信じるな!感じろ!
「ただいまー。ンパいるかー?」
俺は自衛隊の基地から酔うことなく無事に家へと帰宅した。
玄関の扉を開けるとドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
そして、それは俺の目の前で立ち止まった。
「はーい! おかえりなさいませ、ご主人様」
おっと、危うく胸をドキドキさせてしまうところだったぜ。
危ない危ない、こいつは女子じゃない、じゃないんだから。
落ち着け、リトル蛍よ。
「ンパ、それ先輩から教えてもらっただろう」
「はい! これがニホン? の挨拶だと教えてもらいました! これさえ覚えれば日本で生きていけると教わりました!」
おい、どんな大嘘だよ。
そんなこと教えてンパが家を飛び出しでもしたら路頭に迷うことになるぞ?
そんなんで生きていけるのはメイド好きしかいない平和な世界だけだよ。
「ンパ、今後その挨拶禁止な」
「な、な、何でですか? せっかく練習したのに……」
「いや、その挨拶ってほんのごく一部の希少な人種にしか通じないからな? むしろそれで誰彼構わずやってみろ? 赤っ恥かくぞ?」
「え? 本当ですか?」
「本当も本当だよ。俺が嘘ついたことあったか?」
「…………」
「ん?」
おい、そんな考える必要ないだろう。
「あっ一度もないですね! 確かに!」
そんなに考えないと気づかないの?
そんな意地悪した覚えはないんだけど。
「もうお前の教育は先輩には任せられないな。もう恵かひよりとは会ったか?」
「会いました!」
まじか、3人もいてこの教育なのかよ。
これは先が思いやられるな……。
いっそのこと教育係は賢人に任命してあげよう。
こいつが無性ということは黙って。
ふっふっふっ、いずれンパが無性だと知った時の賢人の反応が楽しみだな。
「おーし、ンパ! よーし、よしよし」
ンパの頭をわしゃわしゃと撫でながら企みの笑みを浮かべた。
「な、なんですか? 急にそんなに優しくされてもンパは騙されませよ?」
何に騙されるんだよ!
俺は至って健全だよ!
「お前の教育係はこれから帰ってくる賢人ってやつに任せることにする!」
「わかりました!」
「ちなみにお前の性別は女ということで通すこと! 以上だ!」
「はっ、分かりました! 蛍軍曹殿!」
おっこいつこういうノリは分かるんだな。
いや、先輩に教えてもらったのか?
その後、他の女子3人にもンパをこれからは女子と扱うようにと俺の企みを説明し、協力を取り付けた。
そしてこいつら凄いくらいンパにデレデレだった。
ひよりなんてこの子をアイドルにする! とか言ってた。
そんなことは絶対にさせないけどな。
ただでさえンパは地球上では異物であり、危険な存在なんだ。
俺がリードを付けて飼ってやらないと、何をしでかすのか分かったもんじゃない。
まあ、甘やかすのは構わないが常識ぐらいはしっかりと教えて欲しいものだ。
というか、ンパよりも俺を存分に甘やかしてくれ!
俺は甘やかされて褒められて伸びるタイプなんだ!
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リビングで俺は一人掛けのソファに足を組んで堂々と座っていた。
俺の後ろには右から先輩、ンパ、ひより、恵。
そして俺の膝の上には獣化したクウにぽん、新入りのアイを配置し、モフモフしていた。
目の前には跪いている賢人がいる。
「というわけで、ンパの教育係を賢人に任命する! 良きに計らえ!」
俺が玉座(一人掛けのソファ)から威厳を持ってひれ伏している賢人に任命した。
「ははぁ!」
賢人もノリが良いことで鞄を床に置いてひれ伏してくれた。
さすが、わかってらっしゃる。
「うむ、褒美に我が一度だけ何でも言うこと聞く券を授けよう」
そうして俺は懐から『なんでも言うこと聞く券。一回限り有効』と手書きで裏面に書かれたレシートを一枚あげた。
「…………で? 誰この子?」
おっと、早いな。
もう少し付き合ってくれたらお茶を濁せると思ったのに。
そうこの茶番劇は賢人が帰って来てすぐに行ったため賢人は何も知らないのだ。
賢人からすると、知らないのが一人と一匹増えてて意味が分からないことだろう。
「俺の…………隠し子だ!」
「嘘つけ!」
「……バレたなら仕方がない。正直言うがこの小っこいのは俺の隠し子ではない」
「素直でよろしい。……で、本当に誰なんだ」
「ンパさんや、自己紹介しなさい」
すると、俺の前にンパが出てきて華麗な敬礼をした。
「はい! 上位魔人にして最強の種族ヴァンパイアの一角、名前をンパと言いますです! これからお世話になりますです、先生!」
「……おい、情報が多すぎる。上位魔人? ヴァンパイア? ンパ? 先生?」
「ということで、こいつのことよろしく頼むな賢人先生」
「いやいやいや、まじで意味が分からんぞ。まず上位魔人ってなんだ?」
ふーやれやれですな。
環境適応度が低すぎますね。
これは一から説明しなきゃならないようだ。
茶番劇で切り抜けようとした俺の案が通じなかったようで。
「さて、ンパさんやじっくりとねっとりと教えてあげるがよい!」
「ははぁ!」
ということで、俺はその場を先輩と恵とひよりと共に退散した。
もちろん賢人のあのキョトンとした顔を撮ることは忘れない。
さぁ、あとは自分の力で自分の居場所を勝ち取るがよい、ンパよ!
