Epilogue~7年後の約束(2)~
「蛍さん、そろそろです」
「わかったよ」
時間は14時を少し回り、出発式まであと30分もないというところ。
私服から深緑色の戦闘ドレスへと着替えたンパが、部屋で最終準備をしていた俺を迎えに来ていた。
俺もすでに全身を装備で覆っているのだが、この7年間で新たな装備はほとんど手に入らなかった。いや、正確には手に入ったは入ったのだが、装備というのは強力な防御力を得る代わりに自分の能力にデバフを与える物が多かったのだ。
だから、俺に装備は不要だと判断し、ほぼ軽装備のままである。
「よし、行くか」
自分に気合を入れるように部屋で静かに呟き、微笑むようにこちらを見ていたンパと共に部屋を出る。
部屋の前では、ひよりが後ろで手を組んで待っていた。
「お兄ちゃん」
「大丈夫だ。ちゃんと生きて帰ってくるから」
「うん、ずっと待ってるから。ちゃんと彼氏作って待ってるからね」
「おう」
俺とンパはそのままひよりに玄関まで見送られる形になった。
玄関で靴を履き、全身鏡で忘れ物がないかを最終確認する。
とはいっても、事前にほとんどはアイテムボックスに収納してあるので、問題はないだろう。
「じゃあ、行って……」
ガチャリと玄関の扉を開け、ひよりにそこまで言いかけた。
その時だった。
「セ、セーフっ!」
「何がセーフだよ……恵」
慌てて走ってきたのだろう、四季恵、俺の幼馴染が現れたのだ。
ハァ、ハァ、と息遣いを荒くしながらも、顔を上げた。
「これでも夜勤明けに必死に駆けつけたんだからね!」
「いや、見送ってくれるのはありがたいけど……見送ってくれるなら、ひよりみたいに事前に休みをもらっとけよ」
「ふん、忘れてたのよ」
「潔いことで。まあ、ありがとな」
「いいのよ。とりあえず時間ないんでしょ? はい、これ!」
恵はそう言って、俺の胸にドンッと紙袋を叩きつけてきた。
「へ~、餞別? サンキュ」
「さっさと開けて、驚く顔を見せなさいよ」
「恵はいつからツンデレキャラになった」
そう言いつつも、俺は渡された紙袋の中身を開けてみた。
そこにあったのは……タッパーに入ったご飯だった。
「何これ? 筑前煮?」
「そうよ、どうせ碌な食べ物も持ってないんでしょ?」
「そりゃまぁ……ね。ま、サンキュ。日本食が恋しくなったら食わせてもらうよ。じゃあ、そろそろまじでやばいから行くわ。ひよりのことは頼んだ」
「ひよりちゃんは任せなさい! 変な男が寄り付かないようにしてあげるから! それと頑張りなよ! 私はずっと応援してるから!」
そうして、ひよりと恵が俺たちを最後まで送り出してくれたのであった。
俺とンパは二人の声援を背中で受け止めながら、部屋の近くにある非常階段を上っていき、マンションの屋上へと向かった。
冬の空っ風が肌に突き刺さり、街の景色が雪でほんのりと白く染まっていた。
「ンパ、行くぞ」
「行きましょう!」
俺はアイに防具変化の指示を出し、赤い翼を出現させる。
ンパもディエントから貰った浮遊アイテムを装備し、ふわりと浮かび上がった。
「遅れるなよ?」
「ンパが遅れるわけがありません」
お互いににやりと笑みを浮かべ、俺たちは《シロアの箱舟》がある出発地、横浜へと向かって飛び始めた。
飛行を始めてほんの十五分ほどで、目的地の近くへとやってきていた。
俺は空を飛んでくるなんて情報を流した覚えはなかったが、ところどころの地上でカメラを空に構えている記者やマスメディアの姿が見えていた。
それでも俺はいちいち止まることなく、目的地へと進んでいく。
とある施設の場所へと辿り着いた。
すぐ近くには海が広がっており、海上の上にはひと際大きな船が浮かんでいる。
一体、何の木で作ったのかは分からないが、その船は時代錯誤な木製の船だった。
周囲には一目見ようと集まった大人や子供たち、世界中から集まったであろうマスメディアが海を囲むようにわらわらといた。
