「っす」は敬語ではないが親しみは感じる
上空のヘリコプターから続々とパラシュートを付けた人たちが降りてくる。
そして、最後の一人が降りると、そのヘリコプターは全て青森の基地へと引き返して行った。
ヘリコプターが去ったところを見ると、そこには何とも食欲をそそるような雲が隠れていた。
それを見てふと思う。
「あーお寿司食いたいなあ」
空に浮かんでいる雲が妙にサーモンに見えた俺は突然お寿司が食いたくなった。
炙り大トロサーモン……時不知もいいなぁ。
でも、さすがにここでお寿司は欲張り過ぎかな。
アイテムボックスにもお寿司はさすがに怖くて入れていない。
せめて魚食いたいなあ。
今晩のご飯のメニューを考えていると空からパラシュートで降りてくる集団が目に入ってきた。
俺もパラシュートの訓練しとけば良かったかな。
スカイダイビングとか一度やってみたかったかも……。
でも、その訓練の時間はゲームに費やしたからそれはそれで楽しかったし……。
そんなどうでもいいことを考えながら時間を潰していると、ここに続々と作戦参加者たちが集まり始めた。
その中でも他の部隊の自衛隊員はここに到着次第すぐに各々の作業を始めていった。
ある部隊はヘリコプターから落下させた物資を回収しに、ある部隊は周辺の調査と安全の確保へ。
そして、俺達ダンジョン冒険者の組み込まれた2つの部隊はこのゲートの前で一旦集合した。
さすがにみんなが集合しているのにゆっくりと寝ているわけにもいかないので重たい腰を上げて俺は立ち上がり、その輪へと入って行った。
「無事訓練通りに降りれたな! さすがに過酷な訓練を積んでいないダンジョン冒険者たちをスカイダイブさせる作戦はどうかとも思ったが、結果オーライだな!」
俺が集合するや否や原田さんが話し始めた。
今回の作戦で原田さんは俺とは別の部隊としてダンジョンに突入する。
その別部隊の隊長であり、俺の部隊では加山上官と同じ立ち位置だ。
「じゃあ、俺達はあと5分くらいは待ちだ! それからこの二部隊でダンジョンに突入する。だから、それまでは最終準備をしてくれ。くれぐれも気を抜くなよ、以上!」
原田さんはそう言ってこの場を締めた。
あれ?
こういう時って点呼とかしないのかな。
ちょっと楽しみにしてたのに。
ンパとカッコいい敬礼とかたくさん研究してたのに……。
「あの原田さん」
俺がただ作戦内容を忘れているだけかもしれないので、小さな声で原田さんに聞いてみた。
しかし、原田さんはその意図を汲んでくれなかった。
「どうした、Number1」
そう、他の人にも聞こえるくらいの大きな声で返事をしてきたのだ。
まあ、俺が忘れているのなら自分のせいだから仕方がないと割り切り、本題に入る。
「点呼とかしないんですか? ちょっと期待してたのに……」
少しだけ残念感を醸し出しながら尋ねた。
「あー点呼か。まあ、場合によってはするがこういった少しの判断の遅れが生死を左右するような場合だとやらないことも多い」
なるほど。
確かに安心して点呼しているときに不意打ちなんてあったらまずいしな。
「なるほど、そういうことですか」
俺は納得し、少し残念ながらも会話を切ろうとすると
「と、今回はそれに当てはまらないんだがな」
俺はその言葉で足を止めた。
というか、この人って基本脳筋なんだけれども意外と頭が回るっていうか。
まあ、日本のダンジョンを纏める長瀬さんの護衛ってだけで頭もよくないと務まらないか。
「え、なんでそんなに勿体ぶるんですか」
「こいつがいれば当作戦において点呼は不要なんだ」
原田さんがそう言って、この場をそっと抜け出そうとした自衛隊員の肩をガシッと力強く掴んだ。
その男は自衛隊員とは思えないようなナヨナヨとした立ち振る舞いをしていた。
現に体の線は細く、運動ができるような人には見えない。
それに頬もかなりげっそりとしている。
