卵焼きは甘めが好きですか?
翌朝、鳴りやまない着信の振動で俺は起こされた。
まだ眠いので、無視しようとしたがそれでも一向に鳴りやまなかった。
仕方がなく、俺は重たい瞼を開けて着信に応答した。
「んー、もしもし」
『出るのが遅いわよ、ほたるん』
「あーその声と呼び方は先輩ですか。久しぶりです」
『久しぶりじゃないわよ。なによあの短い返信は、どれだけ私が心配したと思っているの?』
「それはそれは毎日欠かさずお熱い連絡いただいて。嬉しい限りですよ」
『何をバカなこと言っているの。それよりも今どこにいるの? ちゃんと無事なの?』
「今は東京の高いところにいますよ。先輩はどこにいるんですか?」
『高い所って何よ。私も東京よ。今すぐ行きたいところだけど、これから外せない大学の講義だから住所を送っといてね。終わったら向かうから。どうせずっと家にいるんでしょ?』
「いますよ。じゃあ、寝て待ってますんで」
『それじゃあ、あとでね』
そうして、電話が切られた。
ちなみにほたるんとは先輩だけが使う、俺のあだ名である。
そんなことより、もうひと眠りだけするか。
昨日は学校で大分神経をすり減らしたからね。
それからすぐに俺は深い眠りに再び就いた。
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俺は今、夢の中にいる。
いや、いるというよりも見ているというのが正しいのだろうか?
これは明晰夢とかいうやつだと思う。
俺は今この光景が夢だと自覚している。
この光景、それは初めて先輩、雪葉先輩と出会ったときの光景だ。
俺が中学校1年生になったばかりの時、それはまだ俺が自宅警備を始めていない時期。
賢人と廊下に出て水を飲みに出たときに、なにやら廊下がガヤガヤと騒がしくなり始めた。
俺は蛇口を締めて、後ろを振り向いた。
そこには2学年上の有名な雪葉先輩が歩いていた。
黒く長い髪を揺らし、出るところは出て、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる、到底、中学生の体とは思えないほど優美で完璧な体をしていた。
しかし、その完璧さとは対照的にその綺麗な顔は必要以上に眠そうな顔をしていた。
この学校は学年ごとに階層が異なるため普通は他学年の生徒が一緒の階にいることが少ない。
しかし、その時はそんなことなど気づくことなく雪葉先輩の後姿が見えなくなるまで無意識に目で追っていた。
今、見ている夢の景色とはこの時の光景だった。
そこで俺は夢から目が覚めた。
しかし、布団という聖域からは寒くてまだ出られないので、そのままゴロゴロとすることにした。
部屋の外でごそごそと音がしているが、これはクウかぽんの遊んでいる音だろう。
この夢の後、賢人に一目惚れやなんやらと散々いじられたのを覚えている。
確かにあの時は先輩のことを綺麗だと思っていたかもしれないが、今は全く違う印象を持っている。
それはただの機械オタクであり、ゲームオタクでもあった。
そして、それは凡人の域を飛び出ており、一種の天才と呼ばれる人だった。
しかし、そんな才能を持つ先輩は俺に一度もゲームで勝ったことがない。
だからなのか、普段は他人にあまり興味を示さない先輩が俺に興味を示すのだ。
それは、恋愛対象としての興味ではなく不思議な対象としての興味という形で。
あれ?
ということは、俺はゲームに関しては天才と自称していいのかな?
そんなことを考えていると、インターホンが鳴った。
あー、寒いから布団から出たくない。
誰か、代わりに出てくれないかな。
と都合のいいことを考えても、今はこの家に俺しかいない。
などと考えていると
「はーい、どちら様ですか?」
いきなりリビングからそんな女性の声が聞こえてきた。
えっ、この声って……。
すると、間を置くことなく玄関のドアの開く音がした。
勝手に人をうちに招き入れるのかよ!
