友達と言えど面倒くさいこともある
演習場の中に入るとそこは飛行機などの大きなもの仕舞う倉庫のような四角く広い場所だった。
ただテレビで見るような倉庫よりも天井が高いような気がする。
そして入り口付近には先ほど会議室にいた面々が各々仲がいい者同士で世間話など様々な話をしていた。
その中から徐に賢人がこちらに向かってきた。
俺はそれを発見し歩み寄ろうとするが、賢人の後ろに数人付いてきているのが見えた。
俺はアイテムボックスから小型のイヤホンを賢人に渡して、着けろとジェスチャーをした。
『あー、あー、賢人聞こえるか?』
『おう、聞こえるぞ。これなんだ?』
『ただの電話ができるイヤホンだよ? 俺のは少し特殊で仮面の中に小型の物を仕込んであるけど。これでこのお面を付けていても何人かとは話すことができるようになる』
『でも、そのお面って声をお面の外に漏らさない……そういことか。お面の中であれば声は響くし、電波は別に阻害されないってことか』
『そういうこと』
『ちなみに付いてきてる人たちはこの中で仲が良くなったタイガー事務所と新選事務所の人たちね。みんな作戦アルファにも参加するから』
『ほーこの人たちも参加するんだ。よろしくって伝えておいて』
『了解っと、そろそろ始まるみたいだな』
そうしてイヤホンの通信テストを終えると長瀬さんが再びみんなの前に立った。
「皆さん揃いましたので作戦アルファに参加する方たちは前に出てきてください」
そう言われたので俺は賢人と共に前へ歩み出た。
賢人自体は作戦に直接参加するわけではないが、今は俺の通訳的な立場として隣にいてもらう。
作戦実行時には俺の無線を主要人物全員に繋ぐ予定だ。
「では、皆さんには自分の立ち回りなどを確認してもらうために機関所属の大野木隊員と簡単な戦闘をしてもらいます。彼は作戦アルファにも同行予定です。隊員は身代わりアイテムを所持していますので安心して攻撃してください。彼には皆さんのいつもを引き出してもらうため多少の攻撃を仕掛けてもらいます」
大野木隊員は名前の通りかなり大柄で身長も高い20代後半ほどの青年だった。
髪は黒髪短髪で武器は特に所持していない。
どんなスキルや魔法を所持しているのだろうか。
作戦に参加するほどの人材なのだからそれなりには強いのだろう。
というか、身代わりアイテムってなんだ。
初めて聞いたぞ。
『賢人、身代わりアイテムって何って聞いて』
(ほい)
賢人は通話でそう答えると長瀬さんに近寄り質問してくれた。
もちろん俺も回答が聞こえる距離まで近づいた。
「長瀬さん、身代わりアイテムとは何ですか?」
「ダンジョン産のアイテムで『身代わり人形』というアイテムがあります。これは最大10回の攻撃を人形が身代わりで受けてくれるという貴重なアイテムですが、こういう機会でもないと使用できないので存分に攻撃してください」
そんなぶっ壊れアイテムなんてものもあるのか。
俺も念のために欲しいな。
売ってないかな。
「ただし、一定以上の攻撃力で攻撃されると受けられる回数が1回の攻撃で2回、3回と消費されていくので残機が少ないときは注意が必要です。あっなのでNumber1さんは手加減をお願いしますね」
うん、メリットばかりじゃないよね。
このダンジョンが現れてからメリットのみの物の方が少ないか。
『分かったと伝えて』
(了解)
「長瀬さんありがとうございます」
あと、そうそう。
Number1さんって俺だって反応しづらいんだよね。
なんか違う呼び方付けてもらおう。
『あと、Number1さんって長いからなんか略称みたいな付けてって言って』
