ヒーローは好機を伺う生き物である
「じゃあ、行ってくるよ。くれぐれも応援は呼ばないように。それとそこから出ないようにね」
俺は誰もいないその場でどこにというわけでもなく適当に言い放った。
「何度も言われなくても分かってます! なんかあったらまたこうやって声を飛ばすんでその時は守ってくださいっす!」
「おう、じゃあしばらくは無言になるからよろしく」
俺はそう言うと狐のお面を外し、無音のお面を装備した。
さあ、色々と手間はかかったが準備は万端だ。
俺は息を整えてから1km程先に陣取っているワイバーンの軍勢に向かって走り出す。
すると、ワイバーン達は一斉に動き出した。
その行動は様子見なのか初めに襲ってきたのは十体ほどの小型のワイバーン。
それに対し、俺は左手に持つ黒い短剣(俺はこれを「ぽん剣」と呼んでいる)をワイバーンに向けた。
『サンダーボルト』
俺はそのワイバーン達の頭上から落雷を十個に分裂させて全ての魔獣に青い雷を落とす。
それはやつらにとっては一瞬の出来事に思えただろう。
頭上が光った瞬間に、ワイバーン達は体を貫かれ地面に次々と落ちていった。
先手打ったのは俺の方からだけれどもこの世界はターン制のゲームでも何でもない。
ということで、立て続けに魔法を放つ。
俺は右手に持つ白い短剣(俺はこれを「クウ剣」と呼んでいる)をワイバーンの軍勢の少し上空に向ける。
『アイスプラネット』
最大サイズの薔薇に装飾された氷塊を出現させ、それを重力に従わせワイバーンの軍勢の密集地帯に落とす。
氷塊が落ちる境にいたワイバーンは飛行速度を加速させ回避することができたが、中央に位置したワイバーン達は回避が間に合わずその氷塊に無慈悲に押しつぶされていく。
その氷塊が地面に落下した瞬間ワイバーンの悲鳴と共にその薔薇は砕け散り、一つの芸術を完成させた。
おー、意外と数減ったな。
それにやっぱりこの魔法は何度見ても綺麗だな。
あれだけ魔獣たちは密集してたから三十ぐらいは減ったんじゃないかな。
でも、あの飛行速度は厄介だな。
大技は発動までに少しだけラグがあるから飛行できる魔獣には当てづらいな。
あの回避がなければ五十くらいは倒せたと思うのに。
次はもう少しだけ数を増やして……。
『アイスプラネット×5!!』
MP燃費は考慮せず、俺は先ほどと同じ薔薇の氷塊を五個出現させ再びワイバーンの軍勢に落とす。
回避しきれなかったワイバーンたちは悲鳴と共に氷塊の下敷きになっていき、先ほどよりも大きくて壮大な芸術を完成させた。
さあ、これでどうだ!
と、言いたいところだが全体の総数から考えると微々たる数だよなぁ……。
単純計算で氷塊一個で30体で、六個落としたから180体だけなんだよな。
全体の約…………三パーセントくらいかな?
少なっ!!
おっと、そろそろ距離が縮まってきたな。
そろそろ大技は封印だ。
『電速』
その言葉一つだけで、俺はワイバーンの軍勢の懐に移動する。
さあ、ここからが本当の虐殺Showのはじまりだ。
……いや、この言葉ってなんか悪役みたいなセリフだな。
やっぱり今のなし。
……何もいい言葉が思いつかない。
まあ、いいや始めよ。
『雷化』
俺は意志ある雷となり次々とワイバーンを貫いていく。
貫かれたワイバーンは全身を焦がされ、少し落下したのち光と成っていった。
途中、俺の動きを予測して爪で攻撃してきたりブレスを吐いてくる魔獣もいた。
しかし、雷化状態の俺は実体のない雷みたいな存在。
要するにゲームで言う愉快な音が聞こえてきそうな無敵状態なのだ。
今の俺を止めるにはアースできるくらいの巨大な土系の魔法をぶつけてくるか、存在するか分からないけどゴム魔法でも持ってくるんだな。
百体ほど倒したところでようやく俺のことを危険人物だと認識したのか、ワイバーン達は逃げるように方々に散らばっていった。
しかし、その判断と行動はドラゴンによって指揮されていたその軍勢の勢いを失くす悪手。
これだけ早く動ける俺から逃げられると思っているのかな。
まあ、結果から言うと無理なんだけどね。
俺は逃げようとする魔獣だけに対象を絞り、再び雷化による蹂躙を始めていく。
貫かれたワイバーン達は次々と全身を焦がされていき、悲鳴を上げることもなく自由落下し光と成っていく。
そうすること三分ほどでようやく逃げようとするワイバーンがいなくなった。
そして、俺に対して力無きワイバーン達はドラゴンを中心とした陣形を作るように纏まり始めた。
よし、想定通りだ。
ここからが対大量の魔獣を倒す作戦の第二段階だ。
『電速』
俺は再び電速を使い、魔獣から距離を離す。
しかし、知能が高い一体のドラゴンが間を置かずに距離を詰めてきた。
念のため異世界鑑定を使用する。
