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あの日地球にダンジョンが出現した(~ニート × ファンタジーは最強です~)  作者: 笠鳴小雨
【第2章】帰還 編

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素で敬語な人には距離を感じる



 俺は現在東京のとある会議室でダンジョン対策機関のお偉いさん方と話をしていた。


 そこには部外者と言われていた副局長を除き、俺を含めた6人が座っている。


 俺の隣には工藤さん。


 向かいの席には俺から見て左から九州基地の特務官である安蘇純(あそじゅん)さん。

 次に局長の護衛であり、筋肉ムキムキの大男である原田真司(はらだしんじ)さん。

 次にここで一番偉いダンジョン対策機関の局長で、如何にもお偉いおじさんな長瀬次郎(ながせじろう)さん。

 その隣は副局長の席で空席。

 空席を挟んでその隣がひよりの主治医であり、なぜか医者なのにスーツを着ている天谷(あまや)直樹さん。


 こういった布陣で本当の話し合いが始まった。


 先に口を開いたのは副局長が退出してから口調が優しくなった局長の長瀬さんであった。


「まずは雨川君の現在の状況から説明しますかね」


 局長から直々に話してくれるのか。

 長瀬さんは世間で言ういい上司なのかもしれない。


「お願いします」


 俺は頭を切り替えて集中モードに切り替えて返事をした。


「まず初めに雨川君は『Number1』で間違いないね?」


「間違いありません」


「念のためステータスカードを確認させてもらえないかな?」


 長瀬さんはそう笑顔で聞いてきた。


 まぁ、カードに表示されるのは名前と順位、装備だけだから構わないか。

 そう考え俺はポケットから出すふりをしてアイテムボックスからカードを取り出した。


「どうぞ」


 そう言って俺は長瀬さんにカードを手渡しした。

 長瀬さんはそれを受け取り確認すると、ふむふむといった感じで頷いていた。


 他の3人も次々とカードを確認してから返してもらった。


「うん、間違いなく君はNumber1のようだね。それにしてもまさかじかにシングル冒険者のカードを確認できる日が来ようとはね。君はシングル冒険者という言葉を聞いたことはあるかい?」


 シングル冒険者は前に誰かが言ってたような⋯⋯。

 意味は知らないけど。


「聞いたことはありますが、意味は知りません」


「そうか。シングル冒険者、それは称号のNumberの数字が一桁の強者が世間一般でまとめてそう言われているんだよ。今君はなぜ?と思っているのではないかな?」


「はい、なぜわざわざ区別して呼ぶ必要があるのかは疑問ですね」


「それは9位と10位の者との間では強さの桁が数段変わるからなんだよ」


 強さの桁が変わる………か。


「ちなみにそれはどれくらいですか?」


「そうだね、例えるならば日本の警察官が持つような拳銃と核兵器ぐらいはその差が現時点ではあると言われているよ。実際には分からないけどね」


 何その物騒な例え方。

 でも、核兵器か⋯⋯。


「それって俺の存在自体が危険視されているとも捉えられますよね?」


「そうだね、だからほとんどのシングル冒険者はそれぞれの国の機関に所属している。それがシングル冒険者としても安全性が一番高くて国としても利益が大きいんだ。もちろん例外なく君もね」


 長瀬さんは含んだような笑みを俺に向けてきた。

 やはりこの人もまた厄介なのだろうか。


「そうですか」


 俺は気の抜けるような返事を敢えて返した。


「と、まあつい数時間前までは思っていたさ」


 えっ??


「ついさっきまで?」


 さっきまでということは今は思っていないのかな?


「そうなんだよ、工藤上官にひどく焦ったように電話越しに止められたんだよ。ねえ、工藤上官?」


「そうですね、それは止めるべきと確かに進言しました」


 長瀬さんの確認に工藤さんは卒なく返事をした。


「工藤上官がそんな焦った感じで話すことなんて今までなかったからね。工藤上官の話を誰にも漏らさないことと協力するということを約束して詳しく聞いたら私も工藤上官と同じ意見に達したんだよ。雨川君、君は他のシングル冒険者とは違う。取り込むよりも協力体制を取ることを優先するべきだとね」


「要するに言いたいことはなんですか?」


「私たちダンジョン対策機関は君を特殊特務官(とくしゅとくむかん)として受け入れたいと考えている。通称、特二(とくに)として」


 ん?

