山梨、そして嘆く。でも秋様がいる。
「――はい、それでは出演者の皆さま準備をお願いしまーす!」
山梨県、そこの山奥に出現した富士麓Eランクダンジョン。
そのダンジョン前では、webテレビ番組のスタッフたちが忙しなく自分たちの仕事をこなしており、少し慌ただしい様相を見せていた。
そんな雑踏鳴り響く山奥の中で、俺らはスタンバイをしていた。
そう――。
人気声優二人組が看板を務める深夜のバラエティ番組『夜も夜とて、秋とリリィ』の収録が今、始まろうとしていた。
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――1週間前、都内某所、スタジオ会議室。
「この度は私ども番組『夜も夜とて、秋とリリィ』の出演依頼を快諾していただき、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。俺なんかで良ければ……いつでも何度でも出演させていただきますとも。秋様のためならば!」
この会議室には、男性スタッフが二人と女性スタッフが二人向かい側に座っている。
そして彼らと対面する形で、俺が人生史上一番真面目な顔をして向かい合っていた。残念ながら賢人は大学の講義が重なり、ここには来られなかった。もちろんンパなんて空気の読めない子をここに連れてくるわけにもいかずに、俺一人でやってきたというわけである。
ちなみに家に来ると最初は言われたが、こちらから断った。
しかし、なんだろうか……彼らの顔が少し引き気味な気がするのだ。いや、気のせいかもしれない。
「しかし本当に良かったのでしょうか?」
「何が、です?」
「Number1様は今まで一度もマスメディアへの露出をしてきていないと、私どもは把握しております。そんな中で、私たちのような深夜のweb番組なんかに……」
一人の男性スタッフが申し訳なさそうに言いかけたところで、俺は片手を前に突き出して、次に紡ごうとした言葉を制止した。
「なんかとはなんですか。俺はこの番組を毎週欠かさず見ていますし、十回は必ず見返すようにしています。そしてなんと言っても! 新城秋様と仲瀬リリィさんの麗しいお声に何度励まされて、魔獣と戦い続けてきたことか! もはや感謝しかありません! よって! ……俺から断る要素は一つもないのですよ!」
「そ、そうでしたか……Number1様の御贔屓をいただけて、私どもももっと頑張らなくてはいけませんね」
「っと、そこでご相談なんですが……いくらでも出資しますので、ゴールデン帯の放送に変えて、もっと世間に神様のお声を届けるというのはどうでしょうか?」
「「「……」」」
「出資のご相談ありがとうございます。そちらの方は弊社の方でご検討させていただきますね」
三人が沈黙する中、ひと際偉そうなスタッフ――いかにもなカーディガンを肩にかけ、眼鏡を頭に乗せている男性――が慣れた様子で返答してきた。
自分でもいきなり変なことを言っている自覚はある。それでも俺は何としても、神様たちのお声をもっと幅広い人たちに届けたいのだ。
「まぁそうですよね。いきなり変なこと言ってすいません」
「いえいえ、Number1様のそのお言葉が聞けただけでも、今まで頑張ってきた甲斐があるというものです」
「あ、あの~……その『様』いらないんで」
「様、でしょうか?」
「そうです。そもそもNumber1自体が呼称みたいなものなので、そこに様を付けられると違和感しかありませんので。というか最近は素顔も名前もバレたので、隠す必要があるのかも甚だ疑問なんですけどね」
「かしこまりました。こちらの方でもスタッフには事前に周知させておきます」
「お願いしますね。あと……俺が元ニートだとか、Number1とかいう嬉しくもない称号を持っていることとか……まぁ、そこら辺を気にせず普通に接してくれると嬉しいとも伝えておいてください。変にかしこまられることにはさすがに慣れてきたんですけど、正直好んではいないので」
