お伽話の怪物の弱点って本当なの?
俺はンパと手を繋ぎ、城庭に植えた転移アイテム記憶の彼岸花の前にいた。
ンパの服装はドレス姿ではなく俺の持ってきていたパジャマを今は着せている。
あのドレスで家に来られると邪魔で仕方がないので今は俺のアイテムボックスの中にある。
そして、そんなサイズの合っていないダボダボの服を着て横にいるンパに俺は声をかける。
「おし、ンパ準備はいいか?」
「大丈夫です! 今から楽しみで武者震いが止まりません!」
ンパは満面の笑みでそう答えた。
しかし、ンパは武者震いというよりももじもじとしていた。
これはトイレか?
なんでそう見栄を張るのかね。
「トイレ行きたいなら、待ってるからさっさと行ってこい」
「でも……置いて行ったりしないですか? 私がトイレに行ってる間に帰っちゃったりしないですか?」
俺の隣にいるンパは下からジッと俺の目を覗き込んできた。
こいつは何でこう可愛いのだろうか。
しかし、俺は騙されないぞ。
「ああ、ちゃんと待ってるから早く行ってこいよ」
ンパは俺の言葉に一つ大きく頷き、走ってトイレに向かった。
少しするとトテトテという言葉が合うような可愛らしい走り方と満面の笑みでで戻ってきた。
「おし、もう忘れ物はないか? 当分はここに戻ってこれないからな」
俺が再び横にいるンパに尋ねると、「うん」と大きく頷いた。
次にここに来るときはこのダンジョンを攻略する時だ。
ンパ曰く、このダンジョンはまだまだ続くそうだ。
今回はこのダンジョンにいつでも転移できるように記憶の彼岸花を植えるのが目的だった。
移動型ダンジョンなんていつ入れるかわからない不規則なものだからね。
おーし、じゃあまたな、俺的第二ダンジョン!
俺は摘まんでいた一輪の花びらをちぎり取った。
すると、視界が赤一面の庭から見慣れた俺の部屋へと一瞬で変化した。
鑑定結果の通りにアイテムが正常作動して良かった。
試しでダンジョン内からダンジョン内へと転移することには使ったことあったが、外と内での転移は初めてである。
その為、少しだけ不安であったのだ。
胸をなでおろした俺はこの部屋から移動しようとすると、ンパは握っている手に力をギュッと入れて俺を制止してきた。
横を見ると、ンパはこの部屋にある物だけでも珍しいようでポカンと口を開けて周りをキョロキョロと見まわしていた。
そして、何かに感動しているのか目をうるうるとさせてさらに手に力が入っている。
しかし、ンパには申し訳ないが俺には悠長にここで時間を使うほど暇なわけではないのだ。
なにせ奪還作戦の打ち合わせに遅刻している。
そう思い再び動こうとするもンパに制止された。
うーん、仕方がないか。
こんなキラキラと輝く無邪気なンパの顔を見ていたら、もう少しだけなら付き合ってやるかという気持ちになっていた。
まあ、眺めている分には可愛い奴だからな。
そうして少しの間、ンパから「これは何?」って多く質問があり、それに答えていた。
ンパは満足したようで俺たちは無駄に広いこの家のリビングへと向かう。
しかし、城で長い間暮らしていたンパには違ったようだ。
「意外とこの家って狭いんですね。蛍さんはお強い方なのでどんな凄いところに住んでいるのか期待していたのですが……あっすいません、別にそんなこと微塵も思ってなかったりします」
ンパは俺に聞こえないような小さな声で言ったつもりのようだったが、俺の耳にははっきりと聞こえたため、笑顔でンパの顔を覗いた。
すると、すぐに謝ってきたンパ。
いや、狭いってそれはンパの住んでいた城に比べたらね。
日本で行ったら相当広い方だよ。
これは当分この家から出すことはできないな。
日本の常識を勉強させなければ。
そんなことを考えながら我が家ツアーを1時間くらいかけて行った。
その後は、ンパを大人しくさせるために色々とお菓子やジュースを机に準備し、それを食べさせた。
ンパは目を光らせながらパクパクと湯水のごとく食べていった。
その間に俺はスマホの電源を入れ、賢人に電話を入れる。
すると、1回コールがなった瞬間に賢人の声がした。
『おい、蛍! 今どこだ?!』
おっと、耳がキーンとなりましたね。
これは相当怒っているかな?
