔法 ≫月影魔法Lv.max
竜影魔法Lv.max
レベル700…………。
話には聞いていたが桁がおかしいな。
やばい、冷や汗が止まらない。
俺の体は恐怖からなのか思うように動かなくなっており、額を流れる汗の粒が異様に大きく感じた。
次の瞬間、俺の両脇をすごい勢いで通っていく者が現れる。
「竜也! 淡谷くん!」
その二人はNumber1が現れるまで日本でトップ2を張っていた神竜也と淡谷小太郎だった。
あーダメだ。
また俺の頭は嫌なことを考えている。
誰よりも先に敵に向かって動き出したのが、同学年の神竜也と年下の淡谷小太郎なんて。
そして二人は俺よりも遥かに上位の冒険者。
これが本当のトップランカーとの違いだと嫌でも知らされているようだ。
違う違う!
こんなこと考えている時間があるなら行動しろよ、俺!
俺は自分の頬を思いっきり叩いて、ネガティブな思考を吹き飛ばす。
「ごめん、またネガティブになってた! いくぞ! 俺たちは取り巻きのワイバーンを抑える!」
後で戦闘態勢を維持していたチームメイト三人に声を掛ける。
「了解、リーダー」
「わかった」
「了解だよー」
その返事と同時に俺は腰の刀を抜き、ワイバーンに向かって走り出す。
まずは一番右端にいるワイバーンからだ!
俺はそこに走る間にドラゴン及びワイバーン二体と対峙している、竜也と淡谷くんの姿を横目で見た。
その時、手が届く距離にいる……はずなのに何故か二人の背中が異様に大きく見えた。
しかし、俺はその思考を脳内でぶった切り相対するワイバーンに意識を集中する。
「権田! 頼む!」
「了解! 『アンダーテイク』」
権田は俺の指示のもと、その巨体と同じ大きさの盾を構えて敵の意識を己自身に強制的に向けさせるスキルを使う。
スキルを使われたワイバーンはその大きな翼で一扇ぎし、咆哮を俺たちに向けた。
「釣れたか?」
「一体釣れたぞ!」
よし、これでこっちのペースに持ち込める!
「鈴菜、彩夏!」
『クロスウィンド』
『飛び刀』
名前を呼んだと同時に鈴菜は十字の風の刃を彩夏は薙刀から飛ぶ斬撃をそれぞれワイバーンに向かって放つ。
俺はタイミングを見計らい、着弾の寸前にワイバーンとの距離を詰め、着弾と同時にワイバーンの機動力を奪おうと翼に斬りかかる。
『黄色斬り』
振り下ろしと同時に俺が唯一持っている魔法を刀身に付与する。
その刀身は黄色く電気を纏ったように発光し、ワイバーンの翼を切りつけた。
しかし、ワイバーンの翼は想像より硬く多少斬り込みが入る程度で思ったよりもダメージが通らない。
俺はすかさず新たな魔法を刀身に付与する。
『赤灰斬り』
その瞬間、刀身から爆発が発生しその反動を利用する形で刀をワイバーンから抜いた。
「硬ってぇな!」
俺はそうワイバーンに言い残すように後ろにステップ。
しかし、逃がさまいとワイバーンはその特徴的な尻尾を俺に向かって横薙ぎに振り抜いてきた。
「させるかよ! 『クイックガード』」
権田が一瞬で俺とワイバーンの間合いに入って、ワイバーンの一撃を凌いでくれた。
それに間を置くことなく後方から援護射撃が繰り出される。
『風の獅子』
『飛び刀』
鈴菜が獅子の形を模した風の魔法を彩夏が先ほどと同じく飛ぶ斬撃を放つ。
ワイバーンはその攻撃を回避するため俺と権田を追撃せずにその翼を器用に扱い、その攻撃を躱した。
「みんな助かった! Xフォーメションで行くぞ!」
「OK!!」
「りょ」
「おーし、私に任せんしゃい!」
俺の単純な作戦指示で三人とも各々の役割に専念する。
盾を持つ権田が少し後ろに下がり前衛に薙刀をもつ彩夏が出る。
そして、そのまま彩夏がスキルを唱える。
『水柳の型・サーキュレーション』
彩夏は薄く水を纏った薙刀を持ち、腰を落とし深く構える。
「さあ、ワイちゃん! いつでもかかって来なさい! こらー! ぷいっとそっぽ向かないで彩夏と戦ってよー」
そう言って彩夏はずーっとワイバーンに向かって話し続けた。
というよりも、一方的に話し続けていた。
彩夏…………めちゃくちゃ日本語で煽ってるがワイバーンは果たして理解しているのだろうか。
と思ったけど、釣れたみたい。
まさかの彩夏の語彙力ない煽りに反応してくるとは。
ワイバーンは挨拶と言わんばかりにその大きな口を開けて炎のブレスを彩夏に向かって吐く。
彩夏はその攻撃を躱す素振りも見せずにその場でドシッと構えたまま、その薙刀を一切の抵抗がないかのようにブレスに向かって斬り上げる。
そのブレスは彩夏が斬ったところから分かれ、彩夏と俺達を避けるように後ろへと向かう。