「わかりました。さすがにスタッフ全員とまではいかないでしょうが、周知の方はさせていただきますね。他に何かご要望は?」
「そうですね……秋様とリリィさんのサインが欲しいです。切実に」
「ははっ、わかりました。事前にサインを書いて貰って、あとで郵送させていただきますね」
「か……」
うるうると、俺の瞳から血涙が出そうになる。
その姿を見て、スタッフたちがはてと首を傾げた。
「「「か?」」」
「……感謝っ!!」
思わず感極まってしまい、俺の瞳からは膨大な雫が溢れていくのであった。
そうしてこの後には世間話やD侵略防衛戦争の話、番組の裏事情なんかの話を交えつつ、ようやく本題へと入っていく。
「――では、一度番組の内容をご説明させていただきますね。そちらの資料をご覧いただければと」
「……ほぅ? ダンジョンでの撮影ですか。こういうのってよくある番組なんですか? 正直なところ……あんまりテレビとかって見ないんですよね。あっ、もちろん新城秋様の番組は一つたりとも見逃したことはありません」
「あははっ、新城さんにもそう伝えておきますね。そうですねぇ……割とここ最近は多くなった気がしますね。昔からどこの局も、何度かダンジョン対策機関に収録の申請を出してはいたのですが、北海道奪還作戦が完了した後辺りからでしょうか。ダンジョン内での収録に関する申請が認可されるようになったんですよね」
「へぇ~、なんででしょうね?」
「詳しくは存じませんが、おそらくは国民に対しての魔獣の怖さやダンジョン冒険者が強いということをアピールする時期に差し掛かったのだと思います。とはいっても、それなりのダンジョン冒険者と共に収録をしないと、なかなか申請は通らないんですけどね」
「例えばどれくらいの人だと下りやすいんですか?」
「そうですねぇ……新選事務所、タイガー事務所などの、いわゆる大手事務所に所属するダンジョン冒険者辺りでしょうか? 彼らであれば信頼も大きく、ダンジョン対策機関に知り合いも多いので」
「なるほどなるほど。で、俺でも大丈夫だったんですか?」
「すいません、まだ申請資料の作成中です。申請にはいつもは作らないようなかなり詳細な撮影スケジュールや目的など様々な項目を記さなければならないので、少しお時間をいただいています」
「了解です。申請下りなかったらすいません」
「何を言っているのですか! 申請が下りないわけがありません! むしろ……」
「むしろ?」
その間が、妙に怖く感じる。
「Number1のメディア初出演作品となるので……一体、どんな対応をされるのか想像できないというのが、正直な私たちの本音です」
「あー……じゃあ、ちょっと待ってくださいね」
俺は思いついたように席を立ち上がると、ぺこぺこと頭を下げながら一度この会議室をあとにした。
そして扉の向こう側でポケットからスマホを取り出して、とある人物へと電話をする。
「もしもし、雨川ですけど」
『これはこれは! どうしましたか?』
電話越しに驚いたような声を上げたのは、ダンジョン対策機関の局長というポストを務める人物、長瀬次郎であった。
俺は不意に思ったのだ、電話すればいいじゃん、と。
「今度、俺の大好きなテレビ番組出ることになりましたので、その連絡と……」
『番組!? ど、どこのですか!』
「えっ? 『夜は夜とて、秋とリリィ』という番組です。それでダンジョンで収録したいんですけど、いいですか?」
『……初耳の番組名ですね。わかりました、こちらの方で制作側と調整しておきますね。それでその……対策機関からも一人、一応マネージャーとして人を付けてもいいですか?』
「えっ? 加賀地さんとかならいいですよ、知らない人はちょっと」
『そ、そうですよね……わかりました。それではあとはこちらでやっておきますね』
「はーい、お願いしますね。俺からもスタッフに言っておきます」
そこで電話を切ると、俺はすぐに会議室の中へと戻っていった。
スタッフたちは不思議そうな表情を浮かべる中、俺は椅子に座ってから口を開く。
「あっ、長瀬さんに許可貰ったので、まぁ大丈夫だと思いますよ」
