正常な脈の測り方知ってますか?
僕の名前は鈴木次郎。
昔は至って普通の人生を歩んでいた、一般人だった。
しかし、今は違う。
ある仕事に目を付けて一財産を成した。
それは、ダンジョンアイテムの仲介を行い、販売するという至ってシンプルな仕事だ。
多くの有名事務所は自衛隊から倉庫を借りて、事務所の事務員がアイテムを取り扱うため、僕の仲介を必要としない。
けれども、2流だったり3流、新人事務所は自衛隊に伝手もなく倉庫を借りることができなく、アイテムを管理するほどの人材を事務所に常時配置することもできない。
僕は幸いにも叔母の夫が自衛隊のダンジョン対策機関の上官をしていたため、なんとか説明して倉庫を個人で借りることができた。
そこで僕が倉庫の貸し出し役として仲介する。
場合によっては、僕が売る業務を行うこともある。
そうして、僕は一財産を得ることに成功した。
そんな僕だからこそ、ダンジョン冒険者の人たちには顔が広い。
それに有名事務所にもアイテムを幾度も売ったこともある。
だから、どのダンジョン事務所にどんな人物がいてどのくらい強いのかを大体把握している。
しかし、そんな僕の下に今しがた知らない人物からのメールが届いた。
『差出人:不明、はじめまして、あなたのサイトに上がっている「魔力電波変換器」のアイテムを3つほどすぐに欲しいので連絡しています。1つは今夜中に直接手渡ししてください。2つは、ある人に郵送してください。今夜中と無理を言っているのは分かっていますので、相場の3倍の値段で買います。よろしければ返信をお願いします』
差出人が不明で、僕の知らない人物からのメール。
普段なら信じないし、売らない。
しかし、このアイテムは相場も高くほとんど売れない困ったアイテムなのだ。
そしてこの人物は、相場の3倍も出してくれるというのだ。
こんな商売チャンスはないと考え、すぐに了承の返信をした。
すると、間を置かずに返信が返ってきた。
『差出人:不明、ありがとうございます。今、半分を振り込みました。確認してください。残り半分はアイテムを受けとってから振り込みます。今夜12時にここで会いましょう。(地図画像) そこで、残り二つの郵送先を伝えます。不明な点があったら連絡をください』
そんな素っ気ない返事だったが、先ほど伝えた会社の口座を確認すると確かに先ほどの金額が振り込まれていた。
謎の人物はお金持ちらしい、どこかの有名な富裕層なのだろうか。
それにしては、ダンジョン冒険者でない限り魔力電波変換器なんて必要がない代物のはずだ。
なにせ、魔力電波変換器とは通常不可能なダンジョンの外と内での連絡を可能にする唯一のアイテムだからだ。
構造はまだ解明されていない代物で、電波もそこまで良いものではなく、値段が高いため、自衛隊か有名事務所の一部でしか使用されていないアイテム。
しかも、これは送信側と受信側の両方にこの機器を取り付ける必要があり、最低2つ所持していなくては成立しないアイテムなのだ。
そんな代物を必要として、お金もあり、僕の知らない人物。
僕はこの人物に非常に興味がある。
まだ私の知らない、凄いダンジョン冒険者がいるというのだ。
実際の対応によっては、これからもいい客となると考えている。
と、それよりも自衛隊の倉庫に行ってアイテムを取ってこないと夜には間に合わなくなってしまう。
あとは、用心棒も準備しなければ。
今日は忙しくなりそうだ。
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その夜、僕は指定された場所に来ていた。
その路地の両脇には、もしものために用心棒を二人配置した。
そして、指定された12時ちょうどになった瞬間、突然僕の頭上から人が下りてきた。
最初は、飛び降り自殺かとも思ったが、その人物は何事もなかったかのようにその場に着地し僕の方に歩いてきた。
それを見た用心棒がこっちに駆け寄ってきたが、僕はそれを腕で制止させた。
この黒装束に白マフラーの人物がメールの人物だろう。
その人物は、フードの付いた紺色の外套を顔深くまで被っており、少しだけ見えるその顔も仮面のようなもので確認できなかったが、体型から男性だと思われる。
「あなたが昼にメールをくれた方ですか?」
僕がそう聞くと、その人物はコクコクと頷いた。
「まずは物を確認してください、これが要望の魔力電波変換器です」
そう言って、手に持っていたケースを開けて中身を見せた。
彼はそれを手に持ち確認してから、懐に仕舞った。
そうして、彼はスマホを操作し、僕にその画面を見せてきた。
そこには、「振込完了」の文字があった。
僕もそこで自分のスマホから口座を確認すると確かに残りの半額が振り込まれていた。
「はい、確かに残り半額の振り込みを確認しました。ありがとうございます、それで残り二つの郵送先はどちらですか?」
すると、彼は懐から一枚の紙を取り出して渡してきた。
そこには僕も知っている住所が書かれていた。
「ここですね。でも、住所が自衛隊の基地となっていますが本当にここで大丈夫ですか?」
彼はただコクコクと頷いた。
「わかりました、ここならばこの後私が直接渡しに行きましょう。それでもいいですか?」
そして、彼はただコクコクと頷く。
「それでは、ありがとうございました。いい取引ができて何よりです。今後ともよろしくお願い致します」
そう言って、僕は軽く頭を下げると彼が小さな声で「ありがとう」と言ってきたのが聞こえた。
すると、彼は物凄い速さで空を走るように闇の中へと姿を消した。
空を走るように。
空を走った?
