第一印象は重要ですが、その後も重要なのです
「さあ、準備が出来た! 行くぞ!」
ヴァンパイアさんの持つ薔薇の杖から複数の魔法陣が重なるように展開された。
こんなにも派手な演出をしてくれてるんだ。
どれだけ凄い魔法なのか楽しみだ。
けど、本当に耐えられるかな。
あんなこと言っちゃったけど、ここまでガチな魔法を展開してくるとは思わなかった。
まあ、今更取り消せない。
なにせ美少女の前なのだ、少しくらいカッコつけたいお年頃なのだよ。
俺は体に力をグッと入れて、攻撃に備える。
別に体に力を入れたからって魔法が強くなるわけではない。
要は気持ちの問題だ、もしかしたらいずれ気持ちに左右される魔法が現れるかもしれないからね。
そうしていると、その魔法陣から強烈な光が放たれた。
『レーザーカノン!!』
はぁ?!
レーザーだとっ?!
その見た目からレーザーとかギャップありすぎだろう!!
俺のそんな心の声を無視するように、薔薇の杖から俺のシールドを覆う程に大きなレーザーが無慈悲に照射された。
そんな可愛らしい声で随分と物騒なことを言いますね。
俺はこのままではやばいと判断しすぐに氷のシールドを内側に増産し続けた。
それにより合計10層の強固な防御を作り出した。
しかし、それでも時間と共に徐々に一枚一枚と確実に破壊されていった。
少しして、9枚目のシールドからパリンッと割れる音がした。
それと同時に、そのレーザーは尻すぼみに小さくなっていた。
レーザーの光が収まると俺は安堵し氷のシールドを解除した。
すると、目の前には仰向けで満足そうな笑みで横たわるヴァンパイアさんの姿があった。
なんで?
「大丈夫か? てか、なんで倒れてるの?」
俺が彼女に歩み寄り、その満足そうな顔をつんつんと指で突っつきながら尋ねた。
うん、これはプラスですね!
頬っぺたぷにぷには高得点!
「まさか、この魔法を無傷で防がれるとは思ってなかったぞ…………って、やへいッ! わたひのほっへをひっはるでない!」
俺が彼女のその無防備な顔を見ているとつい頬をムニムニしたくなって、いじっていたら怒られてしまった。
「それより、なんで地面にぐたっとしてるの?」
そう聞くと、彼女はバツ悪そうに目を逸らした。
「力が体に入らないからに決まっている。レーザーカノンを撃ち終えた後は脱力感が体を襲うのだ。強さゆえの代償だな、半日ほどは思うように体が動かなくなるのだ」
えっ?
「なんで攻撃が防がれるかもしれない強敵を目の前にしてそんな諸刃の剣を使うんだよ。あれか、お前バカだろう」
「…………違う、バカではない。私はあれしか使えんのだ」
ん?
あの魔法しか使えないって?
「えっなんで? あんな強力な魔法使えるなら別の魔法だって使えそうな気もするんだけど。ヴァンパイアの種族特性的なあれで強力な能力とか初期装備でないの?」
「最初は私もヴァンパイア特有の能力を沢山持っていた。しかし、それは全てポイントに変えて、それら全てをこのレーザーカノンの強化能力に変えたのだ!」
「えっいやだってあの魔法、威力は強かったけど発動までめちゃくちゃ時間かかってなかった? そんな非効率な魔法をなんで………」
「あの詠唱はレーザーカノンの威力を高めるためのスキルを使っていたのだ。特定の魔法威力のみを数倍に高める代わりに、他の魔法の威力を0にして、詠唱を必要とするスキル。それに非効率なんてそんな些細な事気にするとは男らしくない。これは素晴らしい魔法なのだ! 私にはこの魔法さえあれば充分! この魔法のためだけのステータスを構築し、この魔法でどんな相手だろうと木っ端みじんにする。そんな最強を私は目指しているのだ!」
そう熱くなりながら俺にキラキラした眼差しを向けてきた。
ちょっと、待って……。
俺の脳が今の言葉を理解したくないと拒否している。
そうやって、俺はただただ残念そうな子を見るような目で彼女を見降ろしていた。
というか、こいつどうしよう。
上位魔人がこんなにも人に近い感情や思考を持っているとは思ってもみなかった。
ここまでくると倒すのに躊躇するよね。
魔獣は別としても、俺は人間とケンカしたこともないか弱い青年なのだから。
「ちょっと、そんな目で私を見ないでくれる? もしかして私の理想をバカにしているの?」
そう言って、目を大きくして俺をジッと見上げてくる。
ヴァンパイアさんは怒るとき目を少しだけ大きくして見つめてくるよね。
「いや、もしかしてじゃなくてバカにしてるよ。俺の期待していた上位魔人の初めてが頭の残念な美少女ヴァンパイアって、そりゃバカにもするよね。それよりも、倒していい?」
さらっと彼女に対して聞いてみた。
「頭が残念ってなんだ! 私はこれでも上位魔人だぞ! ……って、今なんて言った?」
「私は目の前で自滅しているヴァンパイア少女を倒したいと申しておりますが何か?」
「おい! どこの世界に目の前にいるか弱く力のない美少女を無残に倒す男がいるのだ?! ダメに決まっているだろう! って、ちょっとこめかみ握らないで! 握らないでください、お願いします! だからそんな今から人を殺すような目で顔を覗き込まないでください! お願いします、どうか!」