今回出発するこの海岸は周囲をぐるりと陸地が囲んでおり、出発式をやるには派手でよかったらしい。
そもそもあいつの発案でこうなったんだけどさ。
俺が降り立つ予定の施設周りには厳重な警備が敷かれており、自衛官や警察が驚くほどに目を光らせていた。記者の一人すら入り込めない厳重ぶりだが、遠くの場所からカメラのシャッター音が聞こえている。
どうやら俺の行動はすでに読まれていたらしい。
「よっと、到着」
俺とンパは素通りで施設の入り口付近に降り立ち、入り口に立っていた知った顔に挨拶をする。
「久しぶりですね、工藤さん」
「あぁ、本当に久しぶりだね」
「ちょっと老けました?」
「そりゃぁ、五十にもなれば老けるさ。それよりもみんな中で待ってるよ、こんなところで立ち止まってると記者が押しかけてくるかもしれない」
「そうですね、行きましょうか」
工藤さんと軽く挨拶を済ませ、俺とンパは施設の中へと入っていく。
そこに待っていたのは、本当にごく一部の人たちだけだ。
テレビで紹介のあった五人、飯尾綾人、新田健、淡谷小太郎、神竜也、湯楽涙。
加えて、この数年はずっと一緒に過ごしていた柳ちゃん。
彼女は晴れて隊員を止め、うちの事務所の事務員として日々のほほんと働いている。
まあ、うちの事務所はお金に困ってるとかはないので、本当にのほほんとした職場だ。ちなみに柳ちゃんの仕事を見に行くと、大体昼寝をしている。あとFカップになったらしいけど、そろそろ結婚してくれないかと俺は心配している。
そして――もう一人。
「よっ、相変わらず忙しそうだな。秋川首相」
俺が笑いながらそう言うと、賢人は居たたまれない表情を見せた。
そう、実は賢人。
最年少総理大臣という肩書をもって、日本のトップに成りあがっていたのだ。
それもこれも全ては先輩、つまりシロアのせいだ。
先輩があの白い空間に賢人を呼び出し、世界中に重要な人物であると誤認識させてしまった。
それに俺や先輩と対等に話す間柄であり、俺の怒りを言葉一つで制御できる頭の良さ。
元はダンジョン難民として、放棄された土地でサバイバルをしながら生き抜き、魔獣やダンジョンの知識も豊富。
加えて、D侵略防衛戦争では最前線で体を張り、あの魔王の攻撃から多くのダンジョン冒険者やシングル冒険者ローガン・グレイを守り抜いた勇気ある心の持ち主。
元々頭も良く、それでいて俺のストッパー的役割を果たしていたので、前総理大臣の卜部首相とも仲が良かった。
さらにさらに、ダンジョン対策機関やダンジョン冒険者にも顔が広いときた。
自然と世間で賢人を新たな首相へとさせる雰囲気が出始め、卜部首相やその他政治家の後押し、他国のシングル冒険者の推薦もあり、賢人は気が付けば首相としての責務を全うするようになっていた。
とはいっても高校卒業してすぐになるわけではなく、大学を卒業してからなったので、実際に総理大臣として仕事をするようになったのはほんの二年前からの話である。
賢人がいなくなることは事前にわかっていたので、前々から猛烈なアピールをしてくれていた柳ちゃんを雇うことにしたのである。
「公的な場じゃないんだ、いつもの呼び方で呼んでくれよ」
「あはははっ、いいじゃんか」
「笑うな、笑うな」
賢人は久しぶりに砕けた話ができたのが嬉しかったのか、周りには知った顔しかいないし、記者もはいることができないこの空間で俺にいつもの締め技を掛けようとしてきた。
俺はそれを難なく潜り抜け、「隙あり」と呟きながら頭をトンと優しく叩いた。
この一連の流れもまた、懐かしいものだ。
「それにしても忙しそうだよな、全然ゲームの相手してくれなくなったし」
「当たり前なことを言うな。この目の下にある大きな隈が見えないのか?」
「回復魔法掛けようか?」
「嘘だ嘘だ、いらないよ。こんなことで貴重なMPを使うな」
賢人は笑いながらそう言って、手に持っていた白いコートを手渡ししてきた。
俺は元からそれを知っていたので、特に疑問符を浮かべることなくそれを受け取った。
