時間的余裕は心の余裕を生む…かも?
「寒い……」
北海道奪還作戦前日。
俺は再び青森にある自衛隊の基地へと移動の最中であった。
遡ること数時間前。
東京を自衛隊の緑の車で出発し、仙台で一時休憩をしていた時。
同乗者は同じ声優のファンということで仲良くなった加賀谷隊員に、模擬戦で戦った大野木隊員、最後に長瀬さんの護衛である原田隊員だ。
原田隊員は俺が東京に来た時に自衛隊との話し合いでその場に出席していた人だ。
長瀬さんは青森に前乗りしているためこの車に乗っているようだ。
そんな中俺が一つだけお願いをしたのが発端だった。
「加賀谷さん、ちょっといいですか?」
「車酔いしましたか?」
加賀谷隊員はそう言って自分のカバンから薬を取り出してくれた。
加賀谷さん俺が車に弱いことを心配してくれていたのか……。
俺はそれを手で制した。
「ありがたいですけど、全然違います」
「そうでしたか。それでなんですか?」
「車の屋根に乗ってもいいですか?」
「え?」
「いや、こんな時でもないと車の上に乗れることってないじゃないですか。幸いにも日本に住む多くの人たちは南の方に避難しているわけで誰かに見られるわけでもないですし。見られるとしても一緒に移動している他のダンジョン冒険者か自衛隊の人たちだけ。それにここから先には警察も法律もないんですよ? あるとすれば俺が長瀬さんとかに怒られるくらいじゃないですか? こんな絶好機逃して溜まるか! ってわけですよ。むしろ一緒に屋根に乗ってみませんか?」
俺がそんなことを言うと、肩をガシッと叩かれた。
「おう、俺もそれ提案してみようかと思ってたんだ。むしろ俺が許可する一緒に乗ろうぜ!」
原田さんがニヤニヤと笑みを浮かべながら俺の意見に賛同してくれた。
「さすが原田さんです、わかってますね!」
「なに、ここには口うるさい奴らは一人もいないんだ。それにここで一番偉いのは俺だからな! ははっ!」
と、お偉いさんの許可を得られたことで合法的に車の上に乗れることとなった。
俺はそのまま加賀谷隊員が運転する車の上に飛び乗り、原田さんは俺の乗っている車の一つ後ろの車の屋根に飛び乗った。
「さあ、ということで加賀谷さん。安全運転でお願いしますね。まあ、俺ならば振り落とされても普通に着地できると思いますが」
「はいはい」
加賀谷隊員は少し呆れた風に返事をしているが、内心ビクビクしているんじゃないだろうか。
俺はワクワクしているよ!
「原田さーん! 準備良いですか?」
俺は後ろを振り向き原田さんに大きな声で聴くと、グッドサインで返された。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
俺の掛け声で少しゆっくりと車は発進したのであった。
最初は自分の目で何も挟まずに綺麗な景色が流れていきとても新鮮な気持ちだった。
しかし、時間が経つにつれて……というか北に行くにつれてだんだんと風が冷たくなっていった。
そして今。
耳が引きちぎれそうなほど寒い。
というか、痛い。
後ろを振り返ると原田さんはその巨体をガタガタと振るわせて懇願の目をこちらに向けてきている。
そして、俺はただコクコクと頷き車の屋根をバンバンと叩いた。
少しすると車が止まり、原田さんはすぐさま車の中に入って行った。
しかし、俺はまだあきらめたりしない。
アイテムボックスの中から体温調整機能付きの外套を取り出し、さらには耳当てを取り出し寒さ対策は万全だ。
俺は準備を終えると加賀谷さんに再び合図を出し、再出発した。
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翌日の早朝。
俺は自衛隊の基地を少し離れた先にある芝生の上でおにぎりを食べながら朝日を眺めていた。
この作戦決行日のためにゲームで散々崩れた生活リズムを戻し、朝からランニングをする日課を戻していた。
その為、朝からこんなにも清々しい気持ちで朝日を迎えていたわけだ。
それにこの青森から見る景色はさらに新鮮な気持ちを感じさせてくれた。
そう、今日は日本という国にとって、俺にとって非常に重要で大掛かりな作戦が開始されるのだ。
北海道奪還作戦、その作戦の決行日である。
俺は朝日の姿が露になったことを確認し、再び自衛隊基地へと折り返しのランニングを開始した。
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ランニングを終えた俺は徐々にスピードを落としていきクールダウンをしながら基地入り口の検問所に向かっていた。
俺の姿が確認できたのか、一人の隊員の方がこちらに向かって敬礼をしてきた。
「お疲れ様です、Number1」
「ただいまです。朝早く大変ですね」
俺は首筋に垂れてくる汗を拭いながら答えた。
すると隊員の方は敬礼を解除し、姿勢を少し緩めて口を開いた。
「いえいえ、これが仕事ですので。それに自分だけじゃなく日本にいる多くの人は北海道が帰ってくることを期待していますので、その最前線にいることを誇りに思っていますよ」
「凄いですね」
「いえ、自分なんかそれでもただの末端の人間。その頂点に立つNumber1の方がよっぽど凄いですよ」
「そんな。俺なんかそんな殊勝な心掛けなんて持ち合わせていませんよ。俺みたいな立場はあなたのような正義感のある人に渡るべき力だったんだと今でも思います」
「そんな謙遜しないでくださいよ。と、こんな長話をしてしまってすいませんでした。お面で顔が確認できないので念のためステータスカードの提示をお願いします」