【status】
種族 ≫風心竜
レベル≫624
スキル≫フライLv.max
危険察知Lv.max
風尾Lv.max
硬化Lv.max
物理耐性Lv.max
統率Lv.max
眷属リンクLv.max
魔法 ≫風心魔法Lv.max
竜風魔法Lv.max
なるほど、風に特化した竜だからスピードが速いのか。
と言っても、風じゃ雷には追い付けないでしょ。
風心竜がここに来るまでの数秒、俺はそっと目を閉じて集中力を高める。
そして、氷雪魔法を唱える。
『アイスシールド・雪花』
大き目の雪花の形をしたシールドを全てのワイバーン達を囲うように展開した。
そして、もう一つ。
『アイスチェーン・クリスタル』
目の前に迫っていた風心竜に向かって、先端を尖らせた氷の鎖を放つ。
しかし、風心竜は風を翼に当て急転換してひらりと躱し、そのまま俺を襲うことなく俺の後方へと飛んでいった。
やばい、一体逃してしまった。
後には戦闘力皆無の湯楽隊員がいるのに。
でも、今は二つの魔法を維持するのでそれどころじゃないんだ。
俺は頭を思いっきり振ってお面を外した。
「湯楽さん、聞こえてる?」
「はいっす!」
「先に謝っとくけど、ごめん」
「え?」
「一体そっちに行った」
「ちょっ! 困るっすよ! さっきから光ってる電気みたいなのでちゃっちゃっとやっちゃってくださいよ!」
「今はこっちの魔法維持するので忙しいから、そこで待ってて。ちょっとやそっとじゃその防御は壊れないから安心して」
「えっ? えっ? どういうことっすか?」
「ごめんそろそろ話せなくなるから黙ってて、集中できない」
「えっ困るっすよ~!!」
俺はその言葉には答えずに再び展開している二つの魔法に集中する。
ワイバーンの大群を囲ったシールド魔法を壊されたところから新しく展開していき外に出さないようにする。
そうしていると、すぐに準備が整った。
先程放った氷の鎖は風心竜を倒すために放ったわけではない、自分の展開した氷のシールドに刺すためである。
そして、それが刺さったのだ。
その瞬間、新たな魔法を発動する。
『アイスクリスタル』
その氷の鎖を伝って、俺は氷のシールドをさらに強固にする魔法を付与した。
これでワイバーン達を氷のシールドで構成された脱獄不可能な檻に閉じ込めることに成功した。
俺はアイスチェーンを解除し、地面に落ちているお面を拾い上げ再び装着する。
そして、後ろを振り向いた。
「おーい、湯楽さん大丈夫?」
「や、やっと返事してくれましたっすね! 早く助けてくださいっす! 目の前でドラゴンに氷をガリガリと削られていく気持ちがNumber1に分かるっすか?!」
慌てるように湯楽隊員は返事をしてくれた。
目の前でドラゴンに氷の壁をガリガリと削られる気持ちか……。
「なんかテーマパークの新感覚アトラクションみたいで面白そうだね」
「な、なに言ってるっすか?! この氷が削られたら自分の命が紙くずの如く握りつぶされるんすよ!?」
「なるほど、そういう考え方もあるか」
「なるほどじゃないっすよ! 早く助けてくださいっす! あっ今氷からミシッって鳴っちゃならない音がしたっすよ。そろそろ限界っす!」
すげー、湯楽さん焦ってるんだけど。
「というかさ、その防御突破されてもその防御よりもさらに硬い防御スキルをもう一つ展開してるから当分大丈夫だよ」
「……マジすか?」
「マジっす」
「…………」
「ということで、当分はその新感覚アトラクションで遊んでて。目の前で挑発するのも面白そうじゃない?」
「いや、それやるとさらに攻撃が過激になりそうなんでやらないっす」
「じゃあ、こっちは最後の仕上げするから待ってて」
「えっ放置っすか?」
「そんなに助けて欲しいの?」
「お願いっす!」
「分かったよ」
俺はそう言って左手に持つぽん剣を遥か後ろにいるドラゴンに向ける。
『黒雷…………』
魔法を発動しようとしたその瞬間、空から何かが降ってきて風心竜を押しつぶした。
「やっぱりこっちが正解だったか! って、うおっ! こいつ硬いな! 全然ダメージが通っている気がしねえ!!」
そう言って、上から落ちてきた人物は自衛隊員の原田さんだった。
原田さんは危ないと判断したのか風心竜からジャンプして距離をとる。
げっ、もう応援来ちゃったのか。
もしかして湯楽さんがドラゴンに怯えて応援呼んだとかないかな。
「うわっ、原田隊員なんでここにいるんっすか? てか、離れてくださいっす! そいつワイバーンじゃなくてドラゴンっすよ!」
そう言って、尻餅をついている湯楽さん。
それと……湯楽さんは応援を呼ばないという約束は守っていたみたいだな。
原田さんの独断行動と考えるべきか…………軍人がそれでいいのか?
