ト・モ・ダ・ち?
長瀬さんによる北海道奪還作戦の説明が続く。
「次に作戦の4段階目『デルタ』についてです。これは基地周辺の安全を確保できたと判断できた際に始まります。この作戦では基地別における戦力の再配分を行い、連絡網の確立が目的になります。基地周辺の危険度によって戦力を推測し配属を正式に決定いたします。また、連絡網の確立を行い部隊単位での行動の決定を行います。ダンジョン冒険者の皆さんはこの作戦には大きく関与いたしませんが、私たちの采配によって配属場所が変更となる可能性があります」
作戦デルタ、これは要するに混乱を防ぐために指揮系統を再構築するのが目的ということか。
「次に5段階目作戦『イプシロン』です。この作戦は皆さんが主体の作戦になるため、予定では作戦『デルタ』と同時進行になると思われます。ここでは私たちでは対応できない強力な魔獣との戦闘および殲滅が目標になります。ワイバーンを除き現在確認されているのが稚内に二体、札幌に四体、旭川に一体が最低でも確認されています」
この作戦では蛍ががっつりと関わりそうだな。
むしろ作戦『アルファ』の次に蛍が重用されそうな作戦だ。
「この作戦が終了すれば、あとは対策機関でも対応可能な魔獣ばかりです。その為、これ以降の作戦では自衛隊及び対策機関主体になりますので、皆さんはここで解散されてもそのまま作戦に関与して魔獣の掃討作戦に参加しても構いません。以上が、簡単ではありますが作戦の概要となっております」
なんとなくは作戦の流れが理解できた。
アルファで作戦において難関であるワイバーンを日本屈指の冒険者たちで殲滅。
ベータで全軍北海道へ乗り込み東西南北に仮の基地を建造。
ベータプラスで基地の増設。
ガンマでダンジョンの差し押さえ。
デルタで指揮系統の再構築。
イプシロンでワイバーン以外の強力な魔獣の討伐。
最後に雑魚の殲滅戦および安全地域を徐々に広げていき土地の奪還を目指すということか。
結構な段階踏むな。
まあ、元から奪還作戦は行う予定であったから作戦内容が決まっていたのかもしれない。
それでこの後はどうするのだろうか。
その回答は長瀬さんからすぐにあった。
「えー、それでは一度事務所ごとに希望や質問、戦力をお伺いしますので隊員が順次隣の部屋へと案内いたします。順番はこちらになります」
そう言うと、プロジェクターで順番がスクリーンに映し出された。
えっと、俺達の事務所は……一番最後か。
「順番はあいうえお順となっております。記載している時間は目安となっておりますので大体この時間にはこの部屋にいてくれると助かります。その間は食堂を利用されてもここにいてもらっても構いません。要望があればここに常駐している隊員に話してください。最後に、作戦についての質問以外で何か質問はあるでしょうか?」
その他の事務所はあいうえお順じゃないけど。
一番最後になってるし。
すると、再び虎さんと呼ばれていた関西人のおっちゃんが口を開いた。
「作戦についての質問はこのあとの面談で回答してくれるんかいな?」
「はい、そのようにする予定です。重要な事柄であれば後ほど皆さんに周知致しますので」
「ほな、うちはまだ時間あるから食堂でメシでも食べてるわな」
「では、他に質問がある方はいらっしゃいますか?」
「…………」
「何もないようですね。それではこの場は一旦解散とさせていただきます。それでは最初の相羽事務所の人たちは私についてきてください」
そう言うと、冒険者側に座っていた男が二人立ち上がった。
坊主に何かの絵柄の剃り込みを入れた怖そうな男とその隣の一見根暗そうだけどよくみるとイケメンだ。
この人たちはネットで見たことあるダンジョン冒険者だ。
あれが有名な相羽兄弟なのか。
太陽の兄と月の弟として世間で人気の高いダンジョン冒険者である。
特に弟の方は最近流行っている塩顔系のイケメンで、さらに何か闇を持ってそうな雰囲気を醸し出しているため熱烈なファンクラブが存在しているとか。
確かにあれはモテそうだ、羨ましい。
すると、長瀬さんの隣に座っていたはずの工藤さんがいつの間にか俺の隣に座ってニコニコしていた。
「やあ、秋川くん久しぶりだね」
「うわっ、びっくりした。工藤さんですか、いつの間に隣に……」
「いやー、君がぼーっと相羽君たちのことを見ていたから驚かせようと思って、ちょこっとスキルをね」
そう笑顔でさらっという工藤さん。
確かスキルって貴重な幻術系の類だったよね。
全くもって無駄な使い方を……。
「あはは、それで何ですか?」
「ああ、蛍くんのことだよ。とりあえず彼はまだ生きているから安心してね、ということを伝えに来たんだよ」
えっ?