「はい、ちょっと待ってくださいね」
俺はアイテムボックスを操作し、ステータスカードを手に取り隊員の方に渡した。
それを確認すると、すぐに返してくれた。
「はい、大丈夫です。どうぞこちらをお通りください」
「お仕事頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます。作戦頑張ってください」
「頑張りますが、過度な期待はしないでくださいね」
俺は最後に笑顔でそう言って基地内部の割り当てられた自分の部屋へと向かった。
その後は、部屋で着替えを取りに行きお風呂で汗を流しに行った。
部屋へと戻るとすでに食事が運ばれており、それを食べてから歯を磨いた。
それから俺は戦闘時の装備をフルで装着し、基地の屋上へと向かった。
屋上には誰もいなかった。
それもそのはずだ。
現在、ほぼすべてのここにいる人たちは慌ただしく最後の準備をしているからだ。
俺はそれを見越して全ての準備を予定よりも早めに終わらせてここに来た。
ここに来た理由は特にない。
強いて言うならば最後の平和で透き通った空気を吸いに来たというところだろうか。
要するにみんなが慌ただしく動いている中、俺はひと時の静寂を楽しみたかったのだ。
少しの間、俺はただ下で働いている自衛隊の人たちをジッと眺めていた。
荷物を車やヘリコプターに積んでいる隊員。
ヘリコプターの操縦席で確認作業を行っている隊員。
作業の指示を出している隊員。
軽くストレッチをしている自由なダンジョン冒険者たち。
何もせずにジッと精神統一をしているダンジョン冒険者。
女子同士でキャッキャと世間話をしているダンジョン冒険者。
寝坊したのかパンを加えながらダンジョン冒険者の輪に加わる者まで様々な人たちが慌ただしく下で動いてる。
おっと、そろそろ行かないと。
眼下の人を眺めていると集合時間が迫って来ていたので俺は屋上を足早に後にした。
部屋に戻ると、扉の前には迎えの女性隊員の方がすでに待機していた。
ゆっくりと歩み寄ると俺に気付いたのかこちらに振り向き敬礼をしてきた。
俺は歩きながら軽く会釈をした。
「今、戻りました」
「はい、お待ちしておりました。準備は大丈夫ですか? この後はこちらに戻れなくなりますが」
「はい、大丈夫です。全部スキルに仕舞っているので」
「そういえば貴重なアイテムボックスのスキル持ちでしたね。分かりました、それでは集合場所へご案内いたします」
女性隊員はそう言うと、振り向きゆっくりと歩き始めた。
俺もその歩幅に合わせてついて行く。
忙しそうな自衛隊の人たちとすれ違う中、俺は外に準備されている北海道に乗り込むためのヘリコプターの前へと来た。
そこには作戦アルファに参加する面々がすでに待機していた。
俺は案内されるままダンジョン冒険者が並んでいる列の先頭に着いた。
案内役の女性隊員の方は俺に一礼した後、そのまま後ろに下がっていった。
すると、肩を優しくトントンと叩かれたので振り向くと、後ろには新選事務所の飼葉鈴菜の姿があった。
「今日のお面は狐なんだね」
「……あっ、はい、そうですけど」
「…………」
「…………」
えっ?
それだけ?
「…………」
「あ……」
俺が話しかけようとすると目線を逸らすようにプイッと顔の向きを変えられた。
なんというマイペース謎少女なんだ。
あっ年齢的には俺よりも4つくらい上だから少女という年齢ではないのだけれども。
俺は若干の呆れを持ちつつも前に並んでいるお偉いさん方に向き直った。
すると、長瀬さんの下に一人の男性隊員の方が来て、耳打ちして去っていった。
「ダンジョン冒険者の皆さん、朝早く青森にお集まりいただきましてありがとうございます。本日、北海道奪還作戦の決行日になります。予想通りに天気も晴天で作戦は予定通りに行います。すでに作戦内容はご存知だと思いますので最後に一言だけ。死なないでください。北海道という広大な土地が私たちの元に帰らなくともあなたたちだけは必ず帰って来てください、どうかこれだけは心に留めておいてください。お願いします」
長瀬さんはそう言って深々と頭を下げた。
その隣に並ぶ幹部たちは最初はその行動に驚いていたものの、後に続くように深々と頭を下げた。
すると、誰かがパチパチと拍手をし、それがゆっくりと広がっていきこの場は拍手の音に包まれていった。
最初は優しい拍手が次第に大きな音となり、お互いに志気を上げるような熱い拍手へと変化していった。
その後、この場は一度解散となたっため、俺は一緒に作戦に同行する人たちに挨拶をした。
それから10分ほどたった後、自衛隊員に案内された通りのヘリコプターに乗った。
もちろん酔い止めの魔法は掛けてもらっているため対策は万全だ。
ヘリコプターの中に入ると、それはテレビや映画で見たことのあるようなかなりの数の人間が入れるような大きな緑のヘリコプターだった。
俺は案内された通りの席に座り、シートベルトなどの説明を軽く受けた。
他の冒険者たちは事前にパラシュートなどの研修を受けているため、俺のように丁寧に説明を受けている人はいなかった。
俺と言えば別に上空に放り出されてもなんとかなってしまうのでパラシュートは不要なのだ。
飛行スキルがあればもっと便利なのに、ないものねだりは無駄だ。
そうしてこのヘリコプターの発着準備が完了し入り口の扉が閉じられた。
それから数分後、ヘリコプターは青森の基地を飛び立ち、目的地である北海道日高山脈へと出発したのである。