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翌日。
『先輩の作業場見せてください!』
『ええ、いいわよ。まだ改造途中なのだけれど』
という、昨晩の一言で俺は地下に造ったという先輩の作業場を見に来ていた。
そして俺は絶句? 感動? のようなよくわからない高揚感なのか何なのか本当にわからない感情になっていた。
「これは何というか……トニー・ス〇ークの作業場ですね! というか、既視感しか感じません」
「だってそれを参考にしたんですもの」
もうこれは完全に俺の知識が崩壊しそうなレベルです。
なんですかこのさっきから勝手に動いている腕みたいなアームは。
なんですかこの空中に映っている画面は!
てか、さっきから喋っているこの無機質な声は誰ですか!
というか、なんですかこの高級車は! 完全に解体されてますけど! もったいない。
あとこれで強力なスーツとかあれば文句なしだったのに。
まじで未来感しかないのだが。
完全に俺の知識というか、もはや現代の科学レベルを無視している気がするよ。
確実に先輩は高校の時よりもハイレベルになってるね。
これは俺もここに浸りたいくらい気に入った。
というか、ここにいくら使ったんだよ。
まあ、いいんだけどこんなにお金使うなら少しくらい相談してくれてもいいのに……賢人よ。
おっと、ここに来た目的を忘れていた。
「それで頼んだアイテムの魔改造ってどうなってますか?」
以前に賢人経由で頼んだ魔力電波変換器の魔改造のことだ。
「魔改造ね、正直手が止まってるわ。ある程度は解析と理解ができたのだけれど、一部明らかにこの世界の法則を超越したシステム領域があるのよ。そこが難解で手が付けられない 状態よ」
先輩でも難しいのか。
これは何か異世界関係で必要な何かがあるのかな?
賢人に聞いてみよう。
「分かりました! 俺も色々聞いてみますね! それにしてもあの高級車いくらしたんですか? 解体されてますけど……」
「あれ? 確か3000万円くらいだったはずよ。アッキーに頼んだら買ってくれたわ、一度、 高級車を解体してみたかったのよ」
と、ここから先輩のメカ語りが始まってしまった。
やばいこれは2時間ぐらいこの高級車の解体について語られるな。
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さらに翌日。
俺と賢人は会議に参加するべく再び自衛隊の基地へと来ていた。
「おい、蛍そんなに落ち込むなって」
「はぁ、ゲームのイベント逃したぁ。はぁ」
俺はゲームの大規模イベントのことをすっかりとこの騒動で忘れていて時期を逃していたのだ。
この溜息は忘れていた自分への恨みと、イベントで入手したかったアイテムが入手できなかった溜息だ。
「おい、そろそろ会議室に着くぞ、仮面付けなくていいのか?」
「もうこの作戦終わったら俺は一年くらい部屋に引きこもるからな。今回のイベント分も堪能してやる」
俺はそう天井で見えない空に向かって切実に呟いた。
仮面……仮面? あーそうだ仮面付けないと。
とりあえずこれでいっかな。
俺はアイテムボックスから見猿の仮面を取り出した。
これはダンジョンアイテムではなく、ごく普通の仮面である。
俺の持っている「無音のお面」は外に声を通さないため人と話すことができないのだ。
その為、顔バレしないよう、かつ仮面を付けたままでも人と話せるように普通の仮面をとあるお店でいくつかオーダーメイドしておいたのだ。
もちろん俺にアーティスティックな才能など皆無なので仮面職人の人にデザインはお任せした。
あとはンパが描いたお絵描きの絵の一つを仮面にした。
一応、俺のランキングと素顔を同時に知っているのは国の上層部と自衛隊と対策機関の上層部のみとなっている。
上位のダンジョン冒険者には動画から俺の見当みたいなのは付いているみたいだが、素顔だけはバレていない。
その為、念を入れてこの仮面をつけて会議に参加するのだ。
顔バレすると面倒なことに巻き込まれそうだから、その保険である。
すると、先頭を歩いていた自衛隊員の方が扉の前で足を止めた。
そして、そのまま扉を開けた。
隊員の方が開いた扉を維持するために先に入り、長瀬さん工藤さんと続き、賢人も入って行った。
賢人め、さすがに二回目だと慣れがあるのか?
俺は他のダンジョン冒険者に会うのが少し怖いぞ。
なにせ未だにちゃんと他のダンジョン冒険者と会ったことがない。
一応、台風島のダンジョンでは倒れていた人とは会ったが、あれはノーカン。
俺は一つ深呼吸をしてから賢人の後を続くように部屋へと入った。
そこで致命的なことに一つ気づいた。
この仮面視界悪い。
だからなのか、少し離れていると顔すら見えない。
これなら怖いもなんもないな、見えないから。
今度、もう少しだけ目のところ大きくしてもらおう。
それに呼吸もしづらい。
そう考えると、やっぱり視界も良好で呼吸も良好なアイテムのお面って凄いんだな。
そう改めて考え深く思っていたのであった。
あっ見ざるの仮面だから敢えて見づらくしているのだろうか?
そう考えると、この製作者の力の入れようが凄いとも考えられるな。
そんな呑気な蛍とは裏腹に、その会議室では謎の仮面を付けた人物が突然入ってきた瞬間、 鋭い視線を皆一様に向けた。
……はずなのだが、当の本人は視界の悪い仮面のせいで気にもしないように歩いてったのであった。
その姿にみんな一様に「あっこいつがNumber1か、さすがだ」などと考えている人もいたかもしれない。
俺は席に着き、会議とやらに参加したのであった。
すると、長瀬さんが立ち上がり徐にスクリーンの前に立つとプロジェクターが起動し映像が映し出された。
「今一度参加していただきありがとうございます。それでは、正式に全員が揃い、作戦の詳細が決まりましたのでお伝えいたします。と、その前に一つだけ。皆さんが疑問に思っていらしたNumber1の実力は本当に大丈夫なのか? という問いについてお答えしたいと思います」