「ナガセ…………長瀬局長ですか!?」
「あっ、はい。白髪いっぱいおじいちゃんの長瀬さんです」
そういえば、と。
俺は当たり前のように接していたけど、長瀬局長は世間的に見ればすごく位の高い役職に就く大人だったなぁ、と思い出した。
そもそも最近は偉い人ばかりと会っていたので、普通の感覚というのが少し鈍っていたのかもしれない。
世間は狭いって言うけど……俺にとっては広いんだよなぁ。
広すぎて広すぎて困るくらいには。
ただ、こうして番組の収録スケジュールは前倒しで進むことになったのであった。
よって、俺が新城秋様とお会いになれる日もすぐ近くまでやってきたということである。
いつもは電話されるだけで嫌な気持ちになる俺であったが、この時ばかりは長瀬局長の電話番号を知っていて良かったと思えたのであった。
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――収録の前日。
「着いたぁぁぁぁぁぁっ! 山梨県っ!!」
俺はテレビでしか聞いたことのない「前乗り」という、出演者だけが使える魅惑の特権を行使して、一日早く山梨のホテルへと到着していた。
アイテムボックスがあるのでスーツケースやバッグなどは持っておらず、手ぶらのままバイク一つで乗り込んできたのである。
正直、人のお金で泊まれるホテルなんて……。
「気分がいいったらこの上ない」
俺は初めて来た山梨の新鮮な空気に充てられ、気持ちよくホテルの受付へと向かっていく。
今回の収録ではかなりの資金を入手できたようで、というか俺の世界初出演番組ということで、会社側からかなりの予算が下りたらしい。
その副産物で、俺や新城秋様、仲瀬リリィさんのホテル部屋のグレードもいつもより数段高いと聞く。
「あのー……チェックインいいですか?」
「かしこまりました。こちらの用紙にご予約者様の氏名と連絡先のご記入をお願いいたしま……すっ!?!?」
突然、受付の女性ホテルマンが、お化けでも見てしまったような驚愕の表情を浮かべ、手に持っていたペンをぽとりと地面に落とした。
その瞳はドライアイなど怖くないと言いたげなほどには見開かれており、ここまでリアクションのいい人に出会ったのは初めてだった。
それに……キャァァァァァァァ、って言われなかったよ。
この人、好感持てるなぁ。
「あ、あの……ありがとうございました!!」
なぜか、俺は彼女に御礼をされてしまう。
「え? えっと……」
「わ、私も!」
「私も?」
「Number1様の戦いを見させていただきました! ファンです! 世界を救っていただき、同じ日本人として誇りに思います」
彼女のその瞳には、俺が新城様を見ているときと同じ熱量を感じた。
やっぱりこの人には好感が持てる。
「いやいや、そんなつもりないので。チェックインいいですか?」
「は、はい! Number1様の宿帳はこちらで作成しておきますので、当ホテル最高のお部屋にご案内させていただきます!」
「えっ?」
スタッフに言われていたホテルのグレードと違う、そう思ってしまう。
確か、事前に言われていた部屋は上から三番目ということだったのだが、今、彼女は最高のお部屋をと言ったのだ。
やっぱり何かがおかしい。
この状況がじゃない、俺の人生何かが狂っているのだ。
そうして勇気をもって「嫌です」とも言えずに、ずるずると案内されるままホテルのエレベーターを最上階まで登り、突き当りのひと際大きな扉の前に立ち止まった。
「こちらが当ホテル自慢のスウィートルームになります」
がちゃりと扉の鍵が開錠され、扉が彼女の手によって押し開かれていく。
部屋の奥には富士山の山がくっきりと一望できる、素晴らしいガラス張りの広大すぎる部屋が広がっていたのであった。
思わず俺はその場に膝から崩れ落ち、両こぶしを地面に叩きつけた。
「やっぱり何かが違うっっっ!!」
俺の人生、望まぬ方向にどんどんと突き進んでしまっているのだ。
その切実な嘆きを、俺は心の奥底から吐き出したのであった。




