幸せへのカウントダウン
ついに、撮影当日を迎えてしまった。
「やばい、やばい、やばい……」
「なに? 緊張してるのかしら?」
俺の背後にいる人物がオネエ口調で話しかけてきた。
青い口紅をこれでもかと塗りたくったダークさに、ド派手なピンク色のロン毛、妙にごつい腕や体の線、それらが彼女……いや、彼がどちらの性別も併せ持つ人物であることを証明していた。
朝からスタッフが部屋に訊ねてくると、一緒にこのオネエな『マナナナカ・マッカンコ』とかいう意味不明な芸名を使う、メイクアーティストがやってきた。
そんな強烈なメイクさんが、俺の顔に化粧を軽く施していた。彼女の会話術はやはり凄いもので、知らぬ間に俺は彼女の雰囲気に打ち解けてしまったのだ。
一応、襲われないようにということで、巨漢な男性スタッフにここに残ってもらっているので身の危険は感じていない。たぶん。
「き……緊張してきたぁ」
「あら、あなたも緊張するのね。魔王と戦ってた時は、堂々と自分を貫くかっこよさがもう……興奮しちゃったわ、私」
「そっか、マッカンコも俺の……その……黒歴史を見てたのか」
「凄くかっこ良かったわよ? 世界を守るヒーローって、実際にいるんだなぁって私はつい思っちゃったわ。他の女の子も大体みんな同じように思ってるはずよ?」
「なんだよヒーローって……俺はただの日本人の、ただの消費部として生きていたいんだよ」
「あらあら、まだ思春期なのかしら? そんなとこも可愛いわ」
「そこは否定できない。そもそも高校一年生の頃から、俺の精神は発達していないと思ってる」
「ふふふっ、大丈夫よ。秋ちゃんにとっても、あなたは十分ヒーローだったわ。だって、あの日のあなたは世界中の誰よりもかっこよかったのよ?」
「俺にも……マッカンコみたいな友達がいたら、人生変わってたのかなぁ」
もし、中学生の頃から身近に心開ける友達が一人でもいてくれたなら、今の俺は違う人生を歩んでいたのかもしれない。あぁ、賢人は陽キャなのでノーカウントだ。
「案外、ヒーローさんはネガティブなのね。はい、完成よ。汗で溶けにくい化粧品を厳選して使ったから、撮影時は思う存分楽しんできなさい」
「……楽しむ? 撮影を?」
「あら、楽しまずして撮影なんてやってられないわ。あなたは別にヒーローとしてテレビに出るわけじゃないんでしょ?」
「うん」
「だったら、ただの秋ちゃんのファンとして、秋ちゃんを全力で守りなさい。いいとこ見せて、あなたが男だってとこ証明してくるのよ!」
マッカンコは女性らしからぬ強烈な張り手で、バンッと俺の背中を叩いてくれた。
なんというか、俺はこのメイク時間が一番リラックスしていたかもしれない。
こうして俺の緊張はどこかへと吹き飛んでいった。
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ホテルのロビーに降りると、そこには数人のスタッフと同じ空気感を漂わせる二人の見知った人物が俺を待ち構えていた。
「おはようございますなのです」
「久しぶりだね。いや~、本当に今日は僕も参加して良かったのかな?」
微妙に使いきれていない敬語を話すのは、俺のマネージャーとして新城秋を拝みに来たンパである。
恵が可愛さのあまり新調してきたのだろうスーツを着こなし、縁無し眼鏡をかけている。できる女を演出してきていた。
その隣には、俺が自衛隊の中でもかなり心を許している同士、加賀谷隊員の姿がある。彼は一応マネージャーという体で参加しているので、自衛隊服ではなく、普通のスーツを着用して来ているようだ。
「おはよ」
そんな俺は、普通にダンジョンに潜る格好でこの場に降りてきている。
精霊っ子たちに、いつもの装備である。もはや説明不要だろう。
「ンパはどうすればいいでしょうか?」
「ん? そこに立ってればいいよ。無駄に動き回られても困るし」
「はいなのです! 静かに秋様を拝んでいます!」
ンパはものわかりがよくて助かる。
ただ……犬みたいにホイホイとついてくるところは、直してほしいところだが。
「では、僕が一応マネージャーとして仕事をしますね。ということで、まずは今日のスケージュール表です」
「助かるよ、さすが同志だ」
俺と加賀谷隊員は熱い握手を交わし、その後一枚の用紙を手渡された。
ざっと眺めてみるが、事前の打ち合わせ通りの行程だった。朝からロケバスで現地に移動、現地で顔合わせ、ダンジョン対策機関から派遣されてきた報道部の人からの注意事項などなど。
そうして細かな流れが終わると、ようやくダンジョン内で撮影開始ということである。
今回のテレビ番組では、メインゲストとして俺、司会進行として仲瀬リリィと新城秋の二人が務めてくれる。さらにサブゲストとして、よくわからない事務所に所属しているダンジョン冒険者が派遣されてきているとか。
俺が加賀谷隊員と他愛のない様々な話をしていると、撮影スタッフが恐る恐る声を掛けてきた。
「Number1、そろそろロケバスへの移動をお願いします」
「あっ、はい」
こうして俺は、秋様に会うためのロケバスへと乗り込んだ。
彼女らとは違うロケバス……というか出発時間が異なるため、実際に対面するのは現地となる予定だ。
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ロケバスに乗り込み、揺られること五分ほど。
「無理……降りたい。……めっちゃ酔った」
俺は山道という悪魔のルートに、視界をぐるぐると揺らしていた。
その言葉を聞いたスタッフが慌てて車を止め、大丈夫かと執拗に尋ねてくる。その手には水と薬が握られていた。
対して、ンパや加賀谷さんは「やっぱりか」というような雰囲気を顔をしている。
これも俺がロケバスに乗りたい、と願望を言ったのが原因だった。
自分の乗り物酔いの弱さは知っていたのだが、ついロケバスと聞くと乗ってみたくなってしまったのだ。
「どうしますか?」
「……自分のバイクで行っていいですか? 自分で運転する分には酔わないんで」
「わ、わかりました。場所は大丈夫ですか?」
「あっ、はい。マップ見ればなんとかなりますし……最悪、探知系の能力使えば足取りは追えるので」
「……さすがですね。わかりました。それではこの車が先行しますので、後ろからついてきてください」
「はい……ほんと、わがまま言ってすいません」
俺は気持ち悪い頭で何度も謝りながらロケバスを降りた。
そしてすぐにアイテムボックスから自分のバイクを取り出し、跨ってからエンジンをかける。ヘルメットをかぶり、一応スマホでマップを起動してから運転席にいるあんちゃんにグッドサインを送る。
そうして俺はロケバスの後をついて行くように、バイクを走らせた。
俺が秋様と対面するまでの、カウントダウンが始まった。
「やばいやばい……最初になんて言おう…………」
自己紹介か?
ファンです、か?
大好きです、か?
いつも見ています、か?
「あぁ……連絡先もらえたら軽く三回は死ねるなぁ」
幸せは、すぐそこまでやってきている。
その事実に、俺の動悸はどんどん加速していく。
そうして俺たち一行は、ダンジョンの入口へと到着するのであった。
そこにはすでに――神の姿があった。