「了解。長瀬さん、Number1さんって長いので何か呼びやすい名前つけてと言ってます」
賢人が長瀬さんにそう言うと、少し考えこんでから顔を上げた。
「では、ワンでどうかな? 1位だからと単純だが呼びやすい」
うん、呼びやすくて分かりやすくていいね。
カッコいいかと言われるとそうでもないが、元々俺の名前も別にカッコいい名前と言わけでもないからいいか。
『それで』
「それでいいと言っています」
「わかった。みなさんこれからNumber1のことはワンと略称するようにお願い致します。それでは続きを説明します。基本的には攻撃威力を見るというよりもその人の戦闘スタイルを確認するのがメインなのでいつも通りの動きを意識して頂けると助かりますそれではまずはタイガー事務所の虎さんからお願いします」
長瀬さんの言葉で虎虎さんが大野木隊員の方と向き合うような位置に立った。
すると、その四方に隊員の方たちが杖のようなものを置きその前に座り始めた。
そして何かをブツブツと言うと一瞬何かが立方体に展開されるのが見えるとそれはすぐに見えなくなった。
結界みたいな類の能力だろうか。
俺は前に歩き、先ほど展開されたあたりを触ってみると手が壁のようなものに触れた。
ふむ、物理的な結界なのかな。
「それでは虎さんと大野木隊員の準備が整い次第始めてください」
長瀬さんが二人にそう声をかけると、大野木隊員は左足を後ろに少し引き重心を落とし戦闘態勢を取った。
対して、虎虎さんは前傾姿勢で両腕をだらっと地面に着くぐらいに降ろしている。
よく見るとその両手には鋭い爪の武具が装着されていた。
最初に動いたのは虎虎さんだった。
そのだらっとした姿勢から瞬間的に地面を強く蹴り、大野木隊員の足元をその鋭い爪で刈りに行った。
その攻撃を大野木隊員は微動だにせず、地面から急激に生えた木の根っこのようなもので防いだ。
虎虎さんの爪はその根っこに絡み取られその瞬間動けなくなった。
大野木さんはその瞬間を逃さず、両手に木で形成された斧を纏わせハンマーのように振り下ろした。
虎虎さんは爪の武具をすかさず外し、その攻撃を体を捻るように助走なく躱した。
なるほど虎虎さんは爪のような武具と瞬間的なスピードで相手を翻弄するタイプか。
それにしても凄い体幹してるな。
どうやってあのスピードであの姿勢を維持しているのか。
俺みたいなスキルでも所持しているのだろうか、それだったら納得だ。
対して大野木さんは木系統のスキルか魔法の使い手で一撃が重いタイプだろう。
それにあれは防御力も高そうだ。
などと考えていると、虎虎さんがいきなり2人に分身した。
そして、大野木さんを両側から挟み込むように攻撃を始めた。
大野木隊員は最初は対応できていたものの、手数が多くなるにつれて徐々に防御を崩されていき、最後には眼球に爪の武具を突き立てられその戦闘は終わった。
虎虎さんは寸止めできるほどにはまだ余裕があったってことなのか。
それにしても凄いスピードだったな。
これ賢人見えてなかったんじゃないか?
『なあ、賢人、今の戦闘見えてた?』
『いや、まったく何が何だか分からなかった』
『だよね、今の戦闘ここのどれぐらいの人が見えてたと思う?』
『さあどうだろうな』
そうしていると、戦闘を終えた二人が談笑しながらこちらに帰ってきた。
「いやー、大野木はんはだいぶ強くなったなぁ。ただわいとは相性が悪かったんな」
「お褒め頂きありがとうございます。まだまだ精進致します」
二人はそんな感じで中良さそうにこちらに向かって話しながら来た。
元々知り合いなのかな?