その白いコートは象徴のようなものであり、一緒にラストダンジョンへと向かう他の人たちも同じものを羽織っている。いわゆる制服のようなものだ。
だから、俺も普通に広げてそれを着ようとしたところで手を止めた。
「あれ? なんか俺のだけみんなとデザイン違くない?」
「当たり前だろう。お前が攻略のリーダーなんだ、一人だけ豪華な制服が与えられるのは至極当然な流れだ」
「え~」
「言うな言うな。俺だって蛍は嫌がるはずだって伝えたんだが、誰も聞いちゃくれなかったんだ。最年少って肩書は不便で仕方がないよ」
そう愚痴った賢人の表情は本当にやつれている様子だった。
俺は賢人が頑張ってくれたことを知り、仕方がないという気持ちになっていた。
賢人の言うとおりにこの特別感漂う白い制服を装備の上から羽織り、出発式の準備が整った。
出発式とはいっても、俺たちがただ堂々と船に向かうだけのイベントだ。
そんな大層なセレモニーなんかは予定していない。それだけでもいいと、賢人が数日前に言っていたのを覚えている。
「これ似合ってる?」
「まぁ、ぼちぼちだな」
賢人らしい回答が返ってきたところで、俺は他の六人へと視線を向けた。
そして、一人の人柱を選定する。
「まずはティアが一人でここを出ていくことにしよう。番組に直筆の手紙を送る目立ちたがりやには人柱になってもらうとしよう」
「そ、それはないっすよ~」
ティアはほんのりと涙目で否定するも、他の全員が無言の圧力で肯定した。
結果、最初にマスメディアにカメラフラッシュ攻撃をされるのは、ティアと決定した。
「まぁ、その後は適当に固まって出ていこう。その方がフラッシュ攻撃を分散できる」
俺がそう言うと、なぜか場の空気が苦笑いに包まれた。
クスクスと笑いながら、賢人が話し始めた。
「今回の出発式は日本の首相として特にやることはないよ。むしろ世界を背負って向かうんだから、一国の首相が代表して出発式を飾るのはあまり良くない感じだね。だから、今回の代表者は蛍、お前だよ。てことで、蛍にはフィナーレを飾る形で一番最後に船へと乗ってもらうから」
当たり前のように告げられた死刑宣告に俺はあからさまに肩を落としてショボくれた。
しかし、誰も構ってくれようとしない。
「じゃあ、ティアさんから順番に行きましょう」
賢人が完全にこの場を取り仕切り始め、賢人の指示一つで部屋の中で待機していた黒スーツの人たちが、入り口をふさいでいた黒い布を取った。
その瞬間、明るい日差しが一気に部屋へと入り込み、ガラス越しには見たこともないような数のカメラと人の道ができていた。
パッと見渡しても、誰もいない灰色のコンクリートを探す方が難しいほどには人が群がっていた。
そして、ガラス越しでも写真を撮ろうと、フラッシュ攻撃が始まった。
そこで一人目の人柱が解き放たれた。
わぁ、と大歓声がここ一帯を木霊し、さすがの俺たちも苦笑いするほかなかった。
そんな中でもイケメンたちは当たり前のように、表情を凛々しいものへと戻し、ティアに続くように船へと向かった。
その後、全員がこの施設から出ていってしまった。
「最後は蛍だ」
賢人はそう言うと、俺の背中を優しく押してきた。
「あー、そういえば……一つ忘れてた」
俺はしたり顔で笑いながら賢人の手を取り、一緒に施設の出口を潜り抜けた。
そこにはむさ苦しいほどの人が道を作っており、冬とは思えない大歓声に包まれていた。
その中で、適当なカメラを見つけて賢人とともに近寄っていく。
賢人は訳が分からないといった様子でついてくるが、首相スマイルだけは忘れていなかった。もし賢人が総理大臣ではなかったら今頃頭を叩かれているだろうが、今は地位が賢人の手綱を繋いでくれていた。
だから、俺は無茶ができる。
そして、カメラの前で俺は言った。
「俺たちはラストダンジョンを攻略してくる。その間の国は俺の親友の賢人に任せるから、みんな応援してやってくれ。最年少でなんだかんだ言われてるけど、超できるやつだからさ。あと誰か賢人をもらってやってくれ。俺のせいで高校から碌な恋をしてこなかったからな」