「それ本当ですか?!」
俺は少しだけ身を乗り出した。
「やっぱり秋川君は知らなかったんだね。隊員からの報告であれ、知らないのかな? って思ってね。ネットにも常に配信されているランキングについては知っているだろ?」
「もちろんです」
「世間ではあまり知られていない方法なんだけど、ある程度上位の者にしか適用されない裏技みたいな方法で生存が判別できるんだよ。あそこにはまだ『Number1』と『日本』の文字が載っているということはまだ彼は生きているという証なんだよ」
なるほど、確かに順位の変動しづらい上位ランカーにしか通用しない生存確認の方法だ。
それにしてもランキングは死んでからタイムラグとかはないのかな?
「それってもし死んでいたらどうなるんですか?」
「それは簡単だよ。死んだ瞬間にランキングから除外される、それだけのことだよ。とりあえずこのことだけでも伝えようと思ってね」
なるほど。
だから蛍がまだ生きてるって断言できるのか。
「ありがとうございます」
「構わないよ。それじゃあ、私も隣の部屋に行かないとだから、もう行くね」
工藤さんは席を立ち、この部屋を出ていった。
それにしてもそんな生存確認方法があるとは考えつかなかった。
ある意味便利であるが、不便なランキングシステムの有用性ってことか。
とりあえずみんなも心配しているだろうし、今の内容を連絡しとくか。
鞄からスマホを取り出し、先輩、ひよりちゃん、恵にそれぞれ連絡を入れておいた。
さてさて、俺はこの暇な時間をどうしよっか。
とりあえず昼ご飯でも食べてこよう。
……食堂の場所ってどこだっけ、だいぶ前のことだから忘れた。
扉の前にいる自衛隊の人にでも聞いてみようかな。
俺も他のみんなと同じように席を立ち、扉の前にいる隊員に話しかけた。
「あのーすいません。食堂の場所ってどこでしたっけ?」
そう隊員に尋ねると、一枚の紙を渡された。
「はい、こちらが施設内の案内図になります」
そう言って案内図を渡され、指さしで現在地と食堂の場所を教えてもらった。
現在地はこの大会議室ってところか。
ふむふむ。
「助かりました、ありがとうございます。お勤め頑張ってください」
一言そう言うと隊員の方は敬礼を返してくれた。
おっこれは……。
俺も「はっ!」とか言って敬礼を返した。
いやー、これが本物の敬礼か。
俺みたいな偽物の敬礼とはキレが違いますね。
そうして部屋を出ようと扉を開けると、俺の肩に異様に強い力でガシッと掴まれた。
え、何かフラグ建てたっけ。
てか、肩痛い痛い!
ダンジョン冒険者はみんな力加減がおかしい!
もう少し凡人には優しく接しようよ!
蛍もそうだったけどあいつもいつの間にか馬鹿力になってたし。
恐る恐る後ろを振り向く。
「おう、さっきは一方的に喋ってすまんかったな。俺はタイガー事務所の虎っていうもんや。食堂行くんやろ? 一緒にどや?」
その人は先ほどの厳つい関西人おっちゃんだった。
絡みたくないと思えば思う程絡まれるのかなぁ。
まあ、断る勇気はない!
「えっと、構いませんけど」
「ほな行こか! わい朝ご飯食べる時間なかったから腹減ってるんや。Number1とも話をしてみたいしな」
そう俺の背中をバンバンと何度も叩いて背中無理矢理にを押してきた。
ちなみにだけど、背中を叩かれるたびに俺は息がはうっ! ってなっていた。
まあ、「やめろ!」という勇気もないので愛想笑いを浮かべてやり過ごした。
んー、やっぱりこの人苦手。
本当はいい人なんだろうけど、苦手意識が先行しているのかな。
にしても…………背中ジンジンする。
その後、虎さんが一方的にどうでもいい大阪話を展開しつつ俺はとりあえず愛想笑いして頷きながら食堂へと着いた。
食堂に入るとふわっとスパイシーな香りが鼻を突き抜けてきた。
この匂いはカレーか!