「長瀬はん、終わったで。と言っても、ここにいるほとんどの連中がわいの戦闘なんて見たことあるから新鮮味なんて少ないやろうな」
虎虎さんはそう苦笑しながら長瀬さんに向かって言った。
そうなのか、ここにいる人たちはお互いにある程度知っているようだな。
対して俺はほとんど何も知らない。
「いえいえ、また一段と速くなってましたね。もう私の目では所々追えなくなってきましたよ」
「そうか? それは頑張った甲斐があるってもんやな。それでワンはんはわいの戦い見てどう思った?」
おっと、急に振ってくるんだな。
まあ、速くてためになった? かもしれない。
絞りだすんだ、俺。
『速くてとてもためになる戦いでしたよ。あの姿勢を維持しながら戦い続けるセンスは凄かったです』
「速かった、スゲーって思ったって言ってます」
おい賢人さんや、そろそろ通訳めんどくさくなってるんじゃないよ。
もう少し丁寧に通訳しなさい。
「長瀬さん、マイクとスピーカーってないですか?」
すると、賢人が急にそんなことを長瀬さんに言い出した。
「ありますよ」
あるんかい。
準備いいな。
賢人は徐にイヤホンを外しマイクの近くにそれを置いた。
「これでみんなに声が聞こえるようになったな。通訳とか結構めんどいから今後これでな」
そう言ってグーサインを俺に向けてきた。
まあ、それでもいいよ。
じゃあ、感想は直接言いますね。
『虎虎さん、とても勉強になる戦いでした』
「ほーそりゃ光栄だな。ありがとさん、どや? わいと一戦するか?」
『それはご遠慮させていただきますね』
ということで、次の人が再び大野木隊員と戦い始めるため準備を開始した。
次は、相羽事務所の相羽兄弟の片割れである兄の相羽瞭である。
見た目は普通に坊主に剃り込みの入ったヤンキーみたいな感じだが、先ほどからの言動からかなりの脳筋だと思われる。
身長が低いけど、それを言ったらなんか怒られそうなので心に留めておいた。
「それでは準備が整い次第始めてくださーい」
長瀬さんがそう言うと再び戦闘が始まった。
初めに動いたのはやはり相羽兄だった。
脳筋らしく一直線に走っていき右こぶしを振りかぶった。
大野木隊員は虎虎さんとの戦闘時よりもより防御力のありそうな大木を地面から生やし、自分の目の前に置いた。
そんなことお構いなしに相羽兄はその大木に向かって右こぶしを振りぬくと、その大木はまるでそこになかったかのように地面にめり込んで消えていった。
すると、大野木隊員の姿はいつの間にかそこになかった。
よく確認するといつの間にか相羽兄の真横に位置取りを成功していたようで、自分の腕に太い木の根を纏わせてそのまま横腹にラリアットを放った。
相羽兄はそれを横目で確認しふっと笑った。
そして、相羽兄はそのまま吹き飛ばされ結界の壁に激突した。
えっと……。
最後何で笑ったんだ?
謎過ぎる。
そして、二人が帰ってくると
「いやー、やっぱり大野木隊員は強いな! 俺一人じゃ歯が立たないぜ!」
「いえ、もし弟さんもいれば私なんて手も足も出なかったことでしょう」
そうか、相羽兄弟は虎虎さんとは違いいつもは二人で組んでダンジョンに潜っているんだったな。
連携が見どころってわけか。
そして、次に弟の相羽才が戦闘を始めた。
この弟も一人だと弱いんだろう。
と、思ってた時期が俺にもありました。
全然違った。
この弟、強さの次元が違った。
終始一方的に大野木隊員がやられていた。
特にスピードが速いわけではないのだが、自分のスキルや魔法を理解し、戦術の組み方と予見が凄かった。
大野木隊員の次の行動を予測し、事前に対策を講じる。
そして、相手を誘導し隙を敢えて作らせて一方的に攻撃する。
これが天才という者なのだろうと改めて理解した。
この弟とならばもしかしたら俺は対等な関係を築けるかもしれない。