 矛盾してない?

 結果俺を機関に入れたいということなのか?


 しかも何その特別感満載の役職。


 これって俺騙されたりしてないのかな?


「えっと…………」


 俺がそれを言おうとしたときに長瀬さんがその言葉に対して右手を前に突き出して防いできた。


「君が言いたいことは分かるよ。協力体制と言っておきながらこの機関に入れと言っていて矛盾していると思っているのだろう?」


「はい、そうですね。俺が高校生だからって騙そうとしてたりしないですよね?」


 俺は少し強気で答えた。

 ここで引いていたら話にならないとさすがに舌戦に慣れていない高校生でもわかる。


「まさか、シングル冒険者と知っていて騙そうとする人間なんてこの世にはいないよ」


 長瀬さんは苦笑いして返してきた。


「だとしたら、どういう意味ですか?」


「そうだね、君を当機関に受け入れるといっても先ほど言った特別に君のために設けた役職である特二として受け入れるということなんだ。これは君が望んでいる平穏を守るためでもある提案なんだよ」


「平穏ですか。それで特二とはいったいどういった役職なんですか?」


「それは表面上では君は当機関の所属となるが、実際は所属していなく自由の身となる。基本的には私たちは君に対しての命令権を一切持たない。しかし、君は私たちの扱える権利を一通り使えるという良いとこどりな役職なんだ。要するに、君は普通にこの東京で自由に生活してもらっても構わないし、私たちの管理しているダンジョンには自由に行き来することが可能になる」


 なんだ、その美味しい話。

 そんな旨い話あるわけないと疑うのが普通だろう。


「それで目的はなんですか?」


「私たちが望むのは一つだけ、北海道奪還作戦に君も参加してほしい、ただそれだけなんだよ」


「本当にそれだけなんですか?」


「本当だよ。まあ、協力してほしいことがあればその度に打診を出すつもりではあるが、それに応えても応えなくても構わないとは思っている。それに君の実力は工藤上官から嫌というほど聞かされている」


「実力?」


「ああ、君はワイバーンを一人で100匹ほど倒しただけではなくドラゴンまで一人で瞬殺したんだろう? そんな芸当他のシングル冒険者でもそう簡単にはできやしないよ。さすが1位と言うべきなのかな」


 俺は工藤さんを目を細めて見る。

 そして少しトーンを落として言った。


「工藤さんどこまで話したんですか?」


 すると、慌てて工藤さんは身振りで否定した。


「そんな目をしないでくれよ。上層部の中でも長瀬局長とここにいる人たちは考えも柔軟で私の意見に賛成してくれる人たちだと思って話したんだよ。実際に彼らは君と協力体制を結ぶことに協力的で口も堅いから安心してくれ」