彩夏のスキル「水柳の型」、これは薙刀や槍など長物の武器専用のスキル。
特殊な水を武器に纏わせ、魔法や物理あらゆるものを斬る、または受け流すことができる護身の型だ。
これを使える彩夏はこのチームにとって前衛も充分にこなせる万能な冒険者だ。
彩夏はそのまま何度も攻撃してくるワイバーンの尻尾や爪などの物理攻撃を難なく受け流し、俺達の攻撃が及ばないようにしてくれている。
次は、俺達の番だ。
「鈴菜、行けるか?」
俺は後ろに控えている鈴菜に声だけを掛ける。
「大丈夫」
「おし、じゃあ決めるぞ!」
俺はそう言って、ワイバーンとは逆の方向に向かい走り充分距離をとった。
そして、鈴菜が風魔法を唱える。
『砂塵波』
鈴菜を起点に前方に向かって扇型に砂塵の波が幾波にも渡って発生する。
ワイバーンは度々襲う砂塵を嫌がるように地面に降り立ち、翼を器用に丸めて凌いでいる。
その攻撃はワイバーンの行動を一時的に阻害するのに十分な効果を発揮した。
俺は権田にアイコンタクトで合図を出す。
すると、権田は盾をワイバーンとは逆の俺の方向に向かって構え、面を少し空に向けるように構える。
俺はそれを見てから走り出し、その盾を踏み台のように足を掛けた。
『リフレクト』
権田がスキルを唱えた瞬間、赤い盾が淡く光る。
盾を踏み台にしていた俺は次の瞬間上空に向かって飛んだ。
これは権田のスキル「リフレクト」、盾に触れたものの運動エネルギーを任意の方向に反射させるといった代物だ。
俺はそれを利用して、上空に向かって特大ジャンプを行ったのだ。
上空に体を投げ出された俺は上手く刀と体幹を使い攻撃の姿勢を取る。
バランスを取った後、俺は刀を上段で構える。
『大地斬り』
そう唱えた瞬間、刀の刀身は茶色く発光する。
そして、それと同時に鈴菜が砂塵波を解除し、彩夏は後方に避難する。
ワイバーンは攻撃が終わったと思い、翼を広げた瞬間に俺はその刀をワイバーンの胴体に向かって振り下ろした。
その刀はワイバーンの固い鱗に阻まれることなく、ワイバーンを一刀両断し地面に突き刺さった。
その茶色く発光した刀は地面に刺さるだけではとどまらず、刺さったところを起点に地割れを起こすほどの爆発力を生んでいた。
俺は着地と大地斬りの反動で刀を振り下ろした態勢から一歩も動けなくなっていた。
「あー、やっぱり大地斬りの後はきついわ。刀が重くて仕方がない」
俺はそう言って、すぐ後ろまで来てくれた権田に体を預けるように後ろに倒れる。
権田はそれを優しく支えてくれた。
「リーダーナイス。さすがにワイバーンを一刀両断できるとは思ってなかったぜ。反動きついか?」
「あー、ちょっと気合入れすぎた。過剰攻撃だったよ」
俺はそれだけ言って、他の戦闘をしている様子を見る。
隣で戦っていたワイバーンはすでに相羽兄弟が倒していた。
隣と言っても俺たちの手で魔獣たちを分断しているので五十メートルほど離れてはいる。
他の二体もすでに誰かの手によって倒されていた。
残るは月影竜だけだったが、これが苦戦している様子だった。
対応しているのは、神竜也と淡谷小太郎。
二人をメインに大野木隊員と麻生隊員がサポートしながら戦闘を行っていた。
そうしていると反動の硬直が終わり、体が動くようになったので近くにいた自衛隊の隊員に尋ねた。
「他の魔獣は誰が倒しました?」
俺がそう尋ねるとその自衛隊員は敬礼してから答えた。
「飯尾さん、さすがでした。他の魔獣は一体は相羽さんのお二人が、残り二体は神さんと淡谷さんがドラゴンを相手しながら倒されました」
竜也と淡谷君が倒したのか……。
「見た感じドラゴンはピンピンしているがどんな状況です?」
「お二人とも決定打がないといった状況に見えます。お二人とも攻撃を躱しながら度々攻撃を仕掛けていますが、あの硬い鱗にすべて弾かれています」
あの二人でもドラゴンの装甲を貫けないのか。
俺は無線で神竜也に問いかける。
「竜也、綾人だ。こっちは終わったが、助けはいるか?」
そうすると、すぐに返事が返ってきた。
『綾人遅いぞ、とりあえず綾人だけ来て。他は邪魔になる。俺と小太郎、二人ではこいつに勝てない』
竜也が俺の力を求めるなんて相当焦ってるんだな。
あいつは言葉や表情では見せないが、助けを求めるときはいつだって余裕がない時だけだ。
「わかった、今すぐ行く」
俺はチームメイトにここで見てるよう告げてからドラゴンのいる戦場へと走っていく。
チームのみんなは意外に素直に受け入れてくれた。
いや、鈴菜は少しだけ不機嫌そうな顔をしていたが。