自衛隊のカレーは美味しいから当たりだな。
そのまま俺と虎さんは列に並んでカレーを受け取り、空いている席を探し歩き回っていた。
と、虎さんが少し先を指さした。
「おっ、あそこ空いているみたいやな」
虎さんの言う通りちょうど対面で二席だけ空いていた。
そこに足早に向かう。
「おっ綾人はんやないか。お隣失礼しますよっと」
虎さんは隣のイケイケ大学生みたいなチャラ男に一声かけて着席した。
俺も隣の可愛い人にペコリと挨拶して隣に座った。
この人達はさっきもいた人たちだな。
「虎さんじゃないですか。俺の隣で良ければどうぞどうぞ」
「ほなほな。それよりも何度見ても綾人はんのチームは美男美女揃いでやんなー。羨ましいわぁ」
「あらやだ、私のこと美人ですって。ねえ、綾人私のこと美人だって! 聞いた?! ねえ? ねえってば!」
綾人はんと呼ばれている人の背中を隣のポニテールの女子がバシバシと強く叩いていた。
女子の方は嬉しそうだが、綾人さんはため息をついていた。
あっ、なんかこの会話だけでこの人たちのチームの雰囲気が分かった気がする。
苦労人のイケメンチャラ男綾人さん率いる残念軍団ってところかな?
まあ、決めつけは良くないもう少しだけ見てよう。
「ははっ、綾人はんも罪なやつやなー。こんな美人さんを無視するなんておっちゃんなわいならできひんわな、はっはっ」
「虎さん……あまりこいつらを褒めないでくださいよ。こいつら調子に乗るじゃないですか。というか、こいつらいりますか? 欲しいならあげますよ?」
ちょっ、ちょっ綾人さんスプーン曲がってますよ!
力入れすぎです。
「ははっ、ご勘弁してくださいな。ああ、忘れてた。こっちの若いのが……えっと、名前なんだけ?」
唐突に俺に話を振ってきた虎さん。
うん、ここだな俺がNumber1じゃないと否定するのは。
「俺は……」
「ははっ、虎さん俺でもさすがに知ってますよ。Number1でしょ? 俺もあの動画見ましたからね。にしても本当に高校生だったとはすごいねえ」
おい、さっきから何なんだよ!
何で俺の発言をみんな遮るんだよ!
何だよこれ、俺の今日の正座運勢が12位だったことが影響しているのか?
でも、大人相手に声を荒げたり強く主張できない自分の性格が憎い!
「あの……だから、その……えっと」
「あはは、長瀬さんから事前にNumber1のことはあまり詮索しないようにと釘刺されているから別に名前を言わなくても大丈夫だよ。深く入り込もうとしているのは怖いもの知らずの虎さんくらいだよ」
だから、遮るなよチャラ男め!
てか、動画ってなに?
それに詮索をしなように言い含められているのか?
そりゃそうか、俺でもぽっとでの新人が世界最強の人間ですって言われたら色々と詮索したくなるよな。
そう考えると、今日は虎さん以外に話しかけられていないな。
というか!
俺はNumber1じゃない!
ただの関係者だ!
「あの、だから……その」
「わいはNumber1の名前ぐらい知りたいけどなぁ。教えてくれへんか?」
ここだ!
「俺は……」
「虎さん、怒られても知りませんよ?」
おい、チャラ男!