「そういうことなら。他に俺のことを詳しく知っている人はいますか?」


「他には話していないよ」


「そういうことなら」


「それともう一つ君に今の現状を話しておこう」


 長瀬さんが会話を割るように言った。


「なんですか?」


「君の家族の状況について、詳しく調べさせてもらったよ」


 そう言って詳細を長瀬さんではなく、ひよりの主治医であった天谷さんが代わりに話してくれた。



******************************



 車での避難中に父さんと母さんは魔獣に襲われて死んだ。


 ひよりを隠し匿う形で。


 ひよりはその時に脊髄を損傷して動けなくなった。


 そうして意識が飛びかけていたその時、家に置いてきたはずであった犬のポチが目の前に現れた。


 しかし、ポチだけでは何もできずに走り去っていったという。


 時間が経ち死を覚悟したひよりの下に一人の自衛隊員が救出に来た。


 ポチと一緒に。


 そのポチの行動のおかげでひよりは死なずに済んだという。


 そのポチは道中の魔獣の注意を引く殿のために避難中の車を飛び出してどこかへ行ってしまったらしい。


 ひよりは避難した病院で治療を受けて一命をとりとめた。


 しかし、生活するにあたって家族もいなくなり知り合いも連絡が取れない。

 そして両足が動かなく車椅子生活の少女。


 普通であれば施設や病院で生活するべきなのだろうが、こんな時世。


 どこも身寄りのない小さな子供やお年寄りで手いっぱいでひよりは当てもなく自衛隊で一時期保護されていたそうだ。


 その時、俺たちが小さかった頃に隣の家に住んでいて、俺と同い年の幼馴染である田中恵(たなかめぐみ)の家族がひよりの現状をラジオの情報を通して知ったらしい。


 そこでひよりを引き取ってくれて一緒に生活してくれることになったそうだ。


 そして、今もその家で生活し高校にも普通に通っているということだった。



 正直、そんなきつい話を一気に聞いたせいなのか、俺は頭の整理が追いていなかった。


 それを察してくれたのか、工藤さんが今日の話し合いはこれまでにしてくれて個室に案内してくれた。


 今日はここで一泊することになった。


 その部屋はベッドが一つに窓が一つあるだけの簡素な部屋だった。

 その窓際には花瓶に入った花が置いてあり、それを満月の月明かりが照らす。


 俺はベッドに仰向けで寝そべった。


 すると、今日の出来事が頭を駆け巡る。


 痛々しいひよりと会えたこと。


 父さんと母さんが死んだこと。


 ポチは行方知れず。


 ひよりの今まで苦しかっただろう出来事。


 ただそれだけが俺の頭の中を支配していた。


 それらはたった一日で聞かされた、あまりにも厳しい現実。


 ここに至るまで常に現実を楽観視していた自分。


 いや、無意識に考えたくなかっただけなのかもしれない。


 俺はそんな複雑な考えが巡る中、ある瞬間には一つのことだけが頭に残った。


『父さんと母さんが死んだ』


 これだけが頭の中を支配していた。


 今までは人の目もあり、我慢してきた。


 しかし、今は一人の空間。


 あるのは月明かりに照らされた青い花だけ。


 意図せずに目から涙が溢れてくる。


 父さんの笑顔が頭に浮かぶ。


 母さんの料理姿が頭に浮かぶ。


 溢れる涙。


 止まらない涙。


 俺は夜通し泣いた。


 顔がぐちゃぐちゃになるまで泣いた。


 もう自制心は働かず、涙を流すことで少しでもこの気持ちが収まるようにと泣き続けた。


 そして涙が枯れると泣き疲れなのかそのまま意識を失ったように眠りに落ちていった。



******************************



 朝起きると日は既に高く昇っていた。


 泣き疲れなのか眠り過ぎてしまったようだ。


 俺は部屋を出てトイレに行き、顔を洗い鏡を確認するとそこには目が腫れた自分の顔が映った。


 俺はもう一度顔を洗い、両手で自分の頬を叩いた。


 そこを出て近くにいた自衛隊員に工藤さんの部屋の場所を確認して、向かった。


 ドアをノックし中に入ると、書類仕事で忙しそうな工藤さんの姿があった。

 目の下には大きな隈が見えた。


 忙しくて寝られていないのだろうか。


「おはようございます。工藤さん目の下の隈凄いですよ」