もちろん何度も作戦前に顔合わせをしているので知っているが、なぜ彼が点呼を不要にする人材なのかが分からない。
事前の説明ではそのような能力の説明はなかったはずだ。
「確か湯楽さんでしたよね?」
「あっはいそうっす。てか、原田さん俺なんも悪いことなんてした覚えないんすけど」
湯楽さんは俺の質問に片手間に返して、原田さんに向かって少しびくびくしながら聞いた。
「ははっ、別に訓練量増やそうって話じゃない。Number1から直々の質問だ。なんで点呼をしないのかだってさ。年も近いんだしお前が説明してやれ」
原田さんはそう言って、湯楽隊員の肩から手を放し加山上官の下へと歩いて行った。
「本当にあの人は力加減ってもんが分からない人っすよね。あっ、それで点呼についての質問っすよね?」
湯楽隊員は肩を揉みながら再び俺に向き直った。
というよりも、この人に対する疑問が絶えないのだが。
色々聞いてみよう。
「そうです。ちょっと点呼楽しみにしてたんですよね」
「あー確かNumber1ってあの作戦会議の時ウトウトしてましたよね。だから、覚えてないんっすか」
「あの時?」
はて?
いつ寝ていただろうか。
「覚えてないんっすか? 四日前の東京でやった詳細な部分の作戦会議の時っすよ」
あっ思い出した。
たしかあの日の前日徹夜で色々な動画見てたから、眠りの状態異常掛かってたっけ。
「あー思い出しました。あの時に説明してたんですか」
「そうっす。あっ、でも別に怒ったりしてないっすよ。むしろ素人にあんな退屈な作戦会議を起きて聞いてろって言う方が無理な要求ですから。自分もダンジョンができるまではそこら辺にいるような一般人でしたから、自分も八割くらいは覚えてないっす」
湯楽隊員はそう言ってウィンクしながら俺にグッとサインを向けてきた。
「質問の前に質問で悪いんですが、湯楽さんっていくつなんですか? さっき原田さんが年が近いって……」
「あー確かに言ってましたね。自分はNumber1の素性を知れる立場にいる人間じゃないんで知らなかったっすけど、自分は十九っす」
確かに年が近いな。
というか、原田さんはさっきさらっと俺の情報を漏らしたってことにならないか?
やっぱり頭がいいんだが悪いんだか分からない人だ。
「たぶん俺の一つ上か同い年ですね」
「本当っすか?! だったら自分に敬語なんて使わなくて大丈夫っす!」
「わ、わかりま……わかった。一応努力はするけど、職に就いているってだけで先輩というか上司感があるんですよね」
「あーわかりますそれ。あっでも自分はNumber1には敬語しか使いませんよ。そう言う決まりなので」
そう言って再び男のウィンクを食らってしまう俺。
それに……湯楽隊員よ、その言葉遣いは敬語ではない。
むしろタメ口に近いと思うよ。
まあ、指摘はしないけど。
それが原因で原田さんに何かといじられている感は否めないけど。
「それは大丈夫、もう敬語使われるのは慣れたから。それで話がすり替わっちゃったけど点呼の件教えて」
「それは俺の遠隔魔法で点呼の代わりが務まるからっす。遠隔魔法の一つに『リモートセンス』っていうのがあってですね、簡単に言うと自分から離れた物体でも感知することができるっす。それともう一つ『リメンバー』というのもあるんっすけど、これは一度触れたものやそれと同一な物を自分の感覚として記憶できるんすよ。それの複合的な使い方でよくアニメとかでも見る索敵魔法的な便利な使い方ができるんっす。なので事前に皆さんに触れさせてもらって記憶しているので、皆さんがどんなに離れていてもどこに誰がいるか確認できるんです。長くなりましたが、わかりましたっすか?」
これまた面白い魔法だな。
魔法を複数同時発動することで索敵魔法になる魔法か。
そんな便利な魔法羨ましい……。
「なるほど、すごい魔法っすね……あっ」
湯楽隊員の語尾につられて「っす」って言ってしまった。
これは新手の洗脳なのか?!