相羽兄弟が強くて有名なのもほとんどがこの弟の力なのだろう。
すると、
「ワン……とか言ったか。俺の戦いを見てどう思ったか聞いてもいいか?」
なんとあちらから話しかけてきてくれたではないか。
『正直言ってその圧倒的戦闘センスは羨ましいと思う。そして一緒に戦ってみたいとも思った』
「そうか、俺もお前の戦闘を楽しみしている。期待を裏切らないでくれ」
それだけ言い残して後ろの方へと歩いて行った。
こいつもイケメンかよ。
ここまで言われたらさすがに手を抜くわけにはいかないな。
すると、長瀬さんが大野木隊員に近寄り声を掛けた。
「大野木隊員、まだいけるかな? 君には作戦アルファに参加してもらう予定だから今はあまり無理をしてほしくない」
よく見ると大野木隊員はかなり消耗している様子だ。
この短い時間でかなり濃密な戦闘を3回も行ったからかな。
精神的には削れているんだろうな。
「いえ、このままやらせてください。ワンと戦って自分の現在地を確認したいのです」
大野木隊員はグッと立ち上がり目に闘志を燃やして長瀬さんに言った。
「そうか、では次は順番を変えてワンにお願いしようかな。いいかい?」
長瀬さんが聞き耳を立てていた俺に振り向いて聞いてきた。
『大丈夫です。ただし、二戦お願いしてもいいですか? 近接戦と遠距離戦でやってみたいのです。魔獣とは戦ったことはありますが、対人戦は初めてなので』
「ワンさん、是非お願いします!」
大野木隊員はすかさずそう言って頭を下げてきた。
真面目な人だな。
こっちは実験を含めての戦闘だというのに申し訳ない。
ということで、最後に戦う予定が少し順番を早めて次に戦うことになった。
それから大野木隊員が息を整えるのを少し待ち、結界の内部へと二人で入って行った。
大野木隊員と向き合うと、先ほどの戦闘と同じく周囲に立方体の結界が作られた。
なるほど。
外から見ると透明に見えるが、中から見ると緑色の壁が見えるんだな。
便利な能力だ。
『大野木さん、最初は遠距離攻撃主体で行きますのでお願いします』
「わかりました。こちらも受け身とか関係なく全力で挑ませていただきます!」
そう会話すると、長瀬さんから「始めてください!」の声が聞こえた。
しかし、俺はすぐに戦闘は始めなかった。
それには訳があるのだ。
『大野木さん、そちらからどうぞ。少し試してみたいこともあるので』
「初の対人戦で実験を入れてきますか。分かりました、行かせていただきます! 『ウッドスネーク!!』」
大野木隊員が唱えると地面から5匹の木でできた大きな蛇が不規則な動きで攻撃を仕掛けてきた。
俺はンパの屋敷でゲットした新スキルを使用する。
すると、その蛇が何かにぶつかった瞬間その動きを停止させ動かなくなった。
大野木隊員は手を大きく動かすもその蛇は微動だにしなかった。
「何で動かない! ダメだ。『針葉樹の雨!!』」
すぐに次の攻撃へと大野木隊員は移行し、突如空中に現れた無数の針葉樹の葉を俺に向かって放ってきた。
大技が無理ならば手数で勝負か。
それでも俺の新スキルは貫けないよ。
俺は指先で新スキルを操作し、再び針の雨を停止させた。
「な、これもダメなのか。だったら、近接しか……」
『もう遠距離攻撃はない感じですかね?』
「恥ずかしながら……」
『じゃあ、防御を先に展開してください』
「いえ、対等な勝負がしたいのでそちらが動いてから私も動きます」
あー頑固なタイプか。
それなら一瞬で終わると思うが、遠慮なく。
俺は腕を前に出し、手を銃の形にする。
すると、大野木隊員は相羽兄の戦いで見せた巨大な大木を前面に展開した。
『ディスチャージ』
指先から放たれた電撃はその大木を避けながら死角にいた大野木隊員を貫いた。
大野木隊員が見えている間に攻撃の経路をセットしておけば死角でさえ命中させることは容易なのだ。