「ああ、おはよう雨川君。寝られていなくてね。もう少しでこの書類終わるからそこのソファに座って待っててくれ」


 そう言って工藤さんは再び書類に向き合い始めた。


 俺は言われた通りにソファに座り、秘書のような方に出されたお茶を飲んで待っていた。


 少し待っていると書類仕事が終わった工藤さんが向かいのソファに座った。


「待たせてすまなかったね。君はぐっすり眠れたようだね」


「ええ、ぐっすりと眠れましたよ」


「今日の話し合いは5時からやる予定なのでそれまでは好きにしてもらって構わないよ」


「そうですか。今が1時なのであと4時間程ありますね。ひよりは今どこに?」


「今はどこだったかな。上木(かみき)さんはどこにいるかわかるかな?」


 工藤さんはそう言って秘書のような人に向かって話しかけた。

 上木さんって言うのか。


「はい、わかります。私が案内いたします」


「そうか、よろしく頼むよ。私は書類がまだ残っているからね。雨川君、上木さんについていってくれ」


 そう言って工藤さんはお茶を一口飲み、再び書類仕事を始めた。


 俺は上木さんの後をついていき、ひよりの下へと向かった。


 そこは俺の寝た部屋の5つ隣の部屋であった。


 こんな近くにいたのか。


 そう思いながら上木さんがノックして入るとそこにはお腹を出しながらだらしなく寝ているひよりの姿があった。


 てか、こいついつまで寝てるんだよ。


 そう思って起こそうとひよりに近づくと俺と同じく目元が腫れていた。


 こいつも昨日泣いていたのかな。


 そう思いながらも揺すり起こした。


「おい、ひよりもう1時だぞ! 早く起きろ」


「う、うぅ。…………あれ、お兄ちゃん? おはよ」


 そう寝ぼけながら目を擦るひより。


「お腹空いてませんか? もうすぐ食堂が空く頃合いなので今行くのが良いかと」


 そこに上木さんが話す。

 にしてもこの人なんか話し方が固いよな。


「上木さん、俺たちにそんな敬語大丈夫ですよ。なんかこっちがむず痒いです」


「いえ、これが素ですので」


 やはり素っ気なく返す上木さん。

 まぁ、それが通常ならいいか。


「ひより、食堂行くぞ」


「うん、わかったお兄ちゃん」


 そう言って起き上がり、俺の腕にしがみついてきた。

 

 いや、妹よ。

 あまりよろしくない部分が当たっている。


 俺はそれを無理やり引き剥がし上木さんについていく。


 その道中、常にひよりがちょっかいを掛けてきた。


 ちょっと、しつこいよ。

 まあ、ここで怒るのは大人な対応ではないだろう。


 そうして、俺とひよりと上木さんで机を囲んでご飯を食べた。


 今日はあんかけ焼きそばだった。


 久しぶりの中華とても美味しかったです。

 でも、またカレー食べたいな。


 あっ今度は海軍カレーとかも食べてみたいな。

 言ったら食べさせてくれたりしないかな。


 そんなことを考えながら()()()()()()が終了した。


 そう、上木さんは顔色一つ変えずにただ無言で黙々とご飯を食べるのだ。

 俺とひよりは話そうにも話しづらく無言でご飯を食べていた。


 上木さんはご飯を食べ終えると、「仕事があるので失礼します」と一言言って席を離れていった。


「気まずかったな」


「うん、めちゃくちゃ気まずかったよ」


 そう二人で苦笑いした。


「そうだ、ひよりは今は恵の家に住んでいるんだろ?」


「うん、そうだよ。それがどうしたの?」


「これからはどうしたい?」


「どうしたいって私もお兄ちゃんもお金持ってないから一緒に恵ちゃん家に住むしかなくない? 恵ちゃんも恵ちゃんパパとママも住んでいいよって言ってくれてるよ?」


 そうなのか。

 やっぱり恵ママは優しいな。

 昔もよくご飯とかご馳走になってたっけ。


 けれども、お金は正直どうとでもなるんだ。

 賢人に聞いた限りじゃ、ダンジョン冒険者と呼ばれる人たちはダンジョンで得たアイテムを売って生計を立てていると聞いた。


 その買い付けするのはその国か富裕層、それか同じ同業者と聞く。


 要するに、俺は大量のアイテムを持っているから売ればどうとでもなるんだよな。


 しかも、レアな物は高値で取引されるとも聞いた。


 ひよりはそれを知らないのかな?