まさか、殺さないでと魔獣から懇願される日が来るとは思ってもみなかった。
こんな美少女を……か弱い……。
「お前自分で自分が弱いって認めてるんだな」
「か弱いとはそう言う意味じゃない! こんな華奢な体をしているという意味でのか弱いだ!」
「でも、実際弱いじゃん。バカみたいな威力の魔法はあるものの発動まで時間が掛かるし、それしか使えないポンコツ魔人だし」
「まだ発展途上と言って欲しいぞ!」
「というかずっと気になっていたんだがその喋り方って素なの?」
「また話を変えるのが急だな。素ではないが、この方が威厳があって強そうに見えるだろう?」
「それは否定しないけど、実際弱いじゃん。今だって、俺に殺されそうなのに目の前で自滅して横たわってるくせに」
「お、お前と比べたら確かに弱いかもな! しかし、あの魔法を防げる奴なんてこの世界にはそういないのだぞ! むしろお前のその強さは何なのだ! 理不尽だぞ!」
「ちなみにだけど、この世界の名前ってわかる?」
「何を聞いている、人間のお前の方が詳しいだろう。ガルティアだろう。そしてこのダンジョンはオルネリア王国近くのダンジョンだろう、これでいいか?」
「うん、ありがとう」
俺はそう笑みで返した。
やはり魔獣たちも今いるこの世界が別の世界の地球という場所だと知らないんだな。
そりゃ、ダンジョンに籠っていれば気づくこともできないか。
「そんなこと聞いて何が知りたいんだ」
「まあまあ、そんな焦りなさんな。というか、知る意味なくない? どうせこの後、俺に殺されるんだし」
俺がそう凄んで言ってみると、彼女はシュンとして顔を逸らした。
というか、名前はなんて言うんだろう。
「そういえば名前はなんて言うの? 埋葬しようにも名前が分からないとね」
「ちょっと、待て。いや、待ってください。もう少しだけ私の処遇を考慮していただけないでしょうか?」
「嫌だよ。だって、ヴァンパイアさんを倒さないと次の島に進めないじゃん。俺だってこんな感情も意思も人並みに持っている魔人を倒すことはしたくないよ? それに害悪はなさそうだし」
「ん? 何言ってるんだ? 私を倒さなくとも次の島には進めるぞ? あっすいません、こめかみ掴まないでください。次からはちゃんと敬語使いますので、お許しを。本当に痛いのです」
俺は少しだけこめかみを掴む力を弱めた。
それにしても、倒さなくてもいいとはどういうことだ?
「お前倒さなくてもいの? それはそれで助かるんだが、俺の良心的にも」
「そうです、私を倒さなくても大丈夫です。あなたは本当になんなんですか? 理不尽な強さを持っているのにその常識がほとんどないという」
「ああ、それな。倒さなくてもいいなら話してもいいか。お前の言っていた……なんだっけ、ガルガルだっけガニョンガニョンだっけか? お前のいた世界の名前。今ここはお前のいた世界とは別の世界の『地球』と呼ばれる魔法もなければスキルもなかった文化も違う世界なんだよ。おーけー?」
そんな唐突なこと頭のおかしいこのヴァンパイアに言っても全然理解できなかったので、この後30分くらいかけてこの世界のことやダンジョンの入り口だけが別の世界に飛ばされたことを説明した。
「なんと、そのような……」
「まあ、そう落ち込むなって。それよりも、話が逸れたが何でお前を倒さなくていいの?」
「…………」
「おい、返事しろよ」
「地球……科学……スマホ……電気……便利な世界……」
ヴァンパイアさんは俺を無視するようにブツブツと呟きだした。
ちなみに彼女は地球のことを話している間に座るぐらいの動作ができるようになっていた。
少しすると彼女も頭が整理できたみたいで、冷たい視線を送り続けていた俺の問いに答えてくれた。
「それでなぜ倒さなくていいのか、でしたよね。私のような上位魔人や上位魔獣はこのダンジョンに生命経路を繋いでいないので、単体で生存することのできる特異的な存在なのですよ。下位の魔獣はダンジョンと生命の経路を繋ぐ代わりに食事の必要がない体と魔力を貰っているんです。そのため、彼らはダンジョンと一心同体な存在であるが、私は違うため倒す必要がない。なにせ私はこのダンジョンとの関りは実質ないも同然なのです。お判りいただけましたか?」
「うん、大体は理解できた。要するにお前は倒さなくても次の島への魔法陣は現れるんだな?」
「そう言うことです」
「分かった、じゃあお前は倒さないことにするわ。その代わり、あの外のコウモリたちどうにかならない? 多すぎて面倒くさいんだけど」
「あれらは統括しているリーダーを倒せば勝手に全て消えますよ? 倒すべき相手は実質1体のみなのですよ」
へー、そんな仕掛けだったのか。
そりゃ、初見殺しもいいところだ。
それを知らないとどれだけ時間が掛かったことか。
城に強行突破したのは正解みたいだな。
でも、変な魔人とは知り合いになってしまったが。
……って、リーダー?