………
………………
「空を走った?! てか、速っ?!」
つい、驚きすぎて心の声が声に出てしまった。
しまった、部下の前でこんな慌てる姿を見せてはいけない。
僕は心を落ち着かせようとするも、全然落ち着かなかった。
彼は僕が思っている以上に凄いダンジョン冒険者をしている人なのかもしれない。
今は教えてはくれないだろうが、いずれ彼の素性を知りたいと思った。
それよりも、今日は大金が入ってきたし会社のみんなで高級焼肉でも食べに行くか!
そうして、僕のいつもと違った日常は高級焼肉と気の良い部下たちとともに無事終えたのであった。
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「う~ん、いつになったら魔獣が出てくるんだよ」
俺はいくつものワープ魔法陣に乗っては、次の空島へとどんどんと進んでいった。
このワープ先は今いる空島から一番近くに見える島と法則性があった。
数え間違えていなければ、今いる空島は24個目の島。
しかし、最初の島からこの24個目の島まで魔獣が一匹も現れなかった。
もう結構な時間だし、全然魔獣でないし次の島で一旦休もう。
そして、俺はその雲だけで構成された24個目の島の中央にある魔法陣に乗った。
視界が変わると、そこは一面砂漠の島だった。
しかし、この砂風は厄介だな。
「うっ…………」
そんなことを考えていると、突然そんな声が前方から聞こえた。
声の方向を見ると、そこには血塗れで横たわっている人の姿があった。
「おい、どうした大丈夫か?」
俺はその人物のもとへと駆け寄った。
どうやらその人は大きな怪我を負っているようで、地面には血の溜まり場ができていた。
『ウォーターヒーリング・ダブル』
回復魔法を掛けるも、この量の出血は俺の魔法でもどうにもならないことは知っている。
正直、この人が意識を取り戻すかは分からないが、やらないよりはやる選択を俺は選んだ。
あとは、この人次第だ。
俺はその男性の傍に食料と水とアイテムを一つだけ置いて、その場を離れた。
恐らくだが、この砂だらけの島には魔獣がいるのだろう。
そうでなきゃ、ここに怪我を負ったばかりの人が倒れていることが不自然だ。
そうしてその場から5分ほど歩くと、足下の砂場が僅かに蠢いた。
俺は砂漠で足を取られないように、天足の能力で造った足場を使いその場を飛びのく。
ドーーン
先ほどまでいた場所を確認すると、そこにはデカい蛇みたいな魔獣が大きな口を上に向けていた。
すぐさま、鑑定をかける。
【status】
種族 ≫ミドルワーム
レベル≫105
スキル≫パッシブ ≫消化強化Lv.10
熱感知Lv.max
奇襲Lv.15
吸収Lv.max
アクティブ≫気配遮断Lv.17
魔法 ≫
うわぁ、戦いたくなかった魔獣の上位に入るやつだ、こいつ。
まずワームって時点で生理的に無理。
これは遠くから戦うに限るね。
『サンダーボルト』
前触れもなくミドルワームに青い落雷が落ち、黒焦げになる。
あれ、攻撃力ちょっと過剰だったか。
もう少し抑える練習をしないと。
すると、俺の周囲だけでなくこの砂漠一帯に地揺れが起き始めた。
俺はその振動で多少バランスを少し崩したが、すぐに立て直す。
ドーーン!!
そこには、先ほどのミドルワームがうじゃうじゃと地面から現れた。
うわっ、これはちょっと絵面がキモすぎるわ。
例えるならば、砂場にいる巨大なチンアナゴってところかな。
そう考えると、少し可愛く見えてくるな。
まあ、ちょうどいい、俺の威力制御の練習台となってくれ。
そこからは色々とサンダーボルトの威力を調整しながら、ぶっ放し続けた。
10匹ほど倒したところで、ミドルワームが瀕死になる威力を見つけた。
練習はこれくらいでいいか、それで他の魔獣さんさよなら。
『サンダーボルト』
造形操作のスキルで威力のあげた落雷を魔獣の数だけ分割し、全てを操作しワームに落とした。
よし、いい感じに制御できた!