 聞いてみるか。


「ひよりは俺のことどこまで聞いてる?」


「どこまでって、生きてた保護したとしか聞いてないよ。詳しくは聞いても何も教えてくれなかったし」


 ひよりは何でだろう、て感じで頭を傾げている。


 そうか、情報統制はひよりにまで及んでいたのか。


「そっか、まあ何をしてたか話す前にひよりのステータスカード見せてくれないか?」


「えっなんで? まあ、いいけど」


 そう言ってひよりは財布からステータスカードを取り出して渡してきた。


 そうか一般の人は財布とかにいれているのか。

 保険証とかと同じ感じで考えているのかな。



 【status card】

   名前 ≫雨川 ひより

   称号 ≫Number3,126,548,355

   装備 ≫



 31億2654万8355位か。

 ダンジョン潜ってない人だとこんな感じなのかな。


 まあ、普通のステータスで良かったよ。


「ありがとう。ちなみにスキルや魔法は持ってないよな?」


「持ってるわけないじゃん。持ってたら今頃自衛隊に入ってるよ」


 そう笑い飛ばされた。

 もしかしてこの反応が普通なのかな。


 今まではスキルや魔法を持ってる人がいる中で生活していたから今の世界の普通が分からないや。


「そっか、今から話すことは誰にも言わないと約束できるか?」


「うん、約束するよ、お兄ちゃん」


「わかった、ここで話すのもなんだから一度俺の部屋へ行こうか」


「分かったよ」


 そうして、食器を片付けてから俺とひよりは一度部屋へと戻った。



**************-****************



 ひよりはベッドに腰を掛けて俺はその前の床に向かい合う形で座った。


「まず結果から言おうか。俺は今までずっとダンジョンにいたんだ」


「えっ? ちょっと待って…………。本当に?」


「ああ、本当だ。俺は魔獣が地上に現れるまでは行方不明扱いだったんだろう?」


「うん、そうだよ。お兄ちゃんはそれまでの2か月も行方不明扱いだったんだよ」


「そう、俺はその時からもうダンジョンにいたんだ」


「その時からなんだ…………。でも、なんで帰ってこなかったの?」


 えっ?


「えっと、俺は他のダンジョンの状況は何も知らないんだが、他のダンジョンは普通に地上に戻ることができるのか?」


「そうだよ、それが普通ってネットでは言われてるよ。なんか何階かごとに地上に戻ることのできるワープみたいなのがあるんだって」


「そうだったのか。でも俺は帰らなかったんじゃない、帰れなかったんだ」


「どういうこと?」


「俺の入ったダンジョンはかなり地下深くにあったダンジョンでな、正確にはダンジョンの穴に落ちたといった方が正しい。脱出するには攻略するしか道がなかった、そんな状況だったんだ」


 その時、ひよりは何かを言おうとしたがそれを飲み込んだ。

 言いたいことは分かる。


「そんな状況だったんだ、私より大変だったね」


 そう言って笑いかけてくるひより。


 いや、実際は体感ではそんなにきつい状況ではなかったんだ。

 でも、周囲から見れば厳しいと思われるのも不思議ではないか。


「まあ、そんなことは終わったことだからもういいんだ。それで俺は長い間ダンジョンに籠っていた。そして、ダンジョンのアイテムは高く取引されているんだろ?」


「そういうこと! じゃあ、お兄ちゃんはお金があるんだ! だからどうするか聞いてきたんだね」


「そういうことだ。それでどうする?」


「どうするも何ももう恵ちゃんに迷惑は掛けたくないよ。お兄ちゃんと住みたい! けど、東京の家は抽選と審査が厳しくてあまり借りられないんだよ?」


「そこは大丈夫、何とかなるから」


「どういうこと?」


 俺はステータスカードを見せた。


「こういうことだよ」


「…………えっ? えーーー!! ちょっと、ちょっとこれ! お兄ちゃん、これ何?」


 めっちゃくちゃ手をバタつかせるひより。


「何って、俺のステータスカード」


「うんうん、それは分かってるよ! 名前はお兄ちゃんのだもん! 違くて、何この数字!! これ壊れてるんじゃない?」


 そう言ってステータスカードを床に叩きつけたり踏みつけたりしている。

 いや壊そうとするなよ。


「壊れてないぞ、それが正式な数字だよ。驚くのもわかるが一旦落ち着けよ。それとこれ誰にも話すなよ? ひよりにも影響が及ぶかもしれないから」


「喋るわけないじゃん! こんなの友達に話したところで嘘つき呼ばわりされるよ! ふー、ふー、ふー」


 そう言って何度も呼吸してはカードを見るという奇行を繰り返すひより。

 そしてカードを見るたびに様々な顔をするひより。


 こいつ芸人とか向いてるんじゃないかな?(笑)


「ひより、お金は出すからよ〇もと入らないか?」


「何言ってるの! そんな冗談言っている場合じゃないよ! 最近、ネットを騒がせているランキング1位の人がお兄ちゃんだなんて…………。ねえ、お兄ちゃんひよりの頬っぺたつねって!」


