天才なんかに負けてたまるか
「打つ手なしっすか?」
突然、湯楽隊員の声が頭に直接響いてくる。
何度やられても慣れないこの突然聞こえてくる声に少しビックリしたが、俺はすぐに無言で頷いた。
「了解っす。じゃあ、今からとっておきの魔法使うんで大事に使ってくださっす!」
湯楽隊員がそう言うと、急に力が湧いてくる感覚が襲ってきた。
これは…………遠隔でMPを俺に譲渡したということなのか?!
遠隔魔法、凄過ぎるよ。
直接的な攻撃力はなくとも支援系が優秀過ぎる。
だけれども本当に助かった。
これでこの展開のない現状も打開できる。
貰ったMPは俺の総量と比べると微々たるものだが、それでも魔法一、二発程度なら放てる量はある。
MP消費を最小にかつ確実に倒す方法………
俺は緑色のドラゴンから放たれた風の刃を確実に幻影回避スキルで回避し、魔法を発動する。
『電速』
その言葉と同時に俺は一番後方にいた白いドラゴン、白将竜の頭の上に立っていた。
さあ、これでチェックメイト。
『電撃掌打・ショット』
白将竜の頭に向かって電気を纏った掌打を放つ。
この魔法、ただ麻痺を与えるだけの弱い魔法だがそれも使い方次第。
頭に直接打ち込めばそれなりの効果は得られる。
そして、頭に電気を流された白将竜は重力に従い落下していく。
俺はそれに逆らうようにドラゴンの頭を踏み台に上に向かってジャンプする。
運動エネルギーがゼロになった時に下に向けてアイテムボックスから取り出した螺旋槍を取り出し、投げつける。
それは狙った通りにドラゴンの頭に刺ささる。
しかし、固い鱗を持つ白将竜に対し致命傷を与えるには至らなかった。
それもそのはずだ。
この白将竜は硬化スキルの上位スキル「真硬化」を持っているからだ。
だから、もう一手間加える。
俺は止めとしてその槍の石附に勢い落とさず着地し、頭に槍を貫通させた。
それを最後として白将竜は力なく倒れ、光の粒子になっていった。
それにしても魔法が使えるとここまで呆気ない終わりなんだな。
今度から魔法なしの縛り戦闘もありかもな。
それだと格下相手でも楽しめそうだし、なにより拮抗した戦闘経験となると経験値が高い気がする。
………と、脳のいなくなったドラゴンたちはこれで陣形も崩れるはず。
俺は白将竜の頭に刺さった螺旋槍を引き抜きアイテムボックスに仕舞う。
そして、再びボンボン丸を取り出し近くにいる灰色のドラゴンに走っていく。
それに対し他のドラゴンは動けずにいた。
白将竜という群れの頭がいなくなったことで完全に統率を失っているようだ。
と言っても、俺が攻撃しようと意識を向けたドラゴンは攻撃を仕掛けてくる。
灰色のドラゴンは遠くから灰のブレスを吐いてきた。
俺はその攻撃に直接的な攻撃力がないと判断し、その灰を気にせずにそのまま突っ込んでいく。
そして、灰色ドラゴンがいるであろう方向に向かって全力で走る。
数メートル進んだところで視界が晴れていき、ドラゴンの姿が視界に入った。
灰色ドラゴンもこっちに気付いたのか、その大きな体を捻り遠心力を存分に使った尻尾の物理攻撃を仕掛けてくる。
尻尾攻撃とは甘い。
俺がどれだけダンジョンで尻尾攻撃してくる魔獣と戦ったと思っているんだよ。
尻尾を使った攻撃は柔軟性がない。
そして、使用後に大きな隙が生まれるんだよ!!