「いや、ちょっと想定外が起きて、今家に帰ってきたとこ。遅れたことは本当にすまないと思っている」
『そうか、今から自衛隊員の方が迎えに行くそうだから大人しく家で待っててくれ』
それだけ言われて一方的に賢人に電話を切られた。
おっと、意外と怒っていないのかな?
案外あっさりしてたな。
もっと頭ごなしに怒られると思っていた。
しかし、どうしよう……。
自衛隊が来たらンパのことが確実にばれるよな。
それに一人にもできるわけがないし自衛隊の基地に連れていくわけにもいかない。
こいつはステータスカードを持っていないから身分を証明できないしな。
誰か一時的に預かってもらうか、相手をしてもらわないといけない。
ツアー中に家の中を確認したが、今は誰も家にはいないようだった。
まあ、賢人以外はみんな学校なんだろう、今は平日の12時頃だしな。
早く誰か帰ってこないかな。
いや、誰かというより先輩しか今の時間帯に暇な人ははいないか。
そうやって机に出したお菓子やジュースをペロリと食べたンパに、冷蔵庫にあったケーキを与えていると、ちょうどいいタイミングで誰か帰ってきたようだ。
それにしてもこいつの食欲はどこから来ているんだ。
かなりの量のお菓子を出したはずなんだが。
そんなことを考えながら玄関に駆け寄って確認すると、都合よく先輩が家に来たようだった。
「先輩! ちょうどいいところに来てくれました!」
俺はつい嬉しくて大きな声で先輩に声をかけた。
しかし、脱ぎづらいブーツを脱ごうとして床に座っていた先輩は俺の声で少しビクッとしていた。
すいません、もの凄くいいタイミングで嬉しくて。
誰もいないと思っていたから気を抜いていたのかな?
この時間帯はいつも誰もいないしね。
それに俺は今までダンジョンでいなかったしね。
「びっくりした。ほたるん帰ってたのね、おかえり。そんな焦ってどうしたの?」
「先輩にちょっとお願いがあるんですけど、いいですか?」
「何?」
「あの俺が帰ってくるまでこいつの面倒を見てもらえませんか?」
そう言って、俺の後ろに隠れていたンパを先輩に見せた。
てか、こいつ人見知りなのか?
俺との初対面ではあんなにも堂々としていたのに、今は顔を赤くして俯いている。
そして、か細い声で「ンパです……」と言った。
「誰かしら? 隠し子か何か?」
隠し子っていつの時代だよ。
というか……、
「むしろ聞きたいんですが俺に隠し子がいると思っているんですか?」
「思ってないわよ」
「即答はそれで傷つくんですが。まあ、いいです、ちょっと訳ありな子でして……」
そうして、俺はンパを連れてきたあらましを簡単に説明した。
ダンジョンで出会ったこと、ヴァンパイアという種族の上位魔人であること、地球の文化に興味を抱いていること、ダンジョンや異世界の情報を多く持っていることなど。
「ヴァンパイアねぇ……。外見では全く分からないわね。普通の可愛い女の子にしか見えないわ。それにほたるんの今の内容だけでも驚愕の事実ばかりなのだけれど。なに、ダンジョンって異世界の物なの?」
おっと、もしかしてダンジョンの入り口だけが異世界と繋がっていることって結構重要な情報だったのか?