その後この砂島には、焦げたワームの良い匂いが漂ってきた。
ちなみにドロップアイテムはミドルワームの肉だったが、俺は一つも回収しなかった。
さすがにこれは食べる気が起こらない。
ここは一掃できたし、あの倒れている人が起きても面倒だし、もう一つ先の島で宿を取るか。
そして、最後に倒れていた男性に近づいて脈を確認する。
脈は正常に戻っていると思う、たぶん。
俺の脈の早さと同じだから、たぶんだけど。
医療の知識はないから、どの早さが正常かは知らない。
アイテムボックスからメモとペンを取り出して置手紙を書く。
『あとは、あんたの頑張り次第だ。頑張れよ。それと、そこの食料とアイテムはあげるから使ってもらって構わない』
そう、メモに書いてその男性の服のポケットに入れてから、次の島へとワープした。
******************************
プルルルル、プルルルル。
「もしもし、賢人今時間大丈夫?」
『……大丈夫だよ。……それより今どこ? ……ひよりちゃんが落ち込み過ぎて家の空気が悪いんだけど……』
「んー、やっぱり電波悪いな。今は台風島のダンジョンの26個目の島で宿とってるよ」
『ダンジョン?! ……どうやってそこから電話してるんだ?……』
「魔力電波変換器を買ったからだよ。2つほどは先輩に送って、先輩のスマホと賢人のスマホに付けてもらうように頼んだ」
『……だからさっきから電波が悪いんだな。……あっ恵ちゃんコーヒーありがとう』
ん?
恵ちゃん?
「前まで恵のこと、恵さんって呼んでなかったか?」
『……ああ、そりゃこれから……ここには毎日のように来るんだからお互い固い呼び方はなしってことになったんだよ』
「そういうことね、それで工藤さんから北海道の話はまだ来てない?」
『……今のところはまだ来てないな。……それより、そのダンジョンはどうだ?』
「もう最高っ!! 今から写真送るから見てみな!」
そう言って、俺は最初の空島で撮った写真を送った。
『これは……すごいな……。俺も直接見てみたいな……』
おっ?
あれだけ、前線に出るのは嫌だって言っていた賢人がダンジョンに入りたいと?
「今度、一緒に来てみるか? 賢人も少しは強くなっといて損はないだろ?」
『うーん………どうしよう。……蛍が一緒だと安心はするが、正直に言うとまだ怖い』
「まあ、今すぐって話でもないからゆっくり行こう。それで、今回の用件なんだけど先輩にこの魔力電波変換器を改善できないか聞いてみてくれない? 要望を言うなら、ダンジョンで電話だけじゃなくてゲームできるレベルまで改善できたら嬉しい」
『……なぜ俺にって……先輩はもう寝てる時間か。……わかった明日言っておくよ』
「お願いするわ、それじゃあおやすみー」
そうして、俺は電話を切ってベッドに横になった。
このダンジョンの写真を見せたら、賢人もダンジョンに来てくれるかとも思ったけどまだ無理だったか。
実は賢人にはあまり話そうとしない、話したがらない過去があった。
俺も最近知った話。
こんな世界になって俺が賢人と会ったのは賢人たちが15人でデパートに立てこもっていた頃。
しかし、賢人たちのグループは最初17人いたそうだ。
そう、俺たちがこんな世界になってから再会するまでに2人死んだ。
俺が知っているのは、これが理由で賢人は安全な東京に戻ってから魔獣がトラウマになりかけているということまで。
その2人のことは何も知らないし、聞かされていない。
そこで、賢人は自衛隊の勧めで現在病院に通っているらしい。
だから、最初は賢人をチームに誘うのを迷ったが、話を切り出してみると案外すんなりと受け入れてくれた。
俺はこのことに正直驚いた。
ダンジョン冒険者の事務所で裏方として働くと言っても、間接的には魔獣と関わる仕事なのだから。
それでも賢人は前向きにこの仕事に取り組んでくれてる。
もしかしたら賢人は間接的に関わる仕事をすることで克服しようとしているのかもしれないな。
賢人がダンジョンに行きたいと言ったら俺がその時はフォローするだけだ。
そうして、ずっとは嫌だけどたまには賢人とダンジョンに潜るのも悪くないよな。
そう決意して、その日は眠りについた。