俺はその攻撃を敢えて寸でのところで躱し、最短距離で短剣を灰色ドラゴンのわき腹に突き刺す。
短剣はそのまま抜かず短剣の切れ味を活かして、そのままわき腹を割いて行った。
灰色ドラゴンは痛みに耐えかねて、地面に倒れもがき始めた。
俺は苦痛を叫んでいるその顔の方へ歩み寄り、最後に一刺しした。
これであとは八体。
次に近くにいたドラゴンは赤。
赤色ドラゴンは炎のブレスを吐いてくる。
しかし、単体のドラゴンなんて俺にとっては遅くて鈍く硬いだけの魔獣と一緒。
幻影回避スキルの回避時に速度が急激に上昇する特性を生かし、その炎のブレスを難なく躱す。
ドラゴンが幻影スキルによって俺のことを見失ってるこの好機を狙い、アイテムボックスから出した投擲短剣を眼球目掛けて投擲する。
その投擲短剣はドラゴンに吸い寄せられるように歪な軌道を描き眼球に突き刺さった。
と言っても、そんな人間の中でもごく一握りの超人たちだけができるような神業、ちょっとやそっと投擲を練習したぐらいではできるわけがない。
それに俺自身のスペックもそこまで高いとは自惚れていない。
とある細工を仕掛けることでこんな芸当ができるのだ。
それは「繭鳥の糸」と「リーフシャドウナイフ」というアイテムの合わせ技を使う。
繭鳥の糸。
これは先ほども使ったけど操作できて粘着性のある糸のアイテムだ。
この糸を投擲する前に事前にドラゴンの瞼に付着させておく。
そこに投げたのが最初のダンジョンの最初の部屋で貰ったはじめてシリーズの武器の一つ。
月が照らす地面に映る木の葉の陰を思わせるような模様と色をしている投擲専用短剣の「リーフシャドウ」という武器。
【result】
名称 ≫リーフシャドウナイフ
説明 ≫投擲専用の短剣。マーキングした場所に自動追尾する。また、一回分の魔法を溜めておくことが可能。
このマーキングは事前に設定しておかなければならない。
その方法とは、このリーフシャドウナイフの切先を触れさせることでマーキング完了となる。
しかし、そんな悠長なこと戦闘中にはあまりできない。
できるとしたら、相羽弟みたいな一握りの天才だけだろう。
その為、俺は繭鳥の糸の1セットにマーキングを等間隔で施していた。
あとは、ナイフが勝手に糸に沿って目標に命中するという寸法だ。
知恵を働かせれば天才にだって劣らないのだ!
そして、その投擲短剣がドラゴンの眼球に刺さった瞬間、短剣の刀身が光り輝く。
事前に溜めておいた魔法が自動で発動したのだ。
溜めておいた魔法は威力をかなり抑えた電撃魔法『黒雷撃』
黒雷撃特有の反動はもちろん短剣自体にも起こる。
その為、刺さった短剣は反動を利用して勝手にドラゴンの眼球から抜ける。
それを繭鳥の糸で手元に引き寄せた。
次の瞬間、赤色ドラゴンは耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴を上げた。
さらに痛みで暴れまわり始める。
少ししてドラゴンはその痛みに耐えきれずに飛行態勢を維持するのも困難なほど暴れまわり始める。
俺はそれを確認してドラゴンに向かって走り出す。
まずは無防備なそのドラゴンの片翼を切り離し、落下したところに眼球から引き抜いた短剣を頭に刺した。
そのドラゴンはすぐに力なく暴れることを止め、光の粒子となっていった。
あと、七体。
…………
……………………。
その後は一方的な戦いだった。
ドラゴンたちは白将竜という隊長を失い、さらには次々と目の前で倒されていく仲間を見て完全に統率が取れなくなっていた。
そこを俺が一体一体確実に倒せるまで弱らせてから、頭部に武器を刺して倒していった。
最後の最後には二体同時に攻めてきたがそれでもたかがレベル500前後の魔獣に対して俺が後れを取るわけもなく、簡単に倒すことができた。
そして今。
「いやいや、湯楽さんありがとう。まじで助かったよ、あれはMP譲渡できるってことで合ってる?」
俺は後ろで何故か寛いでいた湯楽隊員の傍まで来ていた。
まあ、寛いでることに関しては何もツッコまない。
「正解っす! でも、今回は距離があったのであまり量は渡せなかったっす」
「距離に関係するの?」
「はいっす。単純に距離が遠ければ遠いほど減衰するイメージっす。直接触れていれば減衰率0パーセントっすよ。でも、自分のMP消費も激しいのであまり乱発できるような魔法ではないっすけど」
むしろ乱発できる魔法だったら、それこそぶっ壊れ性能だよ。
それにさっきは俺と百メートル近く離れてあのMP量だったから射程も限度はそこら辺だろう。
…………湯楽隊員引き抜いたら怒られるかな?