俺は勢いよく布団を剥いで、自分の部屋の扉を開けた。
「雪葉先輩、なんで勝手に家に入ってるんですか! 賢人もすんなりと受け入れるんじゃないよ」
そこには我が物顔の雪葉先輩と賢人の姿があった。
「なんでって、何度もインターホンを鳴らしたんだけど応答がなかったのよ。だから、勝手に開けさせてもらったのよ。それよりあの白い犬みたいな動物可愛いわね」
「いや、あれをどうやって? 一応、ここは最新の顔認証の鍵を使ってるんですよ?」
「あんなオモチャ、簡単に開けることできるわよ」
「あー、そうでした。そういう人でしたよね、先輩って」
俺は若干呆れながらも、二人にお茶を出して席に促した。
そこで俺は座らずに、冷蔵庫の中身を確認する。
「二人は何かいる?」
「俺はいらないよ」
「私もいらないわよ」
左様ですか。
俺はお腹が空いたのでなんか食べますね。
そうして、俺は冷蔵庫にあった物で鮭を焼き、卵焼きを甘めに作った。
ご飯とみそ汁は今朝の残りが冷蔵庫にあったので、温め直してお皿によそう。
それを御盆に載せて、二人が座ってる食卓テーブルに向き合う形で席に着く。
「いただきます」
俺は姿勢を正して、食への礼を心込めて呟く。
そして、アサリのお味噌汁をずずっと一口飲む。
ふわぁ。
美味い、さすが日本食、ダンジョンのご飯とは比べ物にならないな。
そして、鮭を箸で一口大に切り分けご飯と一緒に口へと運ぶ。
この鮭独特の塩加減に甘いお米。
最高です!
そう満喫しながら次の鮭を箸で切り分けようとすると、賢人が頭を小突いてきた。
「おい、ツッコミどころが多すぎる。なぜ客人の前でそんな美味しそうにご飯を食うんだ。俺と先輩はお前に話があると言われたからここに来てるんだぞ」
「ん? 賢人も食いたくなったのか?」
「違う! なぜ人が来てるのにそんなにしっかりとご飯作ってるんだとか、そんな心の中で食レポしてるみたいに一口一口しっかりと味わって食べてるんだとか、もう訳が分からん! 先輩ももっと強く言っていいんですよ?」
「…………」
「残念だったな賢人、先輩はもう夢の中だ」
先輩は椅子に座りながらコクコクと船を漕いでいた。
その後も俺は箸を止めることなくご飯を満喫した。
そして、席を立ち食器を片付けてから先輩を起こし、勝手にゲームをしていた賢人を席に座らせた。
「先輩、単刀直入に用件を言いますね。俺と一緒にチームを組んでみませんか?」
「……ゲームの?」
「違いますよ。現実でです」
「現実で? …………ってことは、ダンジョン冒険者にでもなるの?」
「そういうことです、どうですか?」
「うーん、面白そう。とは思うのだけど、ダンジョン冒険者になるのってそんな単純な話じゃないって聞くわよ?」
ここで俺は数枚の紙をドヤ顔で机に置く。
「これはダンジョン事務所設立の許可書と倉庫の貸し出し許可書、その他ダンジョン冒険者になるための許可書です。これがあれば今すぐにでもダンジョン冒険者になれます」
「…………盗んできたの?」
先輩は残念な子を見るような目で返してきた。
なぜそうなるんだよ。
俺はこれでも盗みなんて一度も………
あっ、そういえばダンジョンの休憩所の物は一通り俺のアイテムボックスの中にあるわ。
しかし、これは盗みではない。
提供、そう師匠に提供してもらっただけ。
俺はそう自分に言い聞かせ続けた。
何もやましい気持ちなんてない!