「こいつが例のドラゴンか! ははっ、やっぱり俺レベルの攻撃じゃ刃が立たないか!」
そう言って、ドラゴンを目の前にして笑っている原田さん。
さすが対策機関で一番の戦闘狂と言われている人だな。
肝の据わり方が湯楽さんとは全然違う。
すると、風心竜が起き上がり原田さんに向かってその鋭い爪を振り抜く。
「避けてくださいっす!!」
しかし、その声に原田さんが反応することはなかった………。
的な小説的な展開は現実では起こらない。
『アイスチェーン・クリスタル』
俺は風心竜の身動きを封じるように氷の鎖で捕縛した。
「原田さん、危ないですよ。そこにいるとその風心竜を倒せないのでどけてもらっていいですか?」
俺は遠くにいる原田さんに向かって拡声器のような機械的な声で忠告した。
「お? 俺……生きてるな。さすがに死んだと思った」
「生きてるみたいっすね。そのドラゴンに巻き付いてるのって鎖っすかね?」
「鎖だな……。これはNumber1の仕業か?」
その風心竜は体中に絡まっている氷の鎖から抜け出そうと足掻いていた。
「だーかーらー、原田さんそこで呆けてないでどけてください。邪魔です!!」
俺は風心竜の前で呑気にしている原田さんに再び忠告した。
というか、ヒーローのように颯爽と現れたのはいいもののドラゴンには全然ダメージを与えれなくて挙句に死にかけるとはなんという無駄演出。
それにちょうど俺とドラゴンの間にいるという邪魔っぷり。
別に魔法を迂回させて当てることはできるが、未だにそこまでの精密なコントロールはできないから間違って当ててしまうことが少し心配。
だから、早くその場所からどいてほしいんだが。
「おう、すまんすまん今動くよ」
そう言って、原田さんはようやくその場から離れてくれた。
それを確認した俺は左手のぽん剣を風心竜に向ける。
『黒雷撃』
剣から放たれた黒い電撃は一直線に風心竜に到達し、その小さな頭を貫いた。
黒雷撃、電気の色が黒くなり威力と飛距離および貫通性を増大させたディスチャージの強化版。
使い方もディスチャージと同じ。
ただし、出力する威力に応じて多少の反動が返ってくる。
黒雷撃に貫かれた風心竜は貫かれた頭部のみが炭化し、頭部のない巨体が力なく倒れた後に光となり空に昇っていった。
「す、凄いな……一撃でドラゴンが黒焦げかよ」
「本当に凄いっすよねー。さっきから見てたっすけど洋画のCGを見てるみたいっすよ」
そんな感想求めてないよ。
それよりも…………
「原田さん、湯楽さんと一緒に防御の後ろに避難してください。これから大技使いますんで、そっちにも余波がいくと思いますよ」
「お、おう。分かったよ…………って、なんでNumber1の体光ってるんだ? 蛍だから本当の蛍みたいに光ってるのか?」
「仮〇ライダーの変身みたいなもんじゃないっすか?」
「…………」
俺はその質問には何も答えなかった。
というか、この人たちは何を言っているんだ。
「あっすまん、俺が邪魔なのか失礼した」
ようやく自分の立場を理解したのか原田さんは俺の展開した防御の後ろへと避難した。
それにさっき展開したワイバーンを囲う防御は永遠の代物なんていいものではない。
ちょっと硬いだけの欠陥品だらけの偽牢獄みたいなものなんだ。
後、一分もすれば内からの攻撃で破壊されるだろう。
よし、第三段階、最後の仕上げだ。
といっても、上から魔法一発ズドンと単純な方法だけど。
『チャージ』
左手に持つぽん剣に電気を貯める。
でも、四千近くの魔獣を倒すにはまだまだ足りない。
『チャージ』
『チャージ』
『チャージ』
……………
……………
ぽん剣には眩しくなるほどの電気を貯めた。
というか、左腕にも電気が溜まっているようで少しピリピリとして動かしにくい。
それにこれほどの電気を貯めたのは初めてだ。
これほどの電撃を放ったら一体どんな威力の魔法になるのだろうか楽しみだ。
俺は動かしにくい左腕をゆっくりと上げてぽん剣を空に向ける。
『黒雷落とし』