 そう言って、横を向いたひよりの頬を俺は強めにつねる。


「痛っ! 痛い、痛い、痛い! もういいよ!! 離してよ!! ねえ!」


 俺は痛がるひよりが面白くて少しの間離さなかった。


 ひよりは逃げようとするも今の俺はステータスのようなものが高いから力も強い。

 逃がすわけがないだろう、長年の鬱憤ここで晴らさせてもらおう。


 そうして涙目で懇願してきたところで俺は離してあげた。


「どうだ、信じられそうか?」


「うん、ちゃんと痛かったし元ニートなのに力強くてびっくりした。本当だったんだ、魔獣を倒すと基礎能力が上がるってやつ。ニートのくせに」


 おい、前はニートだったが今はニートじゃないぞ。


 ってあれ?

 今俺は学校にも行かずに仕事もしてない。

 自衛隊のご飯をただで食べながら過ごすだけの…………ニート??


 もしかして俺はまだニートなのか?


 いや、待てよ。

 もし昨日の特二の話を受ければ脱ニートと言えるのではないだろうか。


 まあ、別にニートを脱却したいわけじゃないが。

 むしろ適度にダンジョン籠れば余裕で生涯分のお金は簡単に手に入るだろう。


 俺はそれで優雅に過ごせばいいだけだ。


「これからは俺を簡単に足で使えると思うなよ、妹よ」


「はいはい、まあこれからお世話になりますね。って、家はいつ手に入りそうなの?」


「それは聞いてみないと分かんないかな。それまでは恵の家で待っていてくれ、用事が終わったら迎えにいくからさ」


「わかった! 隊員さんも今日には家に帰っていいって言われてるから支度して待ってる!」


「そうしてくれ」


「あっお兄ちゃん!」


「何だ?」


「あのね………」


「なんだよ」


「無事で本当に良かった。おかえり!」


 久しぶりにこの言葉を聞いたかもしれない。

 こんな短い言葉でも温かさが伝わる。


 この言葉一つで心に余裕ができた気がした。


「ただいま」


 俺はすんなりとこの言葉が出てきた。


「あっ高校卒業したら就職と考えてたんだけど、大学行ってもいい? ダンジョンの物って高く売れるんでしょ?」


「おお、好きにしな! 元々ひよりが就職するまでは俺が家計を支えるつもりだから」


「脱ニートからの稼ぎ頭だね、お兄ちゃん」


「まあな。それで大学行って何したいんだ?」


「えっと…………」


「なんだ決まってないのか?」


「いや、決まってるんだけど、恥ずかしくて…………」


「ああ、芸人か。お笑いなら大学じゃなくてよ〇もと入れよ」


「だから違うって!! …………医者になりたいの!!」


「医者か、いんじゃないか? でも、お前頭そんなに良くないだろう」


「ふふん、見くびるでない、お兄ちゃんよ。私は今優秀な頭脳を持っているJKなのだよ!」


「そうなのか、頑張れよ」


「うん! じゃあ、帰って勉強してくる!」


 そう言って部屋の扉を乱暴に開けて飛び出ていった。


 将来の医者がそんなに乱暴でどうするよ。


 俺はベッドの上で寝そべる。


 あの天真爛漫なひよりが医者か…………。

 怪我の影響か天谷先生の影響なのかな。


 それにしてもこれでちゃんと稼がなくてならなくなってしまったな。

 まあ、これもほぼ予想通りだからいいか。


 だとすると、やはり俺はあれになるしかないか。



******************************



 現在、会議室で昨日と同じ人で話し合いをしていた。


「要するに特二になれば、俺は北海道奪還作戦への強制参加および随時申請が出された場合の任務への参加、不参加が選べて、給料体系は固定給が毎月支払われるということですね?そしてそれは俺と家族の安全の確保が可能であり、そちら側は俺の名前と顔は公開せずに所属することが決まったことだけを公表し対外に向けてのアピールの材料とする。加えて、国外からの輸入はどこの国も渋っており関税を多くしたり輸入量を極端に減らされて食料が危うく、北海道の奪還が現在一番の優先事項であるためその強力な人材を確保でき、計画を前倒しにできるメリットがあるということで合っていますか?」