そうなのか?!
「Number1が自分の真似っすか?! あっでもNumber1と言っても自分より年下っすもんね。複雑な気持ちっす……」
え、そんなに残念がらないでよ。
それはそれで何か悲しいから。
「それにしても遠隔魔法って便利そうですよね。今度詳しく聞かせてださい」
「あっ敬語になってるっすよ」
「……忘れてた」
「まあ、いいっすよ。じゃあ、いずれ野営しているときにでも話すっす。それじゃあ、もうそろそろ時間っすね。お互い死なないように頑張るっす」
湯楽隊員がそう言って、俺に向かって拳を向けてきた。
これは拳で返せってことかな?
まあ、心配なのは俺よりも湯楽さんだよね。
「もし湯楽さんがやばくなったら言ってくださいね? 魔法について詳しく聞くまでは死んでもらっては困りますから」
「むしろ死なないように頑張るのは自分っすね! これで生きて帰ったらボーナス沢山出るみたいなんで絶対死なないっすよ! 自分は運がいい方っすから」
湯楽隊員はそう言って、足取り重そうに原田さんの下へと歩いて行った。
なんというか……。
自衛隊が似合わない人だったな。
ダンジョン冒険者の方が性に合ってそうだな。
一息ついて周りを見渡すと湯楽隊員と話し込んでいる間にダンジョンゲートの周りにはいろいろな物資が並んでおり、徐々にその周りは簡易的なフェンスで覆われ始めていた。
俺達がダンジョンに入るのはこのフェンスでゲート周りを囲み終わったらである。
すごい速度でフェンスが建てられて行っているので、このまま進めば後二分もしないうちに終わるだろう。
俺は最終確認を始めた。
装備は足に天足を履き、体温調整機能付きの外套を羽織り、ダンジョン産ではない普通の狐面、そして精霊っ子三体をすでに装着済みだ。
次に念のためと言って貰っておいた「身代わり人形」のアイテムを外套の内側に入れておく。
そして、最後に準備する物はエナジードリンク。
これでカフェインを摂取すればもう完璧だ。
一人でダンジョンに潜っているときは持っていなかった、俺の中のスイッチを強制的に最大出力にしてくれる人類史上最強のアイテム。
これであればダンジョン産のアイテムにも引けを取らない。
それを飲み干して、ゴミはちゃんとアイテムボックスに仕舞っておく。
これはちょっとした小技なのだが、アイテムボックスにあらかじめ大きなゴミ箱を入れておく。
出たごみはまとめてその中に放り込んでいき、ゴミ箱を仕舞うとゴミ箱としてアイテムボックスの枠を一つしか消費しないのだ。
これはゴミ箱でしか成立しない裏技的な使用方法。
他のごみではない物は大きな袋に仕舞い、袋としてアイテムボックスに仕舞うと中で強制的に分別されてしまい枠を一つとして認識してくれないのだ。
ただし、自分で開発したわけではなくネットで検索した他にアイテムボックスを持つ人の知恵です。
これで準備は整った。
俺はゲートの前に歩いて行き、自分の部隊に合流した。
メンツは日本屈指の実力、作戦準備も自衛隊の力で充分以上。
あとは、ダンジョン内での判断次第。
この作戦の出来次第で北海道が返ってくる。
いや、作戦というよりも俺のでき次第。
こんなの従来の俺であれば相応しくない立場。
しかし、今の俺には相応の立場であり、日本を背負う立場であることを月日は掛かったがある程度自覚はしている。
といっても、自覚したくないというのが本音。
元ニートな俺でもいずれはやらなくてはならない時が来るとは自覚していた。
それは二十を超えてからでもいいだろうと考えていた。
現実はそれが二年早く来ただけ。
そして、それが今。
このダンジョン、作戦内での呼称「日高ドラゴンダンジョン」の攻略。
それが今、正式に始まろうとしていた。
俺は全員が揃ったことを確認し、合図を出す。
「さあ、行こう。ダンジョン攻略の開始だ」