すると、原田隊員が口を開く。
「それにしてもあの数の魔獣が地上にいきなり現れなくて良かったよ。それに………これを言ったらあれなんだが、Number1の方に当たって良かった」
「本当っすよね」
湯楽隊員はそう言って、俺にウィンクしてきた。
……いや、そんな行動したらバレるだろ。
今は原田さんが見てなかったからいいものの。
ということで、バレそうなこともあったが俺も話を合わせて結果オーライ的な雰囲気を出しておいた。
まあ、地上にこの数のワイバーンが現れることは絶対になかったのだが。
この話は湯楽隊員にもしていない。
俺は知っていたのだ。
ワイバーンの軍勢が必ずこのダンジョンの入り口付近に来ることを。
これはサリエス師匠とご飯を食べているときに聞いた話。
ダンジョンの仕組みについて。
サリエス師匠は会った当初ダンジョンを支配した、と言ってはいたが完全にはできなかったそうだ。
それでも一部のダンジョン権限みたいなものを行使できたそう。
その中の一つにダンジョン内のワープ魔法陣に関する権限があった。
それについて詳しく話してくれたことがあった。
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「師匠、そういえば転移魔法みたいなものってないんですか?」
今日の精霊解放の修行を終えた俺は師匠が作ってくれた、ダンジョン特製霜降り肉のシチューを食べていた。
師匠の作ってくれるご飯は全部美味しい。
「ん? 転移? あー、ワープ系統のことかい?」
「んぐんぐ、ほうです」
「ふふ、飲み込んでから話しなさい。行儀が悪いよ」
「すいません………」
「まあ、構わないよ。それでワープ系だったね。あるよ、実際に私も使える魔法だよ」
「え?! 師匠使えるんですか?」
「うん、でもそこまで便利な物でもないよ。制約も多いし、使用条件がかなり難しいからね。だから、もしスクロールを見つけても習得はお勧めしないよ」
「え? 別に習得するぐらいいいじゃないですか。何か減るもんでもないし」
「まあ、いずれ分かるよ」
「えー何ですか、めちゃくちゃ気になるじゃないですか」
「ふふ、そこは私から教えるわけにはいかないんだよ。ごめんね」
「まあ、いいですよ」
「でも、普通のダンジョンならばワープは付き物だから魔法やスキルに拘ることはないと思ってれば十分だよ」
「普通のダンジョンならですか? そういえばこのダンジョンにはワープ系のトラップや魔法を使う魔獣もいなかったですね」
「そうだね、このダンジョンはそんな意地悪に設計していないからね」
「なるほど、師匠の優しさ故ですか。それでワープ系の制約って何ですか?」
「まあ、それぐらい教えても大丈夫かな。ただ地上に戻ってもあまり他の人には話さないでね」
「わかりました!」
「まずワープ系統の魔法やスキルは全て即時発動できるようなものはないんだよ。例えば触媒が必要だったり魔法陣を書いたりと方法は様々だけどね。それに移動距離に応じてもその量が比例して変わるのに加えて発動には膨大なMPが必要だったりするんだよ。だから、簡単にホイホイと使えるような代物ではないのさ。それにワープさせる数や量にもかなり制限が課されているんだよ。例えばダンジョンに設置できるワープなんかは人を単位にすると大体十五人がどれだけ頑張っても限界なんだよ。ましてや、魔獣なんてワープさせようとするならば一体ワープさせるのにかなりの労力を消費することになるからね」
「へえ、色々と面倒なことは分かりました。聞く限り完全に戦闘には不向きで便利面に特化している物の使いづらさもあるって感じですか。確かに微妙ですね」
「そういうことだよ。これは私の余談だと思って聞いて欲しいんだけど、ダンジョンの魔獣が外に出るときはできるだけ入り口から距離の近い入り口付近からワープしたりするんだよ」
「なるほど、ダンジョン側も苦労があるんですね」
「まあ、私は魔獣をわざわざ外に出すことなんてしないから関係ないのだけれど、そう言ったダンジョンもあると覚えて損はないよ」
「ありがとうございます!」
「いえいえ、ちょっと話過ぎたね。ご飯が冷める前に食べちゃってね。冷めたら勿体ないからね」
「はい!」