ダンジョンの初めに知ったから普通にみんなも知っていることだと思っていた。
これは落ち着いてから一旦、調べてみようかな。
いや、ネットよりも自衛隊の方が情報が正確かな。
と、そんなことよりも先輩は大きな勘違いをしている。
俺も最初は盛大に勘違いしていたからな。
「言い忘れていましたが、ヴァンパイアには性別がないそうですよ? なのでンパは無性です」
すると、先輩は驚くようにンパの体をペタペタと触りだした。
一通り確認し、後は性別を確認するうえで重要なところを確認するだけだ。
「ンパちゃん、失礼するわよ」
そう言って先輩はゆっくりと下に手を伸ばし……。
「ちょ! 先輩そこまでです! これは一般向けですよ! それ以上は禁止です」
俺はその先輩の欲望剥き出しの手をパシッと抑えた。
昔は先輩の方が俺よりも力が強かったが、今は俺の方が強い。
「一般向け? 何言ってるの? ここは現実よ」
そう言って、ニヤニヤとしながら再び手を動かそうとした先輩。
俺は再び力を入れ、それを制止する。
「先輩、そこを気にしてはダメです。それ以上は俺がいなくなってからお願いします。俺のいないところであれば大丈夫ですから」
「さっきから何を言っているのか意味不明なのだけれど、とりあえず今は我慢しておくわ」
そうして何とか俺はこれを一般向けに留めたのであった。
さっきから「これ」とか「一般向け」とか言っているが皆さんはあまり気にしないで欲しい。
俺の単なる独り言だとでも思ってもらえると助かる。
その後、うずうずとしている先輩に頼んで、俺か賢人が帰ってくるまでンパの世話をこの家でしてもらうことになった。
もちろんひよりや恵にも同じ説明をしてもらい、ンパは当分外に出さないように家の中で極秘に保護する方針で頼んだ。
ついでに、色々と日本の常識を教えてあげるよう頼んだ。
ンパにはその旨を説明しており、俺の用事が済んだらいくらでも外に連れ出してあげる約束をしている。
その為、大人しくしてくれるであろう。
というか、しなかったら俺が討伐すると言ってあるので大丈夫だろう。
「そういえばンパちゃんって、ヴァンパイアなら血が必要?」
先輩はンパにデレデレなようで、ンパを膝の上に置き頭を撫でながら質問攻めしていた。
ンパはそれに答えながらも机のお菓子やジュースに夢中だ。
「ん? 血はあまり好きじゃないです。昔は血を食事の代わりに吸っていましたが、普通に調理された食事の方が美味しいです。別に血でも食べ物でも栄養は取れるので」
俺は大体のことをンパの身支度の時に聞いたので知っている。
ンパはヴァンパイアといっても、俺達が想像しているような弱点とか血を吸うとかは特に無いようだ。
「ンパちゃんは日光に当たったらダメとかあるの?」
「日光ですか? 暑いよりは寒いの方が好きですが、特に日光が苦手とかはないです。あっでも同族の中には日光アレルギーの人とかはいましたね」
そうヴァンパイアの日光が苦手とか、十字架、ニンニクや唐辛子など特に苦手ではないらしい。
むしろニンニクや辛い物は好きらしい。
というか、ここまでくれば寧ろ魔人よりも人間とほとんど違いがない。
呼び分ける意味がないのでは? と思ってしまう。
しかし、ンパからしたら全然違うらしいのだ。
まあ、色々と説明受けたけど異世界用語が多すぎていまいち理解できていない。
今度、じっくりと質問する予定だ。
そんな感じでンパと先輩のやり取りを眺めていると、インターホンが鳴った。
自衛隊の方が到着したようだ。
それには俺が応答した。
その後、先輩とンパに一言言ってから家を出た。
下に降りると自衛隊の車が2台来ていた。
なぜ2台?
1台で十分でしょ。
それにしても車かぁ。
初めてこの家に送ってもらう際には、まだおばちゃん隊員に掛けてもらった酔い止めの魔法が継続していたため大丈夫だった。
あの魔法は5日程度継続して効果が得られるそうだ。
しかし、今は無防備だ。
俺の防御は今や皆無に等しい。
そんな憂鬱なことを考えながら、誘導される通りに車に乗ると俺は歓喜した。
「えっと、真野さんでしたっけ? お久しぶりです」
俺が歓喜し挨拶をしたのは例の酔い止めの魔法を使えるおばちゃん自衛隊員の真野さんであった。
「やぁ、久しぶりだね。さ、さっさと酔い止め魔法をかけちゃうからそこに大人しく座ってな」
そう言って、俺を無理矢理に座らせて素早く魔法をかけてくれた。
いやー、おばちゃんを派遣してくれた優秀な人に感謝だな。
ありがとうございます!