台風島で練習した成果がこんなにもすぐに出るとは嬉しいな。
「うっ……どこから攻撃されたんだ」
その大木が消滅するとそこには地面に膝をつく大野木隊員の姿があった。
大きなダメージを食らって魔法が解けてしまったようだ。
『うん、人の魔法を近くで見るのって面白いですね』
俺はそう言いながら大野木隊員に近寄り手を差し伸べた。
大野木隊員もその手を取り立ち上がった。
「一体、どんな攻撃をしてきたんですか? 防御魔法を展開したと思ったらいつの間にかダメージを受けていたのですが」
『電撃をこう何回か曲げて大木を迂回しながら当てただけですよ、こういう感じにですね』
俺ははそう言って指先で小さな雷を出現させ、ハート形に造形した。
「こ、これは……すごい魔法操作技術ですね。完敗です、それにしてもなぜ私の攻撃は一切通じなかったのでしょうか? そこだけが未だに分かりません」
うーん、俺もあまり検証できていないスキルだから詳しく言えるかどうか。
俺はお面を少しだけずらして大野木隊員の耳元で自分の声で聴いた。
「そんな聞きたいですか?」
「ええ、やはりモヤモヤしてしまうので」
「じゃあ、大野木さんには教えますが他の人には言わないでくださいね?」
「はい」
そう言って、小さな声で新スキルの概要を説明した。
新スキルの異世界鑑定の結果はこうだ。
【skill】
名称 ≫ハニカムシールド
レア度≫5
状態 ≫アクティブ
効果 ≫六角形の半透明シールドを最大5枚まで使用できる。込めたMPに応じて以下の効果が適用される。MP過大供給でシールドに触れたもの全てをその空間に固定する。MPを常時供給でオートシールド発動、害意を自動的に防ぐ。
そう、初の純粋な防御スキルなのだ。
これでもう紙装甲なんて言わせない。
ただ問題点ももちろんある。
シールドを5枚まで使用できるとあるが通常の状態では操作なんてできたもんじゃなかった。
俺にはたまたま造形スキルがあったため操作することができたが、もしなかったらただシールドを出現させるだけのスキルになっていたに違いない。
それにMP過大供給で空間固定の能力があるが、これはオプティカルカモフラージュ以上にMPを消費する非常に燃費に悪いスキルだ。
今回は短期戦であり相手の意表を突くために使用したが、ダンジョンではおいそれと使用できない。
オートシールドに関してはそこまでMPを消費しないためかなり活用できる。
恐らくだが元々のメインの能力はこのオートシールドを想定した能力なのだろう。
ということを掻い摘んで大野木隊員に教えてあげた。
「なるほど、そのスキルでしたか」
「えっこのスキル知ってるんですか?」
「ええ、九州基地に所属している隊員が所持していたと思います。しかし、レア度は3でワンさんのよりも能力がより制限されていた覚えがあります。オート機能なんてもちろん空間固定の能力もなく、最大使用枚数も3枚と言っていました」
「なるほど、俺の奴よりもレア度の低いこのスキルを持ってる人がいるんですね。それはいい情報を貰いました、ありがとうございます」
「いえいえ、私も貴重なスキル情報を教えていただいてありがとうございます。それでは次に近接戦をしましょうか」
「はい」
そうして、再び俺たちは距離を開け長瀬さんに手で合図した。
構えると同時にお面を再び戻し、戦闘態勢を取った。
次は近接戦闘を主体にする対人戦だ。
「それでは2戦目始めてください」
初めにアイテムボックスから一本の剣を取り出した。
これは特に強い武器とかではなく初期の武器の一つだ。
とりあえず経験の少ない近接戦は本気で行くつもりだ。
剣を構えて最大速度で大野木さんに突撃した。
しかし、それを読んでいたかのようにタイミングを合わされて木の斧を振り下ろされた。
けれども、俺もそれを読んでいないわけがない。