少し自分の中で上がってしまった気持ちを抑える。
「盗んでないですよ。ちゃんと正式に発行された書類ですよ。んーそうですね、まずは俺が今までどこで何をしていたかの話を先にしなければならないですね。長くなりますが、いいですか?」
すると、先輩はまだ疑うような目でコクコクと頷いた。
その後、俺はダンジョンのこと、外で賢人を拾ってきたことなどを掻い摘んで話した。
「そんなに大変な状況だったの。アッキーも……」
ちなみに、アッキーとは賢人の名字の秋川をいじったあだ名らしい。
先輩は基本的に気に入った人にはあだ名をつける習性がある。
「まあ、俺はみんなが思っているよりもそんなに辛い状況ではないですから気にしないでください。それよりも先輩、最近話題のNumber1について何か知ってますか?」
「ええ、テレビやネットで話題の人よね。Number1が日本人ってどんな人なのか気になるわよね。まあ、前までは興味があまりなかったけど、今はほたるんにチームに誘われているから少しは気になる。けど、どこでも詳しい情報は出回ってないはず………と、こんなところかしら」
「うん、やっぱり世間の人はそれくらいしか情報を知らないんですね」
「ええ、あとはネットだとホームレス説とか変態だとか、人外ケモ耳だとか色々憶測が飛び交ってるくらいね。ほたるんはNumber1の人を知っているの?」
何その恐い憶測。
「まあ、一応知ってると言えば知ってますよ」
「へえ、そうなの。その人の話をするってことはボンちゃんがダンジョン冒険者になるのと関係あるの?」
「大いに関係がありますよ」
そりゃ、ご本人様だからね。
そんなやり取りをしていると、呆れたように賢人が割って入ってきた。
「蛍、回りくどい。早く話進めろよ」
「わかったよ。先輩、そのさっきから話している。Number1の人ってのが実は俺のことみたいなんですよ」
「…………何バカなこと言ってるの? 自分自慢したいお年頃なの?」
「まあ、信じてくれませんよね。これ見てください。…………ちなみに俺にそんな趣味はありません」
そうして、俺は自分のステータスカードを先輩に見せる。
先輩はそれを手に取ってまじまじと確認する。
「ほ、ほ、本当なの?」
先輩は目を丸くして、俺ではなく賢人に尋ねた。
「本当のことですよ。蛍は本物のNumber1の称号を持っていますよ。そのおかげで俺も北海道から無事に脱出できたわけですし」
「アッキーは嘘つかないし…………。これは本物のようね」
賢人が真偽の基準ってどうかと思うよ。
俺も先輩にはからかう時以外は嘘ついたことないんだけどなぁ。
そんなことを考えながら俺はステータスカードをしまった。
「少し腑には落ちませんが、信じていただけたようで何よりです。それで返事はいつでもいいのでチームに入ることを検討してくれませんか? 俺が考える理想のチームには先輩の力が必要なんです」
「少し考えるわね。それでもし私がチームに入るならば何をすればいいの?」
先輩がそんな質問をしてきたその時、誰かが帰ってきた音がした。
「「ただっまー」」
おっと、これからって時にひよりと恵が帰ってきたようだ。
「おっ賢人くんだ。いらっしゃい」
そのままリビングに入ってきたひよりが賢人に挨拶をした。
恵は賢人とは会ったことはあるが、あまり面識がないため未だにそわそわしている。
「おう、ひよりちゃんと恵さん。お邪魔してまーす」
「あら、ひよりちゃん。久しぶりね。元気だった?」
すると、先輩も挨拶をする。
「あっ誰かと思えば、雪葉ちゃんだ。見ないうちに綺麗になったね」
「そ、そう? そんなことないと思うんだけど…………」
先輩は顔を赤くし、少し俯いた。
いや、先輩お世辞かどうかの区別はつけようよ。
「それよりも、お兄ちゃんみんなで何してたの?」
「ん? 先輩の勧誘。チームに入って欲しくてさ」
「へ~、そうなんだ。あっそれよりも、駅前に新しくできたケーキ屋さんに行ってきただけど雪葉ちゃんと賢人くんは食べる?」
「俺たちの分もあるのか?」
賢人の答えに、先輩も頷く。
「たくさん買ってきたから大丈夫! 今準備するね!」
そう言って、ひよりは恵と共にケーキを準備してくれた。
「「「「「いただきまーす」」」」」
俺は甘いのがあまり得意ではないのだが、甘さ控えめなチョコレートケーキで結構好みの味だった。
「お兄ちゃん、テレビつけていい?」
「別に俺たちのことは気にしなくていいよ」
「わかったー」
そうして、ひよりがテレビを付けると何やら物騒なワードが俺たちの耳に入ってきた。
『えーただいま、速報が入りました。台風島が進路を変えて、日本に上陸する可能性があるということです。詳しい発表は後にあるとは思いますが、私たちの担当者が観測した結果、2日後に上陸すると思われます。さらに詳しい情報が分かり次第お伝えいたします』
台風島?
なにそれ。