「うん、簡単に今までの話をまとめるとそういうことだね。どうかな、私たちからすれば最大限の譲歩をしている協力要請なのだがね」


「正直、現時点ではその条件を飲んでいいと思っています。が、もう4つだけお願いを聞いてもらえませんか?」


「その条件次第だが、何かな?」


「1つはダンジョン事務所設立の許可をお願いしたいです。申請は通りづらいと聞いたので」


「それぐらいは構わないよ。すぐに手配しよう」


 そう現在の多くのダンジョン冒険者と呼ばれている人たちはこのダンジョン対策機関に所属しているか、ダンジョン事務所と呼ばれている事務所に所属しているのだ。

 事務所とはランキングが高いものが所属しており機関の許可がなければ設立できず、加えて機関との繋がりがなければ設立できないのだ。


「ありがとうございます」


「でも、いいのかい? 君ならばどこかの有名な事務所に簡単に入ることができるだろう。むしろ引く手数多だと思うよ?有名事務所になればそれなりの強者しか入れないからチームもすぐに組むことができるだろうさ」


「いえ、チームの人材は自分で集めますよ。それに俺は自由に過ごしたいんです。ノルマやルールの多い所なんかに入りたくないですよ」


「はは、それもそうか! それで2つ目は何かな?」


「事務所関連の倉庫の貸し出し許可です。お願いできますか?」


「それも大丈夫だ。保証人ならば工藤上官がなってくれるだろうさ」


 俺は工藤さんを見る。


「もちろんだ、私でよければ君の保証人になろう」


 良かった。


 倉庫の貸し出し。

 有名事務所であればどこでも自衛隊と契約している倉庫。

 ダンジョンから入手したアイテムを一時的に保管してもらえる場所であり、日本で一番安全な場所だ。

 そこで預かってもらう間にアイテムを売りに出して買い取ってもらう。

 もちろんその買い取り手には自衛隊も含まれる。

 そしてここは自衛隊の誰かのスキルで厳重に守られており、警備の人員もかなり配置しているらしい。

 実際に侵入を目論んだ者たちは全て捕まったぐらい厳重らしい。


 しかし、デメリットとして預けている際は一時的に所有者は自衛隊になり、緊急時には自衛隊はそれを使用することができるのだ。


 事務所自体で保管している事務所もあるらしいが、それはかなり危険らしい。

 アイテムは高く売れるため多くの泥棒や組織が狙う対象のようだ。


 そして、ここを借りるには自衛隊の偉い人が保証人になりそれなりの信頼が必要のようだ。


「3つ目、俺の持っているアイテムの一部をここで買い取ってもらえないでしょうか? ご存知の通り今俺は無一文なので。当面の生活費分と事務所設立費用が欲しいです」


「それはむしろこちらからお願いしたいくらいだよ。一部と言わずに全部でも構わないよ?」


「それは勘弁してくださいよ」


「そうか、残念だよ。では、あとで買い取り担当の者に会わせよう」


「ありがとうございます。最後に、家を一軒手配してもらえないでしょうか?もちろんお金はアイテムと相殺でお願いいたします」


「それもすぐに手配しよう。あとで担当と条件のすり合わせをしてくれ。しかし、1位の君にこんなことを聞くのはなんだが売れるアイテムは持っているのかい?」


「うーん、どうでしょう。アイテムの相場が分からないので何とも言えませんが、そうですね」


 俺はアイテムボックスから一つのアイテムを取り出して机の上に置いた。


「このエルダーリッチの杖なんてどれくらいで売れますかね?」


「「「「「おお!」」」」」


 出した途端に俺以外の全員から驚きの声が漏れた。


 すると、原田さんが


「これは素晴らしい杖だな。これならかなりの額がつくだろう。いくつか売れば家一軒ぐらいなら余裕で買えるだろうよ!」


 えっ?

 これって100階層のボスで出たドロップだからもっといいのたくさんあるよ?