「それって、お前じゃないの?」
「ち、ちがいます! 私はヴァンパイアで上位魔人です! あいつらとは全くの無関係…ではないですけど、たった今縁を切りました!えんがちょです! あいつらのリーダーは私ではなくヴァンパイアラストという、あいつらを巨大化したようなやつです! たぶん私が呼べば近寄ってくるはずです!」
「あいつらはお前に従ってるってこと?」
「ちがいます! 私を恐れているだけだと思います! たぶん!」
「なんで? あいつらは数いるからお前より強いだろ?」
「出会い頭にレーザーカノンをぶっ放したら、あいつらは怖気付いて襲ってこなくなりました!」
「もう完全に頭があれなのは隠す気ないんだな。まあいいや、そいつ今から呼べる?」
「はい!」
彼女がそういうと、その場で音の聞こえない指笛を吹いた。
すると、ズドーンと城の壁を破る音と共に巨大な赤いコウモリが現れた。
ヴァンパイアさんが「ほれみろ!」と言わんばかりにドヤ顔で俺を見てくる。
俺は溜息をし、魔法をとなえた。
『ディスチャージ』
その魔獣は呼ばれた瞬間に倒されるという悲惨な最期を遂げた。
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俺はヴァンパイアさんを背に背負いながら場所を城外の庭へと変えていた。
理由は、本当にコウモリたちがいなくなっているのかの確認と、家に戻るための下準備だ。
俺は城門からそっと顔を出した。
「本当にコウモリ1匹もいなくなっているな。よし、これなら安心してあのアイテムを使えるな」
あの地獄のような数がいなくなったことで一安心した俺は後ろを振り返りヴァンパイアさんに声をかけた。
「ここの花壇の一部借りてもいいか? 記憶の彼岸花植えたいんだけどさ」
ヴァンパイアさんは反動の影響で怠そうに花壇に腰掛けながら頭を縦に振った。
了承してもらえたようなので、邪魔な薔薇を一花壇分取り除く。
『秋風索漠』
その花壇にだけ灰色の風が吹き荒れた。
風に触れた薔薇は全て枯れ果て、最後には細かく砕け何処かへと飛ばされていった。
そうこの新しく手に入れたアイの秋風魔法。
これははじめの推測通り、草木の生命を瞬時に刈り取る魔法だった。
そして、それは重点的に風を当てることで草木を塵とするのだ。
「えっ? 今何したんですか? 風がブワーって、薔薇がチリチリーってなったですよ!」
「えっ? 風をブワーっと、薔薇をチリチリーってしたんだけど? 邪魔だったから」
「なんで復唱するんですか! それなんですか? 魔法ですか? スキルですか? そんなの初めて見ましたよ!」
「えっ……珍しいのこれ? これは最近入手した魔法だけど、秋風魔法っていう」
「やっぱり私は聞いたことがない能力ですね。物凄く珍しい魔法か、新種の魔法かもしれないですね。すごく希少です!」
「あっそうなん?」
柄にもなく褒められてしまった。
いや、間接的には俺のことだが、直接的にはアイのことか。
それでも褒められられたことが少ない俺はついニヤニヤとしてしまった。
俺は頑張ってこのニヤニヤした顔を彼女に見られないように隠しながら花壇に向き直った。
そして、アイテムボックスから記憶の彼岸花を取り出した。
【result】
名称 ≫記憶の彼岸花
説明 ≫植えられた場所を記憶する花。花びらを一枚採ることで、対となる「記憶したリコリス・ラジアータ」の下へと瞬時に移動する。使用回数は花びらの枚数。
これは第一ダンジョンの137階層に生えていた貴重なアイテム。
鑑定結果の通り、あらかじめ「記憶したリコリス・ラジアータ」と「記憶の彼岸花」を植えることで、その2間をテレポートできるという素晴らしく貴重なアイテムだ。
しかし、俺でも持っているのは2対であり、どれだけ貴重なアイテムかわかるだろう。
俺はここに来る前に家に1つ、沖縄に1つ記憶したリコリス・ラジアータを植えてきた。
あとは、ここで記憶の彼岸花を植えることでどちらかに転移することができるという寸法だ。
これをここに植えておけば、またいずれここのダンジョンを攻略するときにすぐに来れるのだ。