そう言い切り、俺はアイテムボックスから一つのアイテムを賢人に手渡した。
それは俺がずっと愛用していた狐の面だった。
そして、それは世界1位であるという俺を象徴するような物でもあった。7年前の戦闘で俺が付けていた面は、商品化されてしまうほどに人気のあるものになっていたのだ。
それを託されたということは、俺からの信頼を前面に託されている人間だと言うのと同義なのだ。
「じゃ、行ってくるわ」
「おう、ずっと首相として待ってるからな。必ず攻略して帰ってこい」
賢人はカメラや記者の目を気にせずに、最後はいつも通りの砕けた口調で笑いながら言ってきた。
俺は「おう」と小さく返し、堂々とした足取りで船へと向かっていく。
海岸の端まで来た、ここからは空を飛んで乗り込む必要がある。
辺りからカメラのフラッシュ音が鳴り響く中、俺は指輪で収まっていたアイの翼を展開した。
バサリ、と一度風を煽ぎ、空へと飛びあがる。
終始、大歓声とフラッシュ音が鳴り響く中、俺はゆっくりと船へと向かった。
空から見下ろしていると、船の甲板にはすでに57人の選ばれしダンジョン冒険者たちが凛々しい顔で待ち構えていた。
俺はその甲板に降り立ち、全員の顔を見渡す。
すでに全員とは面識があるため、確認の意も込めての時間だ。
俺は自分がリーダーであると自覚している。実際にこのメンバーを操縦しているのはエルフの師匠とカルナダ姉さん、魔王ジャビーガ、先輩の四人ではあるが、世間が俺を頭に置きたがるのだ。
「うん、全員揃ってるな」
見知った顔を見て、俺は小さく呟いた。
ここで全員が待っているのは、俺の号令だ。
俺がゆっくりと船の船頭へと歩いていくと、隣にはサリエス師匠とカルナダ姉さんが近寄ってきた。
「蛍、準備はいいかい?」
「もちろんだよ、サリエス師匠。負ける気は全くしない」
「ほお? 言うじゃねぇか」
「カルナダ姉さんこそ、緊張してるんじゃない?」
そんな他愛もない会話をしていると、全員の顔が見渡せる船首へと辿り着いた。
俺は白い制服の羽織をばさりと風に靡かせ、ここにいる57名全員の方へと振り向いた。
7年も掛けた準備は万端。
ここにいる57名は7年前の俺とほぼ同じレベルの戦力を備えている。
そこにエルフ四人も加わり、戦力としての憂いはない。
例え、神が作ったダンジョンだろうが関係ない。
(あぁ、神といってもカカトか)
俺はそんなことを思い出し、一人にやりと笑った。
あの後聞いた話、この世界を管理する神はあのカカトだったことをアマダから聞いた。優しそうな顔して、案外えげつないほどの道楽主義だったことに驚いたものだ。
さて、準備は整った。
これから世界がどう動くのか、俺たち57人次第だ。
俺はこの7年間やりきったという息を存分に吐きだし、門出を祝うような新鮮な空気を静かに吸い込んだ。
「――ラストダンジョン攻略を始めようか」
――あとがき――
最後まで読んで頂きありがとうございました。
これにてweb版『あの日地球にダンジョンが出現した』の本編を完結とさせていただきます。
連載期間約1年8ヵ月、巻数にして約6巻分の文量で終わることとなりました。
伏線未回収、未登場キャラなどやり残したことは多々ありますが、作者としてはちゃんと完結させられたことに安堵しています。
本来の構想からズレ始めたのは北海道奪還作戦の途中からで、そこから一気に完結に向けて書き始めました。なのでまあ、突っ込みどころは多いとは思いますが許してください。
処女作であって、初書籍化作品であって、初めてのまともな完結作品!
やりきったぞ!!
最後に。
この作品の書籍1~2巻/コミック1~4巻/WebToon(ピッコマ様)が発売中です。
webとはまた違う『あの日地球にダンジョンが出現した』が楽しめる内容となっております。
是非、お手に取って応援していただけると嬉しいです。
では、またどこかで( ´ ▽ ` )ノ