俺は足に装着している靴のアイテム天足で小さな足場を作り、それを踏み台に大野木隊員の頭上へと急転換した。
さすがに大野木隊員もこの速度の中での急転換には対応できなかったようで、そのまま地面に転がるように逃げた。
俺は着地する前に一つの魔法を唱える。
『クリスタル』
剣の先から氷の鎖を出し、大野木隊員の足に絡ませた。
その剣を地面に向かって投げ杭を打った。
そのままもう一つ天足で足場を作り出し、大野木隊員の方へと向かう。
『ウォーターライトソード』
手から水の刃を発生させ、そのまま倒れかけている大野木隊員の首元に水の刃を突き当てた。
「参りました、近接戦も完敗です」
そうして大野木隊員は両手をあげ降参した。
ふー、とりあえず勝てたようだな。
それにしても、大野木隊員遅そうに見えるのにこのスピードについて来れるのか。
虎虎さんよりもスピード速かったと思うのにな。
疲れ果てたように気力の抜けた大野木隊員に肩を貸しながら俺は皆の元へと戻っていった。
すると、長瀬さんから声を掛けてくれた。
「お疲れ様です。さすがに大野木隊員はもう無理そうですね。ワンもありがとうございました」
『いえいえ、大野木隊員凄かったですね。虎虎さんよりもスピード上げたつもりなのですが、最初ついてこられて正直びっくりしましたよ。でも、さすがに2手3手目は対応できなかったようですが』
「もう他の冒険者の方々は開いた口が塞がらないといった感じですね」
長瀬さんがそう言うので周りを見てみると、あの口うるさい虎虎さんですら口をあんぐりと開けていた。
皆それぞれ頭を抱えていたり、ぽかんとどこかを向いていたりと様々なリアクションをしていた。
「おっ、ちょいまちなワンはん! なんや今の速度! わいよりも数段速かったぞ?」
『ええ、そのつもりで速度を上げましたので』
「なんや1位ってまじもんの化け物なんやな。わいの唯一の取り柄が分捕らてしもうわ。それにあの魔法の発動速度といい精度と言い魔法も一級品。それにあの速度でなんで急転換なんてできるんや? 完全に動きが人間やめてたで!」
おお、次々と浴びせられる人外勧告。
結構傷つくんだよ?
それを大の大人が高校生に向かって……。
『あれは靴の能力ですね。特に凄いことはしてませんよ』
「それにどうやってあの一瞬であれだけの動きをできるんや。大野木はんの一動作にワンはんは2も3も動いていたで!」
『うーん、それは何ででしょうね。俺にもわかりません、俺にとってはあれが普通なので』
「はー、1位は言うことがちゃいまんね! どうやろ? わいと一戦せんか?」
『だからやりませんって』
「ちぇー、どっちが早いか勝負したい思ったのになぁ」
そんな感じで再び虎虎さんに絡まれているとその空気を切るように長瀬さんが次の戦闘を促してくれた。
「じゃあ、次綾人さんお願いできますか?」
長瀬さんがそう言うとチャラ男は何か分が悪そうな顔をしていた。
「あの……物凄くやりづらいのですが。やらなきゃダメですか? 俺たちの戦闘スタイルなんてワンさん以外皆さん知っていますし」
「うーん、綾人さんがそういうならば仕方がないですね。この後の方皆さん同じ意見ですかね?」
長瀬さんがそう言うとみんな揃って頭を縦に振った。
もちろん俺も首を縦に振った。
別になんかもう満足した感があるからね。
「では、今日はこれで終わりにしますが明日には再び集まっていただきますのでよろしくお願い致します。一度家に帰られる方は隊員にお伝えください。送り迎えを致しますので。それではみなさん今日は長い間お疲れさまでした」
という長瀬さんの締めで今日という濃い時間は終わってくれたのであった。
いやー、とりあえず作戦期間中はゲームできないからンパに仕込んでやろう。
それだったら他のゲーマーに大きく差をつけられることもないだろう。