俺が心の中でチャラ男に殺気を向けていると、俺の隣の女子が話に入ってきた。
「綾人、虎さん」
「どうした鈴菜?」
「どうしたんや、鈴菜はん」
「さっきからこの子何か話したそうにしてるよ? 話遮ってて可哀そう、ね?」
鈴菜さんと呼ばれている人が助け舟を出してくれた。
ありがたい。
「はい、あのその皆さん勘違いしてますが、俺はNumber1じゃないです」
俺がそう言うと、「な?!」みたいな顔をこの周囲のみんなにされた。
おい、どれだけみんな勘違いしてるですか。
「えっと、じゃあ君は?」
「俺はほた……Number1の事務所の経営みたいなのをしている友達です」
「なんや、そうやったんか! 勘違いしてすまんな。動画の後姿と似ていたし見たことない顔だったからてっきり君がNumber1本人やと勘違いしてたわ」
「あの、さっきから言っているその動画って何なんですか?」
「おや、今ネットで話題になっている動画知らないですか?」
「綾人さん……でしたっけ? 敬語じゃなくていいですよ、俺の方が年齢が下のようですし」
「そうするよ。で、この動画はまだ見てなかったのかい?」
そう言って綾人さんは自分のスマホで一つの動画を見せてくれた。
そこには広大な砂場に立っている一人の男がいた。
確かに後姿は俺に似ているが、白いマフラーに紺色の外套、そしてこの後姿は蛍に似ている。
すると、その後地面から大量の巨大ミミズのような魔獣が飛び出してきた。
その後は、一方的な蹂躙が行われていた。
その蛍と思わしき男が空に向かって右腕を向けると空から突如として紫色の雷が落ちてきた。
その攻撃でその魔獣は一瞬で消し炭となった。
これは蛍の電撃魔法サンダーボルトに似ているな。
一応、俺は蛍のステータスや魔法を一通り把握しているからこの魔法は見たことがあった。
その後、何度か同じように一筋の雷が魔獣に向かって落ちていった。
そして、動画の最後の5秒。
そこは圧巻の一言だった。
先程の落雷が一瞬で分割していき全ての魔獣に落ち、砂場にいた魔獣が全滅したのだ。
そこで動画が終了していた。
これって多分蛍だよな?
でも、なんで………。
「綾人さん、この動画は?」
「やっぱり知らなかったんだね。今日も来ていると思うけど、自分のダンジョン攻略を動画サイトにアップしている冒険者のこと知ってるかい?」
「えっと……初耳です」
「うん、そうだよね。彼が上げた動画にこのシーンがあったんだ。彼も日本ではそれなりの上位ランカーとして人気のある冒険者なのだが、彼が倒せなかった魔獣を一瞬で消し炭にした冒険者の動画がこれなんだ。それに俺達上位の冒険者はそれぞれ面識があるんだ。しかし、俺達はこの人物を知らないから消去法でこいつがNumber1じゃないかって結論に至ったんだ。それで今日の会議で最後に現れた君がこの動画の後姿に似ていて君がNumber1じゃないかてみんな思ったのさ」
「だから皆さん俺のことジロジロ見ていたんですね、納得です」
それにしても蛍は何やってんだよ!
「聞こうか迷ったんだけど、この動画の冒険者は君のところのNumber1であってるのかな? 結構気になってるんだよね」
「えっと……多分そうだと思います。多分この動画配信の冒険者が行っていたダンジョンって台風島のダンジョンですよね?」
「そうだったはずだよ」
「じゃあ、絶対にそうです。あいつも「台風島に行ってくるわ!」とか言って飛び出していきましたし」
「へえ、君も苦労してそうだね」
綾人さんはそう俺に苦笑を向けてきた。
ああ、この人やっぱり苦労人だな。
心中お察しいたします。
「でも、あいつについてはあまり詳しく話せないんですよ。あいつが嫌がりますから」
「そうなんだろうね。長瀬さんもかなり苦労してそうな感じで話していたからね。でもまあ、俺達も別にNumber1に迷惑かけたいとか思っているわけではないから安心していいよ。ここに来ている冒険者が全員そう考えているわけではないと思うけどね」
「情報ありがとうございます。俺もほた……あいつもまだ現在の社会状況を全て理解できているわけではないのでそう言った情報は物凄く助かります。特にあいつは情報収集とか全くやらないので」
「そうなのか、俺で良ければいつでも情報は渡すよ? 俺たちは同じ日本の冒険者だし、奪還作戦でも一緒なんだからね」
「そうですよね、あいつはあんまり関わりたくないとか言ってましたが俺だけでも知り合いは作っておかなきゃですよね。良かったら連絡先教えてもらえませんか?」
「全然いいよ。はいこれ」
「わいとも交換しようや!」
「あっ私もお願いします! ワンチャンス年下の彼氏……」
「私も」
「俺は権田って言うんだ! 俺も頼むよ」
そうして、タイガー事務所の虎さん、新選事務所の飯尾綾人さん、権田孝さん、金井彩夏さん、飼葉鈴菜さん5人と連絡先を交換し、仲良くなったのであった。
その後、少しの談笑ののちみんなバラバラになっていった。
俺は暇つぶしとして先ほど聞いた配信者の動画を色々と見ていた。
そして、自分の事務所の順番が来たが蛍はそれでも間に合わなかったため、特に詳しい内容を話すでもなくその日は終了した。
それから2日後、蛍はここに到着したのであった。