素晴らしい。
しかし、まあ説明の通り花弁は6枚のため6往復しかできない回数制限付きだ。
俺はそれを花壇に植え周りを氷で覆った。
そこに指が通るくらいの穴を開け一枚の花弁に手をかけた。
「それじゃあ、また来るよヴァンパイアさん。バイバイ」
「……」
「……おい、なんだよその手。俺の服から手を放せよ。俺にくっつくとお前も一緒に転移しちゃうじゃないか」
「私もついて行きます、ダメですか?」
彼女はそうやって背が低いのを活かして、下からその綺麗な顔と目で俺をうるうると見上げてきた。
うっ、そんな可愛いことされてもダメなんだ。
地上の日本は色々と法律やらなんやらで出来ないことも多いんだ。
「いや、マジごめん。さっきも説明した通り、地上の日本ってところは色々とめんどくさい場所なんだよ」
そうもし地上が日本じゃなくて中世の異世界みたいなもっと緩い社会ならば、こんなにも可愛い子を連れ出すのはやぶさかではなかっただろう。
あっでも、こいつは可愛くてもポンコツだし今言った発言は撤回で。
しかし、現実は色々と面倒なのだ。
「もうこんな辛気臭い場所で一人で生きていくのは嫌なのです! ヴァンパイアと言えど何百年も独りでいるともう死にたいとくらい考えちゃうんです! 本当の本当にお願いです! どうか私を養ってください! いえ、日本という地上に連れて行ってください! お願いします!」
彼女はそう俺の前で五体投地の土下座を繰り出した。
いや、土下座というよりも体に力が入らないから地面に突っ伏したまま懇願している姿とでも言うのだろうか。
というか、こいつその為にここまで匍匐前進で進んできたのか。
どんだけ日本に行きたかったんだよ。
「もし連れていくとしてもさ、魔獣ってダンジョンからそんなに遠くには離れられないよね? 確かネットに載っていたのはダンジョンから半径150kmくらいって書いてあったはず。このダンジョンって特殊で常に移動しているからお前も常に移動しなきゃならなくなるよね? そう考えると現実的に無理じゃないかな?」
「それならば何の問題もありません! ダンジョンの魔獣に移動制限があるのは先ほども説明した生命経路を繋いでいるからです! 私には関係ありません!」
あっそうなんですか。
というか、俺は気づいてしまった。
こいつ俺や地球人の知らないこと結構知っているっぽいよな。
一旦、地上に連れて行ってお世話は誰かに任せて色々と情報吐いて貰えば得しないか?
うん、こいつのことは隠し通せばいいんだ。
もしバレても工藤さんとか長瀬さんにお願いすれば何とかなる気がする。
いや、なるよな?
仮にも俺って結構貴重で重要な人として扱われているっぽいし。
それにポンコツだけど見ている分には可愛いし、目の保養だ。
うん、それで行こう。
でも、その前に賢人に確認を一応取っておこうかな。
……
…………
いや、やめよ。
お堅い賢人だ、絶対に反対するに違いない。
ここは俺のリーダー権限で無理矢理に連れて帰るか。
「よし、決めた。一緒に日本に行こうか!」
俺がそう言うと彼女の顔はぱあっと明るくなった。
その後、彼女を背負いながら城内を歩き回り、色々とアイテムボックスに仕舞いつつ彼女の身支度をしていった。
余談だが、俺はその間一切スマホを確認しなかった。
体感だが絶対に打ち合わせに遅刻している予感がしているからだ。
こういう時は、現実をみたら終わりなんだ。
だから、絶対に見ないし電源を切っておいた。
******************************
俺が背負いながら城内を探索しているとき。
「そういえばお前に名前ってあるのか? 前に聞いたときははぐらかされたよな」
「あっはいありますよ! 上位の魔獣や魔人は大体名前を持っています。それが強者の証にもなりますし!」
「へぇ~、それで名前は?」
「私の名前は『ンパ』です!」
「……ん? なんて?」
「ンパです! 呼びやすいでしょ?」
この娘、ンパは名前も頭も残念な子だったようだ。
これから日本に行くんだから日本名の名前でも考えておかないとな。
……こいつ顔立ちで日本人って通用するかな?