「えっと。ちなみにこれはいくらぐらいになりますか?」


「そうだな詳しくは鑑定士に確認しなきゃ分からないが、ここで売るなら1千万円くらいだろう。もっと然るべきところで売るならばもっと高値がつくこともあるだろう」


 うわっ、まじか。

 これお金には困らなさそうだな。


 なんかいきなり小金持ちになってしまうのか。


「わかりました、それならいくつかこのレベルのアイテムを売りに出しますね」


「もしかしてだが今の言い方だともっといいアイテムもあるのか?」


「ええ、これは100階層のボスのドロップですからね。俺の潜っていたダンジョンは200階層までありましたから上を出すならばキリがないですよ?」


 そう言って俺は笑みを溢した。

 まぁ、キリがないというのはちょっとしたハッタリだ。

 その方が今後も御贔屓にしてくれそうだからね。


「そ、そうか。これは逆にこちらが厳選して買わなきゃならない立場だな。むしろこちらの予算が問題になりそうだ、ははっ」


 長瀬さんはちょっとだけ意識が明後日の方向に行ってしまったようだ。


「気を取り直して今までの4つの条件を飲んでくれるようならば、俺は特二の役職についても構わないと考えています。どうでしょうか?」


 すると、向かいの4人全てが右手を上げて言った。


「「「「異議なし」」」」


 そしてこの話し合いはこれで全て終了し、この後俺は3日掛けて諸々の手続きを終えたのであった。


 もう一人俺と会いたいと言っていた首相の件は日程を現在調整中のようで後日という話だった。


 そうして最後にスマホを新しく契約してから、工藤さんや長瀬さんなどあの場にいた皆さんと連絡先を交換してから俺は手配してくれた新居に向かった。


 もちろん初めての東京のため、自衛隊員の方が車で新居まで送ってくれている。

 もうなんかVIPになった気分だ。


 まあ、一緒に乗っているのはゴリゴリのマッチョな男3人となんだがね。


 俺はそんなマッチョばかり見るのではなく窓越しに風景を眺めていた。


「これが東京かぁ」


 東京の建物の高さと人の多さに圧倒されていた。

 それにしてもよくテレビで見ていたビル風景よりも高層ビルが目に見えて多い気がするな。


 そうして車で進むこと30分ほどで目的地に着いた。

 俺は案内された通りに車を降りる。


 そこは買う際に聞いていた物件とはまるで異なっていた。

 家を担当している方には自衛隊が所有している小さなビルの一室と言われていた。

 しかし、今目の前にある建物は何階建てか数えられないほどの高さがある、所謂高層ビルと呼ばれている建物だった。


 俺はおろおろしながらも自衛隊員に連れられてビル内に入りエレベーターに乗り込む。

 すると、隊員さんはあろうことか一番数字が大きいボタンの30を押したではないか!


 最上階だなんて何も聞いてないのだが。

 もしかして俺って騙されてない?


 そう思いながらもこんなゴリゴリマッチョの厳つい大男3人の前で発言する勇気もなく俺は流されるままに最上階へと着いた。


 その最上階の一番奥の部屋、それが俺の家だと言われ入る。


 入るとそこはかなり広く豪華な造りの家であった。

 恐る恐る俺は靴を脱いで入りリビングと思わしき部屋に入ると、そこは本当に豪華で広々とした部屋だった。


 いや、逆に落ち着かないわ!

 今から文句を言いに行こう!


 これは完全に詐欺だろう。

 まあ、実際に俺はいくつかのアイテムを渡しただけでこの家がいくらしたのかも知らない。


 それにしても説明の義務を省きすぎでしょう。


 そう思ってスマホを取り出すとちょうどそのタイミングでスマホが鳴り出した。


 プルプルプルプル


 画面を確認すると工藤さんからの連絡だった。

 俺は電話にすぐに出た。


『もしもし、さっきぶりだね雨川君』


「工藤さんですね、どうしたんですか?」


『そういえば一つ伝え忘れていたことがあってね』


「なんですか?」


『雨川君、君には来週から高校に通ってもらうから覚えておいてね』


 えっ高校??



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― 新着の感想 ―
高校に通うというのが嫌な予感がする 個人的に
[良い点] 設定が斬新 [気になる点] 作中に登場する大人の発言が中高生のようで、重みがない。
[一言] 友人と合流してからの馴れ合い、よくわからない機関との迎合、34話で断念。ありがとうございました。
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